常軌を逸した獣人(4)
「…よし、次はこっちだな」
「……」
月の光が暗い森のなかを照らしている。
赤鬼との戦いを終えた僕とリュウは、安全な場所へと避難したイッちゃんたちを探していた。
……のだが……。
「……ここも違うみたいだな。よし、次は向こうだな」
「……ねえ、リュウ」
しびれを切らした僕はついに口をひらいた。
「……なんだよウシオ」
「あのさ……絶対に道を見失ったよね?」
「……」
そう、みんなを探し始めようと決めてから、リュウを先頭にしたのが間違いだった。よくよく思いかえしてみると、こいつは『超』がつくほどの方向音痴なのだ。
ひとむかし前、初めて旅館に泊まった時のことだ。女湯をのぞこうとする僕を阻止しようと、こいつは僕を追いかけてきた。しかし、ほんの少し逃げただけで、リュウのすがたが見えなくなった。
それほど大きくもない旅館でこいつは道を見失ったのだ。
ただでさえ広くない建物で迷子になるリュウが、この大きな森を制覇できるわけがなかった。
「うう、どうしよう。ここがどこかさっぱりわからないよ」
「……俺に任せろって」
「任せたからこんなことになってるんでしょ!」
「……俺はまだ本気だしてないだけ」
「うるさいよこのバカ!」
キリッときめるバカなリュウに、頭をかかえる僕。
それよりも、本当にどうにかして、みんなと合流しないと。突然さけんだり、震えだしたりしたシオンが心配だ。
僕がうーんと頭をひねっていると、リュウが声をかけてくる。
「……おい」
「今考えごとしてるから静かにしてて」
「……おい」
「……」
「……おいブサイク」
「誰がブサイクだッ!!」
「……向こうに光が見えるぞ」
「え?」
リュウの指さす方向に首をうごかすと、そこには暗闇の中、かすかに光が灯っていた。
「ナイスだよリュウ! たまには役に立つんだね!」
「……お前に言われたくねえよ」
なにかバカにされたような気がしたが、それよりも今は早く、みんなのもとに駆けよりたかった。かけあしで光源へと近づいていく。
並び立つ木々のなかを抜けて、すこし開いた場所に出た。
「あっ、ここって……僕たちの隠れ家じゃないか……!」
「……ラッキーだな」
そこにあったのは、僕たちの活動の拠点となっている、ハナちゃんの能力でつくった二階建ての木造建築だった。
さきほど見えた光は、この家のなかから出ている光だ。
「電気がついてるってことは、みんなここまで戻ってきたってことかな?」
「……かもな。とりあえす中に入ろうぜ」
「そうだね」
ガラッ
「た、ただいまー……」
「あっ、コーくんっ! おかえりなさいっ!!」
恐るおそる玄関から入ると、戻っていたらしいイッちゃんが明るい表情で迎えてくれた。
「コーくんっ、無事で何よりですっ!」
「ありがと、イッちゃん。安全な場所に隠れてるって言ってたけど、帰ったんだね」
「はいっ、シオンくんの様子がひどかったものですから。とりあえずここに戻ろうかって」
「……それでイネ、今のシオンはどうだ?」
「それがまだ……。まるで何かにおびえているようで……」
「……そうか」
「シオンのやつ、ほんとうにどうしたんだろ?」
「とりあえず中に入りませんかっ?」
「そうだね!」
イッちゃんに勧められて僕たちは家の中へと足を踏み入れた。
僕とリュウが、ミーティングやじゃんけん大会などを行っていた居間に入ると、部屋のすみで布団にくるまり、うずくまっているシオンの姿を目にした。その傍らにはナツミちゃんが、すこし離れた場所ではハナちゃんが座って、心配そうな瞳で見つめている。
「あっ、コーさまっ!! ご無事でなによりですわ!!(だきっ)」
「うわっと!? ありがとハナちゃん」
「リュウ、おかえり! 私、心配してたんだよ~?」
「……おう、サンキューな」
僕たちに気づいたハナちゃんとナツミちゃんが駆けよってきてくれた。
