雪降る聖夜(3)
キィ……っ。
「お邪魔しますよぉーっ……と」
リコちゃんへのプレゼントを作り終えた僕たちは、静まった女の子の部屋にやってきた。
みんな、ぐっすり眠っているようだ。
「(これならバレずに終えられそうだね)」
「(……だな。さっさと済ませて帰ろうぜ)」
小声でリュウと話しながら、リコちゃんの枕元へと忍び寄る。
リコちゃんは、くぅくぅと可愛らしい寝息をたてていた。
「(見てよリュウ。リコちゃん、お腹出して寝ちゃってる)」
「(……ふっ。可愛いもんだな)」
「(だねぇ。ほらリコちゃん、お腹冷えちゃうよ~)」
「むにゃむにゃ~~……えへへ~……」
ほおを緩めて気持ちよく寝ているリコちゃんの服を整え、優しく布団をかぶせてあげる。
癒されるなぁ……。ずっと見てられるよ。
幸せで胸をいっぱいにしていると、リュウが催促してきた。
「(……ほら。早くしないとナツミたちが起きちまうぞ)」
「(もうちょっとだけ! 日頃から押しつぶされるくらいのストレスを感じている僕に、癒しの時間を! リラックスタイムを……ッ!)」
「(……バカなこと言ってんな。サプライズを台無しにしてもいいのか?」
「(うぅ……だね)」
リュウのお咎めに、僕はしぶしぶ腰をあげる。
それから持ってきてプレゼントを枕元に置いた。
「(……よし。そんじゃズラかろうぜ)」
「(へ~い)」
天使のような寝顔のリコちゃんを背にして、重い足を動かし始める。
さらばリコちゃん……ッ! 僕に少しばかりの癒しをくれてありがとう……ッ!!
リュウが部屋の扉に手をかけたとき、ふと何かに気づいたようでこちらを振り返ってきた。
「……そういえば、シオンはどこに行った……?」
「……あ」
言われて初めて気づいた。この部屋に入ってからシオンの姿を見ていない。
嫌な予感をビンビンに感じながら、僕は暗い部屋の中を見回した。
リコちゃんの近くにはもちろんいない。隣で寝ているナツミちゃんのそばにもいない。
…………あっ!!
「ぐへへへへぇぇぇ…………」
リコちゃんとは反対側の端に寝ているハナちゃんの枕元に、サタンクロース(聖夜に降臨する究極変態)がそこにいた。血走った眼でハナちゃんの寝顔を見つめている。悪い事をしないようにつけた手錠が、逆にヤバい雰囲気を醸し出す。
「隊長殿……ッ! あそこに性犯罪者がいます……ッ!!」
「……即刻逮捕だボケッ!!」
「え?」
思わずあげてしまった僕らの大声にシオンが反応し、こちらに向いた。
生け捕りじゃあぁぁぁぁぁぁぁあ!!
「弱・氷竜の術……ッ!!」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?」
パキパキパキキキッ!!
ドォォーーンっという衝撃音とともに、シオンを部屋の窓から外へと吹き飛ばした。タイミングよくリュウが窓を開けてくれたので、ガラスを割らずに済んだ。
「(リュウ! みんなは!?)」
「(……安心しろ。熟睡だ)」
一瞬とはいえ、大きな音を出してしまったのに熟睡だと……っ!?
恐るべし、女の子たち……。
「(……まぁ、結果良ければすべて良しだ。サタンクロースを成敗しに行くぞ)」
「(オーケー。聖夜を汚す輩は、爆発させてやる……ッ!)」
窓から飛び出すリュウに続いて、僕も外へとフライアウェイ。家の外は足が埋もれてしまうほど雪が積もっている。月の光の反射で、思いのほか明るい。
吹き飛ばされたシオンは、人型の痕を残して埋もれていた。どこぞのギャグマンガみたいだ。
「観念してもらうぞ、サタンクロース!!」
僕がそう叫ぶと、雪の中からズボっとシオンが立ち上がった。
「いきなり上級忍術をぶつけてきやがって! オレが何したっていうんだよ!?」
「「性犯罪」」
二人して言ってやった。
しかし、シオンは僕たちに反論してくる。
「ただ考え事をしてただけで逮捕ってか!?」
「目が血走ってたからね」
「……あれは完全にヤらかす目だったな」
「だからオレは何にもしてないだろ……ッ!?」
最近のシオンの言動からして、存在だけで犯罪になり得ないんだよ。いつ服を脱ぎすててハナちゃんに襲いかかるか心配で夜も眠れないよ。昼寝はできるけど。
「くそ、意味が分からねえ! とにかく、オレにはやらなくちゃいけないことがあるんだッ! お前らに付き合ってる暇はないッ!」
そう言い放ってシオンは、シュバババッと即座に印を組んだ。
「極・風煉加の術!」
ブオオォォォォォォォォォォッッ!!!
