世界 -ワールド-
「サファリくん」
サファリにアスクが声をかけてきました。
「私の余生は、さして長くないかもしれない。だが、私には力がある。権力や財力が。
……今日ここに来たのは、誓いを立てるためなんだ。君がいるのなら、ちょうどいい。聞いてくれ」
「誓い? ですか」
サファリは一体何を言われるのかわかりませんでしたが、真剣なアスクの眼差しと向き合いました。
アスクはゆっくりと言葉を紡いでいきます。
「私はこれから、差別をなくすための運動をしていこうと思う。たくさんの人の手を借りることになるだろうが……君の父や母のような人を生まない世の中にするために、私は持てる力を尽くそうと、ここに誓う」
祈るようなアスクの格好をしばらく眺め、やがてサファリは細波のような声で言いました。
「それを言うために、今日、僕がここに来るのを追ってきたんですね?」
サファリが苦笑いします。アスクは覚悟を決めた眼差しで、ああ、と頷きました。
サファリは笑いながら問いかけます。
「こういうときって、なんて答えたらいいんでしょうね? じゃあその誓いを違えるな、と命じるほど、僕は偉くもないんですが」
苦笑するサファリにアスクが即応します。
「別に、何もせんでいい。ただ、サファリくんには聞いておいてほしかった。免罪符を欲するわけでもないがな。今更」
「ええ、今更です」
サファリの母は既に亡き人です。父もそう。誓ったところで、二人が褒めるわけでも、貶すわけでもありません。サファリも同じです。
アスクは一つの街を背負うような地主です。そう間の抜けたことが目的ではないでしょう。ただ、決意表明をしたかっただけなのです。
「差別がなくなったなら、きっと素敵な世界になるわね」
「世界調和……誰もが望む世界で、未来だな」
エマとカヤナがアスクに同調します。
道は長いでしょう。行商人の商売に果てがないように。
サファリは微笑みを湛え、三人に丁寧にお辞儀をして、その場を立ち去りました。
[行商人サファリ=ベル]の荷車を引いて。
「に、似顔絵描き、銅貨一枚でいかがでしょうかっ?」
慌てふためいた様子で黒人の少女が街の人々に呼び掛けます。頑張れ、と後ろから、鶯色の髪の女性が声援を送ります。
「なんだよ、黒人かよ」
「俺はあっちの有名絵師ツェフェリに描いてほしいぜ」
街の人々は心無い言葉を投げつけます。黒人の少女──アルジャンは、予想こそしていましたが、やはり落ち込みました。
付き添いでついてきた鶯色の髪の女性、ツェフェリがアルジャンを励まそうとしますが──
「何言ってるの、おじちゃんたち」
はきはきとした男の子の声が聞こえました。
「お姉ちゃんは肌が黒いだけで、すっごく可愛いよ!」
男の子の真っ直ぐで強い眼差しに、アルジャンを詰った者たちは一瞬圧倒されます。しかし、子どもの戯れ言、と強気な表情に戻ります。
「何言ってんだ? ガキィ。もしかしてお子ちゃまだから知らないのかな? 肌の黒いやつはな、人間の中の異物なんだよ」
「異物? それがどうかしたの? 黒人って言ったって、肌が黒いだけで、結局人じゃない」
「何をこのくそがきぃ」
ああいえばこういう方式で答えられた男たちはちょっととさかにきたようで、男の子の襟首を掴み、「面貸せよ」と行儀の悪い言葉を連ねます。
すると、そこに紫紺の髪を揺らし、一人の女性が現れ、男の子を男たちの腕から軽々とかっさらいました。
紫紺の長髪、類稀なる運動神経、凛とした眼差し。
それを見て、この街の者は知らないとは言えないでしょう。
「ハクアさま!?」
この街の地主にして、一流の狩人であるハクアです。
気づいてひれ伏すばかりの男たちをよそに、ハクアは男の子に訊ねます。
「怪我はないか? 嫡男殿」
「うん、ありがとう、ハクアさま」
