白銀の王の目覚め(2)
「豪華な晩餐って、これのこと……?」
「はい! とてもおいしそうでしょう?」
縦の長さが小学校の25mプールくらいある長方形の、それこそ貴族が使うようなテーブルに座らされたオレは、目の前に並べられた料理(といってもいいのか……?)に息をのんでいた。
記憶のないまま目覚めたオレは、銀髪の執事や黒ずくめの男、それに赤青緑の髪色をした三人のメイドさんに崖から飛び降りたくなるほどの恥ずかしい言動を目撃されてしまった。かと思えば、次はオレが王様やなんだと説明され、挙句の果てには国民たちの前に立たされ、とんでもない事態になった。
……とまあ、これがついさっきまでの話で。
現在は、オレの”転生おめでとうパーティー”みたいなんが行われてる。っていっても、パーティー会場で楽しんでるのは王宮で仕えている人たちくらいで。
オレは王様専用部屋の、超長いテーブルに、ただひとりポツンと座っている。
ちなみに、ここにいるのは銀髪の執事ギンと、赤青緑の髪色をした三人のメイドさんたちだけだ。クロさん、全身真っ黒の服装をした人はどこかに行っているらしい。
よし、長ったらしい前置きはこの辺にしといて……。
問題は、……。
「……はあ」
「どうしたのですか、王よ。なんだか冴えない様子ですが」
「そうよ、王様! せっかく私たちが腕をかけてつくった”料理”なのに!」
「”料理”、ねえ……?」
オレは目の前のテーブルに並べられているそれらを、再び見つめた。そこにあるのはどう見たって料理なんかじゃない。
色とりどりの、いや……形容しがたい色の液体が、複数のグラスに注がれているだけだ。
「あのさ、もう一回聞くけど。……これはなんなの?」
「だから私たちがつくった”料理”だって言ってるでしょ!? いろんな味のエネルギーをマッチさせた特製ドリンク!」
「こんなもん”料理”じゃないだろ!? もっとこう、みずみずしい野菜を盛り合わせたサラダとか、こんがりと焼きあがったお肉とかはねえの?」
「……はあ、なにそれ!? バッカじゃないの!?」
「おー様は何をいってるのかな、リンちゃん?」
「わたしにはわかりませんわ、ビイ」
「おかしいのはオレか!? オレなのか!? ……ふっふ、いいだろう。ならばワタシがこの世界の王となって、貴様らの常識を変えてやろう!!」
「いや、王よ。あなたはすでに王なのでは……?」
わあわあと騒ぎ立てるオレたち一同。
特にこのアールとかいう赤髪ぺったんこのメイドさんとはガミガミと言い合った。
「だーかーらー、最高級の『ニクドリンク』に『ニンニクドリンク』と『ヤキニクノタレドリンク』を加えたこいつは超おいしいんだってっ!!」
「焼肉味の飲み物!? そんなん口に含めるかッ!!」
「なんでよもー。んじゃあこっちの、『マグロドリンク』に『ショウユドリンク』と『ワサビドリンク』のやつはどう? さっぱりしてるよ?」
「焼き肉が嫌だからってお刺身がほしいってわけじゃないんだよ!」
「んなわがままいうな! ほんとにおいしんだからっ! 他にはねーー」
というか、メイドさんが王様であるオレにそんな態度でいいのか?いや、オレは全然かまわないんだけどさ。ほら、なんか体裁とかあるじゃん。
まあ、その話は置いておいて。アールに詳しく料理の説明をされているうちに、……ちょっとだけ。ほんのちょっぴりだけ食べたくなってきた。
「そ、そんなにいうなら、……ちょっとだけなら食べてやっても……」
「ほんとっ!? じゃあね、この『手長海老のポワレとサフランリゾット 濃厚な甲殻類のクリームソース』はどうかなっ? おすすめだよ!」
「そんなわけのわからないもんはいいです! それよりも焼肉味のやつを頼むよ」
「ヤキニクアジ? あっ、これね! はい、どうぞ!」
「あ、ありがとう……」
この赤髪つるぺったんのメイドさん、いきなり丸くなったな……。
どうしたんだ?
