王宮の真実(3)
キラキラと輝く星々を背景として、美しい三日月が黄金色を放つ。
シュバッ
月の光を受けながら、オレは白い街の周りに存在する森の中を跳び駆けている。忍者の力を手に入れたおかげで、アニメの世界のように木から木へと飛び移ることができる。
この精神世界に革命を起こそうとしているクロたち一同から逃げ始めて数十分が経とうとしていた。
「はぁはぁ……。そろそろアイツらをまいたかな?」
さすがに疲労が溜まったので、森の中の少し開いた広場で腰をおろした。
ふうっと一息つくと、ようやっと落ち着けて思考が働きだす。
「急な出来事で待ったなしだったけど……オレ、何気にすごいことしてるよな……」
オレはこの世界の王なのに、すべてをすっぽかして王宮を飛び出すなんてありえない。明日の朝、オレの不在に気のついたギンの悲鳴が聞こえてくるようだ。
「……ははっ。綺麗な顔立ちなのに、残念なイケメンだな」
オレは思わず笑みをこぼした。
……そして、改めて決意を固め直す。
「だからこそ、オレはこの世界を守らなくちゃいけないんだよね」
王宮にいるみんなの顔が自然と浮かび上がっていく。
銀髪の執事ギンにFカップのロリメイド青髪のビイちゃん、それにお嬢様のような言動の緑髪のリンさん。……オレのために涙を流してくれた赤髪のアール。
オレは戦わなくちゃならない。
ともに立ち上がってくれる仲間も必要だ。
この旅は自分の力を成長させながら、仲間を集めていくものなんだ。敵に背を向けながら逃げるためなんかじゃない。
と、オレはそこまで考えて、
「……さむッ! ……この街の夜は冷え込むんだな。ずっと引きこもりのニートしてたから全然知らなかった」
身をちぢこませ、体から熱が逃げないようにする。
「へっっくしゅんっっ!」
しかし、通気性抜群の忍者服はさっそくオレに牙をむける。まるで、水着を着て真冬の夜を歩いているようだ。変態じゃねえか!
「と、とにかくっ! なにかないもんかなぁ!」
ガサゴソと忍者服のポッケや懐に手をつっこむが何も入っていない。……丸腰だった。
さあっと血の気が引いていくのを明確に感じた。
「ちょ、ちょっと待って! そういえばオレ、ご飯とかはどうするんだろ!? 軽いノリで王宮から出てきたけど、丸腰って本格的にやばいんじゃヘックションッ!! うはぁっ、それにやっぱ超寒いし! これじゃあ速攻王宮戻りじゃないか! さっきまでシリアスっぽかった分、超恥ずかしいわ!」
わあわあぎゃあぎゃあと、オレは叫んだね。だって、旅なんてなんとかなるもんだと思ってたんだもん。そこらへんに落ちてる木の実食べたり、川で魚とったりってさ!
でもこの世界にそんなもの一つもないんだ!
なんてこっただよ、まったく!
せめて火でも起こせたらなぁ……。
「…………ん?」
あれって、オレは大事なことに気がついた。
「……オレって今、忍者だよね? だとしたら……」
口に手をあてて、しばらく考え込む。それから一筋の汗が頬をつたい、ごくりと喉を鳴らした。
……やってみるか。
シュババババババッ
「絶・豪炎火の術ッ!!」
ゴオオオォォオオオオォォォォォォォオオオオオオオオッッ!!
