赤いひまわり(3)
「なんですの……その姿は……?」
ついさっきまでは意気揚々としていたハナちゃんの表情に、恐怖の色がにじみだす。
彼女の瞳には、ヘビを擬人化したような――――率直に言えば、獣人が映っていた。
「シュルルルル……」
もはや言語性を失った鳴き声が、僕の口からこぼれる。皮膚という皮膚は干上がった湖のようにひび割れ、弾力は無くなってた。その反面、亀の甲羅みたいに固形化してヘビのウロコのようだ。
以前にも同じようなことが左腕に限って発症していたが、今回はありとあらゆる箇所にまで広がっていた。右腕、左脚、右脚、胴体。それに顔全体までもが白い鱗に変化している。
黒く染まった指の爪が白い皮膚とは対照的で、ある種美しくも思われた。
それに加え、黒い衣装ともかみ合っている。
まるで、光と闇のコントラストを表現しているようにも見えた。
黄色く変色した鋭い目を細めて、ハナちゃんを見据える。
「…………」
視力は露骨なまでに低下しているらしい。十メートルにも満たない位置にいる彼女の表情がよく見えないほどである。付け加えて、聴覚も衰えているようだ。耳に入ってくるすべての音が、ノイズのように意味を持たない符号と化している。
ただ、別の感覚が研ぎ澄まされてるみたいだ。
一つは嗅覚。ちょっとした匂いであっても、何の物質なのか、どこから発せられているのかを区別することができる。
そしてもう一つ。
「気味が悪いわね……」
彼女が言葉を発する際に、口内から空気がもれたのを感じた。
熱をもった空気が、瞬時に冷えていったのだ。
僕は、熱を察知する第六感を手に入れた。
彼女の体温が手に取るようにわかる。
「…………」
感覚を確かめるよう、手のひらを握ったり開いたりしてみせた。
指先まで微々たる差もなく力がこもる。
――――僕は、獣人になった。
「シュルルルッ!!」
理解した瞬間、僕の理性がはじけとんだ。地を這うように姿勢を低くしたまま、高速で駆け出す。
そのまま、ハナちゃんの喉元をかっきるように爪を差し向けた。
「化け物め……ッ!!」
彼女は後ろへとステップを踏み、飛び込んでくる僕にハンマーのような大樹の一撃を加える。バギャッっと派手な音を立てながら、僕は地面に叩きつけられた。
地面にクレーターのような亀裂が入る。
「や、やったのかしら?」
大樹につぶされた僕の様子をうかがうハナちゃん。
それが間違いだった。
「アハハハッ!!!」
「こ、こいつ! 死んだふりをして……ッ!?」
笑い声をあげながら大樹を押しのけ、彼女のわき腹を引き裂いた。
「くあッ!?」
ギリギリのところで植物の自動防御に阻害されたが、ハナちゃんは浅い傷を負ってしまう。
「シュルっ……アハっ。……アハハハハアハッ!!」
「ハアハア……っ」
鳴き声と人語を混じえながら、高らかな笑い声を僕はあげた。
タノシー気持ちが止まらない。
――――って、僕は何を言っているんだ?
ズキリッ
一筋の痛みが、頭の中を横切った。
「何を言ってる何を言ってるんだ僕はッ! 僕はハナちゃんを助けないといけない! 助けてみんなと一緒に八つ裂きにしてじゃないだろアアアアアアアッ!!!?」
「……な、何?」
『獣』に心を支配されかけた僕は、必死になって抵抗を繰り広げる。だがががががががががががが。
「ダメだダメだッ!! 僕はボクは僕はァ……ッ!!! …………ア?」
よだれが漏れてしまうほどの頭痛をこらえ、自我を保とうとするが、その途中で気づいてしまった。
「……これ、誰の血…………?」
黒く染まった爪先についている血を見つめる。
思考が止まった。
次の瞬間には。
動いてしまう。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!」
僕は罪悪感に心を押しつぶされてしまった。
もしかすると、ただ逃げただけなのかもしれない。
『人』としての意思が消える。
「髪が白くなった……?」
「アハハハハハっ!!」
ボクは、思うがままに暴れ尽くす。




