懐かしさと出会う(5)
「ハナ……ちゃんなの?」
見渡す限りに広がる死体の山の頂上に立つ少女。
干からびる喉をかすらせながら、僕は必死になって声を紡いだ。
返り血で染め上げられたドレスを揺らめかせながら、彼女は僕を見下ろしてくる。その瞳に光彩はやどっておらず、死神を連想させた。
「あなたは…………?」
血のこびりついた人差し指で唇をもてあそびながら、僕を凝視し続ける。
その背後で何者かが動いた。
「うう……この女ぁ、いったい何者なのよぉ……」
「お前は、ユーリ!?」
遺骸の積まれたその先に、ハナちゃんと対峙していた『革命軍』のユーリの姿があった。しかし、彼女の真っ白だった包帯はところどろこ赤くにじんでいる。褐色の肌にも、細かな傷跡がたくさんつけられていた。
「おいちびっこ! ここで何があったのか教えてほしい!」
「ちびっこ……だと?」
僕に呼ばれたユーリがわなわなと震えだすが、そんなことにかまう暇はない。ハナちゃんに何があったのかを詳しく知りたい。
けれど、返答を受ける前に状況が変わってしまった。
「ダメだって。あなたは私に料理されなくちゃ……ぁ?」
「ひっ!?」
骸の王となったハナちゃんがゆらりと立ち上がり、ユーリに攻撃を仕掛け始めたのだ。
彼女が手を前に突き出すと、それに呼応するかのように周りの木々たちがメキメキと伸張する。先端を針のようにとがらせることによって、それは槍の千雨のように襲いかかった。
「危ない……ッ!」
たまらず僕は瀕死のユーリの前に立ち防御の構えをとった。
「氷陣の術ッ!」
ピキピキピキ……っ
僕とユーリを包むように氷の膜が出来上がり、迫りくる木々を凍てつかせる。思った通り、氷と木の相性はよかった。
とはいえど。
パキっ
「ぬっ! やっぱり長くはもたないよね……!」
壁の表面にひびが生じ倒壊するのを、僕は何とか防ごうとする。
必死になって術を発動しながら、ユーリに向かって逃げろと喚起した。
「な、なにを言ってるの!? 我は革命軍! あなたの敵なのよ!?」
幼い声を荒げて、ユーリは僕の提案を批判した。
が、僕は即座に答えを返す。
「ちびっこの方こそ何を言ってるの! 敵味方はあるとしても、目の前の命を見捨てることなんてできないでしょ!」
「……っ。で、でも! 我はこの女を誘拐したわ!」
地面でぐっすりと眠っているイッちゃんを指さして、ユーリは叫ぶ。
そんなの……!
「確かに許せないことだけど、イッちゃんは死んでなんかいない! なぜならちびっこがそうしなかったからだ!」
「そ、それは……っ」
「ちびっこ」
破壊寸前の防御壁をつなぎながら、僕は自分の芯なる考えを伝えた。
「命っていうのは、光そのものなんだ。生きることは誰かの心を照らすこと。だけど、光のせいで闇が必ず生まれてしまう。誰かが死んでしまう。無くそうとして無くせるものじゃない。切り離そうとしてもダメだ。それがこの世界のルールだから」
命をかけ、僕は声をつなぎ続ける。
「でもね、見るべきところはそこじゃない。僕たちが知っていなくちゃいけないのは」
光と闇の調和
「なんだよ」
パキィィ……ッ!!
ついに、攻撃を阻む障壁が崩れてしまった。
ハナちゃんの追撃は絶えることなく、続々とあとを追ってくる。
「氷竜鎧の術……ッ!」
ゴオオオオオアアアッ!
ピキピキパキパキ……ッ!!
召喚された氷竜が、僕を取り巻くように包んでいく。
僕の姿が見えなくなったところで、氷竜の身体がはじけた。飛び散った氷の破片が、ダイヤモンドのように、月光に反射する。
氷竜の鎧を身にまとった僕は落ち着いた声色でユーリに話しかける。
「早く逃げて。ここは僕がおさえるから…………」
僕を見上げるユーリは、何かいいたげな面持ちでフラフラと力なく立ち上がった。
それから小声でつぶやく。
「……あなたの……さっきの言葉。まるで…………」
「時間がないんだ。早く行ってくれ…………!」
佇むユーリの背中を押すようにして、促す。そうして彼女はその十字架の杖を使って、新たなる獣人のゾンビを呼び出した。
それを一瞥して、僕は彼女に最後の言葉をかける。
「死人を弄ぶことは何よりも重い罪だから。そのことは自覚しておいてね…………」
「……ふっ。やはりあなたはあなたなのね」
「…………?」
「まぁいいわぁ。とりあえず、今日はこのくらいにしておいてあげる」
そんな風に言い残して、ユーリは獣人の肩に乗り、去っていった。
彼女の背中を見送ってから、僕は周りの状況を再確認する。
「…………」
「あららー。逃がしちゃってくれたのね、あなた」
ここに残ったのは、鎧をまとった僕と倒れているイッちゃん。
あとは、目前の赤く染まったハナちゃんだけだ。
「ハナちゃん。本当にどうしたんだよ…………」
僕たちを嘲笑うかのように、ペロリと口元に付着した血を舐めるハナちゃん。
「ハナちゃん…………ッ!!」
「……ふふふー」
僕の声は、彼女の心に届かない。
「さーて。次はあなたを殺しちゃいましょうか」
「絶対にさせないぞ……ッ!!」
声が届かないなら。
――――届く距離まで、近づけばいい。




