雪降る聖夜(1)
「それで、サンタクロースは誰がするの~?」
「「「……え?」」」
しんしんと雪が舞う夜、僕たち一同はクリスマスという行事に振り回されていた。
時は一時間前にさかのぼる。
*
「今日はみなさんと一緒におやすみなさいするです!」
リコちゃんと一線を越えた(いい意味で)僕たちは、突如そんなことを告げられた。
僕は少し不安を抱きながら尋ねてみる。
「上官の人にいつもの報告とかしなくてもいいの……? それがリコちゃんの仕事なんでしょ?」
「大丈夫です! 報告し終わった後に戻ってくるですから!」
「なるほど……」
リコちゃんの返答に、僕はポンと手を打つ。
そんなやりとりの最中、ナツミちゃんがふと疑問に思ったらしく、リコちゃんにこう声をかけた。
「リコちんはさ、前から上官の人に報告してたんだよね?」
「はいです!」
「報告し終わったあとはさ、私たちのもとに帰ってこなかったくない?」
「あ、確かに…………」
リコちゃんが僕たちのもとに戻ってくるのって、いつも夜明けだったもんね。報告し終わってから朝になるまでどこにいたんだろう?
僕らの疑問に、リコちゃんはポカンっと指を口元に当てて、可愛らしい仕草で答えた。
「お仕事のあとは、いつもお家に帰ってるですよ?」
「え、リコちんって家あるのっ!?」
「は、はいです……?」
僕たちの反応がおかしかったのか、リコちゃんは何故か首をかしげる。リ、リコちゃん……いつも家に帰ってたんだね……。
「それって、お家にご両親がいらっしゃるってことですの?」
「はいです!」
ハナちゃんの質問にリコちゃんは元気よく答えた。
そ、そういうことか……。リコちゃんには両親がいて、仕事が終わったあとには家に戻ってゆっくりしてるのね。
言われてみれば、当然のことかもしれない。
リコちゃんのガイドだって一つの職種だし、『旅の間はずっと帰れない』なんてありえないよね。
「……リコ。質問攻めで済まないが、一ついいか?」
「なんですか、リュウお兄ちゃん?」
「……うっ…………」
キラキラと輝く瞳で見つめられ、たじろぐリュウ。
こいつ、お兄ちゃんって呼ばれるのに慣れてないな……?
顔まで真っ赤にさせちゃって。よし、からかってやろう。
「リュウおにいちゃ~~ん、早く質問してあげ――」
「……二度と呼ぶなよコロスぞ」
「ごめんなさい」
すごい形相で襟首をつかまれた。怖すぎて、ちびっちゃうよ。
僕にがんを飛ばして手を離してから、リュウは改めてリコちゃんに向き直った。
「……リコは毎日家に帰ってたんだよな?」
「そうですよ!」
「……家はどこにあるんだ?」
「白い街です!」
両手を万歳する形で満面の笑みを浮かべながら、リコちゃんは返答する。
なるほど……リュウの考えてることがだんだん読めてきたぞ……。
「……俺とリコたちが出会った森から白い街までは相当な距離があるはずだ。どうやって帰ってたんだ?」
「それは、”瞬間移動”ですよ!」
「……しゅ、しゅんかんいどう……???」
屈託のない笑顔でそう答えるもんだから、僕たちは反応に困ってしまった。
”瞬間移動”って、そんなバカな。まぁ、僕たちだって忍術とか使ってるワケだから……ありえなくないのか。リコちゃんも、野宿するための道具一式を作り出せるくらいだからね。
「リコちゃん、瞬間移動できたんだねっ! わたし、びっくりしちゃったよっ」
「あたしが瞬間移動するわけじゃないですよ?」
「えっ、違うのっ?」
「あたしたちのようなこの世界の住人は、基本的に能力なんて持ってません!」
「ほえっ?」
リコちゃんの返答に、イッちゃんは目をぐるぐるさせながら、
「でも、リコちゃんってテントとか生み出してたような……っ?」
「あれは、この便利な”秘密道具”の力です!」
どこかで聞いたことあるようなフレーズが出てきちゃったよ、おい。
「じゃ、じゃあリコちゃんには能力がないってことっ?」
「です!」
マジか……。今になって改めて思うけど、僕たちが知っている『世界』と『現実』とは大きな差異があるのかもしれない。
ま、生きるってそんなもんだよね。
「……話を戻すが、だからこそリコはどうやって家に帰っていたんだ?」
脱線していた話題を戻してリュウが問いかけると、リコちゃんはあっさりした様子で答えた。
「上官の人に瞬間移動してもらってるですよ!」
「……詳しく聞かせてくれるか?」
リコちゃんの話を聞くと、こういうことだった。
リコちゃんの上官、つまり黒装束の男クロは、瞬間移動の能力を使えるらしい。この世界の住人は能力を使えないが、どういうわけか王家に仕える者の一部は使用できるんだと。
それで、リコちゃんはクロの力で毎晩家に帰ってたらしい。
「……やっかいな能力を持ってるじゃねえか」
隣のリュウが、あごに手を添えながらそう呟いていた。
確かにそうだ。クロってやつは、革命を起こそうとしている僕たちの敵なんだ。いつかは戦うことになるだろう。
「そろそろ、行ってくるですよ!」
窓の外を見て、リコちゃんが立ち上がった。
僕たちは玄関まで、見送ってあげる。
「すぐ戻ってくるです!」
「うん、いってらっしゃい!」
こちらを向きながら、リコちゃんは手を振って闇夜に溶け込んでいった。
「うぅ……さむいな……」
「だなぁ……雪が降ってるくらいだし」
そう。
実はさきほどから雪がちらほらと降り始めている。
前にもあった、突如天候が狂ってしまう現象だ。
「この間は猛暑みたいだったけど、今回は真冬だね…………」
腕をさすりながら、僕たちは家の中へと戻っていく。
居間に戻ったところで、ふとシオンがみんなを呼び止めた。
「なぁ、オレにいい提案があるんだけど」
「と、唐突にどうしたの……?」
「嫌な予感しかしませんわ……」
なんかニヤニヤしてるような、照れてるような……。
僕とハナちゃんはお互いに顔を見合わせながら、シオンの様子をうかがう。
しかし、次の言葉は誰も予想だにしなかった。
「みんな、クリスマスって知ってるか?」
「「クリスマス……?」」
僕とイッちゃんは声をそろえて、はてなマークを浮かべた。
クリスマス?
