飛び出せ、新生活(1)
「行こう、あの白い王宮へ」
僕の言葉に、話を聞いていたみんなが力強く頷く。
けれど、シオンだけは違った。
「なに言ってんだ、これはオレの問題なんだよ! お前たちに迷惑をかけるつもりはない!」
「じゃあ、一人で革命をとめるつもり?」
「そ、それは……」
僕のするどい質問に、シオンはうっと言葉をつまらせる。
その様子を見て、ハナちゃんは追い打ちをかけた。
「シオンがもともと王宮を抜け出したのは、一緒に戦ってくれる『旅人』を集めるためではなくて?」
「うぐっ!?」
痛いところをつかれたとばかりに苦い表情になる。
ハナちゃんはふふふっと淫靡に微笑んで、
「それじゃあわたくしたちの力が必要ですわ。そうですよね、コーさまっ」
「そ、そうだねっ!?」
うはぁっ!? 急に抱き着かれて心臓止まるかと思った……。
あっ、腕に微かな柔らかい感触が……。
「……でゅへへっ(じゅるる)」
「よォーし分かったッ! 一緒に来てもらうことぜ! だからお前は離れやがれッ!(バキッ)」
「ぐへっ!?」
シオンにロイヤルストレートパンチ☆をお見舞いされ、カエルがつぶれたときのような声を出して倒れ込む。……僕、なんもしてなくね……?
「……んじゃ、俺たちも行くで決まりだな」
「よっしゃっ! いっちょ頑張りますか~!」
「うんっ、がんばろうっ!」
話の行く末を見守っていたリュウ、ナツミちゃん、イッちゃんがそれぞれ立ち上がる。
みんなで円になって、中心で手を重ね合った。
「ちょちょちょっ! 僕を忘れないでっ!」
ボーっと倒れ込んでいた僕は慌てて円陣に加わる。
それからお互いの顔を見合わせて、
「そんじゃ、お前ら。この白き王についてこいっ!」
「嫌ですわ」
「……断る」
「誰がシオンなんかに従うかよ、ばぁーかっ!」
「ひどすぎるッ!?」
誰がこんなバカに従うもんかよ。
「…………」
うーん、いまいち締まらないなぁ。ここはやっぱり僕が……。
なんて思っていたら、ハナちゃんがポツリと小言をこぼした。
「……『仲間』としてでしたら……ついていってあげなくもないですわ、よ……?」
「――っ」
思わぬ言葉に、シオンは息を呑む。ハナちゃんってば、素直じゃないよね。
僕たちはぷくくと笑いを殺しながら、シオンの反応を待った。
「……ははっ」
きょとんとしていた顔つきが一気に変わる。
しがらみついていた何かを、吹っ切ったようにも見えた。
「みんな――――――――『仲間』として、オレを助けてくれないか?」
「「もちろんっ!!」」
*
次の日の朝。
雲一つない晴天の陽射しが窓を抜けて、隠れ家の中を明るく照らす。
僕たちは昨日のように集まって、今後について相談していた。
「……お前ら。これからの目的を改めて確認するぞ」
「「うん」」
みんなの注目を浴びているリュウが、話し合ったことをたんたんとまとめ始める。
「……まず俺たちの目的は、今まさに起きようとしている『革命』を阻止することだ」
「あぁ。これが最優先事項だ」
この世界の王であるシオンが、重々しい口調で首肯する。
「……『革命』阻止のために今後俺たちがとっていく行動についてなんだが……これはライオネルたちと作戦を練ったほうがいいだろう」
僕もそう思う。
何の策もなしに王宮へ飛び込むなんて、さすがに無謀だ。
「でも、ライオネルさんたちは黒装束の男の人を追いかけたまま、まだ帰ってきてないんですよねっ?」
「……そうだ。つまり、アイツらが戻ってくるまで待機ということだな」
……結局、そうなるんすね。
まぁ、妥当といえばそうなんだけど……。
「ねえ、リュウ。私たちだけでも、その間に何かできないのかな?」
はいっとナツミちゃんが手を挙げて、司令塔兼進行のリュウに質問を投げかける。
リュウは待ってましたとばかりに、にっと口の端をつりあげ、
「……あるぜ。やることはたくさんある」
おっ?
