第二十五話 あぁ魔女よ
暫く無音を味わう取り残された六人。
「なにこれマジ寒いんだけど。んじゃま、うちも帰るねー」
部屋に来てから全くと言っていいほど存在感を消していた久田が漸く口を開いたと思った矢先に飛び出したのがその言葉だった。
引き留めるものは誰もいない。九名が僅かに目で追うが、姿が見えなくなるとまた元通りうつむいたまま押し黙る。
取り残された人物は五人になってしまった。
「「......」」
流石にここまで来れば本所呼子も黙らざるを得ない。つまらない沈黙を噛みしめる様に小さく口を動かす。
暫くすると、組んでいた腕を解き放ち、辻御幸がその薄い唇を開く。長い沈黙で糊付けされたかのようにその動きは酷く緩慢だった。
「美茂さん、本所さん。すまない、良く分からないが皆にとってはあまり楽しい集まりではなかったようだな。もう少しで退室時間だしお開きにするか」
顔には万人が見惚れる笑顔が。けれど、声音には拒否を許しはしないという強い意志が感じられる。
「う、うん。けどその前にせっかくだから連絡先......」
ここまで来ては引き下がれないとばかりに素早くスマホを取り出す美茂。
「俺だけでいいのかい?」
「えっと......そう、ね。九名のはもう知ってるし、とりあえず今は辻君のだけ......」
「わかった。交換しよう。あぁ、それと一つだけ条件がある」
肉に食らいつく獣の様に、素早く辻のスマホを手に入れようと動く美茂を牽制するように掌を差し出す。
「条件?」
頭に疑問符を浮かべ傾げる美茂。
「うん、俺たちは少し話があるから......君たちはこのまま先に出てくれないか?」
「そんなことで良いなら!」
辻の言葉をすんなりと聞き入れると、目を閉じていた本所の首をひったくり、急ぎ足で部屋から出ていく。
その光景に少し苦笑いを浮かべながら、辻は残った二人に対して言葉を放つ。
「僕が何を言いたいか、分かるか」
先ほどまでと明らかに雰囲気が違う辻の声に、残された二人は冷や汗を背中にかく。
「ど、どうしたんだよ急に! それになんで二人を......」
九名が慌てた様に立ち上がる。
「霧華は確かにこのカラオケに乗り気じゃなかった。だが、織山。君が彼女の傍で話してからそれが顕著になった......違うか?」
「――ち、ちが......。俺はただ、彼女の事が気になってそれで......」
取り繕うように頭をふり、否定を表す織山。顔には汗が浮かび上がり前髪が水分を含み張り付く。
「九名、お前......トイレに行ってから随分と様子が変わったな。霧華が出て行った後、すぐの時だ......それに随分と遅かったじゃないか。腹でも壊したか?」
「そう、そうだよ。俺は......何も本当になにもない! ただ腹壊してトイレ行っただけだって! 信じてくれよ!」
「――何を信じる? お前が腹壊したことか?」
辻の眼光に臆する二人。
「......本当に、何もしていないのなら、それでいいんだ。ただ霧華について嫌な噂を耳にしてな?」
「ど、どんな?」
「言いたくもなくなるような噂だよ。お前ら......心当たり、無いんだよな?」
織山は無言で頭を縦に振り、肯定を意思表示する。九名も続くように頭を振る。
「僕は霧華をつまらない事に巻き込みたくないだけなんだ。もしかしたらお前たちが......って変に勘ぐったりして悪かったな。すまん」
先ほどの剣幕は消え失せ、いつもの辻の表情に戻っていた。座ったまま深く頭を下げる。
「お前らはそんなゴミ屑じゃないよな――」
二人の間に割り込むと腕を回し、白い綺麗な歯列をのぞかせながら静かに口を動かす。
「そんな、わけ......ないジャン」
九名は心の底を覗かれたような、壁を剥がされたような悪寒がした。
「よし、詫びに霧華の分の料金は俺が出すよ。未央の分も。退室までもう少しある、男同士で友好を深めようか!」
手の内に居る二人が僅かに震えているのを、辻は見て見ぬふりをしていた。
* *
「「烏の少年時代の~」」
「あ、やば」
――俺と幽が禁忌キッズの代表曲をデュエットしていると氷川が目を丸くさせ、小さく声をあげた。
「「ん?どうした」」
「そこもハモるんだ? ちょっとヒクんだけど......」
俺と幽の声が重なっただけなのに酷い言われよう。俺はこいつみたいに小指を立てて歌っていないのに!
「そういえばさっきの部屋にお金置いてくるの忘れてた......」
財布を取り出しながらやってしまったとばかりに頭を抱える氷川。
「ん、戻るのもちょっとアレだし......」
「あん? どーせ辻が出すでしょ。どーせ」
俺は軽い気持ちでそう言った。本当に、軽い気持ちで。
「まぁ......学校で返せばいっか......けど」
氷川の目が細く澄まされこちらを見る。蠱惑の赤紫がうっすらと線の様に細い。
「なんか......今の言い方、御幸と友達みたいに聞こえた」
「俺が? 辻と? 馬鹿言っちゃいけねーな魔女。馬鹿か魔女」
「はぁ? 馬鹿って何? 定期テストの順位知らないの?」
それを出すのは卑怯だと思います。本当に、ええ。
「けどまぁ、ありえないか。御幸と烏羽が友達なんて。そんなだったら烏羽は劣等感で押しつぶされそー」
想像して面白くなったのか、にやけた笑みを浮かべる氷川。随分と楽しそうだなおい......。
「勝手に想像して勝手に面白くなるな」
むくれる俺の頬に細い指を押し付ける氷川。俺か全力で無視する。
「もし......」
ふと、瞳が見開かれる。マゼンタを内包したビー玉が二つ、こちらを見据える。
「もし......そうなったら私が慰めてあげよっか?」
まだにやける顔を止めない氷川に俺は心の底から叫んだ。
――あぁ、この魔女が! と。
「俺はこの禁忌キッズを一人でも歌い切るぞ。あぁ、一人でもな!」
視界の端で、黒タイツが何かを喋っていたのは分かっていた。




