そうだ、プールをつくろう(4)
みなさんはキャンプファイアをしたことがありますか?
炎を中心としてみんなで手をつなぎ、円をつくった後に、流れる音楽に合わせて踊るというやつです。草木が焦げる匂いを感じながら、メラメラと燃える炎の熱を体感するのがまた醍醐味ですね。
「はあ、キャンプファイアかあ。みんなでしたくなってきたなあ」
「……なら、この目の前の炎を使ってするか? この人数で囲むには、ちと大きすぎるがな」
「お前ら、のんきにそんなこと言ってる場合かよ! 今にも森に火がうつりそうな勢いだぞ!」
目前で燃え盛る炎から目をそらし、現実逃避している僕にシオンがツッコミを入れた。
……はあ、ほんとマジで、どうしましょ……。
……あっ。
「っていうかさ、そもそもプールの中に水があるんだしそれを使えばいいんじゃないっすか?」
「……じゃあお前とってこいや」
「ごめんなさい冗談です」
まずいな、どうにも僕は現状をよく理解してないらしい。
とりあえず、落ち着いて考えてみよう。
僕たちが立っているところから二十メートルほど離れたところで、さっきまで使っていたプールが燃えている。
……いやいや。
「そもそも、プールが燃えてるっておかしくね?」
「いや、実際燃えてるから大変なんだよ!」
ふーむ。
シオンの言うとおり、燃えてしまっているのだからそれは仕方ないのか。
じゃあ、どうやって火を消すかが問題なんだね……。
火を消すには水が必要だし。
でも、もう僕たちにはこの炎を消せるような水を作り出せないし(エネルギー的な意味で)。
うーん。
あっ、そうだ! 僕たちさっきまでプールに入ってたじゃないか!
その水を使えば!
「ねえシオン、さっきまで使ってたプールの水を利用すれば!」
「だからプール自体が燃えてるんだよ!」
そっかそっか、さっきも同じこと言ってリュウに否定されたっけ。
じゃあもう、僕たちに残された方法は一つか……。
「ふっ、いい人生だった……」
「諦めんなバカ!」
ポカっとかわいらしい音をたて、シオンがツッコミをいれる。諦めるなって言われても……もうできることないし……。
はあっとため息をつく僕に、シオンが心を揺さぶるようなことを言ってくる。
「お前、このままだとハナやイネちゃんたちの命も危ういぞ!」
「はっ!!」
シオンの言葉に、僕は我に返った。
危ない危ない、僕はなんてことを考えていたのだろう。確かにこのままだと、イッちゃんたちまでも危ない目に合わせてしまうじゃないか!
それだけは、ダメだ。
さらにシオンは、もうひとつ大事なことを伝える。
「それに、二度とイタズラ☆ができないぜ?」
「よくぞ言ってくれた、わが友よ」
こんな状況でもそのことを忘れないとは、さすがだよ。
まあ、そんなわけで……。
「具体的にどうしようか? 僕、まったく案が浮かばないんだけど」
「オレにもわからねえ。リュウはどう?」
「……一つだけなら考えがある」
「「なに?」」
僕とシオンは同時にリュウに尋ねた。
リュウはちらっと、後ろで心配そうにこちらを見つめている女の子たちに視線をやった。
「……要はあの炎を飲み込めるくらいの水を生み出せばいいってことだ」
「そうだね。でもそのエネルギーがないから困ってるんじゃないの?」
「……ないなら生み出せばいい」
「はい?」
「ッ! なるほどな!」
「……そういうことだ」
「え? え? 二人ともどういうこと?」
リュウの意図にシオンは気がついたらしく、うんうんと頷いている。
ちょっと、これじゃ僕がバカみたいじゃないか!
そんな僕は蚊帳の外。
リュウとシオンは次々に話を進めていく。
「それじゃあオレが、例の術を利用してウシオのエネルギーを回復させる。その間、リュウは女の子たちの注意をひきつけてくれ」
「……こんなこと、ほんとはしたくないんだけどな。やむを得ない」
「そうだね。それじゃあ、始めるか」
「……ああ。頼んだぞ」
「え? え? なに? 僕はいない扱いですかー? 仲間はずれですか? せんせー、リュウ君とシオン君が僕をいじめまーす!!」
「……うるせえ、黙ってろバカ!」
「透明化の術!」
「あっ……っ!」
スウウウッ
シオンの身体が透けていき、ついには自然と一体になった。
ここで透明化の術?