リュウのやつ、そこまで考えてるだ。
「……もちろん、修行だ」
ドテー。
みんなこけた。
「……き、気持ちは分からんでもないが、実際のところ必要だと思うぞ? 赤鬼たちみたいなやつとこれからも戦わなくちゃいけないんだからな」
「うっ」
た、確かに。
革命を止めるってことは、大きな危険を冒すってことで。しかも、戦う可能性だって十分あるわけだ。
「気は抜けないね」
「……その通りだ」
事の深刻さを改めて痛感し、重たい空気が流れ始める。
そうだよね。もしかしたら……誰かが犠牲になってしまうかもしれないんだ。
……死ぬ、か。
……。
「……しゅ、修行も大事だぞ? でも、それ以上に重要なことがある」
よくない流れを変えようとしてか、リュウが声を張って注目を集める。
「重要なことってなんですの?」
ハナちゃんの疑問に、僕たちは同意するように首を縦に振った。
その解答をリュウは告げる。
「……リコのやつに伝えるんだよ。一から全てな」
「あっ……」
そうだ。
僕たちにはもう一人、大切な仲間がいたじゃないか。
今はまだ消えた街から戻ってきてないけど、もうじき帰ってくるだろう。
「…………」
リコちゃんはなんにも知らない。彼女は単純に、この世界での仕事を果たしてるだけだ。
革命なんかに関わる必要はないんだ。
とても危険すぎる。
でも……リコちゃんは苦楽を共にした僕たちの仲間でもある。
「……伝えるぞ。ちゃんとな」
「……うん」
「……おう」
その時だった。
ガチャッと、玄関の扉の開く音がした。
トテトテと廊下から歩いて顔を出したのは、
「あっ、みなさん! おはようございますです!」
バスガイド服に包まれて二つくくりした、屈託のない笑顔を向けてくれるリコちゃんだった。
「「「…………」」」
「あれ? みなさん、どうしたんです?」
僕たちの奇妙な雰囲気に、リコちゃんは唇に指をあてて首をかしげる。
……言うしかないよね。
「「「……っ(コクリ)」」」
僕たち野郎どもは目くばせでコミュニケーションをとり、立ち上がった。
そのまま、リコちゃんに近づいていく。
「「「――――(ズイズイっ)」」」
「お、お兄ちゃんたち、どうしたです……?」
僕たちの威圧に押されて壁際まで追いやられたリコちゃんは、ちょっと泣きそうになりながら僕たちのことを見上げてくる。
「「「…………(ジィーッ)」」」
「……ふぇっ」
あっ、やばい! なんて言おうか悩んでいたら、リコちゃん泣いちゃったよ! どうしよう、どうしよう……ッ!
リュウやシオンも僕と同じように、泣かせてしまったことに罪悪感を覚え、あわわっとうろたえる。
僕は、どうすればいいんだァァァァァァァァァッ!
「もうっ、何してるんですかコーくんっ!」
「リュウ、リコちゃんを泣かせないでよねっ!」
「シオン……指へし折りますわよ……?」
「「「ごめんんさい(シュバッ)」」」
アメリカの大統領もビックリするくらい、見事な土下座が繰り出された。
爽やかな早朝の日光が、スポットライトのように土下座する僕たちを照らした。
*
「リコちゃん、そういうことだからもう泣かないでっ?」
「うぐっ……はいです……」
よしよしとイッちゃんがリコちゃんの頭をなでる。
泣きだしたリコちゃんを女の子たちが慰めながら、伝えなければいけないことを説明してくれた。女の子たちってほんとにすごいよね。罰として半裸で逆立ちしてる僕らとは大違いだよ。ちなみにハナちゃんからチラチラ視線が送られてきて、すっごい恥ずかしかった。
「リ、リコちゃん。さっき聞いた通り、この世界で『革命』が行われかけているんだ(逆立ちしながら)」
「……そこで、た、尋ねたいんだが(プルプル)」
「オ、オレたちと一緒に来る……か? それとも、ここでお別れするか……?(ガクブルガクブル)」
やばい。シオンの様子が明らかにやばい。白目向いてよだれ垂らしてるもん。完全にイッてやがる。
「……ひぐっ」
そんな有様のシオンに話しかけられてか、リコちゃんがまた泣き出しそうになる。
まずい……ッ!
「死にさらせやァーッ!」
「……その命、神に還しなさい」
「どるちぇっ!?」
リュウと一緒にクロスアタックキックを繰り出し、完全に息の根をとめる。……ふっ、いい死に顔してやがるぜ。
「それでリコちゃん。リコちゃんは、どうしたいかな?」
「おにいちゃん……」
アホなシオンは放っておいて、リコちゃんの目線に合うよう腰を低くして再び問いかける。
「…………」
うつむいてしまうリコちゃん。まぁ、そりゃそうだよね。
そう簡単に決められることじゃないんだ。
「……よしっ! じゃあ、考えててくれるかな?」
「え?」
「今すぐに決めなくていいんだよ。ライオネルたちが帰ってきたら、リコちゃんの解答を聞かせてほしい」
「……そうだな。他のみんなもそれでいいか?」
リュウの言葉にみんな笑顔で答えた。倒れ伏してるシオンもプルプルと震える手でグッと親指を立てている。やるおるわ、コヤツめ。
「リコちゃん。よろしくね」
「……はいです」
リコちゃんの頭をくしゃくしゃと優しくかいて、ふうっと息をつく。
さて、これであとはライオネルたちを待つだけだね。
「そんじゃ、解散にしますかっ!」
「はいっ」
「……あぁ」
「そうだね~!」
「……プルプル(グッ!)」
「承知いたしましたわ」
各々が、それぞれのやるべきことに向けて散り始める。
さて、僕も修行するとしますかッ!
それぞれがそれぞれの過去をかかえ、未来を見据える。
新生活の、始まりだ。




