第四十話 二枚の紙 一
――おかしい。日常というものは在るべきものが在るべき場所にある事だ。非日常は在る筈のない場所に在る筈のないものが在る事だ。では眼前のコレは非日常で間違いはないだろう、うん。
帰宅した俺は、玄関で間抜け面を曝しながら動けずにいた。
近隣住民に間抜け面を曝すのは決して喜ばしい事では無いが、今はそんなことを心配する余裕が無かった。
下校途中は随分と気が楽だった。冬姫との約束は一度おいて置いて、帰宅したら直ぐにでも積み上げていたゲームに現を抜かすつもりだった。夜食用にコンビニで買いこんだお菓子やジュースが入ったパンパンのレジ袋がもがれた果実の如く、手から離れ地面に吸い寄せられた。
パシャリ――。何かが重みにか耐えかねた音を発した。
「あ、やべ」
その音で手放していた気を再び握ったものの、だからと言って未だ動けない。
早く冷凍庫にチョコチップクッキー味のアイスをしまうべきだろう。少し値の張るコンビニスイーツの安全を確認するべきだろう。誰だってそう思うし、俺だってそうしたいには山々だ。
悴むように、手が震える五月の頭。寒さとは無縁の筈のこの時期に、手が上手く動かせない。
知れず呼吸が逸る。
――何だこれは。なぜここにある。
「この手紙......」
ドアの内側に設置された郵便受けについさっき見た覚えのあるルーズリーフが投函されていた。
ルーズリーフは変わらず四つ折りで、綺麗にそろえられていた。端と端がミリも違わない。かさりと乾いた音を立て、広げる。
うん。やはり一字一句先ほど冬姫が見せてきたルーズリーフと同じ内容が折られた内側に記されていた。筆跡も似ている。同じと言っていいだろう。物騒な言葉とは裏腹に綺麗な線だ。
どういうことだ......。
俺は冬姫の恋人役を担った。それは良い。だが、その事を知っているのは現状俺と冬姫だけだ。帰り道で一緒だったことを犯人が見ていたとしても、なぜ俺を先回り出来る? そもそもなぜ俺の家を知っている?
誰かに見られているような気配を感じ、俺は即座に手落とした荷物を拾い上げるとすぐさま扉の内側に入り込み、施錠する。
「ふぅー......よし」
だが、焦ることはない。つまり犯人は俺と同じ人間であり、十代田高校生という事だ。扉の覗き口から廊下に誰もいない事を確認すると、ポケットに仕舞い込んでいたスマホをスムーズに取り出す。焦りは禁物だ。クールにいこうぜ烏羽陣。
液晶に表示される番号をタップすると、一秒にも満たない速度でコール音が鳴りはじめる。落ち着け俺。落ち着け......。
コール音が断ち切れ、期待した人物が期待した声音をもってして応答した。
『――はい』
「あもしもし幽! 助けて無理無理むりむり! こわいこわいこわい! 今すぐ俺の部屋に来て無理無理! 一秒でも早くいいからお願い! しぬしぬしぬ! 着替えも一式持ってきてあとこの通話切らないでお願いします!!!!」
ふむ、少しばかりテンパってしまったが問題ないだろう。
* *
「で、俺に詳しい話を聞かせてくれるんだよな?えぇおい。また前みたいにはぐらかそうってんなら即座に帰るぞ」
ものの二十分程で親友たる不動明 幽は我が家の扉を叩いた。
幽は自分の部屋のように寛いだ姿勢で俺を睨みつけていた。俺は家主だというのにカーペットの上で正座の姿勢で彼の眼前に収まっている。放たれる眼光は今にも獲物を食い殺さんとした野獣そのものだ。こわっ......。
「やだなぁ幽君。僕は君に対して閉じる門を持った覚えは、今までで一度も無いよ」
ローキック。
「痛ぇな。くせ―足向けんじゃねーよぶん殴るぞ......嘘嘘痛くない痛くない臭くないフローラル帰らないでお願い!!」
無言のまま玄関の方へと向かおうとしていた幽の腰にしがみついた。
「――で、何があったんだよ。氷川......じゃあないんだろう」
しびれを切らした幽が話の確信を衝いてきた。
どこから説明すればいいのだろうか。まず俺と冬姫との関係だろうか? だとすると随分と長ったらしくなるな。掻い摘んで話すべきか。
「お前も知ってるだろう? 冬姫 舞桜」
「あん? あの有名な王子様か? そいつがどうかしたのか」
「恋人になりました」
張り手。
「痛ぇな。脂ぎった手で触んじゃねーよぶん殴るぞ......嘘嘘痛くない痛くないすべすべ赤ちゃん肌帰らないでお願い!!」
窓から飛び降りようとした幽を羽交い絞めにした。
「おまえ俺を揶揄いたいだけなんだな!? えぇおい? いい度胸だ!右脳と左脳を入れ替えてやる!」
「いや、ホントごめん。俺の説明が悪かった。あとそんな一目で分かりずらい脅迫やめて」
怒り狂う幽を何とか宥め、二人して床に胡坐をかく。




