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瞑々に唄え  作者: 卯ノ花 腐
レピドライトは溺れない
34/54

エピローグ・黎明はまだ来ない

 五分も経たないうちにゴンドラは予備電力で復旧し、次第に明かりを取り戻した。

 流石にこのままじゃまずいと感じたので、そっと彼女の肩に手を置き、身体を離す。

 明かりに照らされた氷川の表情を盗み見る。彼女は満足気な表情を作り、数度頷いていた。いつもなら照れ隠しや鋭利な言葉が返ってきそうではあったが、何故だか落ち着き払っていた。


「ねぇ......使い魔さん」

 微睡むように目を少し細め、口を開く。

()()()()、してあげよっか」

「うるせー馬鹿! あの......あれだ。馬鹿!」

 おかしい。この余裕っぷりは一体何だ。俺はこんなにも焦っているというのに。普段の俺ならもっと切れ味のある罵倒を返していたはずだ。

 後頭部をガシガシと掻きながら、顔をそむける。流石に真正面から彼女を見ることは出来なかった。


 それからすぐにゴンドラは元の場所へと戻って来る。扉を開けてくれたスタッフの人から停電の事で謝られた。

「それでなんですけどぉ......」

 妙に甘ったるい声だ。ショートボブの黒髪をおさまり悪そうに掻きながら上目遣いである提案をしてきた。


「料金は先払いなので、返金できないんですけどぉ、良かったらぁ記念撮影どうですか? さっきの停電の事もありますし、サービスしますのでぇ......」

 首からぶら下げていたポラロイドカメラをおずおずと差し出してきた。


 俺と氷川は少しの間顔を見合わせる。

 俺の意図を組んでくれたのか、小さくうなずいてスタッフさんの方へと顔を向けた。


「よろしくお願いします」

「いえ、結構です」

「ありがとうございます!それじゃあ、あちらのパネルの方へとお越しください!」


 ――スタッフさんは多分、俺の存在を認識していないんじゃないかな。




「嫌だ! 純粋に恥ずかしいんだがッ!?」

 痛い痛い痛い!!! 氷川は有無を言わさず俺の首根っこを掴んでパネルの方へと向かって行く。この子の細腕のどこにそんなパワーが!?


 俺にはあのパネルが絞首台に思えて仕方なかった。どんな公開処刑だよ......。


「それじゃあ撮りますよ! ほらお兄さんもっと近づい......彼女さんと重なっちゃダメですよ!! だからって通り過ぎないで!!」

 俺の僅かな抵抗も氷川の腕力には敵わず、彼女の傍に身体を固定された。

「マジメにして」

 背骨を引き抜かれたと錯覚するほど恐ろしい声が俺の横から聞こえたので、俺は泣く泣くダブルピースを決めた。



「うーん......彼女さんは凄くいいんですけど......お兄さんが少し野暮った......映りがちょっと......」


 スタッフのお姉さん、今俺の事野暮ったいって言いそうになってたよね? 言い換えたけどあんまり言い換えられてないよね? この人は俺に恨みでもあるの?


「マジメにして」

「俺の存在が不真面目って事!?」

 俺の味方は居ないのか!!


「あぁ、そうだ! こうしましょう!」

 何かを思いついた様な笑顔でこちらに近づくと、ポケットを漁りはじめるお姉さん。黒スキニーのポケットから取り出したのは同じように黒いヘアゴム。


 そっと俺の前に立つと「失礼しますね」とウインクを決め、俺の髪を結い始める。女性特有の甘い香りが鼻腔を撫でつけるように抜ける。決して小さくない胸元のアレが俺に当たるか当たらないかといった瀬戸際で揺れていた。



「うんうん! お兄さん髪あげた方が良いと思いますよ! 個性派俳優にいそう! 売れそうで売れないバンドでベースやってそう! 刺さる人には刺さる系!」

 褒めてるのか否か絶妙なラインの言葉を俺に送ると傍を離れ、撮影地点へと戻っていった。

 いつもに比べ外気に触れる部分が多くなった顔が無性にこそばゆかったが、何とか笑顔を保ちつつ撮られる。


 

 今しがた撮り終えた写真を手にしてお姉さんがこちらへとやって来る。

「なんだか、初々しいですね! 付き合ってあまり時間経っていないんですか?」

 一仕事終え、笑顔のお姉さんがおもむろに爆弾を放ってきた。無差別爆撃にも程がある。

 俺は微妙な顔で二枚の写真を受け取りお礼を言うとそれ以外は何も言わずに、足早にその場を去った。






 観覧車乗り場はミクラムと駅から少し離れていた為、俺たちは薄い夜空を眺めながら駅へと向かっていた。


「使い魔は随分と主従関係をながしろにするんだ?」

 氷川の機嫌が悪い。いや、一目見て分かる様な態度ではないのだが、どうも先ほどまでと違うように思えて仕方がない。


 眼鏡越しに見える瞳。思わず溜息が漏れてしまうような赤紫の宝石はじぃっとこちらを捉えて離さない。

「意味が分からん......魔女語の選択授業は取ってないんだが?」

 軽口を飛ばすものの、それが返ってくることはなく、俺は居心地の悪さに口をもごつかせる。



 先ほど貰った写真を眺める。いつもの様に氷川は仏頂面で右手でピースサインを作り俺の傍に突っ立っていた。撮影時には気が付かなかったのだが、持て余していた左手が俺の服の裾を握っていた。


 まぁ、見ず知らずの人にあんなに強引に撮影をせがまれて怖かったんだろう。仕方なしに俺を掴んだに違いない......。あれ? こいつわりと撮影にノリノリじゃなかったっけ?