温かい歓迎を受けた後、僕はハナちゃんに尋ねかけた。
「あのさ、シオンの様子がおかしい原因はわかったのかな?」
「いえ、それがまったく……ただ何かにおびえていることくらいしか……」
シュンっと暗い顔で答えたハナちゃん。
「ねえ、リュウとウシオくんからも声をかけてくれないかな? 私達じゃダメだったけど、男同士なら……」
「そうですわね。お願いしますわ!」
「……よし、わかった」
「僕たちもやれるだけのことはやろう!」
そう言って、僕とリュウは布団にくるまっているシオンのもとで腰をおろした。
「ねえシオン、いったいどうしたのさ?」
「……」
「そんなところで怯えてないで、また二人でバカやろうよ! スカートめくりとかさ! きっと大出血ものだね!」
「コーくん……っ?」「ウシオくん……?」「コーさま……?」
「ごめんなさいマジでごめんなさい冗談です」
危ない危ない。
へたすれば僕も、シオンのように布団にくるまって、怯えることになるところだった。
すると今度は、リュウがシオンに声をかけ始めた。
「……おいシオン、俺たちでまた、ウシオの幸せを壊そうぜ?」
「……はい?」
「……きっと楽しいぜ? 前のは大成功だったな。ほら覚えてないか?」
「リュウ、何言ってんの? 僕になにかしたの?」
「……ウシオが入浴していることに気づいてないイネやハナが、風呂に入ろうとしたことがあったろ?」
「おい、まさか……」
「……あれを阻止したときは最高だったな。ウシオがラッキースケベに遭遇して、喜んでいるすがたなんて見たくなかったからな」
「きさまああああああ!! ゆるさんぞおおおおおおおおおおお!!」
「……それに覚えてるか? ウシオが風呂から出てきたときの、あの切ない顔。あれほど面白いことなんてねえぜ?」
「うわあああああああああああああああああ!!」
耐えられない!
僕には耐えられない!!
ラッキースケベという僕の生きがいのひとつを奪われながら、あの情けない顔を見られたなんて!!
女の子たちの視線が痛い!!
穴があったらいれたい(意味深)、じゃなくて入りたい!!
あっ、ちょうどいいところに布団があるじゃないか!!
「シオン!! その布団を僕によこすんだ!! 僕はもう恥ずかしくて生きていけない!!」
バッ
僕はシオンから布団をうばいとり、ガバッと頭からかぶった。はあ、あったかっくて心地いいなあ。布団サイコー!
ほっと息をついた僕は、そこでみんながしんっと静まりかえっているのに気がついた。
なにかと思って布団から顔を出してみると、みんなの視線がシオンに集まっていた。
僕もシオンのほうを向いて、そして絶句した。
「シオン……。髪の毛が黒く……」
そう。僕たちが目を見張っている理由。
それはシオンの髪の毛が変化していたからだ。きれいに輝く銀色の髪の毛の、根元から中間くらいまでが、真っ黒に変色している。まるで日本人が金髪に染めたものの、髪の毛が伸びて根元が黒くなってきたようだ。
シオンの場合は違う。
シオンはもともと地毛が銀髪だし、ましてや黒く染めてなんかいない。彼の身体の中からあふれる、なにかどす黒いものがシオンを闇に染めているようだ。
そのシオンがここにきて、初めてぽつりと小言をこぼす。
「……もう一人にはなりたくない……」
「っ!」
「「「?」」」
その言葉の意味がわからず、首をかしげる僕たち。
けれどハナちゃんだけは、少し違った。
「ねえ、シオンいったいどういこーー」
「もう一人は……いやなんだああああああああああああ!!」
ブワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
僕の言葉をさえぎり突然叫び出すと同時に、シオンの身体から真っ黒なオーラのような、エネルギーのような得体のしれないものが噴き出してきた。
