第十七話 別室にて 一
今日は一日中落ち着いていられない。数分ごとにスマホの画面をチラリとみては、時間の進む遅さにため息を漏らす。
「いやぁ~! ッパ華があるね! 華が!」
ニコニコと嬉しそうに笑みを浮かべながら、同じクラスの九名がひとりでに立ち上がる。相当テンションが高いのだろう。九名は一つの場所にずっといられずにあっちへ行ったりこっちへ行ったり、目まぐるしく動き回る。
私たちが入ったカラオケ店はビルの数階に渡って部屋が設けられていた。この部屋はその数多のカラオケルームの中でも相当広い方だろう。九人の高校生がこの部屋にいるがそれでも空間は余っている。本来はパーティー用などに使うらしい。
天井には下品なほど光を照り返すミラーボールが備え付けられているが、今は呼吸を忘れたかのように沈黙を貫いている。
「ってことで! そろそろ皆の名前教えてよ!」
阿佐ヶ谷南高校――通称アサ校の女生徒三人のうち、一人が痺れを切らしたように口を開いた。
明るく抜けた茶髪にゆるいパーマ。長さはあまりなく、どこかボーイッシュな雰囲気を感じるが、甘ったるい声がその見た目と絶妙に噛みあわない。
「とりあえずウチからでいいよね? 『美茂 柘榴』です! 柘榴は果物の柘榴と同じ漢字! 軽音に入ってます! こう見えてドラムやってるんだ~」
その瞳には御幸以外の何物も映してはいない。トップバッターでアピールできるチャンスだとでも彼女は思ってるみたい。
「こいつは俺の幼馴染でさぁ、実は柘榴と俺で今回のカラオケを考案したわけ! せっかくだから他校とも繋がりできた方が良いっしょ?」
仲のいいことをアピールする為か、はたまたボディータッチを狙っているのか、九名が美茂さんの肩に手を回す。けれど、彼女は笑顔のままそっと距離を離す。九名の表情が固まった
「とりあえず、アサ校側が先に自己紹介していくか。俺は『茂可家 命』変わった名前だからすぐ覚えられるってよく言われるよ。今回は随分と突発的だったが......十代田高校の人たちと仲良くなれたら嬉しいかな」
美茂さんの隣に座っていた男子高校生が律儀に立って自己紹介を始めた。
駅で合流した時から思っていたけど、彼は随分と背が高い。同じクラスの不動明程ではないが、平均よりも頭一つとびぬけている。
黒い短髪をウニの様にツンツン立ち上げた髪型。彼の旋毛が二つあることに私は気が付いた。どうでもいい事。
「んじゃ次は俺か......『織山 海里』だ。美茂と同じ軽音部でベースをやってる。好きなバンドは......まぁ、UKロックとかだけどそれはいいや。よろしくな」
美茂さんを挟んで反対側に座っていた男の子が手を軽く上げて声を出す。重苦しいようなキノコ頭がとても特徴的。目に髪が覆いかぶさっていて顔の半分が隠れていた。
よろしく、といった時こちらに目線が来たのは気のせい? 物理的に目が見えていないから何とも言えない。
「これで私と男子は終わったね!じゃ、呼子も自己紹介しちゃいなよホラホラ!」
彼女は立ち上がると一人の女の子の背後に回り、おもむろにその脇に手を差し込み持ち上げる。だが、持ち上げられた女の子の方が身長が高く、中途半端な姿勢で止まる。
「『本所 呼子』よ......初対面の人たちに何を言えばいいのかしら?」
中途半端に立ち上がったまま思考する本所さん。真っ黒でどこまでも伸び続ける髪はちょっとホラー染みてる。中腰のまま顎に手を置き懸命に考えているけど......その姿勢、辛くない?
本所さんも随分と背が高い。多分烏羽と同じくらいは有りそう。おまけにブーツも履いているから普通の男子よりも大きく見える。けどそれに相反して顔がすごく小さい。
「えぇー? ウチにそれ聞くの? ......あ、呼子はヒップがすごい! どうこれ!?」
まだ美茂さんは本所さんを背後から抱えるような姿勢。その状態から本所さんのお尻をぽふぽふと軽く叩く。叩かれた本所さんは誇らしげにその様子を周りに見せつけていた。
「えぇ、そう。本所呼子のケツは凄いのよ」
この人、自分で自分のお尻を凄いって言った。しかもかなり得意げな表情でケツって。
九名が本所さんのお尻を目に焼き付けているのが視界の端に映った。酷く下品な表情で、私の体温が数度程下がった。
「じゃあ最後は炭家さんだけだね!」
笑顔でそう口にした美茂さんに少し違和感を感じた。
これまで自己紹介してきた人たちに対して随分とフレンドリーだったのに、彼女に対してはどこかよそよそしく感じる。なんというか、友達の友達みたいな......。
「炭家......礼。もういいかな? これぐらいで」
随分と冷めた様な口調。私も人の事全く言えないけれど。彼女は無心でその場に居座っている様に思える。そんな所も私と似ている。
アッシュグレーの長髪を下ろしっぱなしにしているけれど、手入れはしっかりしているみたい。毛先まで手櫛が通りそうなほどだ。髪型は本所さんと似ているが、真っ黒でない分どこか神々しくも見える。
自己紹介を終えるともう周りに興味がないのか、自分のネイルをずっと見つめている。細く、白い指たちの先の爪は真っ赤に彩られていて、素直に綺麗だと感じた。
彼女のネイルを見れただけで、もう満足だ。こんなくだらない集まりから一刻も早く出たかった。
薄く、しつこい甘さだけが口に残るジュースを飲んでいると、オリヴィエで飲むカフェラテが妙に恋しくなった。