本当になにをしようとしてるんだろ?
僕が頭を悩ませていると、次にリュウが動きだした。
ピカアアアアア
リュウの身体が光に包まれていく。
これって、衣装を変えてるのかな?
「リュウ、なんのつもりさ!」
「……お前は俺じゃなく女子のほうを見とけよ? おーい女子たち、ちょっと俺のことを見てくれないか?」
「「「……???」」」
この一大事になんだろうと訝しんだ様子で、女の子たちがリュウに注目する。
その刹那、
ブシャアアアアアアアアアアアッッ
きれいな赤い噴水が、ナツミちゃんから噴射した。
きっと、リュウの刺激的な姿でも見たのだろう。
気絶もするけど、鼻血も出すんだね……。
他の女の子たちも頬を赤く紅潮させている。
「おねえちゃん、なんであたしの目を覆うです?」
ハナちゃんなんか、リコちゃんの目を手で覆っていた。きっと、小学生くらいのリコちゃんには見せられないのだろう。
いったいリュウはどんな格好をしているんだ……。
見てみたい気持ちはあるものの、リュウに女の子のほうを見ているようにと言われているので、その通りにしている。
すると、リュウの姿に魅入っているイッちゃんの水着に変化があった。
スルスルスルとトップスのひもの結びがゆるくなっていく。
それは速度を増し、あっという間に……。
ズルっ
「あっ…っ! きゃっ!?」
「……ッ」
水着がとれたことに気づいたイッちゃんは、すぐさまそれを手でおさえつけた。
――しかし。
――一瞬。
――ほんのわずかな時間であったが。
僕は乙女という広大な山の、頂を目にした。
「――――」
力が。
英知が。
そして、勇気が。
みるみると僕の内側から湧き、それは僕の一部となっていった。
……今の僕になら、どんなことだってできる気がする。
僕の様子を確認したリュウが、作戦成功といった表情を浮かべる。
「……よし、ウシオ! 今のお前のありったけの力を、目の前の炎にぶつけてやれ!!」
「ああ、わかった!!」
すうっと深呼吸をして落ち着いてから、術を発動する。
「爆水吹雪の術!!」
ヒュウウウウウウウウバッシャアアアアアアンッ!!!
一部が氷になるくらいの冷たい爆水が、猛烈な炎に襲いかかる。
ジュウウウウウウウウウウウウッ
という音とともに、真っ赤な世界を作り出していた炎は消えていった。今残っている色は、夕焼けのさす暖かいオレンジ色だけだ。
バタンバタンバタン
何かが倒れる音が立てつづけに三つ鳴った。
今日一日で力を使い果たした、僕たち三人のものだ。
「はあ、はあ。よくやったよね、僕たち」
「……ああ、そうだな。今日だけでも相当レベルアップしたんじゃないか?」
「そうだな。もう立てないぜ」
はははっと、乾いたようでどこかやりきったという充実感のこもった笑みがこぼれる。
「コーさまたち、今日一日ほんとにお疲れさまでしたわ。ありがとうございました」
「だね~! みんな~、ほんとにありがとね!」
「ありがとうございましたっ! わたしたちも何かお礼をしたいですねっ」
「です! おにいちゃんたちかっこよかったです!」
「「「……え?」」」
思いがけない女の子たちからの感謝の言葉に、言葉が詰まってしまう。
それと同時に、みんな噴き出した。
「あははっ! なんだかバカらしいね、僕たちがやろうとしてたこと」
「……ははっ、だな」
「違いないな!」
「ところで、コーくんたちがやろうとしていたことってなんですかっ?」
「「「いや、なんでもない(キリッ)」」」
なんか丸く収まったようだけど、ここだけはなにがあっても教えられない。
だって――――バレたら僕たちに明日はないだろうから。
まあ、それはともかく。
なんとかなったようでよかったよ!