男たちは目を剥きました。男の子がハクアと繋がりがあるだけでも驚きなのに。
「ハクアさま、嫡男殿、とは……」
「遠路はるばるこちらに今いらしているアスク老の息子の嫡男だ。あの街の時期地主だな」
アスク、と聞いて、男たちは申し訳ございませんでしたぁっと猛スピードで去っていきました。
「全く、いつになったら浸透するんだか。アスク老の唱える[差別皆無主義]とやらは」
嘆息するハクアの脇に寄ってきて、ツェフェリが微かに笑います。
「思ったより、近いかもしれませんよ?」
そう言って、ツェフェリが示した先では。
「あ、あのっ、似顔絵、描いてもらってもいいですか……?」
「是非!」
遠慮がちに来た少女がアルジャンに銅貨を渡していました。
「うわー」
鉛筆屋にて、エマが少し引いたような声を上げていました。その原因はカヤナです。
「人に茶色い粉ぶっかけといて、うわーはないだろ、うわー、は」
カヤナが苦言をこぼし、エマがごめんなさいと反省しているのかいないのかよくわからない声で、布巾を取りに行きます。
「客が他にいなくてよかったよ」
「ですねぇ」
鉛筆屋に取引に来ていたサファリが、粉まみれで肌が浅黒く見えるカヤナを見つめます。
「確かに、似てますね」
「そうなのか」
サファリは脳裏に残る父の顔を思い描きながら、カヤナを見ました。カヤナがサファリの父に似ているという話は、確かだったようです。
カヤナははあ、と息を吐き、サファリを見つめます。
「あんた、これからどうすんの?」
「うーん」
あまり深く考えていない声で、サファリは答えました。
「行商人を続けますよ。そうして旅を続けます。あなたたちのようなよき契約者と巡り会えたら儲けものです」
サファリは鉛筆屋の鉛筆を売る交渉のためにここにいるのでした。訊いたカヤナは、さして興味もなさそうに、そうかい、と返します。
それから、と聞かれていないことも構わず、サファリはこう続けました。
「この世界が調和が取れて、平和になっていく姿を……眺めていきたいと思います」
カヤナはそんなサファリの宣言に、どこか満足そうに微笑み、返しました。
「そうかい」
ある街に行く途中、荷車を引いた行商人が森の中を歩いていました。雲のように白い髪、緑と水色を合わせたような海のような瞳は一度見たら忘れられないようなその商人の特徴でした。
そんな商人の前に、しくしくと木に背を凭れさせて泣く男の子が現れました。
男の子は商人と違い、黒い肌をしていました。
「どうしたんだい?」
商人が優しく訊ねると、男の子はひくひくと必死に涙を止めながら告げました。
「あのね、お父さんとお母さんに、追い出されたの。お前みたいな黒人はいらないって」
思い出したのか、黒人の少年はうわぁんと声を張り上げて泣きました。
商人は、そんな男の子の頭を優しく撫で、細波のような心地よい声で少年を宥めました。
「大丈夫だよ。僕は君を責めたりしないからね。
もしよかったら、一緒に旅をしないかい?」
男の子は商人の申し出に首を傾げます。
「いいの?」
「もちろん。君みたいな子を見捨てるほど、お兄さん無神経じゃないからね。さ、行こう」
そう言って、商人は、
──サファリは、いつか父が差し出してくれたように、男の子に手を差し伸べました。
譬、小さな一歩でも、サファリはその先にある世界を見たいと思ったのです。
タロットカードの最後に調和と平和を象徴する[世界]のカードがあるように、最後にはきっと、平和な世界があると信じて。
タロットカードナンバーⅩⅩⅠ
[世界]
基本的な絵柄→少女がライオン、牛、ペガサス、天使に囲まれ、花園の中で笑っている
カードの持つ意味→調和、平和
タロット売りの占い処、これにて完結です!!
皆さま、お読みくださり、ありがとうございました。
あなたにカードの導きがあらんことを。




