第二十九話 デートに行きましょう 一
金曜日の早朝。いつものアラームで目を覚ましたわけだが、如何せん眠いのはどうにもならん。
冷蔵庫を漁りながら頭の中で献立を組み立てていると、ベッドの方に置きっぱなしにしていたスマホが震える。
「こんな朝っぱらから......」と一人愚痴をこぼしながら眠気眼を瞬かせながら画面に目をやる。
不動明 幽というあまり朝から見たくはない文字の羅列と、食欲を減退させるおなじみの謎スタンプが。
『陣! おはよう! 今日は午後から暇じゃん? だから遊びに行こうよ!』
うーむ。困った。今日は氷川との予定が入っているのだが......。
どこかのペアチケットを握りしめた幽の自撮りが送付されていた。俺は一度本気でブロックしてやろうかと悩んだが、何とかその手を理性で押さえ、断りの返事を送る。
『すまん、先約があるんだ』
『がーん! ショック! 陣とせっかく遊びたかったのに』
こいつ普段とキャラ変わり過ぎだろう......。
すると、ものの数秒で幽本人から電話がかかってきた。正直出るのも面倒だったが出ないのも後々面倒になりそうなので、観念して通話ボタンを押す。
『というわけで悪いな。俺は今日予定があるんだ』
『ふぬん......なるほど、白雪案件だな?』
『白雪案件?』
『氷川霧華の事だ。どこかへ遊びに行く約束でもしたのだろう?』
妙に鋭いな......。
『なんか鋭いな。盗撮でもしてんのか......まぁ、その通りなんだがな』
『フッ......俺の様な男はそんな野暮はせんさ......楽しんで来い。このチケットは、まぁ......』
『まぁ......?』
『思い出として、部屋に飾ってお――』
妙な寒気を感じたので早々に電話を切った。うーん風邪かな。今日の朝食は卵粥にしよう。
俺は急いで朝食を胃に詰め込むと、少しだけいつも以上に身だしなみに時間をかけ、登校した。
* *
俺の頭の中は疑問で膨れていた。そもそもなぜ氷川は俺なんかと出かけたがっているのだろう。一人が嫌なら辻でも久田でも、それこそ仲のいい波多野でもいい。適任がいくらでもいる筈だ。なぜわざわざ俺なんだ。
カラオケの礼とはいっても別に菓子折りでも、宿題を少し手伝ってくれるとかでもいいはずだ。もっと言えばそもそも言葉だけで良いのだ。全く知らない間柄というわけでもないが、俺と二人で出かけるのは、苦痛ではないのか。
ふと左方向へと視線を向ける。今は英語の授業中だ。担任が黒板に書いている英文を皆一様にノートに写している。
氷川霧華もまた、同じようにノートに書き写していた。
授業中はウザったいのか、髪を耳にかけ視界を確保している。普段隠れている頬が俺の席からは丸見えだった。
どこまでも、穢れのない肌だ。
俺はこの席を気に入っている。ここから見える景色は随分と世界を明るくしてくれる。
だから俺は頭を悩ませる。この氷川霧華と俺が学校終わりにデートの様な事をするなんて......。
四限目が終わり、各々の目的の場所へ移動を開始する。
「御幸~今日ヒマっしょ」
「すまない、この後サッカー部の助っ人に......」
「えーマジそれダル過ぎー。霧華は?」
「ごめん、私も家の用事が......」
「はぁー? じゃあもう九名しか残ってないじゃん」
久田が心底不機嫌そうに、九名と数人の男子を連れてどこかへと向かって行く。九名もあまり納得がいっていないようで、渋る様に後を着いて教室を出る。
「わー、友達が多い奴って常に誰かしらと行動するんだなー」と感心しつつ荷物をまとめていると手に持っていたスマホが震える。
『西荻、改札の所で待ち合わせね』
氷川から簡素なメッセージが届いていた。相変わらず飾り気がない。
ふと、本人の方へ顔を向ける。
氷川は俺に気が付いたのか、赤い舌を少しだけのぞかせると小さく手を振って教室を出ていった。
「ふぬ......存外、仲が良いんだな。カラオケでも思っていたが」
気が付くとニシローランドゴリラ改め幽が氷川の方へ視線を向けつつ傍に居た。
「俺自身が一番知りたいんだがな......」
軽口を返しながら、席を立つ。幽は言いたいことだけ言うと「気張れよ」と謎の言葉を残し、自身の席へと鞄を取りに向かった。
道中で氷川と鉢合わせにならない様に、少しだけ迂回して西荻窪駅まで行こうーー。
住宅街を抜け、小さな飲食店が軒を連ねる小道に出る。後はこのまま進めば西荻窪駅だ。
夕方から開く店が多いからか、今はどこもシャッターが下りていて少し寂しい風景だ。近隣には様々な学校がある為、個性豊かな制服を纏った学生が多くみられる。
十分ほど歩いた所で駅の改札が見える。バスロータリーやコンビニがそびえる北口から構内へと進むと、少しばかり人だかりが出来ていた。丁度その辺りが改札の筈だが......。
そこへきて俺は漸く人だかりの原因を知る。
「何あの子? モデルさん? すげー美人」
「顔小さ! お人形さんみたい!」
「あれ十代田高校の制服だよな......ってことはアレ噂の......」
「え? でも滅茶苦茶イケメンの彼氏いるって聞いたことあるけど......彼氏待ち?」
人だかりが何かを取り囲むように円を描いている。その円の中心に居座るのは――勿論、氷川霧華だ。
相変わらずだな。もう、驚愕さえ起きないぞ。
氷川は別段周りを気にする素振りを見せず、退屈そうにスマホを弄っている。
「流石にあの中に入るのは......死ぬな。うん、死ぬ」
早々に諦めて氷川に電話をかける。ワンコールも待たないうちに繋がる音が耳に入る。
『あー、氷川』
『何? 着いたの? なら早くここまで来てほしいんだけど?』
『俺に死ねと申すか』
『え? 私と会ったら死ぬの? 私が可愛いから?』
『お前最近言うようになったよな』
『事実だし』
それは確かにそうだけども......。いや、事実じゃねーよ。
『どうやってその輪から出てくんの? 何? かごめかごめの現代版いじめ? 俺は今まさに現代社会の闇を見てるの?』
『私今あなたの後ろにいるの......』
『俺は現在進行形でお前を見てるんだが』
『ストーカー』
『うーーーん。だとしたらお前の周りの奴らも漏れなくストーカーになるな』
電話越しにクスクスと小さく笑う氷川の声が聞こえた。
『とりあえずホームで待ってて』
そういうと電話を切る氷川。目で追うとどうやらトイレに逃げ込む様だ。
ここまで度が過ぎていると素直に羨ましがれないな......。
俺は氷川に群がっていた学生たちの横を抜け、ホームに向かう。




