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瞑々に唄え  作者: 卯ノ花 腐
あのスポットライトを僕だけに
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第四十一話 二枚の紙 二

「えっとだな......。あいつとは幼馴染でちょっとした縁があるんだ。それで頼まれたんだよ」


 ぶたれた頬を撫でながら順序良く話し始める。


「あ? 恋人になってくれってか」


「正確には恋人役、だな。今あいつはどこぞの誰かに恨みを買ってるらしい。恋愛絡みでな。まぁ、それはあいつの自業自得でもあるんだが......」


 そう、恨みを買われるような自業自得を繰り返しているのはあいつ自身だ。けれど、ふと、過去を思い出す。

 言い知れない視線にさらされ、怯える日々。彼女の顔が曇り始めたあの日。

 それを知ってしまっている俺はどうも、手を差し伸べてしまう。


「なるほどな。そこで仮初の恋人が出来てしまえば有象無象は手を出せなくなるわけだ。そしてその有象無象に恋心を抱いている輩も必然、大人しくなる......王子様へ向けられていたベクトルも次第に薄れる、と」


「理解が早くて助かる。なんでそこまで頭が回るのに自分の事になるとてんでダメなんだろうな」


「お前は逐一俺を揶揄わなくちゃ生きていけないのか」


「呼吸みたいなもんだ」


「その肺を潰してやる」


 鼻息を荒くするイノシシのような幽を手で制し、俺は先ほど投函されていたルーズリーフを手渡す。

 受け取った幽はいぶかし気に紙を広げると、中に記されていた文章に目を通す。


「これと同じものが今朝、冬姫の机に入っていたそうだ。俺も今日見せてもらった。そして何故か......全く同じものが俺の部屋に投函されていた」


 俺はそっと玄関の方へと視線を向ける。幽は視線を外さないまま後頭部を乱雑に掻く。結ばれた二つの髪束が揺れた。


「ずいぶんとおかしな話じゃねーか。お前が恋人役になったのは放課後の事なんだろう? そしてその事を誰にも言っていない......」


 俺は静かに顎を引いた。


「だというのに、犯人はお前の家へと先回りして投函した。この紙を用意した上で、だ」


「言っておくが、俺が帰り寄ったのはコンビニぐらいだからな」


 学校から五分程離れた所で冬姫と別れ、その後家の近くにあるコンビニへと向かった。そこで費やした時間は十分程だろう。俺の家から学校までは長く見積もっても二十分程。つまり犯人は俺の家を突き止め、紙を用意して、投函して姿を消すという工程を三十分足らずでやってのけたという事だ。



「ふむ......ふむふむ」


 幽は何かを考えているのか、顎に手をやり数度深く頷いていた。暫く様子を伺っていたがなにか懸命に考えているのだろうと思い、少し傍を離れる。


 そっと立ち上がりキッチンの方へと向かう。冷蔵庫の中には作り置きしていたおかずが入ったタッパーの他には先ほど買ってきたお菓子やプチケーキがぎっしりと詰まっていた。


 冷蔵庫の上段に置いていたチーズケーキを取り出す。昨今話題になっているバスクチーズケーキだ。

 包装紙を破くとプラスチックのケースに乗せられたケーキを中から取り出す。


 炭と見まがう程真っ黒い表層部分の下には今にも形が崩れそうなほど柔らかなチーズがたっぷりと詰められている。購入した時に一緒にもらった小さなスプーンですくう。何の抵抗感もなくスッと先がケーキに侵入する。


 薄く黄色みがかったチーズケーキと表面の黒が色鮮やかだ。もったいぶる様にゆっくりと口腔へと放る。濃厚なチーズの旨味と、かすかな香ばしさ。そして余韻に残るほのかな甘さ。どれも絶妙なバランスで成り立っており、パティスリーの名店で出されている逸品だと言われてもなるほどすんなりと認めてしまえそうなほどクオリティーが高い。


 こんなものがそこらのコンビニで買えるのだ。これではカフェ経営者も嘆きたくなるだろう。


「おいこら待て何ゆっくりと味わってんだよ」

 視界一杯に幽の顔が乱入してくる。これでは折角の幸福感も台無しだ。


「いや、話しかけても反応無かったし」


「話しかけてから言えや」

 面倒な奴だ。


「本当だったら今日は積みゲーをやる予定だったんだよ」

 俺は部屋の隅に置かれている据え置き型ゲーム機をスプーンで指し示す。


「あぁ、だから夜食を買い込んでたのか」

 冷蔵庫を漁る幽は納得したように首を振る。


「まぁ、この紙切れのせいで俺の幸福に満ちた休日は暗雲立ち込めるものに早変わりしてしまったわけだが......」


 幽が手にしていた紙を受け取りひらひらと中空に漂わせる。たった一枚の紙きれだというのに俺に対する破壊力は絶大だ。犯人の思惑は分からないが十分に効果的だ。


「その案件......俺が......いや、名探偵“フドー”が引き受けよう」

 乳酸菌飲料が入った紙パックを一息で飲み干すと、幽はおもむろにどこからか取り出した帽子をかぶり、ポーズを作る。


「それ......ディアストーカー?」

 落ち着いた色味をしたチェック柄の帽子だ。天辺にはリボンが備え付けられている。こいつまさか、わざわざ家から持ってきたのか......。


「かの名探偵ホームズは言った。“事件は会議室で起きているんじゃあない”とな」

「随分近代のホームズだな。しかもそいつディアストーカー被ってねーだろ。ていうか会議室どこだよ」

「些細な事だ。助手よ。そんな事をいちいち気にしていると脳が爆発するぞ」

「お前の脳何ビットだよ」


 やれやれ。こいつの冗談に付き合っているうちに、少しだけ気分が軽くなった気がする。ほんのちょっぴりとだけだが。


「ふむん......。事件を追うのは月曜日学校へ赴いた時にするとして......今日明日はこれをしようじゃあないか。助手よ」


 リビングに戻った幽は持ってきていた大きめの黒いリュックサックから何かを取り出した。


 家に帰宅して直ぐに俺から呼び出しがあったのだろう。幽は制服姿のままだった。その姿で帽子をかぶっているのは少しばかりコミカルだ。


「お前が求めてやまない“これ”を持ってきている」


 もったいぶる様に背後に隠しながら、にやけた面を携え俺の傍までやって来る。


「まさかッッ!?」


 これは......まさか!? 俺が手に入れたくて止まなかった......!


「そう......『銀河美少女伝説』だ」


「現代日本を舞台にしたイチャラブ恋愛シミュレーションゲーム! 私立銀河高校に通うなんてことのない主人公が偶然と必然が糾う、胸を打つ出会いをきっかけに様々な女の子と愛を育む、銀河と全く関係ないあの!?」


「説明をありがとう助手。クールイット助手」


 落ち着いていられるか、あの銀美伝だぞ!

 幽はわざとらしく手を翳し俺を制する。


「まだ時間に余裕はある。今から日曜の夜まで通しでやれば吟ちゃん攻略は可能だ。頑張れば隠しルートもイケる」

「本気なんだな......幽」

 そっと浮かぶ額の汗を拭う。


「“本気(生か死か)”だぜ、陣。お前が吟ちゃんを攻略するまで夜は明けないと心しろ」


 俺たちは無言で拳をぶつけ合う。どちらからと言わず二人して不敵な笑みを浮かべた。



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