頭では理解していないのに、まるで身体が勝手に覚えているかのように、目に見えぬ速さで印を組み、両手を重ねて前に突き出すと、すさまじい炎が手から発射され、オレの視界が真っ赤に染まった。
「…………やっ、やっべぇぇぇぇぇぇぇぇえええええぇええぇッ!!」
遠く離れた白い街の人たちにさえ聞こえたかと疑っちゃうくらい、大声を張り上げた。オレの感動はおさまらない。
「なに今の、なにッ!!? エッ!? 印を組んで両手を突き出したら城が一つぶっ飛ぶくらいの炎が出てきたんですけどっ!!? か○は○波かよッ!!」
最後にオレは、ぐぐぐっと身体をちいさくして、それからバッと開いて夜空にむかって叫んだ。
「忍者、さいこォじゃねえかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁあッッ!!」
いやあ、これまで抱えていた不安が一気に吹っ飛んだね。っていうか、今のオレだけでも革命を止められるかも。
ヌフフっ、と思わずにやけてしまった。
気味の悪い笑顔を浮かべるオレがある音を認識したのは、少しして落ち着いたときのことだった。
メラメラメラ
「……ん?」
なぜだろう。
炎が燃えている音が聞こえるヨ。
冷や汗を全開に垂らしながら、オレは音のするほうへ顔をむけた。
メラメラ
ゴオゴオ
「……………モエテルネ」
メラメラ
ゴオゴオ
目の前で、山火事が起こってました。
……きゃはっ☆
「……きゃはっ☆、じゃねえよッ! うっそまじで!!? うわあちィッ! 顔が焼けるッ!!」
さっきまであんなに冷え込んでいた森の中だったが、それがちょっとしたら砂漠のように猛烈な熱で満ちていた。砂漠なんてものじゃない。オーブントースターの中でこんがりとおいしく焼かれいるみたいだ!
「くっそ! ああああどうしようッ!! 水ッ! 水はいずこにッ!!?」
オレはあっちこっちを見渡すが、川なんてどこにもない。というか、すでに炎で囲まれてなんにも見えない。オレのまわりだけ昼間のように明るい。
だけど、安心感なんて一つもない。
むしろ静寂に包まれた廃病院のような恐怖感が迫ってくる。
「まずいまずいッ!! これじゃあ仲間を集めるどころか、今すぐ王宮に戻ることもできないぞ!!」
徐々に強くなる死へのプレッシャーに、オレの思考は蜘蛛の巣にひっかかった蝶のように動かなくなっていく。なにかないか、なにかないか……!
……はっ!
「そうだ! この火災が起こったのはオレの忍術のせいなんだ! だったら、同じ忍術で消火すればいい!!」
このピンチを切り抜けるためにはそれしかない。オレはやけどするくらい熱い空気を吸い込み、はぁっと吐き出した。
集中の糸をピンっとたるませることなく張る。
シュババババババッ
「深・破海流の術ッッ!!」
ザバアアァァァァァアアアアアアアァァアアアアアンッッ!!
まるで荒れ狂う太平洋の大波が海賊船を一飲みするかのごとく、オレを取り囲んでいた炎が発生した水によって鎮火された。草木の焦げた匂いでいっぱいになった。ブシュウっと、にごった煙がそこら中から立ち上る。
けれど、オレはなんとか危機を乗り越えることができた。
「……ハア」
ドテッ。
緊張の糸が切れたからか、それとも術に大量のエネルギーを使ったからか。オレは膝から崩れ落ち、ぐったりとこうべを垂らした。
「つ、つかれたぁぁぁ……」
ぷはあって口から疲れの色を含んだため息がこぼれる。
オレは地面にあおむけになって寝そべり、事故を最初から眺めていた三日月を見据えた。……なんか、笑われてる気がするな。三日月が口、二つの大きな星が目に見えて、オレは天に笑われている気がしてたまらなかった。
「……ははっ」
オレの口から自嘲気味な笑いがこぼれた。
「この調子でやっていけるのかなぁ……オレ」
どこか抜けている自分に、将来の不安を感じる。けど、それと同時にワクワクもしていた。
未知のミライがそこにある。
そう思うと、また立ち上がれる。
「……よし。今度はちゃんと気をつけて、たき火でもつくろう。んでもって、もう寝ようか。疲れちゃったしね」
オレは重たい腰を持ち上げ、ゆっくりと立ち上がった。どこかにいい木材でも落ちていないかと視線をあちらこちらに向ける。
――――その時だった。
「王様みぃーつけた」
鬼に見つかってしまった。
*
「おいおいなんだ! 楽しい鬼ごっこはもう飽きちまったぜ?」
「ハアハア……っ。くっ、くそっ!」
クロの仲間の一人、鬼のような見た目をした男に見つかってしまい、オレは休むことなく再び逃げ出していた。
「あはは、ったく! スピード落としちまったらつまんなくなるだろうがッ!」
「な……ッ!?」
スッ
疲れのせいでちょっとばかり走る速度を緩めたのを見極めて、オレとの距離を一気に詰めてくる。それから、赤鬼が手にしているまがまがしい刀で切り付けてきた。
ヒュンッ
カキンッ
「は、はやいッ!」
「おぉ? なかなかやるじゃんか、王様ちゃん」
腰につけているクナイで刀を受け止め、まっぷたつになることだけは避けられた。クナイで刀をはじき、赤鬼から離れる。
「……あいつ」
刀のスピード、切りこみ方、どれも一流のものだった。少しでも気を抜いたら、やられる。
けれど、オレが驚いてるのはそこじゃないんだ。
「……本気を出されたら、一瞬で追いつかれる」
そう、赤鬼はとんでもない速度で動くことができる。さっきまでは全力で逃げているから大丈夫だと思いこんでいたが、とんだ思い違いらしい。
あいつがその気になれば一気に追いつかれる。そうしないのは、あいつ自身が”鬼ごっこ”を楽しんでいるからだろうか?
