ハナれていく仲間(2)
「起きてください、イネ」
「……んむ…………っ?」
長い夢を見ていたイネは、馴染みある声に目を覚ました。重たいまぶたをこすりながら、とろんとした瞳で声の主を見上げる。
「ハナ……っ?」
「そうですわ」
「まだ暗いよぉ……もっと寝かせて……っ」
「ちょっ、寝ないでください!」
「あと五分……」
優しい眠気に誘われ、再びワンダーランドへと旅立とうとしたイネだったが、寝そべったところでふと違和感を覚えた。
「あ、あれ……? まくらはどこぉ……っ? みんなで作ったふわふわ藁のまくらちゃーん……」
ぼやける視界と頭の中、懸命に手探りするが見当たらない。
徐々に明瞭になり始めた意識。
そして、そばに立つ人物の一言が決定打となった。
「ここはいつもの家じゃありませんわよ。あなたはさっき、ユーリとかいう少女に連れ去られたじゃありませんか」
「ふぁ……っ!?」
イネの視界に入ってきたのは、真っ赤なドレスを着たハナだった。いつもはホワイトとオレンジを基調にしたドレスだから、彼女は不思議に思った。
それからイネはカッと目を見開き、暗くなったあたりを見回す。
暁の頃合いだと思い込んでいたが、夕暮れの感触が残った空は、間違いなく夜を物語っていた。ともに、記憶がよみがえってくる。
「そういえば、大きな男の人がいきなり襲ってきてっ! わたしは包帯まみれの女の子につかまってっ! それで……それで……あれっ?」
「相変わらず、イネはどんな状況でもイネですわね……」
臨場感の欠片もないイネのキョトンとした様子に、ハナは不安と安堵の嘆息をもらす。
と、そんな場合じゃなかったとハナはやるべきことを思い出した。
「さあイネ! とりあえずわたくしについてきてくださいな!」
「ふぇ? あっ、ハ、ハナちゃんっ!?」
こめかみに指を当てうーんと悩んでいたイネの手を取り、ハナは走り出す。
イネは混乱したまま、彼女に導かれるのだった。
ややあってから、ハナの足が止まり、つられてイネも立ち止まる。
――――心臓が止まったかと思った。
「え……うそ…………そ、そんな……」
目の前に広がる状況に、イネは血の気が引いた。
見渡す限り、ドス黒い血の海が広がっている。
死体なんてこれっぽちもなかったが、ぽつりと倒れている真っ白い人物が浮かび上がっていた。
そう。
彼女はここに肝を冷やしたのだ。
震える唇が、その名を口にする。
「コ……コーくん……?」
「そうですわ」
その白い肌は、もはや人のものではなかった。爬虫類の鱗のようにひび割れ、黒かった髪も白髪のように真っ白に変色している。
彼はもう、イネの知っている彼とは言えなかった。
ただ、この状態に心当たりはある。
以前みんなで話し合ったことだろう。
「これって……」
「えぇ。例のやつですわ」
確認するように尋ねると、想像通りの返答がくる。
そうなると、するべきことは決まっていた。
「頼みましたわよ、イネ」
「うんっ、任せてっ!」
ドンと豊かな胸をたたき、彼女は倒れている彼のもとに歩み寄っていく。
そばまでくると、注射器を取り出した。事態を解消するべく薬を、イネの能力で生成する。
彼女は意識を失っている彼の表情を一瞥した。それはまるで、逃れ続けられない永遠の呪いに蝕まれているようで。
「すぐに治してあげるからねっ、コーくんっ!」
注射器を握る手に、力がこもる。
「えいやっ!」
ぶすりと、その鋭い針を彼の尻に突き刺した。
「な、なにもお尻にしなくても……」
治療の様子を眺めていたハナが、少しひきつった表情を浮かべる。
イネは構わず薬を注入した。注射器の中身がみるみるうちに無くなる。イネは額から垂れる一筋の汗をぬぐった。
あっという間に、処置が終了する。
「ふぅ……これでおしまいっ」
「さすがイネですわ」
やることを終え、イネとハナは一息ついた。
すると。
「あらっ。もう薬が効き始めましたわね」
「うんっ。即効性もあるからねっ」
彼の干からびた腕は潤いを取りもどし始め、人間らしい弾力のあるものへと戻っていった。身体からは淡い光がこぼれ、全身が元通りに変化していく。
唯一、白く染め上がった髪は、毛先から半分くらいまでしか黒くならなかった。
「素晴らしい! 完璧ですわ!」
「そ、そんなっ。髪だって全部黒くならなかったからまだまだだよ……っ」
褒めたたえるハナに対し、イネは謙遜する。
だがこれで、一応は解決した。
一旦落着したところで、イネはハナにこれからの予定を尋ねる。
「ねえハナ。このあとはどうするの?」
さりげなく。
いつもの調子だったのに。
彼女の返事にイネは絶句することになる。
「わたくしは……もうあなたたちとは一緒にいられません。お別れになります」




