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瞑々に唄え  作者: 卯ノ花 腐
あのスポットライトを僕だけに
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第三十九話 王子様は誘う 二

「――ぉ、おお」

 ほう、と思わず吐息が漏れた。

 内壁はいくつもの石が所狭しと張り付けられていた。黄色、茶色、ベージュといった様々な色の石がモザイクのように模様を作っている。


 入り口から奥の祭壇の様な所まで一本の道が作られており、その左右に木で出来た長椅子が等間隔に並べられている。

 この建物の輪郭に沿って備え付けられたシャンデリアが随分と高い位置に固定されており、室内を仄明るく照らしていた。


「ふふ......綺麗だろう? 一度あなたに見てもらいたくて」


 祭壇を背中に、冬姫が天井を指さす。しなやかな彼女の腕が伸びきると矢のように一部分を指し示す。建物の上半分はステンドグラスになっており差し込む陽光に色を付け、彼女の周囲を鮮やかに照らす。


「話を、したいんじゃなかったのか」

 その神秘的な光景を目に留めつつ、適当な椅子に腰を下ろす。


「うん......。そうだね。単刀直入に言おうか――僕の恋人役になって欲しい」

「ことわ」

「拒否をすれば今朝撮ったあなたの寝顔写真を学校にばら撒く。ついでに僕も一緒に写っておいたんだけれども」

「前向きに検討しようじゃないか。詳しく話を」


 あぶねぇ!? こいつ俺が断ることを前提に話し始めていたな!?


 冬姫がなぜ明朝から俺の部屋にやってきたか、今知る事になるとは。間一髪の選択に一筋、汗が流れ落ちた。

 少しばかり残念そうな顔をしている様に見えるのはきっと俺の被害妄想だろう......。

 冬姫は手近な椅子に浅く腰をかけると俺の方へと身体を向けて口を開く。


「近頃、随分と酷くなってね」

「酷く?」


「うん、なんというか......その」

 妙に歯切れ悪く、言葉を濁す。伏せた目を俺の方へ向けたかと思えば、また虚空を見つめる冬姫。


「嫉妬......なのだろう。僕がこういった性格なのはあなたも知っているだろう?」


「そこらの奴よりかは......まぁ詳しいつもりだ」


「時期的に言えば去年の夏あたりから顕著になったように思う。そうだね、丁度あなたと距離が出来てしまった頃かな......あ、あぁ! その事で責めるつもりは微塵もないんだ! すまない!」


 今度はわたわたと取り乱し、普段の落ち着いた様相は欠片も見て取れない。


「分かってるさ......んで、恋人役ってのは......つまり、あれか。今フリーだからそういった事が起こっているとお前は思っているわけだ」

 じっと、冬姫を見つめ過去を思い出す。


 いつだったか冬姫に告白してきた()()()がいた。その子が傷つかない様に冬姫が出来る最大限の優しさを持ってしてその告白を振ったのだが、当時その告白してきた女の子に恋心を抱いていた男がいた。


 気の毒な事に、彼は思いを意中の相手に告げる前に振られてしまったわけだが、その怒りがおかしな方向へと向き始めた。

 そう、冬姫にだ。


 男はそれから少しばかりおかしくなったように思う。クラスでも中心に居るような男だった。けれどその事件以降明るかった彼はなりを潜め、どこか陰湿なそれへと変わる。


 当時はまだ俺と冬姫は四六時中いたから気付けた事だったが、度々冬姫の私物が学校から姿を消していた。


 ある時は彼女のお気に入りの筆箱。またある時は彼女の体操服。絵の具、音楽の教科書、愛用の鋏。


 冬姫はその事をこっそりと担任の先生に告げた。担任は熱血漢と呼べるような先生ではなく、かといって生徒の問題を放置するような放任主義でもなく。先生に出来る範囲で事件を究明していたが、結局のところ犯人は名乗り出なかった。だが、まぁ十中八九振られた彼の仕業だろう。