んーんと、伸びをして立ち上がろうとしたその時。
「あれ、なんか焦げた匂いがしませんか?」
「「「……え?」」」
僕たちは慌てて、消化したプールのほうにふりかえった。
そこには火の粉どころか、すでに煙すらも消えていた。
「なんだ、驚かさないでよリコちゃん。てっきりまた燃え始めたのかと――――」
「――――違うです! 匂いがするのはあっちのほうです!」
と、今まで僕たちが向いていなかった方向を指さすリコちゃん。
その先には、
「……嘘だろ?」
「燃え移ってる……」
炎がどう燃え移ったのかはわからないが、森付近の草木に火がついていた。
「ま、まずいです! 早く消化しないと! おにいちゃんたち、さっきみたいにお願いします!」
「……できないんだ」
「え?」
「いくら精神エネルギーが気持ち次第で回復するといっても、限度があるんだ……」
「そんな、それじゃあ……」
リコちゃんをはじめ、女の子たちの顔に雲がかかっていく。
もしかすると、このまま雨が降ってしまうかもしれない。
だけど、そんなことはさせない。
「リコちゃん、僕たちはまだ諦めたわけじゃないよ?」
「……え?」
「ああ、そうだなウシオ。オレたちに諦めるなんて言葉は似合わないぜ」
「……なにカッコつけてるんだよ。……まあ、その通りだがな」
ざっと、僕の隣に二人の悪友が立ちならぶ。
「……幸いにもまだ火の手は小さい。やるなら今だな」
「そうだな。よしウシオ、いってきなさい」
「え?! なんで僕が!」
「なんでもこうもありません! ママの言う通りにしなさい、ウシオちゃん!」
「誰がママで、誰がウシオちゃんだ!」
「もう、反抗期かしら。ねえ、あなたからも言ってやってよ」
「……誰があなただ!」
「おにいちゃんたち、火の手が大きくなってますよ!」
「「「あっ……」」」
僕たちがとんだ茶番劇を繰り出しているうちに、みるみると炎が大きくなっていた。
森に火がつくまで、あとわずかだ。
ええい、こうなりゃやけくそだ!
「リュウにシオン、僕の手を握って!」
「「……はっ?」」
僕の奇妙な発言に、リュウとシオンは顔をしかめる。
これほどかというくらいまでに、しかめる。
「……なんで俺がお前みたいなゲスなんかと手をつながなきゃいけないんだ」
「この両手はハナと結ぶためにある。よって、お前の腐った手は握らないぞ、ウシオ!」
「うるさいよ! 早くしないとお前らに未来はないぞ!」
「「グッ!」」
僕のするどい言葉に、リュウとシオンはしぶしぶ僕の手を握った。
にぎりつぶす勢いで、固く握った。
グググッ
「痛たたたたっ! 二人とも、やつあたりで強く握るのはやめて!」
「……手を握れと言ったり、かと思えば離せと言ったり。お前は素直になれない彼女か!」
「ウシオ、この握った手でハナと握手してくれ。ふふっ、これで間接的に手をつないだことになる……っ!」
各々が好き勝手に、言いたいことをぶちまける。
こいつら、あとで覚えとけよ……っ!
僕は全神経を集中させ、そしてリュウとシオンから残りわずかのエネルギーをしぼりとるように意識する。
すると僕の思惑通り、少しばかり力がみなぎってきた。
よし、これで決めるぞ!
「爆水の術!!」
バシャアアアアアンッ
勢いよく現れた水が、森まで焼き尽くそうとしていた邪悪な炎に食らいつく。
ジュウウウウウウウウウウウウ
……これで本当におわりだ。
バタンッ
今度は三つ連続することなく同時に倒れ、一つの大きな音をたてた。
「やったね……」
「……ああ」
「終わったあ……」
長い長い一日の終止符が、ようやく打たれる。
「ほんとうにありがとうございますっ!」
「です、おにいちゃんたち!」
「こりゃあ、頭があがらないね~」
「ありがとうございましたわ、コーさまたち!」
女の子たちが、再び僕たちにお礼の言葉を伝えてくれた。
お礼なんて言わなくても、僕たちの自業自得だからね……。
まあでも、ちゃんと受け取らせてもらおうかな。
それにしても、疲れたなあ……。
リュウもシオンも僕と同じように、ごろんっと寝転んで夕焼けを眺めている。
そりゃそうだ。
今日一日でいったいどれだけ頑張ったことやら。
こういうときは――――。
そう思ったとき、僕たちの様子を見かねたハナちゃんがみんなに提案してくる。
「みなさん、今日一日遊んで疲れましたし、今日はお忍びで温泉に行きませんか?」
「「ッ!!」」
僕とシオンは妙に反応し、お互いに目を合わせたかと思えば、にやあっと悪人のような笑みを浮かべた。
長い長い一日のピリオドはまだ打たれないらしい。
せいぜいコンマといったところか。
一日はまだ、幕を閉じない。




