何度でも刃を重ねる(1)
「氷竜の術……ッ!!」
ゴオオオオオオアアアアアアアアアアアッ!!
氷の身体をした巨大な竜が出現し、そのまま僕をガブリと飲み込んでしまう。
パキィ…………ィッッ!!
「…………」
次の瞬間には、竜は内側から粉々になってはじけ飛んだ。
中から、竜の姿に似た氷の鎧を身に纏う僕が現れる。
「…………よし」
ヒュッ、
僕は静かに動き出し、土煙が舞った。
ザッ……。
ダダダダダダダダダダダダダッッ!!!
近くにあった岩のそばまで瞬時に移動し、いくつもの拳を叩き込む。残像を伴った連打が、みるみるうちに岩にひびを入れていく。
「……そらッ!!」
パラパラパラ…………
細かく砕けた岩が、音もなく崩れ去っていった。
「…………次だ」
チラッと後ろを見やり、
ヒュッ、
立派にそびえたつ木々の目の前に高速で近寄る。
そして、
「……剣氷の術」
ピキピキピキ
無から生成された美しい氷の剣を生み出した。
「…………」
フッ、
ズザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ…………ッッ!!!!
一瞬姿が消えたかのように思われるほどのスピードで木々との間合いをつめ、一気に切り刻んでいく。
フワッ……、
動きを止めた僕の手元から、氷の剣が自然と消えていった。
「…………これで終わりかな」
バラバラバラ……ッ。
野菜のように切り刻まれた木々が崩れ落ちていく。
それと共に、僕は変身を解除した。
氷のように冷え切った心に、いつもの調子が戻り始める。
「ふいぃぃい……疲れたぁぁぁぁあぁ!」
緊張の糸がプツンと切れ、大きく息を吐きながら地べたに座り込んだ。
ググゥ~ッっと背伸びしながら、
「今日の修行はこれで終わりッ!」
きついきつい訓練に、区切りをつけた。
王宮で調査を続けているライオネルたちを僕たちは待っている。各々何をしているのかは分からないが、きっと次の戦いに向けて準備しているのだろう。
僕も、こうやって一人で修行しているわけだからね。
「そろそろリュウやシオンたちと手合わせしたいなぁ……」
熱帯地方の海のように澄み切った青空を見上げながら、つぶやく。
自慢じゃないけど、近頃の僕の成長っぷりといったらやばいのなんの!
力が不思議とみなぎってくる。
それをバネにして、修行に打ち込んでるんだ。
思春期みたいな、力があり余っちゃう感じに似てるのかもね。そんでもって修行の成果あってか、上手くコントロールできなかった氷竜の術も使いこなせるようになってきたし!
「最高にハイってやつだッ! フハハハハっ!」
こまかみをグリグリと指で押し付け、固まった筋肉をほぐしてやる。
「…………」
……はい。帰りましょうか。
何だか唐突にやるせない気分になり、僕は立ち上がった。
「よっこいしょ……ひぃぃぃ、身体痛ぇぇ…………」
溢れ出すエネルギーを消化するのはいいけど、もうちょっと控えめにしておこうかな。
そんなことを思いながら隠れ家に向かって歩き出すと、ふと違和感に気がついた。
「……あれ? 手がカサカサになってる」
手の甲が、まるで砂漠でひび割れた地面のように、乾燥していた。
っていうか、ヘビのうろこみたいになってんすけど……?
「氷竜の術の影響かな? あれ、めちゃんこ寒いから……」
冷蔵庫の中にいるような体感だもんね。
そりゃあ、お肌にも悪影響を与えるわけだ。
「早く帰って、お風呂でとぅるんとぅるんにしますかな」
まだお昼過ぎだけど、別にいいよね?
修行の疲れもとりたいし!
「よっしゃ! 張り切って帰りますか!」
ぽっかぽかのお風呂に想いを馳せながら、僕はかけ足で隠れ家を目指した。
*
「おっす、ウシオ。おかえり!」
「ただいま、シオン」
玄関の扉を開くと、ちょうどシオンと出くわした。
傷一つないとぅるんとぅるんのお肌からするに、こいつ風呂上がりだな?
「シオンもさっきまで修行してたの?」
「というより、リュウと闘ってたぜ?」
「ほんとに!?」
「おう」
ニカっと屈託のない笑顔を浮かべるシオン。
「いいなぁ~。このあと僕とも手合わせしようよ!」
「もちろんいいぜ」
よっしゃ、ナイス展開!!
修行の直後になるけど、お風呂に入ったら精神エネルギーも回復するからね。
それに、力がまだまだ溢れてくるし、大丈夫でしょ!
