赤いひまわり(4)
「アハッ! アハハハッ!!」
「ぐぅ……ッ!?」
ウロコの肌や髪色など、雪のように純白に染め上げられた僕は、思うがまま暴れつくす。お得意の忍術ではなく、黒い爪を牙のようにしてハナちゃんを切り裂く。
ガガガガッ!!
彼女はその手の攻撃を、樹木を操ってどうにか防いでいた。
しかし、傷つけられた部分から腐食していく。
「まさか、毒に侵されてっ!?」
腐った部分を目にして、ハナちゃんは悲鳴を上げた。
僕の爪からは、ヘビの象徴と言っても過言ではない毒物が分泌されている。無意識のうちに気づいていた僕は、一分の隙なく牙をむき続けた。
ガガガガガガガガガガガガガアッッ!!!
毒に蝕まれた木々が黒く変色し、ドロドロに溶けて消えていく。
「そんな……っ!」
自分を守っていた障壁が無くなり、彼女の顔は青ざめた。
これで、コロせる。
――殺させない。
いやコロス。
「アハ! もらッタァァッ!!」
「っ!?」
その生命を奪い去るため、僕は地を蹴り走り出した。
――彼女を絶対に殺させないッ!
いやコロスよ?
獲物まで、残り数メートル。
スウ数すうううううううめええええええええとるぅぅぅぅう!!
頭の中がサウナみたいにシャワシャワシャワ蒸れて、何も考えられなくなる。
それはまるで、久方ぶりのご馳走を前にした獣のように。
美味しそうおいしそウマソウダネッ!!
――お前の思惑通りにはさせないッ!!!
――――バッ!!
その綺麗な喉元に食らいつくため、ボクは彼女に飛びついた。まがまがしい色をしたドス黒い爪先が、彼女の皮膚に食い込む。ステーキのように柔らかい肉が、ぐぢゅりと抉られる。
「あぁ…………っ」
ハナちゃんの目から光彩が消えかかる。
もう数センチ食い込めば、優しい死が待っていた。
――だが。
僕の爪が彼女に死を与えることはなかった。彼女の皮膚を少し剥ぎ取ってはしまったが、突き刺すことは無かった。そのウロコに覆われた手は彼女の首元を通り過ぎ、抱き込むように腕が回される。
結果、僕がハナちゃんを抱きしめる形になった中、彼女の耳元で僕は囁いた。
「ボクがいる。だから君はもう大丈夫だ」
どうしてそんなが言葉が出てきたのかは、さっぱり分からなかった。ただ、自我を取り戻した僕が、遠い過去の記憶を思い起こすようにして口にしたセリフだった。
「――――コ、クメ……?」
抱き寄せた肩のそばで、ハナちゃんがそう呟いたのを、僕はハッキリと聴き取った。その口調はいつもの彼女のものでいて、どこか懐かしい。
言葉の意味こそ理解できなかったが、久方ぶりに感じる幸せな気分だ。
「……うぐっ……ひぐっ」
「…………ハ、ハナちゃん?」
肩にこぼれてくる熱いものに、僕はどう声をかけていいか分からなくなった。
良くない頭を必死に絞り上げて、
「う、うーん……こ、こうかな?」
「ひゃっ! 何をするんですかコーさま!?」
「うぐあっ!?」
ハナちゃんの身体を抱きしめると、びくっと彼女の身体が痙攣した。
直後、真っ赤な顔をした涙目のハナちゃんに、大晦日のお月さんみたく、強烈なビンタをお見舞いされる。
女の子が泣いてたら何も言わずに抱きしるのが世の中の理じゃないの!?
「ど、どしてェ……?」
「わたくしは不意を突かれるのが苦手なんですっ!」
世の中の理不尽に泣きそうになる僕。
だけど、彼女の様子を目にして、すぐに笑顔になった。腕を組んで頬をふくらませるハナちゃんが、僕の知っている素敵な彼女だったから。
ゾンビとはいえ、多くの獣人を惨殺していた彼女と同一人物だとは思えない。
先ほどまでのことはすべて、僕の悪夢だったんじゃないかと疑ってしまう。
だが、それはありえないことだった。
現に、目の前のハナちゃんのドレスは赤く染まっているし、手にはいくつもの血がこびりついている。
現実と夢の狭間にでもいるかのような感覚。
さながら煉獄にでもいるようだ。
彼女の内面に何が起こったのかわからない。
それでも、いつものハナちゃんが戻ってきてくれた。
その事実さえあれば、僕はそれでよかった。
――――安堵の息を漏らした時。
ズキリッ
隙をつくように、斧で脳天をかち割られたと思えるほどの頭痛が襲いかかる。
「がアアアァァァァッッ!!」
「コーさまっ!?」
唐突にもがきだした僕を心配して、ハナちゃんが駆け寄ってくる。
途絶え途絶えの意識を必死に保って、僕は叫んだ。
「逃げてハナちゃんッ! じゃないと、じゃないとまたッ!! 僕がボクである前に早くあぁアアアアアアアアアッ!!?」
頭蓋骨を開けられて中身をカレーをかき混ぜるようにグツグツグツツ!!
朦朧とする世界の中、夢でも見るようにハナちゃんの声をうっすらと耳にした。
「大丈夫ですわ。今度はわたくしが助ける番ですから。まずは……イネを連れてくることからですわね」
視界が真っ白になる、その直前。
「待っていてください、コクメ」
懐かしい響きを何度も噛みしめながら。
僕の意識はかき消され、再び獣に支配された。




