第四十五話 手作り弁当は如何程 一
学校の屋上は、えてして漫画のように解放されていることはない。勿論十代田高校の屋上もそれに習い、しっかりと施錠されている。大半の新入生はそこで肩を落とし潔くその場を去る。故に、すぐそばに在る【美術準備室】という教室に注目する生徒は少ない。
現在この教室は使われていない。なぜなら新しく作られた美術準備室が一階にあるからだ。
この部屋は前も後ろも扉が施錠されている。だが、廊下側にある後ろから二つ目の窓ガラスだけ鍵が壊れており、そこからなら容易く中へと侵入できる。
高校に入学して暫く、俺は一人で飯を食える場所を求め彷徨っていた事があった。そうしてゾンビよろしく徘徊していた時にたまたま発見した、言わば俺のオアシスなのである。
「よっと......ほら、舞桜」
窓ガラスを軽く揺すり鍵を外すと、ガラッと音を立てて開ける。先に教室に飛び込むと続く冬姫の手を引くために左手を差し出す。少しためらうような素振りの後、冬姫はおずおずと手を差し出した。
「なんだか、小さいころを思い出すね」
「ん、こんなことあったか......?」
白く細い彼女の指を絡めとると、ぐいっと引っ張り中へと連れ込む。その時に手の先に違和感を感じた。だがそれを聞く前に焦る様に冬姫が口を開く。
「もし、先生に見つかったらどうしようか?」
「それじゃあ、俺と共犯だな。仲良く怒られよう」
「共犯か......良い言葉だね」
二人して、小さく笑みを零す。いつにまにやら俺の小さな疑問は煙のように消えていた。
乗り込んだ教室をぐるりと見回す。当然ながら俺以外にここを使う人間は居ない様で、相変わらず埃っぽい。
教室の中には長テーブルが三つと小さな木製の椅子が十個ほど。あとは折りたたまれたパイプ椅子が端に寄せられていた。美術準備室と言うだけあって俺には使い方すら見当もつかない奇怪な道具が所狭しと並べられている。様々な色が何重にも何重にも塗りたくられ、もう色が落ちなくなった錆び色のパレットが物悲しく教室の隅で浅く呼吸を繰り返していた。
俺はパイプ椅子を二つほど引っ張って来ると広げ、自身の制服を台座の部分にかける。
「ほら、はやく食べようぜ。......ん? どうした」
「いや、なぜあなたの制服をわざわざ敷いたんだい?」
「なんでって......そりゃ、汚れるからだろ?」
それ以外に何か意味はあるのか?
少し、もじもじと居心地悪そうに身体を揺すると観念したのか、そっと制服を包むように手で押さえ、尻をつける。一拍置いて弁当の包みを広げ始めた。
濃紺の布でくるまれた弁当箱はこれと言って特徴のない至ってシンプルな形をしていた。
留め具を外し、蓋を広げる。長方形の半分をおかずが占めていた。そしてもう半分――つまりは白米の部分だが、中央には海苔でハートマークがあしらわれていた。
うぐ......。なんというか、こういった弁当を初めて目にしたが、こう、クるものがあるな......。
「ここまでするつもりはなかったんだ! けど、その......つい、熱が入って」
弁明するように慌てて口を開く冬姫。なんだかその姿がほほえましく思えた。
「いや、ありがたい。頂くとするよ」
付属のプラスチック製の箸を手にし、何から食べようかと中空を彷徨わせる。行儀が悪いことは承知だが、如何せん手が言う事を聞かない。
アスパラベーコンがまず目に入った。鮮やかな新緑色を放つアスパラは焦げ目の付いたベーコンが巻かれており、実に食欲をそそる見た目をしていた。
俺はそっと箸でつまみ持ち上げる。喉が鳴ったのが分かった。フラッシュバックするあの時のフレンチトースト。暴力的な味。
ふぅと息を吐く。傍に座る冬姫は見守るようにじっとこちらを見つめている。
ええいままよ!
勢いに任せ、アスパラベーコンを口に放った。しっかりと食感を残したアスパラは小気味良く口の中で踊る。淡白なアスパラの味は肉のうまみを残したベーコンとあいまり、噛むたびに味が染みだす。惜しむように飲み込むと余韻が微かに残る。
――美味い。
「めっちゃうまい!?」
俺のその一言で、冬姫は漸く肩の荷が下りた様に深いため息を吐いた。
続いてミートボールを口にする。甘辛く味付けされたたれが硬めに焼かれた肉と絶妙に合わさってこれだけで白米を食い尽くせるレベルだ。これも美味い。
次へ次へと箸が止まらなかった。
「もう、そんなに慌てなくても逃げはしないよ」
俺の様子がおかしかったのか、クスクスと笑みを浮かべてお茶を差し出されたのでありがたく頂くことにした。
「いや、正直驚いた。あの舞桜がこんな上達していたなんて......」
「僕だって成長しているんだよ? 色んな所」
ゆっくりと近づいてくるとそっと耳打ちする。
「ぶばッ!」
お茶を噴き出してしまった。突然すぎるだろう!?
「あはは、相変わらず、あなたは面白いリアクションをとるね」
「ゲホゲホ......お前な......」
そんなやり取りを交えつつ、しばらく俺は箸を進める。
だが、ここへきて一つの疑問にぶち当たった――。




