王宮の真実(1)
目を覚ますと、そこは見慣れた部屋だった。
キラキラとした飾り物に包まれた、王様専用の個室。真ん中にドンと主張している、綺麗なカーテンに囲まれたベッドで眠っていたらしい。
「………ッ」
後頭部がズキズキと痛む。まるで、頭の中でムカデやクモが暴れまわっているようだ。
「……オレは……いったい?」
身体を起こし、さきほどまでの出来事を思い出そうとする。オレは街のほうに出かけて、怪物と出会い……それで……。
「あ、あ、あ、あんた……ッ! やっと目を覚ましたのねっ!」
と、そこまで思い返したところで、部屋の入り口から大きな声が聞こえてきた。
「あっ、アール」
「――――ッ!(ダキっ)」
「ちょ、ちょ、ちょっ!?」
オレが赤髪のメイドさん、アールのほうを見やったら――いきなり、抱き着いてきた。ふんわりと香るももの香りと共に、やわらかな温かい肌の感触が服を通して伝わってくる。
「ままま、ままままままッ!」
もはや人語にすらならない衝撃と感動。
けれど、幸せな気持ちは一瞬で消し飛んでいく。
「……うぐっ……し、心配したんだから……ひっく。……バカ……っ」
オレの肩に熱い何かが零れ落ちてきた。
……。
思い返せば、ずいぶん無茶なことをしたかもしれない。
一国の王さまなのに、あんな軽率な行動をとるなんて愚の骨頂だ。
いや、王様なんて肩書は関係ないのかもしれない。
溢れんばかりの涙を流す女の子が、ここにいるんだから。
オレはアールの背中まで手を回し、ぎゅっと優しく包み込んだ。
「……ごめん」
「……うぅ……」
「……そして、ありがとう……」
「……ひっぐ。……う、うん」
安らかな時が流れ始める。
「…………」
「……うぐっ」
「……あはは。そろそろ泣き止んだらどう?]
「…だ、だって……」
オレの肩に額を乗せて、いまだに泣き続けるアール。ふだんはツンツンしているやつだけど、根はすごく優しい女の子だ。
アールが泣き止むまで抱きしめていよう。
そう思っていた矢先。
「――――王よ」
アールが入ってきた入り口から、ドスの聞いた声が飛んできた。
恐る恐るそちらのほうに首を回すと、
「何しているのですか、王よ(ニコッ)」
「ヒッ……」
能面のような笑顔を浮かべた、銀髪の執事ギンが立っていた。ドドドドドドドっと、鬼気迫る効果音が聞こえるのはオレの気のせいだろうか?
というか、何をしているだって? そりゃ、か弱い女の子を慰めてるわけですよ、ふへへっ。
だから、なぜギンがそんなにもキレているかがわからない。
オレはそういう意味を込めて、こう聞き返した。
「何をしているか? それってどういう意味さ?」
「……本気で言ってるのですか、王よ」
マジですよ、ええ。
するとギンは、いっそ表情を険しくして、
「ではストレートな質問にしましょう」
「おう。どんと来い」
「あなたはなぜ、泣きじゃくっている女の子に抱き着いているのですか? それじゃあまるで――」
「――――まるで、嫌がる女の子にいやらしいことをしてるみたいですよ?」
思考が止まった。
理解するのに数秒かかった。
カチリ。
「……えぇぇぇぇぇぇぇええぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇえッ!?」
「驚きたいのはこちらのほうです! さあはやく、アールから離れてくださいッ!」
理不尽すぎるッ!!
オレなんも悪いことしてないよねッ!?
むしろいいことなんじゃッ!?
ことの渦中にいるアールはいまだに泣いていて、うんともすんとも言わない。
「アールッ! そろそろ離れてくれないかな!? オレの社会的信頼が大ピンチなんだけど……ッ!」
「……ん。……やっ」
「なんでそんなにしおらしいんだよ!? かわいいなちくしょぉぉぉぉおっ!!」
こんなにも女の子らしいアールから、離れるわけにはいかない! っていうか離れたくないわ!
オレがものすごい葛藤をしていたら、いつの間にかギンが近くまでやってきていることに気が付いた。
ギンは思いっきり叫んで、
「このへんたいの王めぇぇぇぇぇぇぇえッ!!(パチコーンッ!)」
「グヘッ!?」
ほっぺたにビンタしやがった。
そのままオレはベッドに倒れ込む。
……り、理不尽すぎるッ!
