死神 -デス-
残り10話を切ったぜ!
サファリくんの謎が明かされる3話連続ものです。
サファリは荷車を引いて、ある屋敷を見上げました。その青とも緑とも言える瞳には、白を基調とした荘厳な建物が映っています。
「ハクアさまのところ以外のお屋敷は初めてだなぁ……」
貴族の屋敷にさすがのサファリも緊張しているようです。
事は二日前に遡ります。
ある街で今日も商いに励むサファリの元に遣いが訪れました。この辺り一帯を取り仕切る貴族の召使いでした。
「タロット絵師としてご高名なツェフェリさまの作品を売り歩いているというのは貴方ですか?」
「はい、そうですが……」
サファリはツェフェリの名が出たことには特に不思議を感じません。ツェフェリの描くタロットカードを求めて[行商人サファリ=ベル]を尋ねる人は少なくないのです。
ですが、明らかに身なりの整った人物でしたので、サファリも少し身構えました。
「ツェフェリさまの作品をご覧になりたいと主さまが仰せです。屋敷に来ていただけませんか?」
それを断る理由もなかったのですが、買うと言われた場合、サファリは非常に困ってしまうので、言いました。
「二日ほど待ってはいただけませんか?」
それはあっさり承諾されましたが、サファリは問題を抱えたままでした。
曰く、サファリの現在の手持ちのツェフェリ作は、一作品しかないのです。
溜め息を一つ。
「……はあ、今日は引きが悪いんだよね……」
ワンオラクルは[死神]。あまりいいカードではありません。その名前の通り、死を意味するカードですが、物事の終わりや停滞を意味します。
ちなみにこのワンオラクル、願掛けで二日前からやっているのですが、今日で三日連続の[死神]。サファリが溜め息を吐くのも、無理ないことなのです。
「くわばらくわばら……」
意味もないことを口にし、サファリはノッカーを叩きます。がんがんというノッカーの豪快な音はいつ聞いても乱暴な印象です。まあ、ノッカーくらいで怒るようなら、領主なんて務まりませんでしょうが。
ほどなくして、召使いが扉を開けます。無駄と思えるほどに大きな扉は二人がかりで開けられました。
「ようこそ、サファリ=ベルさま」
「わあ……」
噂には聞いていましたが、このお屋敷は豪華な造りのようです。入り口から赤いカーペットが敷かれ、そのカーペットに沿って、召使いがこれでもか、というほど並んでいるのです。サファリが口にしたハクアというある街の地主はハクアを含め、三人しか暮らしておらず、荘厳さはあっても、こんなに華やかで賑やかな印象はありません。あてられてしまいそうです。
まあ、ここまで来たら戻れません。サファリは荷車を召使いに預け、導かれるままに進んでいきました。
ここからが勝負どころです。
サファリは召使いの一人に導かれるままに広い屋敷を進んでいきます。
「主さま、サファリ=ベルさまがおいでです」
「入れ」
男性の声がして、サファリは召使いと共に中に入っていきます。中には白髪に少し頬のこけた、しかし不健康という感じのない壮年がいました。立派なスーツに嚥脂色のタイを緑のブローチで留めています。
「下がれ」
「はい」
男性の一言で召使いが部屋から出ていき、サファリは男と差し向かいになります。一対一は苦手ではありませんが、男……この屋敷の主の放つ雰囲気の影響で緊張しています。
サファリはなんとなしに目線をさまよわせ、そこかしこに飾られた絵画を見ます。どれも名作ばかりです。絵画コレクター、ということでしょうか。
「サファリくん」
「は、はい」
「まあ、座りたまえ」
恐る恐る、男性の向かいのソファに座ります。座り心地とかそういうのはよくわかりません。
サファリは緊張しているのです。人生で一番といっていいくらい。
まあ、これからの事の進みによっては、サファリは本当に人生が変わりかねないので、一概に大袈裟とは言えないでしょう。
サファリが座ると、男性が語り始めました。
「名乗るのがまだだったね。私はアスク。この街を治めている。見ての通り、絵画収集が趣味でね。用件は聞いているかな?」
「ツェフェリ作のタロットカードを見たいとか。これも絵画収集の一環ですか?」
「そうなるね」
収集している、ということは、買っている、ということになります。つまり、ツェフェリ作のタロットカードを見るだけでなく、買いたいのでしょう。
しかし、そうなるとサファリは非常に困るのです。
そのことはおくびにも出さずに、まず、自分の持つポシェットから、一組のタロットカードを出しました。
「こちらが、ツェフェリ作のタロットカードで、現在僕が持っている唯一のものです」
