赤いひまわり(1)
「ぶち殺しだわ☆」
ハナちゃんのイメージからかけ離れた茶目っ気たっぷりの殺意が僕に突き刺さる。
彼女は周辺の木々を操り、縦横無尽に振り回した。
「危ない…………ッ」
シュシュシュシュパッ!
竜の鎧の力で跳ね上がった俊敏さを活かし、次々くる図太い大木を斬り裂く。ただ、何度も何度も切断としたとしても、別の木々に囲まれてしまった。
普段なら立ち位置を変えようとして、相手に向かって瞬間的に切り込んでいくだろう。
けれど、今の僕の背後にはイッちゃんがいた。
ここを退くわけにはいかない。
「戦いの前に、まずはイッちゃんをどうにかしないと…………」
スパパパパッと、鉄をも両断する氷の剣をふるいながら策を練る。
「あら、あなた。意外と歯ごたえがあるじゃないの。そら、レベルアーップっ!」
「なっ!?」
ズゴゴゴ、ドババババッ!!
興に乗ってきたハナちゃんは月に向かって仰ぎ、天に赤い雨乞いを望む形で両手をかかげた。
直後。
タケノコが大空に対して伸びていくように、幾つもの大樹が地面から突き上がり、砂塵が舞った。
「そーれ! 全体、突撃ー!!」
「クソ…………ッ!」
一本の剣では対応できないほどの魔の手が迫りくる。
僕は背をむけ、倒れているイッちゃんを抱きかかえた。
隙だらけな僕の背中に鋭利な幹が突き刺さろうとする。
次の瞬間、それは地面をえぐりとった。
「ふぅーん。速さだけは一人前なのね」
死の一撃をかわした僕はイッちゃんを腕の中にかかえながら絶え間ない攻撃の嵐を回避しつづける。
ヒュヒュヒュ……ッッ……
空気を裂く音色が幾重にも重なって、コンサートを繰り広げているようだった。まさに地獄の死重奏である。
その最中、僕は腕の中のイッちゃんの寝顔を盗み見た。悪の欠片も見当たらないこの少女だけは、なんとしてでも守り抜かなければならない。
イッちゃんが背中から貫かれ死の淵に立った、あの過失を僕は省みる。
「あんなことは……もう二度と繰り返さない…………ッ!!」
「……? 何をボソボソと」
僕の決意に、ハナちゃんは顔をしかめた。
これは何もイッちゃんだけに対するものじゃない。
確かに、僕にとって彼女は特別な存在なのかもしれない。表に出したことはあまりないが、ずいぶんと前から、心の中でわだかまりを覚えていた。
でも、今に限ってはそうじゃないんだ。
「ハナちゃん。君もなんだよ…………?」
「わけのわからない戯言を……ッ」
僕の想いの片鱗にふれたのか、彼女は未知に対する不快感を言葉に乗せた。
そうして、感情は行動にも上乗せされていく。
「早くも興が覚めたわ」
「――死んでください」
瞬間。
数えきれないほどの大樹が、まるで死の化身と生まれ変わった千手観音のように襲いくる。
全方位からの攻撃。
圧倒的な数の暴力。
それに対し僕は――――
「」
――――現実的時間を介さず、瞬間的に彼女の背後へと移動した。
「消えたですってっ!?」
僕の姿を唐突に見失い、ハナちゃんは初めて焦りを表情に映し出す。光すら追いつかないほどの、もはや速いと形容しがたい速さに、彼女の認識能力が処理しきれなかったのだろう。
無意識に繰り出した技を、不思議なことに僕は驚かなかった。
逆に、なぜだか懐かしい郷愁の念が胸中を駆けめぐる。
「影分身の術…………」
ズズッ……
術を発動すると、月光に作り出された影が二つに割れた。
もう一人の、僕が現れる。
それも、竜の鎧をつけた状態でだ。
精神エネルギーの消費は著しく激しくなるが、彼女を守り抜くためには致し方ない。
なりふりなんて構っていられない。
「頼んだよ…………」
そう伝えて、眠っているイッちゃんを分身に託した。
彼は、優し気な手つきで受け取り、その場から離れる。
「よし…………」
ようやっと、ハナちゃんと真正面からぶつかる準備が整った。
「どこを見ているんだ。僕はここにいるぞ…………!」
「…………ッ!」
呼びかけられたハナちゃんは、すぐさま声のするほうに振り向いた。
その表情から、怒りの感情が容易に汲み取ることができる。
それを含めて、僕はすべてを受け止める態でいた。
澄み切った思考にふつふつと沸騰する感情を混ぜ合わせて、僕は腹の底から叫ぶ。
「さぁ、ハナ! 君のすべてを僕にぶつけてみろ!! 絶対零度の魂で、君の想いを永久に生かしてやる…………ッ!!」




