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そうだ、プールをつくろう(2)

 ザブーンッザザーッ


 風に吹かれ、大きなプールに溜まっている透きとおった水が、ゆらゆらと波をたてている。爽やかで冷たい水面に、干からびた命が三つ、ぷかぷかと浮いている。

 まるで死んだセミのようになっているのは、僕とリュウ、それにシオンだ。

 なぜ僕たちがこんなふうに力尽きているか。

 今日はとにかく暑い。じっとりとした梅雨のような暑さではなく、からっとした真夏の暑さなのだが、昨日が春のような心地よい気候であったために、いきなりのこの炎天下には耐えられない。

 だから、


「本日は暑いですわ……。そこでプールを作ることにしましたの!」


 なんて、ハナちゃんが企画したのだ。


「ねえハナちゃん、よければ僕も入っていいかな?」


 このうかつな一言のせいで、こんな悲惨な結末を迎えることとなった。

 プールを完成させるのに、まずはハナちゃんがプールの外郭がいかくとなる箱を、彼女の能力で作る。学校にあるプールのような箱を作ったあとは、僕たちの仕事だ。

 やることはシンプル、忍術を使ってただ水を入れるだけ。

 ……そう、ただ入れるだけなんだ。

 なのに、実際はそんな簡単なものではなかった。

 プールに必要な水の量は、僕たちが思っていた以上に多く、今の僕たちのレベルでは到底できるものではなかった。それこそ、命を捧げなければいけない勢いにだ。

 そうこうして、僕たち三人は干からびる思いで、なんとかプールを完成させることができた。

 ……実際、干からびて死んだように動かないんだけど。

 プールができてもう何分か過ぎている。

 イッちゃんたち女の子四人は、プールに入るため水着に着替えてくるといって、どこかへ行ってしまった。

 そこでふと、僕の脳裏に女の子たちの水着姿が浮かんできた。


「……ッ!!」


 夏の夜に舞うくらいのわずかな力しか残っていないのに、なんだかみるみると力が湧いてくる。……こいつは……まさか……。

 僕の想像はだんだんとふくらんでいき、ついには、頭の中で遊んでいる女の子たちの水着が取れてしまうというハプニングを妄想してしまった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ! ファイトオオオオオオオ、イッパアアアアアアアアッッツ!!」