 それとは打って変わり俺は引きつった笑顔でダブルピースを決めていた。スマホのカメラなどの方が今は機能が良いのだろう。あまり鮮明だとは言えなかったが、味のある写真と言える。全体的に薄暗い為に俺の顔がゾンビみたいに見えるのはお愛嬌だ。



「ほら、折角二枚も撮ったんだ一枚ずつ分けようぜ」

 俺は一枚を自分様に財布の中に納めると、残るもう一枚を氷川に差し出す。

「変な顔面」

 受け取った写真を手にして小さく笑う氷川。

「言い方ひどくない? せめて変な顔って言ってくれ」

「可哀想な骨格」

「骨格から否定するのはやめろ」

 無邪気な笑い声をあげ、大事そうに両手で覆い包むと俺の方へと向き直りゆっくりと近づいてくる。

「けどこれは、ダメ。許さないから」

 そっと俺の首に抱き着くように腕を回すと、縛っていたヘアゴムを素早く取り外す。絡まった毛が何本か抜けた気がした。

「私のコレをあげる。いい?外しちゃ嫌だから。()()


 そういうと手首に嵌めていた薄い水色のヘアゴムを代わりに取り付け始めた。


「これで私の使い魔って事になるかな?」

 氷川が俺の傍から離れた途端、彼女の香りも途絶える。数秒前まであった人の温もりが僅かずつ綻んでいく。

 俺は彼女が取りつけたヘアゴムを確かめるように触る。

「魔法かなんかかかってんの、これ?」

「外すと溺れ死ぬ呪いを篭めてみたんだけどどうかな?」

「お前のスキルアップが目まぐるしいよ......」


 氷川は「してやった」というような悪戯な笑みを浮かべると、僅かに速度を上げ俺の前へ躍り出た。

「――陣って呼んでいい?」

 周囲の人には聞こえないような、小さな声だった。俺は少しばかり目を見開くと、深く息を吐いた。

 周囲は人があふれている。観覧車から駅へと向かう人たちの流れに逆らうように、氷川はこちらを向いていた。

 イルミネーションと言えないような、小さな電球が集まったオブジェが嫌に目に付く。


 俺たちと同じ年頃の高校生たちが幾人も俺を追い抜いて駅へと向かって歩く。氷川の横を通り過ぎるたびに彼ら彼女らはその視線を氷川霧華に向けていた。


「おいおい、あのこモデルとかじゃね?」

「お前声かけてみろよ!」

「一人かな?」

「スタイルが良いから制服でも様になって羨ましい~」

「アタシもあんな美人に生まれたらなー! 苦労とかしなさそう」


 赤の他人が、口々に言いたいことを言っては、不愉快な目を彼女に寄越し去ってゆく。そばにいる俺はそこいらの小石よりも存在価値なんてないんだろう。


「陣。陣......陣。うん、陣って呼んでみたかった」

 視線の中心にいる彼女は、周囲を気にせず俺に向かって何度も何度も陣と呼んだ。

「......好きにしてくれ」

 俺は肯定も否定もせず、ただ彼女に委ねた。

 数メートル先の氷川の元へ足を向け一歩踏み出す。

 俺と氷川の関係性は‟クラスメート”と‟店員と客”だった。ここに‟魔女とその使い魔”が新しく加わった。存外悪い気はしない。

 確かに()()()()()()()()()。俺も、彼女も。


 皮肉気に鼻息を一つ漏らして、氷川の傍に寄ろうとした時――。



「......陣?」



 ――過去は、酷く重たいものだ。良い思い出も、悪い思い出も、全てがごちゃ混ぜになって一つの重たい影になる。背負っていた自覚はあった。忘れるはずが無い。

 踏み出そうと持ち上げた足が、空中で一度止まり、たたらを踏んだ。踏み込んだ右足が沼に沈んだ様に酷く重たいものへと移り変わる。



「やはり陣じゃないか。こんな所で出会えるなんて......フフッ。あまり信じてはいないんだけど......こういった時ばかりは運命というものを信じてしまうね」


 氷川とは別に「陣」と俺を呼ぶ声の方向へ引き寄せられるように首を向ける。


 俺と変わらない長身に、すらりとした上半身。健康的な太ももはスカートから随分と長く伸びていた。吸い込まれそうな程真っ黒な髪と顎のラインで切りそろえられたボブカットは幼少の頃から何一つ変わりはしない。


冬姫(ふゆき)......舞桜(まお)

「同じ学校に通っているというのに......なんだか酷く懐かしいよ。陣」

「……陣、知り合い?」

 氷川という未来が、冬姫という過去が。俺という現在を挟む。

 過去は帳の下りた夜だ。ならば未来はそれを明瞭に形作る陽の光ではないだろうか。

 月夜を髪に零し、神秘的なオーラを纏う冬姫。俺は彼女を見据えると、深く目を閉じ暫くして観念したように口を開いた。

「久しぶりだな」

 冬姫は俺の声に嬉しそうに反応を示し、頬を赤く染めながらその煌びやかな唇を上品に動かす。


「久しぶりだね、僕の王子様――」

次回から第二章突入です

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