ランクアップ(4)
「あ、あれっ? わたし、変わってないよっ?」
ランクアップしたはずのイッちゃんは、自分の服装を確かめて首をかしげた。イッちゃんがランクアップしているのを、僕たちだってちゃんと見ていた。
だけど、見た目の変化が一切ない。
状況が飲み込めなくて混乱した僕はハナちゃんに聞いてみた。
「ど、どういうことハナちゃん? イッちゃん、どこも変わってないようだけど?」
「大丈夫ですわ。しっかりランクアップしています」
「ほ、ほんとにっ?」
不安に感じているイッちゃんは、まばたきを繰り返す。
「はい、問題ありませんわ。ね、リコちゃん?」
「はいです!」
ハナちゃんに同意を求められ、リコちゃんは間髪入れずに肯定した。
って、言われてもなぁ……。
「どこが変わったんだろう……?」
「やっ……コーくん。あんまりジロジロ見ないでっ!」
「見るならわたくしにしてくださいましっ!」
「ほにゃっ!?」
イッちゃんの変化したところがないかを探していたら、ハナちゃんが僕に飛びついてきた。く、くるしいけど…………いい匂い。(満面の笑み)
お日様の香りみたい。
「ダ、ダメだよっハナ! コーくんっ! やっぱりいっぱい見ていいよっ!」
「む、むぎゅぅっ……」
ダメだ。柔らかいものと心地の良い匂いのダブルパンチでノックアウトしそう……。
鼻血&気絶の危機が迫っていたがリュウはそんなことどうでもいいとばかりに僕らを尻目にして、
「……なぁ。何が問題ないのか教えてくれないのか?」
「そうですわね……」
と尋ねてくれたので、意識をはく奪されることは無かった。……ちょっと残念な気もするけど。
ハナちゃんはしばし黙り込んでからリコちゃんの背中を軽く叩いた。
「こういう説明はリコちゃんから。お願いしますわね?」
「は、はいです!」
お姉さんに頼まれて、なんだかやる気に満ち溢れてくるリコちゃん。
うーん、可愛くて癒される。
「実は、ランクアップすると能力が変わる人とそうでない人に分かれるです!」
「……イネは能力が変わらなかったってことか?」
「はいです! ただし、強力な能力にパワーアップしてるはずです!」
えっとそれってつまり、能力は変わってないけど、ステータスが上がったってことかな?例えていうなら、進化せずに攻撃、防御、特攻、特防、速さが上がったってことだろうか。
「リュウお兄ちゃんやナツミお姉ちゃんの場合は、もとの能力に今の能力が追加された感じです!」
「僕もだね」
「わたしはそのままだけど、強くなったんだっ」
「です!」
リコちゃんは、口を大きく開いて楽しそうに笑う。
一旦落ち着いたところで、シオンが待ってましたとばかりに立ち上がった。
「よっしゃぁ、最後はこのオレッ! 空前絶――――」
「いいから早くやってくださいな」
「はい」
なんか一発芸みたいなことをやろうとしたみたいだけど、なんなくハナちゃんに阻止された。ナイスだよ、ハナちゃん。
それにしても、シオンのランクアップは気になる。
王であるシオンの潜在能力なんて、想像もできないくらい圧倒的だろうからね。
ここ最近じゃあ修行にも一段と取り組んでいたから、相当成長してるもんなぁ。
誰もがシオンに注目する中、僕はふと隣に意識が傾いた。
「……イッちゃん? どうしたの?」
「えっ? あっ いやっ……その……」
いつもニコニコしているイッちゃんにしては、珍しくしょんぼりしている。凛と咲く一輪の花が、しおれているイメージを受けた。
「何かあるんならちゃんといいなよ? ね?」
「……はいっ。実はその……っ」
イッちゃんは人差し指同士をツンツンさせながら、下にうつむいて告白する。
「……わたしだけ見た目が変わらなかったのは……ちょっと寂しいかなって」
「……イッちゃん」
「あっ、でもっ! ハナだって同じ気持ちだろうし……ここは我慢しなくちゃって……」
ツンツンしていた指が、次第に折れ下がっていく。
そっか。
女の子だし、楽しみだったんだよね……。
…………あっ、そうだ。
なにかしてあげられないかなと考えを巡らせていると、あることを思いついた。
「イッちゃん。クリスマスプレゼントの髪留めは持ってる?」
「うんっ、もちろんあるよっ! ほらっ」
「ちょっと貸して?」
「はいっ」
イッちゃんに頼んで、雪の結晶の形をした髪留めを受け取る。
「これをどうするの?」
「いいからいいから……ほらっ、できた」
「えっ?」
一瞬のできごとだったので、イッちゃんには認識できなかったようだ。
ふふふー、しかたないなぁ。
「ほいっ、鏡だよ」
「あっ!」
鏡に映った自分の姿を見て、彼女は驚きの声をあげた。
「髪留めがついてるっ!」
「まぁ、つけただけだけどね?」
僕の『忍者』と『暗殺者』の力を使えば、ちょちょいのちょいだ。
「これで見た目の印象は変わるんじゃないかな? ちょっと強引な気もするけど……」
「ううんっ! 素敵っ!」
うんうん。
何気ない発想だったけど、喜んでもらえて何よりだ。
腕を組んで首を縦に振っていると、
「光星なる天使よ。輝きたる疾風をたなびかせ我に染まれ! 生命……ッ!!」
最後のシオンが、大声で変身し始める。
ヤツめ。
あのセリフを恥じらいもせず、しかもアレンジを加えやがった。
「イッちゃん。シオンがどうなるのか楽しみだね」
「……コーくんっ」
「ん?」
「…………ありが」
――――イッちゃんの言葉を、最後まで聞き取ることはできなかった。
ドォォォォォォォォォォォォォォォンンンッッッ!!!!
天井を突き抜け、突如として何者かが降り下りてきたからだ。
「きゃぁっ!」
「イ、イッちゃん……ッ!?」
あまりの衝撃に砂煙と木っ端が吹き荒れる。
「な、なんだッ!!?」
ランクアップを中断し、シオンが叫んだ。
「…………君たちがターゲットでいいんだな?」
落下地点の中心から、一人の大男が立ち上がる。
そいつは黒い短髪で、片目には大きな傷痕が残っていた。隆々としたその身体つきからは、歴戦の圧力がにじみ出ている。
その漢は、僕たちのことを一人ずつ確認しながらこう呟いた。
「…………作戦を決行する」




