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瞑々に唄え  作者: 卯ノ花 腐
レピドライトは溺れない
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第十一話 魔女は烏を御呼びの様で 一

「ねぇ烏羽? あんた本当になんなの? なんで助けてくれなかったの? この前の授業、私助けたよね? 聞いてる? ねぇ?」


 穏やかな陽が傾き、夕方を知らしめる。華やかな香りと共に様々な人たちが店にやって来る。


 この時間帯はオリヴィエも繁盛していた。数少ない席はカウンターを除き埋まっており、マスターはやって来る注文をコーヒーを淹れつつ捌いている。一夏さんも、提供やら会計やらに翻弄され目まぐるしく店を走り回っていた。


 御多分に漏れず俺もケーキのトッピングやら、ドリンクの制作に忙しい。


「私あまりカラオケとか得意じゃないの。知ってる?」


 ――だというのに、だというのにだ。


 先ほどから仏頂面でカウンターでカフェラテをすする氷川霧華は、俺に朝の不満をぶちまけていた。それはもう酷くご立腹で、出来るだけ視界に入れたくはなかったのだが、どうもそれすら許されない様だ。


「いや、知らんけど」

 なみなみとカップに注がれたラテをちびりと飲みつつ、こちらにジト目を寄越す氷川。


「じゃあ今知って? 私はカラオケが苦手。そもそも知らない人たちと狭い空間で過ごすの、好きじゃない」


「今知った。氷川は狭い人たちが好きで、知らないカラオケ空間が嫌いってことね?」


「全然話聞いてないじゃん」

 あれ? 今のおかしかった?



 あの日――氷川に『提案』したあの日以来、彼女は放課後、ほとんど毎日といっていいほどこの店に足を運んでいる。



 やって来る時間はマチマチだが、閉店ギリギリまで必ず店にいる。


 一杯数百円といったところだが、流石に毎日使うとなるとその金額も馬鹿にはならない。

 一度聞いてみると「まぁ、親にお小遣いとご飯代多めに貰っているから」と実も蓋もない返事が返ってきて、俺は深いため息をついた覚えがある。



 店長も常連客が付いて嬉しいのか、はたまた彼女が気に入っているのか、氷川に甘い。一夏さんは言わずもがな。あの人は顔の良い人間に弱い。




 怒涛の駆け込みラッシュが終わり、一息つく。

 俺は自分達用にコーヒーを淹れることにした。


 コーヒー豆を計りグラインダーで細かく挽き、ネルドリッパーに粉を落とす。粉にまんべんなくお湯を注ぎ、少し蒸らす。その間を埋めるように俺は口火を切る。


「氷川はカフェラテが好きなのか?」


「うん。コーヒーはまだ、苦く感じて。けどこれならミルクがいっぱい入っているし、美味しい」


 彼女の顔が綻ぶ。


 ちなみに俺がいれたカフェラテだ。少し照れ臭い。


「烏羽はいつからコーヒー飲み始めたの?」


 挽いた豆からガスが発生し、もこもこと山の様に膨れた天辺にお湯を細かく注ぐ。その様子が珍しいのか、落ちる様をいつも真剣な目で氷川は見ていた。



「? 正確に覚えてないが......多分そうだな。あぁ、中学生の頃か」


 俺がコーヒーを飲み始めたのは――本当にくだらない小さな事がきっかけだ。


「あぁ、あれ? カッコつけたくて?」


「お前はコーヒー好きを馬鹿にしたな。外に出ろ中粗挽きにしてやる」


「冗談。怒んないで」

 そういうと、少しだけ口角をあげて笑みを携える。



「それで、結局行くのか? カラオケ」


 高校生のカラオケ――それも他校の生徒と。開け梳いた合コンだ。特に九名が主催なら猶の事間違いない。


「もう返事しちゃったし」

 コトッとカップをソーサーに戻し、顔を下げる。本当は行きたくないのが見え見えだ。


「そうか頑張れよ。アサ校はイケメン多いみたいだしな、まぁ傍に辻がいるんだ今更感もあるがな」


 皮肉っぽく零す。注ぎ終えたコーヒーをサーバーからカップに移し、ずずと一口飲む。うん。我ながら美味い。マスターにはまだ及ばないが、そこそこ美味い。



「そういえば、毎日の様に遅くまでいるが......親は何も言わないのか?」


 コーヒーを飲みつつ、カウンターでスマホを弄る氷川に聞いてみた。


 ゆっくりと顔をあげ、暫しの沈黙。何かを考えているというよりは躊躇ったような間だ。


「うん、何も言われないかな。てゆーか、家に帰っても誰もいないし」

「そう......か」


 まずい事を聞いてしまったようで、居た堪れない空気が漂う。





「あぁん! 流石に疲れちゃった。霧華ちゃーん! 癒してぇ!」

 その空気を払拭する様に視界の外から一夏さんが現れ、氷川に抱き着く。


 気が付けば先ほどの繁盛は嘘の様に、客が誰もいなくなっていた。いや、正確には氷川が一人いるか。


 ふわふわとした亜麻色の髪が宙を舞い、氷川に纏いつく。


「あの、一夏さん? ちょっと......」


 氷川も過剰なスキンシップに困惑を示すが嫌ではないのだろう。宥める様に頭を撫でている。うんうん良きかな良きかな。俺はその光景を一線引いた所で眺めていた。



「陣君、上達したね。雑味が無くなっているよ」

 淹れたコーヒーをカップに注いでマスターに飲んでもらう。目じりの皺を深めながら、懐かしむように味わって感想を零す。


「初めて淹れた時とは全く違う。成長しているね」


「まぁ、毎日の様に淹れてますし」


 がりがりと頭を掻き顔を背けた。素直に褒められるのはあまり慣れていない。



 その後もちょくちょくと来店が続き、氷川の相手をしつつ、業務を全うしていた。


 忙しさに時間が溶けたようで、気が付くと時刻は九時半を回っている。流石にこの時間帯になると客足は完全に遠のき、店には氷川だけが残っていた。


 当の本人は二杯目のカフェラテを口に含みつつ、課題に頭を悩ませていた。


「やっぱり成績良い奴って、こうした隙間の時間でも勉強するんだな」

 洗い終えた皿の水滴をふき取りながら、口を開く。



「まーね......どうせ家に帰っても一人でやるだけだし。烏羽は......あんまり成績良くないの?」


「中の上だ!」


「威張ることじゃなくない?」


 鼻高々に宣言するも軽くあしらわれてしまった。成績優秀者がこうやって目の前で勉強していると何も言い返せない。おのれ努力型天才少女......!



「ふー......今日も皆お疲れさま。陣君もう上がっていいよ。後は私たちでやるから」


 明日のランチの仕込みをしながらマスターがこちらに声をかける。


「あのさ......」


 すると、その時を見計らっていたように、氷川が立ち上がりゆっくりと俺の方へと近づいてくる。


「今日......この後、少し話さない?」


 ゆるく巻かれた薄墨色の毛先を捩じりながら、顔を赤く染めた氷川がそう言い放った。


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