「「ッ!?」」


 突然立ち上がる僕に、水に浮かんでいたリュウとシオンが驚いた。

 銀髪のシオンは眉をよせ、しかめっ面をしながら僕に尋ねてくる。


「おい、いきなりどうした。なんでそんな元気があるんだよ」

「いや、それはだねワトソン君」

「誰がワトソンだ」

「今、女の子たちが水着に着替えに行っているだろう?」

「……それがどうした?」


 片目が前髪で隠れているリュウは、疑問に思った。

 それに対し僕は、パチッと片目を閉じ、指を一本つき立てて答える。


「ちっちっち、わかってないねえ」

「……どういうことだよ」

「早く教えろよ、ウシオ!」

「女の子たちは水着に着替えに行った。そしてその水着を着た女の子たちと、僕たちは遊ぶことになる」

「……なにを当然なこと言ってるんだよ」

「暑さで頭がイッちまったんだね……。これはイネちゃんに治してもらわないと」

「待て待て、焦るんじゃない。まだ結論を言ってないでしょ?」

「「……う、うぜえ」」


 焦らしまくる僕にリュウとシオンは目を細めすごくめんどくさそうな表情を浮かべた。

 しかたない、単刀直入に言うことにしよう。

 すうっはあっと深呼吸した後、その口をひらく。


「つまり、気になるあの子のポロリ☆があるかもしれないってことだッ!!!」

「「ガーーーーンッ!!!!」」


 まるで雷に打たれたかの如く、強い衝撃を受ける二人。シオンなんか、ショックすぎて開いた口がふさがっていない。

 ふふんと僕が鼻血を一滴垂らしながら得意げにしていると、我を取りもどした真面目な男、リュウがプンスカと怒りマークを浮かべる。


「……お前はまたそんなくだらないことを考えてたのかよ!」

「いやでも、リュウも見たいでしょ?」

「……くっ」

「特にナツミちゃんなんか」

「……ぐううっ!!」


 なにを想像したのか、瞬く間にでられたカニのように顔を赤くするリュウ。やっぱりこいつは、エロに弱いんだなあ。

 うんうんと僕がうなずいていると、今度はシオンが話しかけてきた。

 その表情はまるで、変た……思春期の男子そのものだ。


「オレ、ハナの水着なんて見たことないや」

「みんなそうだよ。水着なんて着る機会ないからね」

「混浴はあるのにな。ポロリはないけど」

「確かに……」


 そう思ってみると、こういうプールとか普通のことはしたことないのに、混浴はあるって不思議だよなあ。


「なあ……」

「どうしたの?」


 すごく真剣しんけん深刻しんこくな表情を浮かべ、シオンが再び声をかけてきた。

 な、なんだろう……。


「混浴ってしたことあるよな?」

「この前、赤鬼に刺されたイッちゃんを助けるために温泉に入ったときにね。僕とイッちゃんが湯船に浸かってたら、ハナちゃんが空からやってきて。そのあとにシオンが……」

「……」

「あれを混浴って呼べるかどうかは分からないけど……」

「なあ……」

「だからどうしたの?」

「混浴ですらポロリの機会はなかったよね? じゃあプールなんてなおさらないんじゃ……」

「「なん……だって……ッ!?」」


 シオンの衝撃的な発言に、僕だけでなくリュウまでもが血反吐を吐いた。

『ポロリあり得ない』事件の始まりだ。


「ちょっと待ってよ、シオン! それじゃあ僕たちはなんのためにプールを作ったのさ!」

「……女の子たちを楽しませるため?」

「僕たちに何かいいことは……? 幸せは……?」

「……ブンブン(目をつむり、首を横にふる音)」

「うわあああああああああああああああッ!!」


 暑さのせいか、この世の不条理のせいか。

 ちょうど夜のテンションのように、我を失ってしまう僕ら。

 リュウまでもが、一筋の涙をこぼしている。


「僕たちは女の子たちの、ただの奴隷なのか!? そんなのあんまりじゃないか!」

「……みっともない。泣くなよ、ウシオ」

「だってリュウ、泣かないとやってられないよ! 今くらい泣かせて!」

「……お前が泣いているのを見ると、俺まで泣けっちまうだろうが」

「……ッ! リュウッ!!」


 バシッと、肩をたたき合いながら涙を流す僕とリュウ。

 いつもは犬猿の仲の僕たちだが、極限状態の今では関係なかった。


「……はッ!!」

「「……?」」


 僕らが、おんおんと男泣きする一方で、シオンが突然何かを思いついたようで提案してきた。


「ハプニングが起こらないんだったら、起こせばいいんだよ!」

「「……なんだって……っ?」」


 まわりから見れば、僕たちはとてつもなく情緒不安定なおバカたちだろう。


「ハプニングを起こすってさ、そんなの無理じゃない?」

「いいや、それが思いついちゃったんだよなあ」

「「詳しく聞かせろ」」

「か、顔近いって……」


 シオンの作戦を聞こうと、ぐいぐいっと前のめりになる。

 シオンは、ごほんっと咳ばらいをしてから、作戦を伝え始めた。


「いいか、やることは単純さ。お前らは女の子たちの注意をひいてほしい。その間にオレが女の子たちの水着のひもをほどくから」

「「……は?」」


 ぱちくりとまばたきしながら、僕とリュウは顔を見合わせた。


「いやいや、そんなのハプニングじゃないじゃん! ただの犯罪者だよ!」

「……そうだな。それ以前に、あいつらに殺されるぞ」

「ふっ、それが問題ないんだな」

「「……?」」

「オレはここ最近で透明人間になれる術を会得した。だから女の子たちからすれば、自然にひもがほどけたように思うのさ」

「「……ッ!! シオン様!!」」


 ここまできたら、もう自分たちのテンションがおかしいなんて微塵も疑うことはなかった。

 作戦は決まった。

 あとは具体的なことを考えるだけだ。

 しかし、シオンはそれすらも考えていたらしく、すらすらと説明し出す。


「よし、それじゃあ具体的な内容をいうぜ? 実行はプールで遊びを終えた直後に行う」

「どうして?」

「いくら透明になれる術を使ったところで、水着がある程度ずれないとポロリしないだろ? そこで油断しているところを狙うんだ」

「……なるほど。一番気が抜けるのは遊び終えた後ってわけだな」

「そういうこと!」


 シオンって案外、賢いんだなあ。

 今までずっとバカだと思っていたシオンの意外な一面を知り、なんだか僕は不思議な気分を味わった。そう思っていると、リュウがをなにか察知したらしく、声をかけてくる。


「……おい、いよいよ女子のおでましだ」

「ついに来たらしいね。ウシオにリュウ、準備はばっちりか?」

「もちろん! どんとこい!」

「……任せろ」

「じゃあ、男の革命を起こしてやろうぜ!」

「「おーーーッ!!」」


 その場の雰囲気に流され、僕たちおとこ三人は、レボリューションを起こそうと決意を固めた。



 *



「お~い、みんなおまたせ~!」

「です!」


 ブッシャアアアアアアアアッ


 森からナツミちゃんとリコちゃんのふたりが姿を現した。

 もちろん、ふたりとも水着姿だ。

 ナツミちゃんは黄緑と白のしましま模様をしたビキニを着ている。もともとスレンダーでモデルのような体型をしているナツミちゃんにピッタリの水着だ。

 一方でリコちゃんは、彼女が小学生のような風貌だからか、はたまた案内人という立場であるからか、なんとスク水姿だった。

 全然似合っていて、可愛らしいから問題ないんだけどね!


