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隠者 -ハーミット-

「石橋を叩いて渡るという言葉があるらしいけれど、本当に叩いて渡る人がいるとは思いもしなかったよ」

 石橋の袂で、[行商人 サファリ=ベル]という看板のついた荷車を引く少年が立ち止まっていました。寄せては返す波が泡立ったときのような白を纏う髪に、海を思わせる青い瞳が見つめる先には、忙しなく動く一人の青年。青年は、落ち着きなく、石橋をコンコン、コンコンと叩きながら進んでいます。まさしく、少年──サファリが表現したそのままの姿です。

 サファリは様々な日用品諸々を取り扱っているため、一人で引けるとはいえ、荷車はそこそこに大きいのです。次の街に行くための通りやすい経路を選んだ結果、眼前の石橋を辿る道に着いたわけですが、どうにも、先程から橋のあちこちを叩いて歩く青年が邪魔で進めないのです。

 おかげで「急がば回れ」という格言のありがたみを実感しているのですが、この橋、通るのはサファリだけではないはずなのです。故にどうやって通ったらいいものか、サファリは思索を巡らせていました。

 しばらく考えていた彼ですが、おもむろに腰のポーチに手を伸ばします。何やら悲鳴が聞こえた気がしましたが、きっと気のせいでしょう。

 サファリはポーチの中から、カードを取り出しました。タロットカードです。それをいきなり、手を滑らせたのか、地面に大胆にぶちまけました。悲鳴が聞こえた気がしましたが、きっと気のせいでしょう。

 どういう偶然なのか、その中の一枚がシュルシュルと青年の方に飛んでいきます。サファリは自分の足元に落ちた分を拾うと、青年に声をかけました。

「すみません、拾っていただけますか?」

 すると、青年も集中が途切れたのか、カードを拾ってまじまじと眺めてから、やあ、と今気づいたかのようにサファリを見、カードを差し出します。

 青年が手にしていたカードには、足元をランプで照らしながら歩く、ローブに身を包んだ老人が描かれていました。

「何のカードだい?」

 戯れにでしょうが、青年が訊ねてきました。

 サファリが答えます。

「タロットカードです」

「ふぅん、タロットというと、ええと、ああと……」

「占いをやるカードです」

「そう、それ。ええと、トランプみたいな?」

「よくご存知で」

 トランプの元となっているのは、タロットカードの小アルカナです。

 なかなかマイナーな知識を披露してくれた青年に、サファリはにこにこと告げます。

「そんなに念入りに確認しなくても、この橋は大丈夫ですよ、工事屋さん」

「……へ?」

 そんな言葉を残して、橋を悠々と渡っていく少年の背中を眺めながら、青年は呟きました。

「なんで俺が工事屋だってわかったんだ……?」

 それはおそらく青年が、カーペンターパンツだったからでしょう。




 橋をようやく抜けることのできたサファリは鼻歌混じりに歩いていました。

 そこに厳しい語調の女性の声がかかります。

「サファリ様、あのような真似は控えてください!」

 非難の入り交じった声は、何を隠そう、サファリの持つタロットから出ていました。もっと明確に言うと、タロットカードの大アルカナ、ナンバーⅢ[女教皇(ハイプリーステイス)]です。

「あはは、ごめんって」

「笑い事じゃありません、橋から落ちたらどうするつもりだったんですか?」

「落ちないさ、君らの絆は強く固い」

「そういう問題じゃありません!」

 全く冷や冷やしたんですからね、と紡ぐ様子はまるで小姑です。

「あの人の気を逸らせればなんでもよかったんだって」

「酷いです!」

「……あ……拗ねた……」

 [女教皇(ハイプリーステイス)]が、ふん、と言ってから黙り込んでしまったのにサファリは苦笑いします。

「今回ばかりは主が悪い」

 気難しそうな老人の声が一言言います。タロットカードのナンバーⅨ[隠者(ハーミット)]でした。

「きちんと物事は慎重に運ぶべきだ」

 「慎重さ」「用心深さ」という意味を表す[隠者(ハーミット)]らしい発言でした。

 ですが、サファリは一つ笑うとこう返します。

「慎重すぎるのもどうかと思いますよ」



タロットカード

[隠者(ハーミット)]

ナンバーⅨ

基本的な絵柄→ランプで足元を照らしながら歩くローブを纏った老人。

カードの持つ意味→慎重さ、用心深さ、老人。

逆位置の場合は神経質とも。


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