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瞑々に唄え  作者: 卯ノ花 腐
レピドライトは溺れない
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第二十八話 魔女の使い魔


 その笑みは、これまで見てきた氷川の笑顔の中で一際異なったものだった。それこそ、黒魔術を唱える怪しげな魔女の様。煮えたぎった液体が入った古ぼけた釜をかき混ぜるところまで想像できたね俺は。


 普段のキリッとした目元はとろけた様に垂れ下がり、気のせいかもしれないがどこか恍惚とした表情にも見える。綺麗な指は毛先を意味もなくいじり、どうにも落ち着きがない。


「あの、部屋......暑いか? 暑さで頭がやられてないか? タピオカ食い過ぎて身体がおかしくなったんじゃないか? 吐き出せ! 直ぐに! やっぱりあれは新種のカエルの卵だったんだ! さぁ!」

 俺は声を荒げみっともなく慌てる。

「――なに、どうしたの急に! ウケる」

 いつのまにやら氷川は元に戻っていて、揶揄うように俺を見て笑う。

 ――何だったんだ今のは。氷川の顔をもう一度見てみるがやはり先ほどの様な変化は見られない。

 結局氷川が俺をどう見ているのか知りえないまま、話は流れてしまった。空気を変える為に軽く咳払いし、辺りを見回す。うん、他の客はこちらを意識の端にも入れてない。幸いだろうか。

 手元のカップに入っていたカフェラテを一口すすると、氷川がこちらを見上げながら息を吐く。


「この前のカラオケ、お礼がしたいんだけど? ねぇ?」

「お礼と言いつつ、カツアゲしてきそうな雰囲気出すのやめてくんない?」

 有無を言わさぬ迫力だ。

「お礼なんだけどさ、今度一緒にどこかいこっか。学校外なら別にあってもいいでしょ? カラオケでもそうだったし」

「いや、それは俺が決める事じゃなくてだな、俺とお前が一緒にいるところを見られるのがダメであって――」

 そこまで喋ってから気が付く。こいつ、聞こえないふりをしているのか、耳に手を当てている。子供かよ......。

 俺は憐れむような視線を寄越しているのだが、目すら瞑っている氷川には分からない様だ。

「行きたいところとかないの?」

「イタリア」

「えー? 人多いから違う所にしない? どうしても行きたいところが無いなら私が決めて良い? ね、どこが良い?」

「モケーレムベンベ」

「車ないときつくない? じゃあ私が決めるね」

「あぁもう! 行きたいところあるなら先に言ってくれませんかね!!??」

 こいつ端から俺の話聞く気皆無じゃねーか。俺の口から存外大きなため息が零れ落ちた。

 両手を耳から話した氷川は鞄からスマホを取り出す。淡く色付いたネイルがスマホの画面上を素早く走る。どうやらWebサイトを見せたいらしく、アクセサリーのないシンプルなカバーに覆われたスマホを、俺の前に掲げる。

「ここ、一回行ってみたかったんだけど、一人じゃちょっと行きづらくてさ。お礼に一緒に行ってあげる。どう?」

 お礼とは一体......うごごごご。

 ネオになりかける前に何とか力を抑制し、掲げられたスマホをのぞき込む。流石に堂々とは出来ないからそっと辺りの様子を伺うが杞憂に終わった。本当にこの時間は来店すくねーな......。


「えぇと......。『風水の話出来るやん! 一から始める風水知識――』」

「どこ見てんの」

 ゴスっという鈍い音が俺の頭蓋骨に響く。うごぁこいつスマホを突き出しやがった。

「ミクラム......? あぁ新しく出来た水族館と動物園が融合したみたいなところか」

「そ。今週の金曜って授業が午前までじゃん? 平日だったらそこまで混んでないだろうし」

「動物とか好きなの? 意外だな。もっとこう、絶滅させる側かとばかり」

「......烏羽は私の事そう思ってんの?」

 じわりと赤紫の色がかすむ。

「うそうそ。ちょー嘘。お前メッチャ動物好きそう。毛皮とか剥ぎ取りまくり。骨まで愛してそう。骨だけになった動物でも愛してそう......魔女だけに」

「陣君は少し......いや、かなり口下手なんだ、すまないね霧華ちゃん」

「マスターが口を出す程!?」

 突然割って入ってきたマスターが俺の後頭部に優しく手刀を下ろす。

いたぁ......くはないな。加減してくれたみたいだ。

「んで......そこにいきゃいいんだな」

 気まずいまま後頭部を掻く。

「うん、行きたい」

 氷川は、こくりと頭を小さく振る。

 彼女が俺にお礼をしたいのは確かなんだろう。カラオケの時、何もしなかったとは言わない。これは驕りでもなく、事実だ。九名の事は知らないだろうが、それでも俺は――彼女に手を差し伸べてしまった。

 甘んじて受けるほかない、な。


「わかった......。丁度その日は特に予定とかないし」

 諦めて氷川と向き合う。目元の水分はなりを潜め、代わりに幾度と見た魔性が孕んでいる。

「これは......約束。もし破ったら、あんたが言うように、魔女らしく呪うから」

 悪戯っぽく笑みを浮かべると、そっと舌を覗かせる。白と黒と銀で構成された彼女の身体から浮いたように濃く鮮血に染められた舌だ。

「頼むから、そこの動物は使ってくれるなよ......」

 俺は皮肉を返すのが精一杯だった。まぁ、彼女にとっての俺は魔女に(かしず)く使い魔といった具合だろう。

「使い魔か......。どんな因果か、()だしな」

「ん? なにか言った?」

「いや、なにも。お姫様よりも魔女の方が俺に馴染んでるって話」


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