なにそれ、おいしいの?
「お米だったころも聞いたことない単語だなぁ……」
「そうですねっ。わたしも聞いたことないですっ」
「……俺は知ってる」
「私も知ってるよ~」
仲良しコンビのリュウとナツミちゃんが手を挙げた。
「……クリスマスってのは、サタンクロースっていう全身赤タイツの悪魔が降臨する日のことで」
「サタンクロースが、寝てる子供に忍び寄って、靴下を盗んでいくんでしょ?」
「そ、そんな変態極まりない悪魔が存在するのか……ッ!? まさに外道…………ッッ!!」
「寝るときに靴下を脱いでたら、だ、大丈夫かなっ?」
「みなさん、まったく違いますわよ……?」
クリスマスの正体に動揺を隠せない僕たちに、ハナちゃんが声を差した。
「クリスマスというものは、一年間いい子にしていた子供たちのもとに、サンタクロースと呼ばれるおじいさんがやってきて、子供たちの枕元にプレゼントを置いていく日の事です」
「「「ナ、ナンダッテーッ!?」」」
「決して全身赤タイツの変態が靴下を盗んでいく日ではありませんわ」
ホッ……。
リュウとナツミちゃんが変なことをいうもんだから、てっきり誤解しちゃったよ。
「えっと、それでそのクリスマスがどうしたっていうのさ……?」
「今日は雪が降る冬のような夜。それに、リコちゃんが初夜を迎える日で(ボカッ)――――痛ッ!?」
「変な言い回しをしないでください」
「お、おう…………えっと、リコちゃんがオレたちと一緒に寝る初め(ドスッ)――ヒデブッ!?」
「変な言い回しはやめてください」
「今のは普通でしょッ!?」
ここ最近、ハナちゃんとシオンの仲が良くなってるなぁ……。
いいことだねぇ、うん。
「ごほんっ。今夜はわたくしたちと初めておやすみする日になりますわ」
「「「うんうん」」」
「そこで、普段からいい子にしているリコちゃんにプレゼントを送ってあげようってわけですの!」
「……つまり、俺たちがサンタクロースになるってわけか」
「そのとおりですわ! そういうことでしょ、シオン?」
「ま、まあそういうことだな……」
ハナちゃんの問いに、シオンがどこか不満げな面持ちで答える。
シオンは頭をポリポリと掻きながら、
「こうしてリコちゃんが心を開いてくれたんだ。こっちだって…………それなりに嬉しいからな」
こいつ、なんでツンデレっぽくなってるんだろう?
「なにリュウみたいにツンツンしてるんだよ! シオンらしくないぞ!」
「う、うっせ! ちょっと恥ずかしいんだよ!」
「シオンのくせに、たまにはいい事するんですものね」
「リュウくんみたいに照れるシオンくんっ、なんだか可愛らしいねっ」
「……でゅ、でゅへへっ」
「調子に乗るんじゃないですわよッ!」
「グアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「……お前ら、さりげなく俺を罵倒してないか…………?」
いつもみたいなノリになってきたところで、不意にナツミちゃんが手をひらひらさせて、
「それで、サンタクロースは誰がするの~?」
「「「え……?」」」
だ、誰がするのって……。
…………。
正直、あんまりやりたくないかも……。実際は寝ているリコちゃんの枕元にプレゼントを置くだけだから……たいしたことないんだろうけど……。
サタンクロースの話があったから、変態のイメージが強くて……ね?
みんなも僕と同じことを思っていたらしく、あまりいい顔をしていない。
無言の時間がしばらく続いた時……。
「ただいまです、みなさん!!」
主役が戻ってきてしまった。
いったいどうなってしまうんだろう。
メリー、クリスマス…………?