「それじゃ、お風呂あがってからでいいかな?」
「了解だぜ。準備運動でもして待ってるわ」
そう言って、シオンは隠れ家から出ていった。
「んじゃ、僕も早いとこ回復するとしますか!」
ふふん♪と鼻歌を奏でながら、軽い足取りで脱衣所へと向かう。
幸いなことに、脱衣所に人の気配はなかった。誰も入っていないらしい。
「ラッキー!」
やりぃとか言いながら、指をパチンと鳴らす。
そうして服を脱いでいき、ガラッとお風呂の扉を開いた。
………………ぷかぁ……っ
「――――――――っ」
なんか、お風呂にピッチピチな桃が浮いていた。
おかしすぎる出来事に、僕の頭が真っ白になる。
思考が戻ってきたころには、これの正体が理解できた。
これ、お尻やで。
「…ッ! って、誰のお尻だよッ!!」
これだけ綺麗なお尻だ。間違いなく女の子に決まってる!!
イッちゃんか?
いや、居間から楽しそうな声が聞こえてきていた。
それじゃあハナちゃん?
ハナちゃんもイッちゃんと談笑していたはずだ。
「…………まさか」
ナツミちゃん?
彼女ならあり得る。
モデルのような見事なプロポーションに健康的な肌を持つナツミちゃんなら、大いにあり得るぞォォォォォォォォォォォッッ!!!
「や、やべっ。鼻血でそう」
この芸術作品のようなお尻がナツミちゃんのだと分かった途端、顔まわりが熱くなってきた。正直、興奮を隠しきれないっすわ。
リュウが見たら即死ものだろうな。
そんなことを思いながら、いつまでも沈み続けるナツミちゃんに声をかけようとした。
その時……ッッ!!
「それ、すっごい面白い~~っ!!」
「あははっ、傑作ですわ!」
「でしょっ?」
――――ッッ!!?
ナツミちゃんの笑い声が居間から聞こえてきた。
このお尻、ナツミちゃんじゃない……ッッ!!
ともすれば……。
「誰なんだ……ッ!?」
男のシオンやリュウは論外として、女の子たちは全員楽しそうにお喋りしている。
いったい……。
…………ハッ!!
分かったぞ、この可愛らしいお尻の持ち主!
こんなプリチーなお尻をしているのは、
「リコちゃんだッ!!」
「……(ブクブク)」
名前を叫んだ途端、ポカポカの湯気がでている水面から、複数の気泡が生じた。
おいおいおい!
リコちゃん溺れてるのッ!!?
「リコちゃあああああああああああああああああああああああああああああああああんんんッ!!!?」
事態を把握した僕は、あわててリコちゃんのもとにかけよった。
ザバアっと、湯船から出してやる。
……が。
その体つきは女の子にしては妙にガッシリで、ごつごつしていた。
っていうか。
リコちゃんじゃなくて、リュウだった。
「やっぱりお前かよォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
パチーンっと、小気味のいい音を立ててツッコミをいれてやった。
「はぁ、はぁ……ったく」
「…………」
「ん?」
いつものように返しのツッコミがくると思ったのだが、こない。
僕は奇妙に感じて、リュウの顔を覗き込んだ。
「お、お前っ!?」
「……お、おう。ウシオか……」
ようやく気づいたリュウの声からは、生気を感じ取ることができなかった。
まるで、死にかけのしわがれた声だ。
「……あっ!」
わかったぞ!
リュウがこんなにもエネルギー不足になっているのかが!
「リュウ。お前、もしかしてシオンに負けたのか?」
「……なんだ。シオンから話を聞いたのか……?」
「い、いや。試合をしたと聞いたくらいで……」
「……なるほどな……ゴホッ」
搾りかすみたいな声で応答するリュウ。
これほどにまで追い込むなんて、どれほどの激戦だったんだ……。
あれ?
「僕、これからシオンと戦うんだけど……アイツ、体力的に大丈夫なのかな……?」
「……なんだと……!?」
「そ、そんなに驚いてどうしたの?」
何かまずい事でも言ったかな?
不思議がっていると、リュウが僕の襟首をつかんできて、こう叫んだ。
「……アイツと戦うなら全力でかかれ! 下手すると殺されるぞッ!!」
*
「よう、ウシオ。エネルギ-は戻ったか?」
「……おかげさまでね」
リュウからの忠告を受けた後、僕はそのまま飛び出してきた。
いてもたってもいられなくなったんだ。
エネルギーは回復していないが、ドンドン溢れてきているから何とかなるさ。
問題は、シオンの方だ。
リュウいわく、シオンは新たな能力を身に付けたらしい。
きっと、王様としての記憶が戻ったことに関係しているんだろう。
「ねぇ、シオン。どうも新しい力を手に入れたらしいね……?」
「……リュウから聞いたのか」
「…………」
「……あぁ、そうだぜ。オレは王としての力の使うことが出来るようになった」
……面白い、ネ。
「じゃあ、その力を……僕に見せてよ」
「いいぜ……あとで後悔しても知らないからな?」
…………、ガキィィィィィィィンンンッッ!!!
黒き忍者と、王へと昇華した白き忍者が刃を交える。
音もなく、闘いは幕を開けた。




