王宮の真実(2)
獣人とは、この世界に存在する住人の、突然変異を起こした者のことである。この精神世界の持ち主である女の子たち、人間は彼らのことを『ガン細胞』と呼んでいるらしい。
感染力が強い彼らは、それまでの平穏な日常生活を捨てなければいけない代わりに、圧倒的なパワーを得ることになる。
能力は、その見た目から二種類に分類される。
一般的には『昆虫』のような外見が多いのだが、まれに『獣』の形になることもあるのだ。
力の優劣は圧倒的に『獣』のほうが優れている。
また『獣』は人の姿にとどめることも可能であり優れているが、その分感染力が強く、要注意である。
ところでこの度、我々は『昆虫』『獣』を上回る新たな種を作り出すことに成功した。
それらの容姿から『幻獣』と命名する。
『幻獣』は――――
「……なんなんだよ、これ……ッ」
図書室に存在していた隠し扉をくぐり抜け、その先に並べられていた本を手にして、オレは息を呑んでいた。
そりゃそうだ。獣人のことはいまだに研究が進んでいないとのことだったが、これだけの情報がすでに収集されていたんだから。まるで、国家機密のように隠蔽された形で。
それに……、
「……新たな種類の『獣人』を生み出す実験に成功してだって?」
獣人の症状を治す実験ならわかるが、この資料によると、獣人を人為的に生み出しているようじゃないか。……つまり、あのひどく忌まわしい不幸を生み出しているということだ。
「そんなこと……絶対許さない……ッ!」
オレは怒りで身体を震わせ、他にも何か大事なことが記されていないかと、あっちこっちの棚から本を取り出す。
『旅人』『エネルギー』『温泉』『王宮』、実に様々なことが書かれている。その中には、王宮に備えられている『特殊な武器』についてなんかもあった。
「……『旅人』のような能力を得られる水晶かぁ……」
サファイアのように、海のごとく透き通る青色をした水晶を手に、なりたいモノを言えば、『旅人』のみたいに能力を扱えるようになるんだと。
獣人たちに対抗するときに使用するらしい。
「いいな、これ……じゃなくてっ! 今はそんな場合じゃないんだっ!」
オレは雑念を振り払うように頭をブンブンとふり、資料を読みふけった。
少しした頃、オレはついに”それ”を見つけてしまう。
「『世界革命計画』……? なんだコレ?」
これまでに読んできたものとは明らかに異なる質。
不安と恐怖心とを抱きながら、それを手にしてページをパラリとめくる。
そこには――――
ガタンッ、コツコツ……。
「……誰か来たッ!?」
入り口のほうから足音が二つ。
それに話し声が聞こえてくる。
「クロさん。オレにも早く”あの薬”をくださいよ。この力にはもう飽きた」
「待っておれ。すぐに完成するだろうから」
……クロ。
全身黒い装束で包まれた、あのクロさんのことか?
――――この『世界革命計画』に、深く関わっている……?
頭の中が真っ白になっていく。
それでもオレは、彼らが部屋の中心に近づくごとに、反比例するかのように、入口へと戻っていった。
やつらは話に集中している。
出るなら今しかない!
「――――ッ!」
オレは隙をついて、その部屋をあとにしたのだった。
*
「あれ、クロさん。『世界革命計画』についての資料がなんでこんなところに放置されているんですかね?」
「…………なに?」
「大事な資料だってのに。誰がやりやがったんだ、ったく」
「…………」
*
「どうしたのよ、あんた。なんか元気ないわね」
「えっ……いや……っ」
この世界の本当の素顔を知り、オレは何も信じることができなくなっていた。
現在は王様専用部屋、夕食を(とはいってもアールの特性ドリンクなんだけど……)とっている。その最中、アールがオレの顔をのぞき込んできて、心配そうな表情をしていた。
オレはうっすらとひきつった笑みを浮かべて、
「……大丈夫だから」
とだけ答えた。
それがきっかけで、銀髪の執事ギンや、他のメイドさんたちも会話に参加してくる。
「いや、王よ。今のあなたのお顔は、まるで舞妓さんのようですよ?」
「……は? どういうこと?」
「お顔が真っ青ということです」
「ふつうにそう言えよ! ややこしいわっ!」
ビシイッっと、するどいツッコミを入れる。
すると今度は青髪のメイドさん、ビイちゃんが心配そうな瞳で、
「……王さま、考えごとばかりしていると白髪がふえちゃうよ? ……あっ」
「そうですわ、ビイ。王様はもともとおじいさんみたいな髪色ですもの。心配はいりません」
「……うんっ。リンちゃんのいうとおりかも。王さまはもともとふけてる」
「オレ、お前らになんかしたかな……ッ!? 打ち合わせしたようなやりとりしやがってッ!」
ハアハアと肩を上下にゆらすオレをよそに、青緑のメイドさんたちはピースをつきだしてドヤァしてきた。
そんな中、不意にアールがオレの背中をポンっと叩いて、
「なんだ、元気そうね! 心配して損しちゃったっ!」
「アール、お前なぁ……」
呆れるようなため息をついて、気づいた。確かに、オレの心にのしかかっていた重い重いおもりが無くなっている。
考えなくちゃいけないことは、相変わらずそこにあるけれど。それでも、心の闇は消えていた。
……ははっ。
「みんな、心配してくれてありがとう。なぁに、ただアールのドリンクを飲むのが鬱だっただけさ」
「ちょっ、あんたっ! いい加減にしなさいっ! これでも日々研究を重ねて――」
「――冗談だよ。お前のドリンクは日が経つごとに美味しくなってる」
「んな……っ!」
「ありがとな、アール」
ポンポンと赤い髪に手を添えて、なでてやる。