「「うぉッッ!!?」」
身体を引き裂くほど猛烈な風が、僕たちに襲いかかってくる。優しく舞っていた雪が、殺人吹雪へと豹変した。
これはまずい……ッ!!
「氷鎧の術!」
「炎鎧の術!」
パキパキパキ……ッ
ゴオオオオオ……ッ
僕は氷の鎧を身に纏い、リュウは炎の鎧を身に纏って猛吹雪を耐えしのぐ。
氷の鎧、超寒いんですけどォ……ッ!!
カチカチカチと震えで歯を鳴らすものの、どうにか乗り越えることが出来た。
しかし、シオンの姿は消えていた。
「……ちっ! 女子の部屋に戻りやがったなッ!」
「急ごう、リュウ!」
僕とリュウは鎧を解除し、二階にあるハナちゃんの部屋の窓まで跳んだ。
リュウの言った通り、部屋の中にはすでにシオンがいた。
「……さぁ、シオン! 観念しやが……れ…………?」
思いもよらぬシオンの様子に、リュウの言葉が途切れる。
僕も、その表情には言葉を失った。
「――――ハナ」
彼の声には、優しさがにじみ出ていた。
感謝の気持ちが込められていた。
そして――――――――
「メリークリスマス」
ただ、彼はそうポツリと呟き、部屋を出た。
彼女の枕元には、綺麗にデコレーションされた小包が二つ、ポツリと置かれていた。
*
シオンが女の子の部屋から出た後、僕たちはすぐにそのあとを追った。
事情を聴いてみると、
「オレはただ、ハナにクリスマスプレゼントを贈りたかっただけだよ」
とまあ、そういうことらしい。
それを聞いた僕たちは、度肝を抜かれたというか、なんというか。
なぜか、悔しかった。
事をすべて終え、僕たちは各自の部屋へと戻っていた。
布団の中に身をくるめ、僕はシオンの言動を改めて振り返る。
「まさか……あのシオンがなぁ……」
ハナちゃんとエロいことにしか興味がないと思っていたのに。さすがに言い過ぎだろうが、それでもプレゼントとかするタイプとは思ってもみなかった。
「う~ん……クリスマスプレゼントを贈りたかっただけ、か……」
感謝とか、色々思うところがあるから、そうしたんだよね。きっとみんなにも感謝してるんだろうけど、付き合いの長いハナちゃんだからこそ、なのかな。
「だとしたら、僕は…………」
たくさんのことを考えた挙句、僕は布団から出た。
……今夜は徹夜かな。
*
「ウシオお兄ちゃん、起きてくださいです~~!!(ドスっ)」
「ぐえっ!?」
結局、日が昇る頃に床についた僕は、リコちゃんのフライアウェイダイビングによって目を覚ました。リコちゃん、こんなに重かったっけ……? 内臓がありとあらゆる穴から飛び出ちゃう……ぐぉぉぉッ。
「おはようです、ウシオお兄ちゃん!」
「お、おはよう、リコちゃん……」
妙に機嫌がいいリコちゃんの様子を、ぼさぼさの髪をかきながら眺める。
「リコちゃん、いい事でもあったの?」
「はいです!!」
大きな声で返事してから、背中を向けてくる。
そこで僕は、リコちゃんが赤いリュック(ランドセルと呼ばれている)を背負っているのに気が付いた。
「……なるほどね」
「見てくださいです! これ、起きたらあたしの枕元にあったですよ!!」
「おぉ、ほんとにっ!?」
ちょっとわざとらしい反応かなっと思ったが、テンションが高い彼女には関係ない話らしい。リコちゃんは布団の上でピョンピョン跳ねながら、
「これ、たくさん”秘密道具”を入れられて便利です! それに、すっごく可愛いです!!」
「よかったね、リコちゃん」
ランドセルを抱きしめるリコちゃんの頭を、優しくなでてやる。
「昨日は雪が降ってたですから、きっとサタンクロースさんのしわざです!」
「気をつけてリコちゃん。サタンクロースじゃなくてサンタクロースだから」
ここは一番重要なポイントだ。間違えると大変なことになる。