オレがみけんにしわを寄せていたからだろうか、それに気づいた緑髪のメイドさん、リンが耳打ちしてきた。……おっふ。
「(アールはいわゆる”ツンデレ”です。あれは自分の料理を王さまが食べてくださることに喜んでいるんですわ)」
「(なるほど……)」
最初は「なにこのぺったん娘、激おこしてくるんですけどー」なんて思っていたが、どうも照れ屋な子らしい。
そう思うと、ちょっとばかりだが可愛く見えてきた。
「ちょっと。はやく食べなさいよ」
死んだムシケラを見るような冷たい目つきでにらんでくるアール。……ほんとにツンデレしてるんすかね?
「じゃ、じゃあいただきます(グビグビっ)」
「……ど、どう?」
焼肉味らしい茶色く濁った液体を、一思いに飲み込んだ。
――――こ、これは…………っ!
「……おえっ」
「えっ、吐き出すほどおいしいのっ!? ……う、嬉しい……っ」
「違うよ! 吐き出すほどまずいんだよ!!」
「はあ!? どういうことよ! そんなことないわよ!(グビグビっ) ほら、おいしいじゃない!」
「お前の舌はどーなってんだよ!? こんな焼肉をミキサーで液状にしたやつなんか食べられるか! ……う、えっ」
「王よ、大丈夫ですか?」
気持ち悪さで胸がいっぱいになったオレを介抱してくれるギン。……なんか、背中のさすり方がいやらしいのは気のせいだろうか?
「……せっかく丹精込めてつくったのに……」
「仕方ないわ、アール。もっと美味しい料理を発見しろってことじゃない?」
「そうだよ。アールちゃんならもっとおいしいものがつくれるよ」
「リン、ビイ……。ありがとう」
なんか、超悪いことしちゃったな。
……うん。
「た、たしかに吐き出すほどまずかったけどさ」
「まずかった……ううっ」
「いや! まずかったけど、だ! 味は一品だったと思うぜ!」
「……まずかったんじゃないの?」
「だから、気持ちが悪かっただけで、味は良かったんだよ! ほら、この通り、ピンピンに元気だぜ?」
ピョンピョンっと、味がよかったことを体現するかのように、たかーいたかーいジャンプをアールに見せつける。ふっ、それにしても我ながら驚異的なジャンプ力だぜ!
ピョーンっ、ピョーンッ、ガツウウウウウウウンッ!!
「いったあああああああああああああああああああ!?」
「「「ッ!?」」」
あまりのジャンプの強さに、この部屋の天井に頭をぶつけてしまった……。天井の壁、硬すぎだろおい!! まるで金属じゃんか!!
おー、いててて……。
オレが立派にできたたんこぶをさすっていると、みんながきょとんとした顔で見つめてきた。
え、なに……?
「……王よ。そのたんこぶ、どうやっておつくりになられましたか?」
「どうって……天井に頭をぶつけてだけど……。え、なんすか、嫌味っすか? よーし、お前はクビだ!! 君、明日からこなくていいよ?(ポン)」
「いや、それどころじゃねえよ! ちょっと上を見上げてください!」
「なんなんだよ」
言われるがままに顔を上にむける、オレ。そこにあるのは天井くらいだろ。
それがどうしたっていうんだよ、まったく……ん?
……ありゃ? ワッツ?
オレが目にしたもの、それは。
「……巨人だ」
「いや何言ってんの。ただの天井でしょう」
巨人なんてこれっぽちも姿かたちはありませんでした。
だけど、オレが伝えたい事はまさしくそれなんだ。
「天井の高さ、すごくね……? オレ、あそこに頭ぶつけたんだよな。……めっちゃジャンプしてんじゃん、うさぎやカンガルーもびっくりするだろうよ」
そう、オレは15m以上の高さまで跳んでいたというのだ。
いや、おかしすぎるでしょ……。
……まさか。
「こ、このヤキニクドリンクの力だというのか……バカなっ!」
「あっ、ちょっと王様!?」
オレは多様な色のグラスをかき集め、グビグビと次々に飲み干した。
カレーの波が押し寄せてきたかと思いきや、波乗りしたイチゴの味が甘さとすっぱさを強調してくるが、それをサメのようなお刺身の味が喰らいついてきて、醤油がマッチしていて、だけどチョコレートがこんにちはって……。
「……うっ!」
どうしようもない吐き気が襲ってきたが我慢して喉をとおす。
全部が胃に入ったところで。
「……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
「王!?」
「王様!?」
とてつもない力が、みるみると湧いてきた。
ちょっ、これすげえええええええええ!!
今なら何でも気がするぜ!