そう言って出したのは、いつもサファリが使っている、ツェフェリが初めて作ったタロットカードでした。
そう、サファリの困り事とはこれなのです。
行商人サファリは、ツェフェリにつてがあるため、ツェフェリ作のタロットカードを定期的に手に入れることができるため、売り歩くことが可能なのです。ですが、毎回毎回あるわけではないのです。売ればなくなる。これは商いをする上での常識です。
サファリはそろそろツェフェリのいる街に戻ろうと思っていました。つまりツェフェリ作の在庫がなくなったのです。このお屋敷にお呼ばれしたのはそんな矢先のでした。ここからツェフェリのいるハクアの屋敷まではそこそこに遠いです。手紙や郵送は一日一便が限界でしょう。サファリはツェフェリに事情を話してタロットカードを至急送ってもらえないかお願いする旨を書きましたが、どうも手紙が届いたかどうかも怪しいということで、サファリは途方に暮れました。けれど、サファリの手持ちにツェフェリ作のタロットカードが一つもないわけではありません。
紆余曲折あり、サファリがツェフェリから譲り受けることとなった、ツェフェリ最初の作品があったのです。しかし、問題はここからです。
「まことに畏れ多いながらに申し上げますと、そのタロットカードは売り物ではないのです」
そう、サファリが肌身離さず持ち歩いているこのタロットカードは、サファリが使うためのものであり、決して売り物ではないのです。
「これはツェフェリから直々に譲り受けたものでして、これがあるからこそ、私はツェフェリと交流を持てるのです」
「ほう……面白いことを言う。タロット絵師のツェフェリとはそれほどに親密な関係ということか。しかし、ツェフェリ作のものは他にない、と言ったな?」
「ここにはない、という意味でございます」
ツェフェリはタロット絵師になるのが長年の夢でしたから、タロットカードを描いてほしい、と頼めば喜び勇んで描くことでしょう。
ですが、それとて時間を使います。
「ですから、後日、別のものをお持ち致しますので今日はお見せするだけ、というのはいかがでしょうか?」
ふむ、とアスクが唸ります。
「だが、この使用感もいい。私は絵画収集を趣味としているが、画家の名など気にしない。自分が気にいったものを買う主義をしている」
まずい、とサファリは察しました。このアスク氏は、完全にこのタロットを気にいってしまったようです。使用感がどうの、画家の名がどうのと語り始めました。サファリを口説き落とすつもりなのでしょう。
いつも口説き落とす側のサファリからすると、口説き落とされるのは新鮮な体験です。ですが、今回はそんな呑気なことは言っていられません。サファリはこのタロットを守らなくてはならないのです。
「お言葉ですが、画家の名など気にしないというのならば、何故ツェフェリ作のものに拘るのです? ツェフェリは最近では有名なタロット絵師ですよ?」
「私が言いたいのは、絵師には有名無名など関係ないということだよ。それにこの使用感、今のツェフェリが描いたものじゃないだろう。ツェフェリの処女作、もしくはまだ無名だった頃に描いたもの。違うかね?」
さすが、領主相手では小手先の技では引っ掛からない、といったところでしょうか。相手が領主でなければ、サファリは軽く舌打ちをしているところです。
「ええ、違いませんとも。けれど、これは私とツェフェリの絆の証。簡単に手放すわけにはいきません」
「絆、か。商人というのはいつも大仰な物言いをする。商人の言うことはこれだから信用ならん」
その言葉を受け、サファリはほう、と目を細めました。自らの職である商人について、悪口を言われたのでは、サファリも一商人として黙っているわけにはいきません。
では、とサファリはタロットを手に取ります。そのとき、しゃらん、と手首のブレスレットが鳴りました。アスクは瞠目します。
その一つの所作だけで、サファリは放つ雰囲気を変えたのです。
挑戦的な笑みを浮かべて、サファリはアスクに言い放ちました。
「商人の言うことが信じられないのならば──占い師の言うことなら、信じられますかね?」
最終手段。サファリをこれまで支え続けてきた手段です。──このタロットを使った占いをすることになりました。
「今回は単純なものにしましょう。二者択一法というものです。アスクさまはご存知で?」
「いや。私はタロットカードを絵として以外に見たことがないからな。占いは知らない」
「では、説明しながら展開していきましょう」
サファリはまず、テーブルの上でカードをかき混ぜ、一つの束に戻すと、カードを何度か切り、それから三つの山に分け、適当な順で戻します。