「僕に恋人ができれば、流石に告白してくる人間も減る事だろう」

「居なくなる、とは言わないのか?」


 俺は軽口を衝く。冬姫は懐かしむように目を細め笑みを零す。


「ふふっ。冗談はよしてくれ」

 ずいっと、身体を寄せる音が聞こえる。彼女がにじり寄ってきていた。


「これを見てくれないかい?」

 冬姫はそっとスカートのポケットから紙切れを取りだす。丁寧に折りたたまれたルーズリーフだ。

 俺は緩慢な仕草で受け取ると、のぞき込むように紙を広げる。室内の明かりは心許なかったが、辛うじて読むことは出来た。


「――冬姫 舞桜。これ以上濫りに人のモノを奪うな。これ以上続けるのならいつかきっとお前は大切なものを奪われるだろう......か」


 細いサインペンで書かれた丁寧な文字だった。この物騒な言葉の羅列と似つかわしくない。

 俺は顔をあげると、紙越しに彼女に聞いた。


「これがお前宛に送られてきたのか」

 少しの間沈黙が流れ、言葉が返ってきた。

「うん。教室の机の中にあった。今朝の事だ。この事はまだ誰にも伝えていないよ。先生にも、友達にも」


「じゃあなんで俺に教えた?」


()()()()()()()


 強い口調で彼女はそう断言した。形のいい唇が真横に閉じ、瞳が大きく開く。礼拝堂のいたるところへと、彼女の言葉は響いた。それは壁紙だったり、床板だったり。


 よく見ると、冬姫の両手は強く握りしめられていた。二つの拳は吸い付くように彼女の膝の上に乗せられていたが、随分と力が込められている。


 氷川の様な魔性は感じられなかった。


 だけど、俺はここで冬姫の願いを無下にする気が起きなかった。つまるところ俺のモットーなんか、履いて捨てるようなちっぽけなものなのだろう。



 ーー無闇な救済に何の意味がある。

 この手は全てを救えない。なら、取捨選択するべきだ。拾うものと、捨てる物を。その時点で俺は……黒と白の境界線、救いようのない灰色だ。


 助けを乞うように礼拝堂をぐるりと見渡す。薄く色付くステンドグラスからは見惚れるような淡い陽が差している。その真下にある絢爛なシャンデリアを通し、くっきりとした影が出来ていた。俺はじっと影を見つめる。


「幼馴染の縁だ。お前の恋人役になってやるよ。()()()()に務まるかは......分からんがな」


 深くもたれ掛かり、背もたれに両手を預ける。決して行儀のいい座り方ではない。神様が見てるなら、きっと小言の二つ三つは寄越すだろう。俺なんかを見ている暇があるのなら彼女に手を貸してやって欲しい所だ。そうすれば俺がこんな面倒くさい役割を背負わずに済むというのに。


「ッ......」


 小さく開け放たれた彼女の口から意図しない何かが漏れ出そうとしていた。咄嗟に抑えるように彼女は口元に手をやる。俺はふてくされた様な表情をわざと作ってそちらに目を寄越す。


「ありがとう、陣」


 随分と屈託のない笑顔だ。俺なんかでいいのか、という疑問は甚だあるもののだからと言って他の適任者は俺の知る範囲では思いつかない。彼女が打ち明けたのは他でもないこの俺なのだから。


「あくまで、この犯人を見つけるまでだからな」

 念のため釘を刺しておく。


 最も、俺が恋人など彼女も本意ではないだろう。なぜなら彼女の好きな人は幼少からずっと変わらないのだ。


 ――冬姫 舞桜は辻 御幸に恋焦がれている。


 この事を彼に打ち明けなかったのは、あいつに面倒ごとを押し付けたくなかったからだろう。あいつが絡むと大事になるしな......主に周りが。


 はは、ばかみたいじゃねーか俺。なんであいつの身代わりみたいな事してんだろう? そんなもの必要ない人間じゃないか。完璧なんだろう? なんで持たざる俺がお前を担わなくっちゃならない。


 自嘲気味な笑いが知れず、くつくつと零れていた。本当に滑稽で、無様だ。笑いたくもなる。道化役ならいくらでもやってやるよ。


「くっくっく......はははは!」

 あまりにも馬鹿馬鹿しくて、思わず声となって口から漏れ出した。


「ふふ、どうしたんだい? 突然笑い声をあげて」

 俺につられるようにまた、冬姫も小さく声を出す。


「いや、なに......。ちょっとばかし笑いたくなってな」

「今のどこに笑う要素があったというんだ、全く。......はは、ふふふ」


 がらんどうな礼拝堂に二人分の笑い声が響いた。



 気のせいだろうか。冬姫の笑顔はこんなにもぎこちないものだったか?まぁ、一年近く離れていたし、俺の思い過ごしだろうけれど......。


 ――不意の焦燥感が肺の内側を撫でた。

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