小さな幻獣(4)
刃物のように鋭利な羽を乗せて暴風が吹き荒れる。
ズザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッ!!!
と激しい音を奏でて地面や木々、石灰の壁を削っていく。
対象となるのは物ばかりではない。標的であるリュウはもろにその攻撃の被害を受けた。彼はコンタクトレンズのような半球の炎の盾を生み出しそれを防ぐ。
羽は炎の海へと飛び込み燃え散っていった。
しかし――――
「きゃあっ!?」
「……ナツミっ!?」
黒羽の嵐は離れていたナツミたちにも危害を加える。
――――間に合わない。
駆け出そうとするリュウの足が不自然に止まる。
動けと命令しても、動かない。
限界が来ていた。
「……クソッッ!!!」
だが、リュウの想像した一秒先の未来が訪れることはなかった。
彼女たちの前にユウが立ちふさがり、殺人的な黒羽の雨から守ったからだ。同時にいくつもの拳が見えるほどの速度で一つ一つの羽をはじいてく。それは、どこかのスーパーヒーローがすべての弾丸を手で受け止めるような動作に似ていた。
暴風がおさまり、一間だけの安息が生まれる。
リュウとライオネルはすぐに引き返してナツミたちのもとに駆けよった。
「……大丈夫かナツミ」
「う、うん」
「危機一髪だったな」
「……感謝するぜ、ユウさん」
「気にすんなって」
ここでリュウは、ユウの外見の変化に気が付いた。
「……ユウさん。髪の毛、黄色くなってませんか? それに、オーラが出てるような」
「俺の能力さ。つーかリュウ、お前燃えてないか?」
「…………俺の能力です」
「へぇー! 面白そうだな。今度詳しく聞かせてくれよ」
「それより二人とも。今はあいつに集中するべきなんじゃないか?」
ライオネルがリュウたちの会話に割り込み注意を喚起する。
そうだったとユウは頭をかいた。
「突然あらわれた黒装束の男は何者だ? いやそれよりも」
「……あの黒翼の生えた男の子、ですよね?」
「あぁ。あいつだけは次元が違うぞ」
その場の全員が生気を失った瞳のルンに注目する。
小柄な体をしているのに、体感的には怪獣を相手にしているような気分だ。銃弾を放っても、日本刀で斬りつけても、怪獣にとっては蚊が浮遊しているような感じなのだろう。
なぁおいと、ライオネルがリュウの肩を叩いた。
「さっきも言ってたよな。あいつがお前たちの『案内人』だって」
「……あぁ、間違いない。だよな、ナツミ」
「うん……。あれは絶対にルンくんだよ」
「なんだと? つまりはライたちと同じってことか?」
引っ掛かりを覚えたユウが腕を組んで思考に走る。
それからすぐしてのことだった。
リュウとクロたちのちょうど中間あたりにシャバーニが入ってきたのだ。
彼はクロやルン、フリーダたちに向かって話しかける。その形相はなぜか不信感に満ち溢れていた。
「…………クロさん。これはどういうことですか?」
「どういうこととは……。任務中の君に手を貸してやろうと思ったのだが」
「…………そこじゃありません。その少年のことです」
「あぁ」
フードで表情は見えないものの、クロの声色は間違いなく何かを楽しんでいるようだった。まるで、チェスの次の次の、さらに次の一手を考えているような。
「この子はね、成功体だよ。『幻獣』の実験の、ね」
「…………子供を使うことは禁止だと。私は常々そう申し上げておりましたが」
「いやぁ、すまないなシャバーニ。子供のほうが純度が高いんだよ。いってみればダイヤモンドの原石なんだ」
ドスのきいた声でシャバーニが非難するがクロは一かけらも反省の色をみせない。それからしてクロは誕生日を待ち遠しにしている子供のように言った。
「私はね、ずっとこのときを待っていたんだ。いや、違う。まだこのときではない。ただね、もうじきなんだよ。私は、私となり――――」
「世界に『本当の幸せ』が訪れる」
それだけ言うと彼はシャバーニに背を向けた。
「……まずいッ!!」
このモーションは瞬間移動するのだとリュウはすぐに勘付いた。
しかしもう、時はすでに遅い。
蜃気楼のようにクロの姿が歪んでいく。
シャバーニが静止を要求するが聞く耳持たずだ。
彼は去り際にこう残していった。
「――――言い忘れていたけどね。成功体は一人だけじゃないんだよ」
直後。
ドンッッ!! という衝撃音とともに空から何者かが降り下りてきた。
砂煙から影が姿を現す。
クロやルンと同じく黒装束に身を包んだ背の高い男。少しやせ気味の身体に、不健康なまでの白い肌。男性にしては長めの髪で顔がちょっとばかり隠れている。
リュウたちはその人物に見覚えがあった。
いや、見覚えがないわけがない。
「イ、イーグル…………?」
震える声で、ライオネルが口にする。