「あれっ? リュウはどうして鼻血を出して倒れているの?」

「気にしないで、きっと熱中症なんだよ」

「熱中症で鼻血って出るもんなのかな……?」


 まあ、鼻血を出して倒れているリュウは放っておいて。

 大事なのは……。


「ねえ、イッちゃんやハナちゃんはまだなのかな?」

「えっと、ナースのお姉ちゃんやお花のお姉さんもそろそろ来ると思いますよ? あっ、ほら! あっちにいるです!」

「「……シュバッ!!」」


 リコちゃんが指をさした直後のコンマ0・1秒、僕とシオンはそちらの方向に顔を向けた。

 それと同時に……。


 ブシャアアアアアアアアアアアッッ

 ブシャアアアアアアアアアアアッッ


 二輪の綺麗な赤い花火が空中に咲いた。

 視線の先の女の子二人がこちらに小走で駆け寄ってくる。


「おーいみんなーっ!」

「お待たせいたしましたわ!」


 たゆんたゆんたゆんっ


 ブッシャアアアアアアアア!!

 ブッシャアアアアアアアア!!


 イッちゃんの胸元で踊る母性が、僕たちの本能をもてあそぶ。

 鼻血を出して倒れている僕たちのもとに、イッちゃんとハナちゃんがたどり着いた。 

 それと同時に、僕たちの惨状に驚く。


「ええっ!? 大丈夫ですかコーくんっ!」

「しっかりしてくださいコーさま!」


 倒れている僕を、ひざもとで寝かせてくれるハナちゃん。

 横からはイッちゃんが顔をのぞき込んできている。

 イッちゃんの水着もナツミちゃんと同じく、ビキニだった。水着の黒と髪の紅色がちょうどマッチしており、それに加え、豊かなお胸も強調されていて、幼い顔立ちにしては色気むんむんだ。

 ハナちゃんはというと、さきほど着ていた服装とあまり変わっておらず、黄色のワンピース水着を着ている。スカートのようなフリルもついていて、さっきと同じ麦わら帽子もかぶっているため、まさに真夏のビーチで潮風に吹かれる可憐な少女のようだ。

 みんな個性に合ったスタイルで、思わず目移りしてしまう。

 イッちゃんとハナちゃんなんか対照的なのに、どちらも魅力的だ。

 こんな女の子たちに囲まれている僕は……。


「……ああ、なんて幸せ者なんだろう(ガクリ)」

「コーくんっ!?」

「コーさまっ!?」


 チーン

 

 健全な青少年である僕にとっては、まだ早かったようです。


「ウシオオオオッ! お前、許さないからなああああ……っ!!(ガクッ)」


 銀髪バカが血の涙を流しながら断末魔をあげるのを聞いて、僕も意識を失った。



 *



 バシャッバシャッ


「あははっ、それっ!」

「やったなイネ~! 反撃だ~!」

「お姉ちゃんたち、あたしも負けないです!」

「ふふっ、すごく気持ちいいですわ」


 プールの中で、女の子たちは泳いだり水をかけ合ったりしている。


「ひんやりしていて気持ちいいねっ!」

「ほんとにさいこ~だよ! ありがとねハナ!」

「ありがとうです、お花のお姉さん!」

「いえいえ、みなさんに楽しんでもらえてなによりですわ!」


 炎天下のなか、暑さを忘れて楽しそうに笑い声をあげている。

 そんな華のある、楽園のようなプールのすみっこに。

 真っ白に燃え尽きたいのちが三つ。

 言うまでもなく、僕、リュウ、シオンだ。

 なんで僕たちがこうなってるか?

 それは労働の疲労もあるんだけど……。

 まあ主に、鼻血による貧血ですね。


「シ、シオン……。この調子じゃ、例の作戦も実行できないよ……?」

「わ、わかってるよ。でもさ、身体が……。身体が動いてくれないんだ……」

「うう、僕もだよ……。悲しすぎる……」


 めそめそと、プールサイドでうつむきながら泣き始める。

 と、その時だった。


 ヒュウウウッ

 バシャアン

 ……ヒラッ。


「あっ! 水着が……っ!」

「「「ッ!!?」」」


 いたずらな風と波がナツミちゃんの水着のトップスのひもをほどいてくれた。

 ――ほどいて、くださった。

 僕たちがこれまで必死になって追い求めてきたものを、決して見逃すまいという強い気持ちで、瞬時に声のするほうへとむいた。

 顔を赤くしたナツミちゃんは、両手でこぼれ落ちそうな水着を抱いていた。

 そこでは、僕たちが望む山の頂きを見ることはできなかった。


 ――だが。

 ――それでも。

 ――無くしていた大切な何かを取り戻すことはできた。

 ――僕たちは再び立ち上がる。


「決行は作戦通り、遊び終えた直後だ。Are you ok ?」

「「Yes, we can」」


 僕たちはようやく、熱い夏の本番を迎える。


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