「ふっ! はっ! よっ!」
「……王?」
「……気が狂ったわね」
溢れんばかりの力を制御するために、余計な分のエネルギーを空手チックなことをして消費する。正拳突き!! 横からのキック!! そしてダイナミックチョップッ!!
けれどもオレの力が尽きることはない。
まだまだ、残っている。
オレなら……。
今の、オレなら……っ!!
「服よ、やぶれろおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「「「えっ?」」」
なんでもできる気がするんだ! たとえ、直接手で触れていなかったとしても! 気合いでメイドさんたちの服をやぶるんだあああああああああ!!
……なんてね。それはさすがにない――――
ビリイイッ
「音源はどこだ!!」
なにかが破れる音が聞こえたので、オレはバッ、バッと音の源を探した。
はやくしろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
間に合わなくなっても知らんぞおおおおおおおおおおおおおおお!!
「きゃっ」
「そこか……ッ!!」
グリンっと首を動かし、声のしたメイドさんたちのほうをむいた。
「いやん……」
「ビイ、恥じらうならもっと顔を赤らめなさいな。すごい棒読みでしたわ」
「ビイ、破れたのがスカートの端っこでよかったね」
オレの視界に入ってきたものは、メイドさんの恥ずかしい姿ではなかった。
スカートがちょっとやぶれたくらいだと……?
バカな……っ!
さっきのビリイイッって音は、そんなレベルじゃなかったぞ?
……まさか、な……。
「ギ、ギンさん……?」
オレは恐る恐る、横に視線をずらしたさ。
そこにはビリビリに服を裂かれた、せくしーな銀髪美男子の姿が。
「どうかなされましたか、王よ?」
なかった。
ふつーに、ほこりひとつない綺麗な身だしなみだ。
あれ、じゃあさっきの音はいったいなんだったんだ?
「きゃあああああっ!?」
「(バッ!)」
今度こそ! と思い、そちらを見やると、そこには。
悲しいことに、夢のメイドさんの姿なんてなかった。
なんなんだよもおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
オレが悲しみの果てに沈んでいると、不意にさっきの悲鳴をあげたアールの姿が視界のすみっこに入った。なんだか、こちらのほうを指さして顔を赤らめている。
「王様! ズボンのお尻にすっごいおおきな穴ができてますよ!?」
「誰かと思えばオレかよ!?」
そういうオチなんですか……っ!? そんなの、絶対認めないんだからねっ!
オレはこの結末を変えるべく、この一連の謎を解き明かすべことにした。
こっそりとギンに聞いてみる。
「(なあ、ギンさんやい。どうしてオレのズボンが破れたと思う?)」
「(それは単純に、王が無理な姿勢をとったからでは?)」
「(ぜってえええちげええよ! きっとなんかわけがあるんだって! ほら、オレが服よ破れろって念じた瞬間になったじゃん。これって一種の力なの?)」
「(それなら私、聞いたことがありますよ。なんでも歴代の王たちは、不思議な力が使えたとか)」
「(不思議な力? たとえば、念力とか?)」
「(そうです。まさしく、さきほどの現象もそれが原因かと……)」
「(……ほほう)」
つまり、だ。
オレは特殊な力、たとえば念力を使えるわけで。
そのためには、あのブラックドリンクを飲めばいいわけか。
……これ以上飲めば、命にかかわってくるだろう(精神的な意味で)。
……だが。
「オレは、助平ができれば、なんでも良しなのだああああああ!(ゴクゴクゴクッ)」
「何言ってんだ、あんた!」
うう、吐き気がする。
まるで、口から粘土をねじりこまれたかのようだ……。
だけど……、力はみなぎってきたぞ……。
いまだ!!!!
「やぶれろやああああああああああああああああああ!!」
ビリビリビリビリッッ!!
「「「きゃあああああっ!?」」」
やったぞ、こいつは手ごたえありだ!
いざ、眼福タイムといきましょうぞ!
バッとメイドさんたちのほうをむいた。
「王よ! なにも私の服までやぶらなくてもいいのに……ッ!!」
「ギン、 てめえええええええええええええええええっ!!」
突然視界をさえぎってきた銀髪バカのせいでメイドさんたちのあれま☆な姿が見れなかった。その隙に、メイドさんたちはどこかへ行ってしまい。
結局、見れなかった。
「……ェ……ッ」
「王よ、なんとおっしゃりましたか?」
「歯ァ食いしばれェ、チクショオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
「なんでえええええええ!?」
美男子、許すまじ。