とにかく、このままではまずい。
「……うそだろ?」
このままではまずいはずなのに、さらにオレを陥れるようなことが起こった。
「あははっ、鬼ごっこもおしまいのようだな。行きつく先が崖っぷちとは運が悪い」
「…………グッ!」
森を抜けたと思ったら、その先は道のない断崖絶壁だった。見下げると、広大な森の緑色が一面に広がっている。
落ちたら間違いなく死ぬ。
「おいおい、モモ。お前は先走りすぎだ。おかげで私たちまで急ぐ羽目になってしまったじゃないか」
「クロさん! あなたはテレポートできるでしょうが。っていうか、俺をその名前で呼ばないでくださいよ」
「ふふっ、すまないな」
「お前は……」
赤鬼の後ろからスッとでてきた黒装束の男、クロ。それにグレーの装束を身に纏ったやけにでかい男もそばにいる。
クロはオレのほうに向きなおし、話しかけてきた。
「やあやあ、王様。ご機嫌はいかがかな?」
「……どういうことだよクロ。なんでお前がオレのことを狙うんだ」
「なんで、と言われてもなぁ。ふむ……」
「…………」
クロが考え事に入った。
よし、その調子のまま続けてくれ。
オレはなんとか時間を稼いで、ここから逃げ出せないかと考えていた。
「まあまあな、なんでもいいじゃないか」
「…………」
「それに、一つ言っておくよ」
「――――小僧、君はここから逃げられない」
「――――――ッッッ!!?」
その瞬間、背筋にゾクゾクっと鳥肌がたった。まるで、ムカデが背骨から脳髄にかけてガサガサと走り抜けたようだ。
クロからくる異様な恐怖心。
人の皮をかぶったバケモノの、片鱗を見たような。
そんな感覚。
本能がここから今すぐにでも立ち去れと警報を鳴らす。
……けれど、ここで逃げるわけにはいかない。
「……逃げねえよ」
「……ほぉ」
今すぐにでも背を向けて逃げ出したい衝動と恐怖心をひねりふせて、凛然と立ち向かう。すると、横から赤鬼が割って入ってきた。
「クロさん。いいとことだったんすから、俺にやらせてくださいよ。こいつ、けっこうやりますぜ?」
コキコキと首の骨を鳴らしながら提案するが、
「いいや、ここはシャバーニに任せる」
「ええっ!? なんでですかぁ~!?」
「いいから。さて、シャバーニ。存分に戦ってくれたまえ」
「…………はい」
一番後ろに控えていたグレーの装束を纏った大男が前に出てきた。大男だろうとなんだろうと構わない。オレに残された力はもう残りわずかなんだ。
一撃で決めてやる。
「いくぞ、大男ッ!!」
「…………こい」
オレは大男が動く前に、素早く印を組む。
シュババババババッ
そして、一気にたたみかけた。
「滅・光雷撃の術ッ!!」
「…………ッ」
バリバリバリバリバリバリバリッッ!!