意識がもうろうとしていたが、
「(……まったく、私にならいくらでも抱き着いてもいいのに)」
ポツリと不満をこぼすギンの声が、かろうじて聞こえた。
……お、お前、男じゃねぇか……。
文句をいってやりたかったが、そんな気力すら起こらなかった。
それからなんとかギンの誤解を解いた後、オレはいつもどおりの日常へと戻っていった。素に戻ったアールから本日二度目のビンタを受けたことは、また別のお話である。
*
オレが誕生してから、一カ月もの月日が経とうとしていた。
身の回りの世話をしてくれる執事のギンや、赤青緑の髪をした三人のメイドさんたちとはずいぶん仲良くなった。……唯一、黒装束をまとったクロさんだけは、いまだに謎が多いが。
人の形をしたバケモノと対峙してからというもの、オレは王宮内にある書庫でたくさんの書物を読みふけっていた。
オレの知らないこの世界のことをもっと知りたい。そう思うようになったからだ。
今日も今日とて、オレは書庫で本を読んでいた。
「……ふむ、これが『獣人の特徴』か」
今目にしているのは『獣人』に関する本だ。
『獣人』っていうのは、この世界にある感染病のようなものにかかった人たちのこと。
この病気にかかった人は獣のような見た目に変わり、常人とはかけ離れた能力を得られるらしい。一見いいところしかないようだが、実際のところ、そんなわけがない。
この病に感染した人は、街の人々から隔離される。もし街にいるところを発見されたら、国の牢獄で一生を過ごすことになる。
そうなる前に、自ら去ってしまう人のほうが多い。
「……恐ろしいな」
オレはペラペラとページをめくりながら、目を通していく。
が、『獣人』についてはまだ詳しく解明されているわけではないので、情報量はこれくらいしかない。
ポンっと本を閉じ、オレは息をついた。
「これからオレが”王さま”としてやっていくこと……」
自分でいうと違和感を覚えるが、オレはこの国の王さまだ。
だからこそ、やるべきことがある。
「まずは、『獣人』に関する研究にもっと力を入れる」
そうすれば、今後あんなにも悲惨な事件は起こらなくなるし、流さなくてもいい涙を見る必要がなくなる。……それと。
「『獣人』に対する『差別』の改正……だな」
あのハチ男と戦ってみて、少し考えたことがある。アイツだってもともとは人間のはずだったんだ。それなのに、街の人たちのつらい反応。
誰も、幸せになるはずがない。
「ふう……。頑張っていくか……」
オレは身体をグッと伸ばして、一息つくためにその場から離れた。けれどオレが書庫から出ることはなく、むしろさっきいた場所から数メートルしか動いていない。
ある”モノ”が目に入ったからだ。
オレはその本のタイトルを、ガタガタ震えながら読み上げた。
「……『赤ちゃんの作り方~Vol 1~』……だと……ッ!?」
王宮の書庫にどうしてそんなものがあるのかわからなかった。
誰も読むはずがないだろうに。
でも、オレはそっこーで手に取ったね。
ペラッ。
ペラペラッ。
……なんだ、期待して損した。
こんなことしか書いてないのかよ。
「まったく、つまらないぜ……(ブシャアアアアアアアアアアアッッ)」
いや、でも。
一度読んだら、最後まで読まないと失礼だよね。(ブシャアアアアアアアアアアアッッ)
本棚には五巻まで置いてあった。
オレは光の速さで、読みつくしていく。
「ちょ、ちょっ! そんなところまで書いちゃうのッ!?(ブシャアアアアアアアアアアアッッ)」
この本、読み進めていくごとに、過激になって――(ブシャアアアアアアアアアアアッッ!!)
とうとう五巻を手にし、最後まで一字一句丁寧に見ていく。
あっという間に最後の行まで読んだ。
『時間、ついに最終巻! 乞うご期待!!』
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええぇぇぇぇえッ!? もう一巻あんのかよッ!!」
巻末にはそう書かれているのに、本棚には五巻までしかない。
つまり、ここに最終巻はないんだろう。
生き地獄とはまさにこのことだ。
「ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉおッ!!」
やり場のない複雑な感情を本棚にぶつける。
ドンッ!
……ボサッ。
「ん?」
上からなんか降ってきた。
オレが本棚を叩いたから、なにか落ちちゃったのかな?
……やれやれ、めんどくさいけど直しますか。
オレは落ちてきた本を手に取り、一冊分の空きがある場所へと戻そうとしたのだが。
『赤ちゃんの作り方~最終巻 ついに卒業~』
「キタアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
まさか別の場所にあったなんてッ!!
これは神様がくださった恵みに違いないッ!!
「……では、いただきます」
オレは手のひらをそっと合わせ、この世の”食材”に感謝を込めた。
ペラッ。
ブッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
一ページ目をめくった瞬間、滝のごとく鼻血が流れた。
それはそれは、見事なものだったという。
「……オレはまだ、これを読むに値しないな……」
悟りを開いたオレは、そっと本を閉じた。
「……オレが成長して帰ってくるその時まで……さよなら」
微笑を浮かべながら『赤ちゃんの作り方~最終巻 ついに卒業~』を、元の場所ではなく同シリーズと共に並べてやった。
カチッ。
ゴゴゴゴゴゴッ。
「……は?」
スイッチが入ったような音がしたと思ったら、目の前の本棚が横にずれた。
要するに、秘密の扉らしきものが出現したんだ。
「……もしかして」
――大人向けの本が並べられているのかな。
ピンク色に染まっていたオレには、そうとしか考えられなかった。
そうだよ! この書庫に大人向けの本は一冊もなかったし、きっとこの中にあるんだ! ビデオ屋さんと一緒だね!
そうと決まれば…。
「おっじゃまっしまーっすッ!」
オレはドキドキとワクワクを胸に、その扉をくぐった。
視界に入ってきたのは、無限にも続く真っ白な世界に、黒い本棚がずらりと並んでいる光景だった。
一瞬ぱちくりとまばたきしたが、ハッと我に返る。
「さあて、”例のブツ”はどこにありますかなぁッ!」
オレはスキップで本棚に近寄り、一冊スッと引き抜いた。
「なになに? 『獣人の種類についての報告書』……?」
――――それからオレは、この世界の本当の姿を知ることになる。




