第十九話 まだ会えない
「ここだ......ここに烏羽が来てくれてる......」
部屋の前で一度立ち止まり、息を整える。息切れしたまま入ったら私が急いで来たみたいでカッコ悪い。
すーはー、と深呼吸を繰り返し、もう一度部屋番号が間違っていないか確認する。
「四〇七号......うん、間違ってない」
手に持ったスマホの画面に表示される数字と部屋の扉の上に掲げられた数字が一致していた。
入る前に外から中の様子を伺う。中は完全に暗闇というわけではないけど、外からは様子が掴みにくい。
少し、緊張していた。どんなテンションで会えば良いんだろう。なんて声をかければ良いんだろう。「おまたせ」とか? これだと普通すぎるかな。「わざわざ私の為に来てくれたんだ?」とかは? ......どうかな。
思考がぐるぐると回り始める。答えが全く程浮かんでこない。
「いや、普通に......普通にオリヴィエで会うみたいなテンションで良いかな」
意を決して、扉に手をかける。軽いはずの扉がなんだか異様に重い。このプレッシャーは一体......。
私に押され、次第に開いていく扉。部屋の暗闇がこちらの明るさを飲み込み、足元が暗く染まってゆく。思い切って扉を強く撥ねる。
「......その、今日は......色々とありがとう、ね。正直言って助かった。烏羽が手を貸してくれて」
まともに顔が見れなかったから、俯き気味に咄嗟に感謝を述べた。
私は徐々に顔をあげて、部屋の奥のソファに深く腰を下ろしている烏羽の顔を視界に取り入れようとした。
「前にも言ったけど、本当に救われてるんだよ? あんたはそんなつもり、ないかもだけど。だから今度、お礼にどこか連れて行って....あげ......」
そんな私の視界に収まっていたのは――
「ようこそ我が城へ......“白雪”よ」
――視界に収まりきらないほどの巨体を黒いタイツで覆い、青いシャンプーハットを首に巻いていた、不動明 幽だった。
* *
私の脳が視界の情報を即座にシャットアウトした。おかげで何とか事なきを得た。
おかしい。この部屋には烏羽がいて、私は彼に会いに来たハズ......。
今度は自分の腕を見つめてみる。うん、大丈夫。私は私。目をゆっくりと前方へ向ける。化学薬品とかは直接嗅いじゃダメだって中学生の頃先生が口を酸っぱくさせて言ってたから、直接見るんじゃなくて、薄く瞼を開けて覗くように見た。
「ようこそ我が城へ......“白雪”よ」
不審者が、両手を広げて歓迎の意を示していた。やっぱりおかしい。だってこれさっきも聞いたし。
私が知らなかっただけで、多分今日の私は本当に、体調が優れてないんじゃないかな。だって、インフルエンザにかかって四十度近くまで熱が出た時似た様な悪夢を見たもん。
「突っ立ってないで、そこいらに適当に座れよ。えぇ? おい。それとも何か? 王子様が馬車に乗って迎えに行かなけばならんのか? それは役が違うだろうよ」
キザッたらしく額をぺしりと叩き、物憂げにこちらを見下ろすような仕草を取る。
「えっと......烏羽、イメチェン? 止めた方が良い。絶対。無理。無理無理」
こめかみから一筋冷や汗が流れ落ちる。
「同じクラスだろうがァ!? 流石に気付けや!」
勢いに任せ、首元のシャンプーハットを引き抜き、足元に叩きつける。
「......あぁ、不動明か、なんだ」
「お前俺の事嫌いだろう? えぇおい?」
「冗談」
不動明はちらりと悲しい顔を覗かせ、叩きつけた青いシャンプーハットを広い元の位置に付け直す。
もう分かっていた事だけど、それでも気が付いていない素振りで辺りをきょろきょろと見渡す。私からではなく、向こうからその事を口にしてほしかった。
「陣はいねぇぞ......。用事があるってんで、どっか行っちまったよ」
所在無げに胸元にぶら下がる三つ編みの先をいじくる不動明。彼には失礼かもしれないけど、少し可愛く思えた。
「ふーん......あっそ。自分から言っておいて、私は放置なんだ......」
視界がジワリと幕を張る。どうにもぼやけてしまう。
これもまた、分かっていた事だ。彼は約束を簡単に破棄するような人じゃない。分かっていたけど、ついつい口に出してしまった。私は私の弱さが嫌い。
「お前とは少し、話をしてみたかった。学校じゃあそんなことありえねーけどよ。陣の事を話してみたかった。あいつが戻ってくるまでの時間を俺と‟潰そう”ぜ」
先ほどの茶番は何だったのかと思う程、彼はまじめな顔つきでそう言った。どこか怒っている様にも見える。
私は少し気圧されるように小さく顔を縦に振る。私をチラリとみると、顎でソファーに座れと促し、テーブルのコップを眺めながら口を開く。
「あれは......そう、俺達が一年の頃だ。陣とは一年の時から同じクラスだった。だが互いに話したことも無ければ面と向かって顔を見た覚えもなかった。当初はな」
思い出すように、彼は語る。声はどこか穏やかだ。
「俺は――常に情熱的な恋をしている」
「えっ......」
「ふ......驚くのも無理はない、か。なにせ俺の情熱は常に内に秘めているものだからな。だが女心的には、それが良いんだろう? めっちゃ恋愛雑誌読んだからな。間違いはない。俺は正しいはずだ」
「うーん......一回その話置いて進まない?」
「そうか。で、だ......。きっかけは些細な事だ。俺の情熱を篭めた手紙をあいつが拾った。たまたま、目当ての子の机とあいつの机は隣だったから間違えてしまったんだ。当初俺は絶句したぜ? あんなもの他人が読んだらとんでもないことが“起きる”ってな......」
多分、本人が読んでもとんでもないことが起こりそう......とは思っても口に出すのを止めた。
「まだその時は青かったんだ俺は。ついつい激高してあいつを放課後に校舎裏へと呼び出した」
話がどんどんおかしな方向へ向かって行ってる気がするのは私だけかな? この場に私しかいないから他の人の意見をぜひ聞きたい。




