第十八話 別室にて 二
「......烏羽、ちゃんと来てるかな」
誰に言うわけでもなく、ストローを加えながら、口ずさむように彼の名を吐き出す。
「......ん? 霧華どうかした?」
これまでアサ校の自己紹介を黙って観戦していた御幸がこちらに顔を向ける。
「ううん......何でもない」
「そうか......じゃあ今度は俺たちの自己紹介だな!」
御幸はそう言って簡単な自己紹介を始めた。アサ校の女の子――特に美茂さんは懸命に、それこそ一字一句を記憶するように聞き入っていた。
未央は、あまり乗り気じゃないみたい。それもそうだろう。彼女は呼ばれなかったという事実が腹立たしかっただけで別にこの集まり自体に執着があるわけじゃない。氷川霧華と辻御幸が呼ばれた集まりに呼ばれないのが、単純に気に入らなかっただけ。
九名の目的は正直分からない。単純に、他校との繋がりを目的としたカラオケを開催するような人間には思えないけれど......。
自己紹介が一通り終えると、今回の目的であるカラオケが始まった。
誰が初めに歌うか、少しばかりいざこざがあったが結局は御幸が最初という事で満場一致となった。
「あ! ウチこの歌知ってるー! 御幸君センスいい曲選ぶねー」
手にしたタンバリンを騒々しく打ち叩きながら御幸をほめる美茂さん。初めは高校別に対面する形だったけれど、気が付けば皆思い思いの場所へ移動していた。
こうなることも予想出来ていたので、私は出入り口の扉に一番近い場所のソファーに座っていた。
部屋の四隅に配置されたスピーカーからどこか聞き覚えのあるメロディが流れてきた。
「~~~~!~~~!」
マイクを片手に御幸は楽しそうに歌っている。吹奏楽や軽音に所属していないけれど、しっかりとした声量で音程を合わせて歌う。その声を聴きながら美茂さんが顔をとろけさせている。
そんな美茂さんの隣で、本所さんが曲に合わせて手を振っているがどこかテンポがズレている。炭家さんに至っては耳にイヤホンを差して聞いてすらいない。
私は、今すぐにでも抜け出したい気持ちを必死に抑え込みながら、じっと画面を見つめていた。
すると私の肩に何かが数度触れる感触が生まれる。
「氷川......霧華さんだっけ?」
キノコ頭の織山くんだ。顔にはニヤッとしたいやらしい笑みが張り付いていた。
「ね......退屈でしょ?」
「さぁ......カラオケ自体あんまり興味なかったから」
気が付けば私は冷たくあしらっていた。
「俺もあんまり乗り気じゃなかったんだ。同じバンドの美茂がどうしてもっていうからさ......。 けど俺、来てよかったと今は思えるよ」
「へぇ」
「君が来てくれたからね。名前ぐらいは聞いた事あるよ。顔を合わせるのは初めまして、だけど」
「......」
私は顔も向けずにただひたすらに画面を睨んでいた。
「辻 御幸君、彼って本当にすごいね。噂通りモデルみたい......いやそれよりも完成された顔だし、物腰も柔らかで、そこに居るだけなのについつい彼を中心と思ってしまう」
「話はそれで終わり? ちょっと具合が悪いから――」
「君は彼と付き合っているの?」
こちらの話を聞かず、一方的に捲し立てる織山君。いい加減限界が来そうだったけど、私は努めて冷静を装った。
「私は誰とも付き合ってないんだけど? てゆーか、話を聞いて」
「やっぱそうか......うん、うん。そうだろうね。じゃあさーーあの噂は本当だ?」
「噂?」
「君、色んな生徒と『ヤリまくって』んだって? 噂聞いたよ」
周りに聞こえない様にそっと私の耳元に顔を近づけ言葉を放つ。彼の吐息が耳に吹きかかり、背筋を凍らせた。
スピーカーから流れ出る、大音量の御幸の歌声は聞きたくない言葉をかき消してはくれなかった。
――あぁ、なんだ。こいつは初めからそれが目的だったんだ。噂を聞いて自分でもワンチャンあるかもって。
身体の奥底から冷えていくのが分かる。身体の細胞が緩やかに死にそうになっている。
諦めて、彼の方へと身体を向ける。
「君の目を見ればわかるよ。普通の人生送るのがつまらないタイプの人間だろ? 分かるよ、分かる。俺も同じだ。こいつらみんないい子ちゃんでつまんねー。君も普通じゃ足りないんだろ? なんかこう、刺激がさ! 俺たち結構そういう所合うと思うんだよね! 理解者って感じ?」
――わかる? こいつは何を言っているの? 俺と同じ? 普通じゃ足りない?
さっきまで冷えきっていた全身が反旗を翻す。この目の前の男を焼き殺せるような熱が、臓腑の裏に顔を出す。
こいつが私の......なに? 理解者? こいつが?
目の前の何かが発した言葉を懸命に理解しようとして、止めた。
「あはっ」
まただ。また勝手に私は笑っている。おかしな表情をして笑ってる。
「お? 当たり? やっぱね! ねぇ番号教えてよ! いつでも呼んでくれていいからさ......」
せかせかとサコッシュからスマホを取り出して画面を操作する。その様子を、私はボーっと熱に侵されているような感覚で見ていた。
すると、私が羽織っていた黒のジャケットから振動音が伝わった。
緩慢な仕草でポケットに手を突っ込み取り出す。
「から......す、ば」
『烏羽』という二文字が私の視界に入ると同時、澄み渡る空の様に私の頭がクリアになってゆく。
――烏羽。烏羽烏羽烏羽烏羽! 烏羽!
『今、カラオケついた。部屋は四〇七号室。来れるタイミングで来いよ』
随分と簡素だった。句読点をしっかりと入れるあたり彼らしい。
私はお預けを食らっている犬の様な織山君に、とびきりの笑顔を作る。
「魔女はね......狭い人が好きで、知らないカラオケ空間が嫌いなの。知ってた?」
「......ぇ?」
掠れながらもなんとか返事をしてくれた織山君を放置して、私は出来るだけ無駄のない動きで静かに部屋を出る。
部屋から出たと同時に私は駆け足で階段へと向かった。今日はスキニーと背の低いパンプスだったおかげで身軽に動けた。様々な部屋から違った声と、音が廊下まで響いてくる。けれど私の耳は何も入らない。
「烏羽、四〇七、烏羽、四〇七――」
――だから、別の誰かが先ほどの部屋から出てきた音を私は聞けなかった。