真っ白な見た目のシオンが、黒く黒く染めあげられていく。髪の毛は銀髪から黒色に、真っ白な肌は黒いなにかに覆われて、その姿はさながら闇そのものだった。
勢いで吹き飛ばされたみんな。
僕とリュウはすぐさま立ち上がり、女の子の前に出て、守りの術を発動する。
「グッ! みんな大丈夫っ!?」
「は、はいっ! コーくんこそ戦いの直後なのに大丈夫なのですかっ?」
「な、なんとかね! それにしてもすごい力だ……っ!」
「……だな……っ! このままだと押し切られちまう!」
グググっと必死に力を込める僕とリュウ。
そんな中、唐突にハナちゃんが守りの術から抜けだし、シオンに近づいていった。
「ちょっとハナちゃん!? なにしてるのさ!?」
「ハナ~!! 危ないから戻っておいで!!」
「……」
けれど、ハナちゃんは止まらない。
どんどん近づいていき、ついにシオンの目の前にたどり着いた。闇の衝撃波の中、ふらふらとしていて、今すぐ倒れてもおかしくないはずだ。
しかし、彼女は倒れない。
「ウワアアアアアアアアアアアッ!!!」
「……」
咆哮するシオン。
その叫び声はあまりに悲惨で、残酷で、冷たくて、そして孤独な響きだった。
暴走し、我を見失ったシオンは目の前のハナちゃんを視界に捉える。
闇に染まった右腕を振りかざした。
「危ないハナちゃんッ!!」
「ッ!!!!」
ぎゅっ
「シオン……大丈夫ですから。あなたはもう一人じゃありません」
「……ア?」
今まで嵐と化していたこの部屋に、まるで台風の目にいるかのような静寂が訪れる。
僕たちは目を疑った。
あんなにもシオンのことを毛嫌いしていたハナちゃんが、その彼を抱きしめているからだ。
ハナちゃんの行動に合わせて、暴走していたシオンの動きも止まる。
「大丈夫。これからもあなたは一人じゃありませんよ。わたくしたちがついていますから」
「……アアッ……あああっ!!」
シオンを支配していた闇が少しずつ消えていく。
真っ黒に染まった髪の毛も、元どおりきれいな輝きを取り戻した。
「うわああああんっ! うわああああんっ!」
「よしよし……」
すべての闇から解放されたシオンは、ハナちゃんの胸の中で、大声をあげて泣いた。
「……えっと。……え?」
あっという間に過ぎてしまった出来事に、僕たちはただあっけにとられたまま立ち尽くした。
*
「もう大丈夫だよ。みんな、ありがとね!」
いつものように明るい顔で、それでいてどこか大人びた声色で、シオンは僕たちにお礼を言った。
「ま、まあシオンがもとに戻ってくれてよかったよ。……もとに……」
そう繰り返して、僕は口を閉じた。
シオンの姿は特に変わっていない。相変わらず肌は真っ白だし、髪の毛だって銀色だ。
でも、どこかが……違っている。まるで、親友が何年間も留学に行って帰ってきたときのようだ。姿かたちは少しも変わっていないが、中身がまるで違う。
僕と同じように感じているのか、他のみんなもシオンを見つめて黙り込んでいる。
すると、その静寂をシオンがやぶった。
「実はさ、オレはみんなに伝えなきゃいけないことがある」
「「「っ」」」
ごくりと、その場にいるハナちゃん以外の全員が思わず生唾を飲む。
重い重いその口を、シオンは動かした。
「実はオレ、記憶喪失だったんだ。ハナと会う以前の記憶がなかった」
普通なら驚くであろうべき事実が判明したが、みんなは口を閉じて聞いていた。
シオンはさらに続けて話す。
「ハナと出会って、それからみんなと仲間になって。オレはもう過去にはこだわらない、今を生きるんだ。そう思ってた」
「「「……」」」
「でも、オレはさっきの出来事ですべてを思い出しちゃったんだ。オレが何者でどういう人間だったのかを」
「……教えてよ、シオン」
「……うん」
僕は妙に落ち着きながら、彼にたずねた。
シオンもまた、不思議とおだやかに答える。
「オレはこの世界の王なんだ。オレは、みんなとさよならをしなくちゃならない」




