第十六話 逆光
幽の服装にようやく見慣れてたと思っていたら、またしてもスマホが震えた。
「む......氷川か?」
「あぁ、多分な......っと。えぇと、ここのカラオケ屋は......こっちか」
画面を見ると、やはり氷川からのメッセージで、すぐ近くのカラオケ屋に入ったと書いてあった。ここからならアーケードに沿って五分も歩けば着くだろう。
「とりあえず、急いでいくか」
「待っていろ天国。俺がまかり通るぞ」
人々が跋扈する商店街を俺と幽が駆け抜ける。道行く人たちが俺らを避けているように見えるのは、きっと気のせいでもないのだろう。
「お、ここだここ!」
それから数分、レンガで塗装された綺麗な道を進み目的地へとたどり着いた。人ごみの中、ずいぶんとスムーズにたどり着けた。理由は今更説明しなくてもいいだろう。俺の横で額の汗をぬぐう不審者のせいだ。
「“カラオケ”か。随分とまぁ......久しぶりじゃあないか。えぇ? 陣」
首を傾け俺の方へと顔を寄せる。ずるりと三つ編みが二本、垂れ下がった。
「そうだな。お前の『凄惨たるヴァレンタイン事件』以来だな。二人で来るのは」
「その話はすんじゃねぇ!!!」
見下ろす幽を揶揄う。途端にあたふたと慌てる様子を見るに傷は未だ癒えていないようだな。まぁ、それもそうだろう。あれは酷かったからな......。
「過去は“清算”した。もう次に進むべきだろう俺は」
どこか遠くを見つめる幽。悲しいかな、服装が服装だけに格好がつかない。
「早く入るぞ」
「俺のどこがいけなかったのか......。あぁ」
このまま泣き崩れそうな雰囲気を咄嗟に感じたので、膝を抱え蹲る幽を蹴り転がしながら中へと進んだ。
エレベーターが目的の階につくと軽快な音と共に扉を開く。すぐ目の前に受付があり、スタッフのお姉さんが暇そうに手元のメモ帳に落書きをしていた。
「......! いらっしゃいませ!」
こちらに気が付くと姿勢を正し、規則に従った笑顔をこちらに向ける。
「えぇと......高校生二人でお願いします。時間は......」
辻たちは一体どれぐらいここで過ごすつもりだろうか? あまり長すぎても無駄だし、短すぎても意味がない。
「フリータイムってまだ大丈夫ですか?」
「えぇと......はい、まだ空はありますので大丈夫ですよ」
よかった。これなら時間を無駄にすることはなさそうだ。目的が果たせれば直ぐに帰れるし、料金もそこまでかからない。
「じゃあ、それでお願いします」
「はい、ありがとうございます......ただ......」
ただ? ふと、お姉さんの顔が曇る。何かに困っているのか、言いだし辛そうな表情だ。
「そちらの......お連れ様は......えと、高校生......でしょうか」
俺は顔を横に向ける。二メートル近くある、霊長類の抜け殻が視界に入った。
「......すみません、これでも一応高校生なんです」
ピッチピチのタイツの膨らみを強引にまさぐり幽の財布を取り出す。中から学生証を引き抜き、やや乾いた笑みを浮かべながらお姉さんに提示した。お姉さんもやや乾いた笑みを浮かべながら「すみません」と一言添えてくれた。
「やはり、こんな強面なのがダメなのか......」
わーお。こいつまだトリップしてやがる。ドリンクバーに飲み物を取りに向かう俺の後を、白目をむきながらよろよろと着いてくる。
「おい、いい加減目を覚ませ。ダメなのは顔じゃなくて服装だと思うぞ。あと髪型」
「辛辣過ぎんだろ! えぇ? おい!」
漸く元に戻った幽はプラスチック製のコップに乳酸菌飲料を注ぎながらこちらを睨む。
なんだかシュールな絵面だ。大柄な男がドリンクバーの高さに背を低め、零さない様にコップの縁ギリギリまでジュースを注いでいる。意外とこすい奴だ。
「そういうの好きだからそんなデカくなったのか?」
注ぎ終えた幽がぷるぷると腕を震えさせながらこちらにやって来る。
「へへッ......まぁ、な」
なんで若干照れてるんだ。
「俺たちの部屋は......四階か。あ、階段で行かなきゃダメみたいだ。幽、気を付けろよー」
「神は無慈悲!」
幽の速度に合わせることなくさっさと自分たちの部屋へと向かった。
――――
「おう、漸く来たか」
部屋に備え付けられていた電子目次本をちまちまと操作していると、幽が部屋の扉を開けて入ってきた。
「その場で飲んできたぜ。零すような醜態は晒さなかった俺を褒めろよ」
「最初っからそうしろ」
どさりと、ソファーに腰を下ろす。
部屋は正直言って狭い。男が四人入ればすぐにでも窮屈を感じる程度には手狭だ。立方体をした赤いソファーを互いに二つくっつけて一息つく。
照明はあるにはあるが心許なく、部屋全体が薄暗い。部屋の狭さとは相反して、巨大なモニターには流行りのアイドルグループが自分たちの新曲を紹介しているシーンが映し出されていた。
「誰だこいつら?」
壁に背を預けてリラックスした姿勢で前をモニターをみる幽が、怪訝な顔でそういった。
「知らん」
俺も特にアイドルグループに詳しくないのでその話を軽く流す。
画面が切り替わる。どうやらまた別のアイドルグループの様だ。
「誰だこの人ら?」
「声優のまみりんときっちょんだ」
――即答......。
「まみりん――本名は間宮凛子。養成所に通っている駆け出しの声優で今年で十八になる。代表作と呼べるようなものはまだないが、俺は“確信”している。あと数年もすれば誰もが知る超人気声優になるだろう。光るものがある。声質は独特のものがあるが逆にそこが良いという意見もちらほら聞くからな......。バッチリと役にハマれば彼女は花開く。その瞬間に立ち会うべく俺は日々観察している。もう一人のきっちょんだが――」
「あ、もう大丈夫です」
強引に止めた。これ以上話を進められても俺はついていけないし、多分その情報が俺に何かをもたらすことは無いだろう。
ちらりと俺の方を向き、またモニターを見つめる。その動作を数度行い、沈痛の面持ちを携え無言で涙を流す幽。
テーブルに置いていたスマホが振動で揺れ、傍にあったコップが同じように震えた。
「悪い、ちょっと用事があるから少しだけ席......外すわ。氷川が来たら適当に相手してやってくれ。まぁお前は勝手に歌ってるだろうけど」
重たい腰をあげ幽にそう伝えると、ひらひらと手を振り扉に手をかける。
この後、部屋に氷川を呼ぶことは幽に話した。だが俺の用事は何一つ話してはいない。
――まるで端から分かっていたように、一つだけため息を吐きだして、部屋から出ようとしている俺の方へと飲みさしのコップを向ける。
「お前はそういう人間だって、俺は“知ってる”んだぜ?」
カラン――とコップのグラスが揺すられ軽い音を立てた。大ボリュームで鳴り響く部屋の音の中でも、幽の声はしっかりと俺の耳に入った。
「......何を知ってるんだか」
前を向き、口だけ動かす。少しだけ頬が緩んでいるのが分かった。
「そういえば今度学校の近くに美味いラーメン屋が出来るらしい」
とぼけた様な声だ。
「お前が振られた時も俺、奢ったよな?」
「だから俺が奢ってやるよ」
「振られてねーよ。告白もしてねーよ......じゃあ行ってくる」
ドアノブに手をかけ、部屋を後にする。視界が突然の光に少しの拒否反応を示す。
「あぁ……眩しいな、本当に」




