ハロー、アンダーワールド(1)
ガシャンッ
ガシャンッ
ここは王宮内にある、秘密の地下。
松明に照らされた洞窟のような通路。その両脇には、鉄格子で作られた檻が何部屋も続いている。檻の奥まで火の明かりは届いておらず、不気味な雰囲気が漂っていた。照らせばそこに、腐った何かが横たわっているような。
ガシャンッ
ガシャンッ
通路の一角から、鉄格子が音を立てる。
ガシャンッ
ガシャンッ
まるで、死の国に迷い込んだ生者が逃げ出そうとしているようだ。
「……ここから出せよ! おいッ!」
控えめな音量の中にもしっかり芯が通っている、男らしくも若々しい声質。ちょっと前まではこの場所にふさわしい囚人服を着ていた青年。
ランクアップした今では怪盗の姿という、なんとも自虐的な恰好をしていた。何も知らない人から見ると、作戦に失敗してお縄になった末路のようだ。
鉄格子を掴んで叫んでいる人物。
それはウシオの仲間で、シオンやナツミと共にリコを助けに向かったリュウだった。
「……出しやがれって言ってんだ! 誰もいないのかよ、クソッ!」
片目までかかった前髪を揺らしながら、リュウは悪態をつく。
そんな彼の背中に、弱々しい声がかかった。
「やめなよリュウ。何をしても無駄だって……」
震える声でそう言ったのは、探偵の姿をしたナツミだ。いつもの快活な言動とは対照的に、見えない恐怖から身を守るようにして三角座りでちぢこまっている。
彼女の姿を目に入れたリュウは、グッと何かをこらえるように顔をしかめた。
静まり返る空気を切り裂くように、リュウは声を出す。
「……そんなことねぇよ。もしかするとウシオたちが駆けつけてくれるかもしれないだろ?」
「………………」
怯えるナツミを少しでも楽にしてあげようと思ってかけた言葉だったが、依然として彼女の様子は変わらない。
「……ちっ。恐れていたことが現実になりやがった……」
ナツミから顔を背けて、再び悪態をつく。
本来、王宮の地下にあるここにぶちこまれたのだって、作戦の一環だったはずだ。『囚人』と『怪盗』の能力をもつリュウになら、こんな檻なんて難なく突破できる。
今もなお、作戦は継続下にある。
しかし、作戦を考案したとき、リュウの脳裏には一つの危惧があった。
リュウは、明かりのない部屋の隅で自身の身体を抱きしめているナツミの姿を一瞥する。
「………………」
それこそが、この状況である。
リュウは知っていた。
嫌というほど身体が覚えていた。
今となっては夢のようなあの過去の記憶を。
忌々しい悪夢を。
「……大丈夫だナツミ。俺がいる」
「……うん。うん……」
うなされるナツミの隣に腰を下ろして、そっと肩を寄せてやった。
すると、彼女の呼吸のリズムが落ち着きを取り戻す。
暗い部屋の隅で、リュウは思う。
ここにきて、もう何時間経つだろうか。
こうして肩を並べるのは、もう何回目だろうか。
――――シオンの合図は、まだか。
と。
その時。
コツコツコツ
廊下から、こちらに向かって誰かが歩いてくるのを耳にした。
バッと、顔を檻の外に向ける。
「今日はいったんこれくらいにしておいてやる。明日の拷問も楽しみにしておけよ」
「…………」
ガシャン
白い衣装で全身を覆い隠した何者かが、全身血まみれの大男を対面の檻の部屋へと力任せに押し入れた。
コツコツコツ
そいつはすぐに歩いてきたほうへと引き返す。
しばらくしたあと、唐突に檻の中の大男が口を開いた。
「ったく……俺の身体をこんなズタズタにしやがって…………オラっ!」
ズリュリュリュリュっ
男らしいかけ声とともに、その傷だらけの身体がみるみるうちに回復していく。その図太い声、隆々とした筋肉、ダンディな髭にリュウは見覚えがあった。
「……う、うそだろ…………?」
普段は鋭いその目つきを、カッと見開く。
「……ライオネル?」
行方をくらませていたライオネルが、そこにいた。