それからアスク氏に手渡し、カットするように言いました。アスク氏は手慣れた様子で札を三つの山に分け、適当に戻していきます。それからサファリに返しました。占いには興味はないのかもしれませんが、カードゲームは戯れにやっているのでしょう。
それからサファリは自分の手前に五枚重ねたものを置き、一枚をその上に重ねました。同じ動作を右奥にやり、その左隣に一枚置きます。更に右奥で同じ動作をし、左に一枚置くと、展開は完了です。
「これからカードを開いて解釈を開始します。タロット占いは占い師と同じ側から見るのが倣いです」
「そうか」
けれど、アスク氏は動きませんでした。サファリを信用しているのでしょうか。
サファリは解釈を開始します。
「まず、この一番手前のカード。これは現在の状況を表します。カードは……[悪魔]。このカードは誘惑を意味します。あなたは今このカードに誘惑されている」
「……まあ、確かだな」
返答に間がありました。戸惑ったのでしょうか。
「ここから二者択一の未来……つまり、二つの可能性の未来を解釈していきます。私から見て右奥に伸びるのが、アスク氏がこのカードを手に入れた未来、遠い未来。左側が、手に入れなかった未来、遠い未来。まずは手に入れた場合から」
未来で出たのは[太陽]。これは幸せを象徴するカードです。ツェフェリのカードを手に入れることで、アスク氏は確かに絵画収集家としての幸せを手にすることができるのでしょう。
では、遠い未来は?
サファリがカードをめくります。
出てきたのは黒いローブを纏い、大鎌を手にした誰にでもそれとわかるもの。
「[死神]……」
あまりにも不吉なそれが出たにも拘らず、アスク氏は表情を変えることはありませんでした。サファリの解釈を促します。
サファリもさして動揺していないようで、こう述べました。
「[死神]はその名が示す通り、死を意味するカードです。まあ、遠い未来、アスクさまも死ねば、私もいつかは死にます。絵師のツェフェリとて同じこと。我々はただの人間ですから、普通に生きて、普通に死にます。あまりにも当然のことなので、死ぬ、という解釈はありきたりすぎますね」
まあ、このカードはツェフェリの処女作です。もしかしたら、収集家間でひどい争いになり、その最中で死ぬことを示しているのかもしれませんが、たかがタロットカード一つのためにやれ戦争だ、暗殺だ、などとやるものでしょうか? ……まあ、なくはないのかもしれませんが、庶民では推し量れないところまで面倒を見る必要はありません。
それに、収集家ならば、集めたもののために命を賭すことだってあるでしょう。サファリは行商の最中で、少なからずそういう人間を見てきました。
となると、[死]という解釈では、アスク氏は簡単に靡かないでしょう。ならば、サファリはこう解釈します。
「[死神]は死の他に物事の終わりや停滞を意味することがあります。つまり、[太陽]からの流れから察するに、このカードを手に入れることが収集家としての最高潮であり、以降は気にいるようなものが見つからない、ということになりますね」
「ほう……なかなか挑戦的な解釈だね」
サファリは少し冷や汗を掻いていました。緊張しないわけにはいきません。サファリの読む一手には、アスク氏の未来だけではなく、サファリ自身の未来もかかっているのですから。
対して、アスク氏は涼しい顔です。ただ、その興味は今カードにというより、サファリに注がれているような気がします。サファリの手が微かに震えるのも、その視線に緊張しているからでしょう。占いの名手、ハクアの前でさえ、こんなには緊張しなかったというのに。
サファリは心の中で、今は沈黙するカードたちに呼び掛けます。
お願い、僕にあるべき未来を見せて──
サファリは[手に入れなかった場合の未来]に手をかけました。
タロットカードナンバーⅩⅢ
[死神]
基本的な絵柄→黒いマント(フードがついているので細かく言うとローブ)を羽織り、大鎌を手にした骸骨。
カードの持つ意味→死。物事の終わりや停滞。逆位置になると、始まりということになる。必ずしも悪い意味ばかりのカードではない。
タロットカードの英語表記について
「THE」がつくものとつかないものの区別の仕方です。
「THE」がつくのは実体のあるもの、というのが基本です。逆に実体のないもの……概念的なものには「THE」はつけられません。
数えられるもの、数えられないもの、という区別もあります。
[死神]は人間が生み出した概念的存在なので、「THE」はつきません。