両手を重ねて、雷神をもしのぐ電撃をクロと赤鬼とを含めた全員に与えた。ビカアっと、視界が光で埋め尽くされる。まばゆい光が闇夜を照らす。
シュウウウウウウッ
雷の熱に焼けたグレーの装束が音をたてる。
つまり。
オレは一撃であの男を仕留めることができたんだ。
「……はは。やった、やったぞ! オレはまたピンチを乗り越えることがで――――」
パラッ
「…………そんなものか?」
「うそ……だろ……?」
巻き上げる煙の中から姿を現したのは、目に傷をつけ凛々しい顔立ちをした、ゴリラだった。こいつもきっと、獣人だ。
「ふむ。さすがシャバーニといったところだな」
「……ちっ、そのまま死ねばよかったのに」
隣のほうからも声が聞こえてきた。こいつらは直前に攻撃を回避したらしい。しかし、シャバーニはまともにくらったはずだ。
身体のいたるところにダメージは受けているものの、苦しげな表情は一切ない。まるで、百戦錬磨を経験した軍人のようだ。
「…………そんなものかと聞いているんだ」
「……く……っそ……っ!」
ここでもう一度忍術を使いたかったが、オレは膝から崩れ落ちてしまった。
どうやら、限界らしい。
「…………残念だ」
シャバーニと呼ばれる獣人は、一瞬悲しそうな表情を浮かべ、かと思ったらすぐに険しい顔つきに戻った。……くそ。
それよりも生き残らなくちゃ。
……生きないと、いけないんだ。
「…………さよならだ」
シャバーニはその大きな握りこぶしを地面に打ちつけた。
メキメキメキと、亀裂が入っていく。
そして。
パキッ
「……あっ」
足場は崩れ、オレは空中へと放り出された。
強烈な重力が襲い掛かってくる。
「さようならだ、”過去の王”よ。”闇の王”として、再び会おうぞ」
そう別れを告げて、クロたちは姿を消した。
さっきまでいた場所が猛スピードで遠くなっていく。
下を見ると生い茂る森でいっぱいだ。
落ちたら、確実に死ぬ。
――――死。
いつの日にかも、同じ感覚を覚えた。
あの時は、死にたくないって心の底から思えた。
大切な人たちと、永遠に別れたくないって。
けれど、今はそう思えない。
申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
つまり。
哀しみが。
どうすることもできない。
抗うことのできない運命。
あ。
ぶつか
……
…………
や。
……やっぱ、り。
ダメ。
ダメダメダメダメダメダメ。
ダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダヨォォォォォォォォッッ。
「ダメだってばアァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!」
地面に打ち付けられたたたたオレは、たちあがががりいいいいいい。
ヤミガフキダス。
この前と、イッショ。
かしら。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
……
…………
「…………ぁ、れ?」
輝かしいばかりのまぶしさに不快感を覚えて、オレは目を覚ました。
「…………ここは?」
周りを見渡すけれど、デコボコの地面、バキバキに折られた木々しかない。まるで、ここで戦争があったような、怪獣が暴れたようなひどい場所。
こんなところに見覚えはない。
オレはいつこんな場所に?
「……あれ?」
というか。
「――オレは、誰だよ?」
場所以前の問題。
自分が誰なのかわからない。
「……う、あ……」
どうしようもない寂寥感が襲い掛かる。
あれ?
さむい。さむい、さむいさむい!
日光に当たって温かいはずなのに、身体の中心が氷のように冷えきっている。
「……ああ。……ああ……ッ!」
ガタガタと身体が震え出す。
何なんだ、これは一体なんなんだ!!
オレは身体を丸め、必死の思いで自分を抱きしめた。
――トントン。
「あの、大丈夫でしょうか?」
「……え?」
突然肩を叩かれ、オレはバッと顔をあげる。
そこには、ポニーテールの綺麗なオレンジ色の髪をした女の子がいた。お嬢様のようなドレス姿は、なぜかヒマワリを連想させる。
彼女はオレのことを心配そうな瞳で見つめてきたのだが、徐々に驚きの色合いが混じっていった。
「……君は?」
「……コーさま……なんですの?」
声が、重なった。