アールは顔を朱に染めて、
「か、勘違いしないでっ! 別にあんたのために研究しているわけじゃないんだからっ! 私が好きでやってるだけなのっ! あんたはただの実験台っ!」
「はーいはい。わかってますよー」
「もうっ、全然わかってないじゃんっ! これからも私は研究に研究を重ねて、あんたのいう”料理”を完成させてやるわっ! ……だ、だから――」
そこまで言って、アールはだんだんとうつむいていき、声も小さくなっていった。
オレは優しい声色でたずねる。
「……だから、なに?」
「だ、だから……」
ふだんの彼女からは想像もできないような、小さく可愛らしい女の子の声。よくよく注意しなければ聞き取れないようなボリュームでアールは、
「……もし”料理”が完成したら……そのときもあんたには実験台になってもらうから……」
最後まで彼女の言葉を聞き届けたオレは、もちろん、とびっきりの笑顔で、
「おう! 任せてよっ!」
って、返事した。
*
コツコツコツ。
カツンカツン。
その日の夜のこと。
オレが寝ている王様専用部屋に続く廊下から、奇怪な足音が二つ。
コツコツコツ。
カツンカツン。
それはだんだんと、大きくなって近づいてくる。さながら、幽霊から逃げて掃除用具入れなどに隠れているときの、ホラー映画の感覚だ。
キィ……。
扉が何者かによって開かれた。
コツっ、コツっ。
カツっ、カツっ。
部屋に敷かれた絨毯が、さっきまでの軽やかでよく響いた音を、鈍くさせる。
ベッドに影の二人が近づく。
スウウっと、ナイフ、もしくは剣を抜いた。
――――そして。
「死ね」
ざっくりと、一思いに、その剣はオレを貫いた。胸に風穴を開けられたオレは、心地の良かった夢から覚め、残酷な現実へと引き戻された。
――はずだった。
「おい、クロ! あの野郎、ベッドの中にいないぜ……ッ!」
「ふむ。さては小僧、逃げよったか……」
剣でベッドを引き裂いた謎の男と、黒装束を身に纏ったクロは、思わぬ事態に混乱している。ふっ、バカめ。お前らの行動なんて筒抜けなんだよ!
ベッドで寝ているはずのオレは、その部屋の窓際、もっと詳しくいうと、この前オレがガラスを割って飛び出した、窓の外側のふちに立っている。
そしてそこから、二人の様子をうかがっているんだ。
おっと、話についていけないようだから、ここでちょっとした補足をしておこう。
今、部屋の中で戸惑っている二人は、そう、オレが今日図書館で見た”例”の二人だ。
オレは図書館からの去り際、こんな会話を耳にした。
「……あの王に計画のことを知られてしまったかもしれないな」
「えっ!? クロさん、マジですか?」
「あぁ」
「それって非情にまずいんじゃ……」
「そうだな……。少し、前倒しになってしまうが……」
「おっ、ついにヤっちまうんですか?」
「ふむ。今晩、やつの首を取りに行くぞ」
本当に、とんでもない話だった。
もしもオレがこのことを知っていなかったら、今頃どうなっていたことやら。
とにかくオレは、やつらから身を守るために、こんな感じで窓の外側から見ているのだ。それに、好都合だって思った。
オレはこれからやらなければいけないことがある。
『世界革命』を止めることだ。
けれど、今のオレじゃなんにもできない。
だから仲間を増やしにいく。
この世界には『旅人』っていうのがいるらしい。
なんでも不思議な力を持っているそうだ。
オレはこれからクロたちに追われることになるだろう。
「……だからこそ、オレは逃げながらも仲間を増やして、もう一度ここに戻ってくるッ!」
それまで、ギンやアールたちとはしばらくのお別れだ。
でも、大丈夫。
みんなから勇気をもらったから。
些細な、いつもの、そう、日常だったけど。
それが、オレの原動力になる。
「……まだ、そう遠くへは逃げていないだろう。探すぞ」
「りょーかいっと!」
クロたちが動き出した。
そろそろオレも逃げないと、あっという間につかまっちまう。
「さて……。こいつの力を使うとしますか」
オレは懐から、海のようなサファイア色の水晶を取り出した。ご存知のように、『旅人』そっくりの能力をつけられる『特殊な武器』だ。
これを使えば、これからの旅で、なんとかやっていけるだろう。
「……問題は、何に変身するかだけど」
できるなら足が速くて見つかりにくいのがいいかな。やつらに捕まらないことが、最低条件だから。
……足が速くて、見つかりにくい…………あっ!
オレはパッといいことを思いつき、それから水晶を掲げて、祈った。
「さあ、変身だッ!!」
オレがイメージした瞬間、パキンっと水晶が砕け、中からシャボン玉のような、光の塊が出てきた。それはオレの全身を覆い始め、みるみると侵食していく。
あっという間に、光が霧散する。
「おぉ……っ! ほんとに『忍者』になった!」
白い忍者服に包まれたオレは、自分の姿に感動した。
それにしても、身体が異様に軽い。オレは半信半疑の気持ちで、それっと王宮の屋根にむかってジャンプしてみた。
ピョーンっと一気に跳ね上がる。
「すげえぇぇぇっ! 『忍者』ってこんなに自由自在に動けるのかよ!」
想像以上の能力に、ワクワクがとまらない。ドバドバと、大雨のときにマンホールから溢れ出す雨水のように、オレの感情が湧き出てくる。
さて、ある程度の準備運動も終わったところで。
「行くか……ッ!!」
オレは屋根を蹴り出し、ひゅんっと月が照る夜空へと舞った。
ふと、後ろを振り返る。
ギンやアール、ビイちゃんやリンちゃんが眠る、白い王宮が一つ。
「……待ってろ。必ず戻ってくるから」
美味しそうな”料理”に想いを馳せながら、オレは前へと向き直った。