けれどリコちゃんはポカンと首をかしげて、こう言った。
「サタンクロースさんで合ってるですよ? この世界にはこういうお話があるです! 雪降る聖夜にはサタンクロースさんが現れて、靴下をさらっていくと!」
「うそ……でしょ…………?」
リュウたちが言ってたこと、何一つ間違ってないじゃん……。
衝撃の事実に、ショッキングなう……。
するとリコちゃんが、言いにくそうにこう漏らした。
「実は……サタンクロースが怖かったから、昨日はみなさんと一緒に寝たのです……」
「そういうことだったのね……」
だから突然、お泊りするなんて言い出したんだ。
これまたちょっと、ショッキングなう……。
落ち込む僕の姿を見て、リコちゃんは慌てて首をふった。
「でも、みなさんとお泊りしたかったのはほんとです! いっぱいお喋りもできて楽しかったですし!」
……そっか。
だったら、いいか!
「お喋りって、何を話したの?」
そう僕が問いかけると、リコちゃんはにっこりと微笑んで、
「――秘密、です!」
口元に指を当て、そう答えた。
その仕草はどこか大人びていて、女の子らしかった。
*
部屋を出た僕たちは一階の居間に向かったのだが、なんだか騒がしい。
「どうしたの、みんな?」
「あっ! おはようっ、コーくんっ!」
「おはようございますわ、コーさまっ!」
これまたリコちゃんと似たようなテンションで、イッちゃんとハナちゃんが挨拶してくれた。
二人の手元には何かがある。
それって……。
「見てコーくんっ! 朝起きたらね、わたしたちにもプレゼントがあったのっ!」
「ですわ!」
見て見てといわんばかりに、プレゼントを持った手を差し出してくる。
「あ、あはは……」
「おい、ウシオ」
何と言っていいか困っている僕に、シオンが歩み寄ってきた。イッちゃんたちに背を向けるようにしてから、小声で話しかけられる。
「(まさか、お前までプレゼントしたのか?)」
「(えっと、イッちゃんだけだけどね……?)」
「(くうぅぅう、ウシオもオレのパクリかよ! まぁ、いいけどさ)」
「(お前も……ってことは)」
シオンの言葉に引っ掛かりを覚え、後ろに振り返る。
視界の端に、顔を赤らめているリュウを捉えた。
「(まさか、リュウも!?)」
「(そのとおりだよ)」
「(マ、マジか……)」
リュウのことだから、きっとナツミちゃんに贈ったのだろう。まったく……考えてること一緒じゃん。
はぁっとため息をついたところで、トントンと肩を叩かれた。
「プレゼントくれたのは……コーくん、ですかっ?」
「え、えっと……」
肩を叩いたのはイッちゃんだった。
頬を染めた表情かつ上目づかいで尋ねてくる彼女に、心臓がドクンっと強く脈打った。
……って、そんな場合じゃなくて! こういうのは、あんまり言うもんじゃないよね……?
大真面目で嘘をつくことができない僕(大嘘)は、あたふたしながらなんとか誤魔化そうと試みる。
「ぼ、僕じゃナイヨー。ウンウン、サタンクロースのしわざダネー」
「サタンクロースは逆に盗んでいくんじゃっ……?」
「ぐぬ……っ!」
「しかも靴下をっ」
「ぐわァァッ!」
サタンクロース……君はどこまで僕を弄ぶんだ……ッ!
口笛を吹きながら明後日の方向を見つめる僕に、イッちゃんはふふっと笑みをこぼした。
「ねぇ、コーくんっ」
「な、なにかな、イッちゃん?」
ビクビクする僕に、イッちゃんは温かい表情を浮かべて、
「メリークリスマスっ」
そう言い残して、みんなの輪の中に戻っていった。
……ははっ。
クリスマスっていうのも、悪くないかもね。
「メリークリスマス」
誰にも聞こえないような小さな声で、そう呟いた。




