囚人の進化(4)
リュウが王宮で修行をはじめてからのことだ。
あるとき彼は自身のエネルギーを限界まで使い込み、身動きがとれなくなってしまうことがあった。顔なしマスクをつけた状態で『奪怪』を発動するにはかなり消耗が激しいようだ。
息絶えだえに後悔するものの地面から起き上がることはできない。
そのときだった。脳内に白い世界が広がっていき、意識が途絶えた。
――――気がついたときには、遅かった。
半径50mに及ぶ周りのものすべてが消滅していた。
破壊ではない。
そうであるとするなら、森の木々や大地の残骸が残っているからだ。
しかし、周りには本当に何もなかった。
まるで、世界から存在を奪われてしまったかのように。
「……ガアア……ッ!」
「…………マスクに表情が浮かび上がっていくだと?」
苦しそうにリュウがうめき声をあげる。
その異様な光景に、シャバーニは思わず身構えた。
何かが起こる。
嵐の前の静けさとはまさにこのことであろう。
「リュウ……?」
彼の姿をみつめナツミは胸の前で手を握りしめた。口元がきゅっとしまり、瞳はうるおいに満ちていく。
リュウの心の中では真っ白な世界が進行していた。
ただ、彼は必死に抗う。
同じような状況をいくつか記憶していた。
シオンが闇に包まれたときのこと。
ウシオが獣人へと変化したときのこと。
他にも、リュウの知らないところで変化が訪れているのかもしれない。
だからこそ。
――――俺が負けちゃァ、ダメだろうが……ッ!!
彼の意思に応じるように、マスクに浮かぶ表情が薄れていった。
そう。
リュウは意思を強く持ち暴走する能力を抑え込むことに成功したのだ。
「……ハア、ハアッ」
「…………なんだったのでごわすか、今のは」
「……別に、お前には関係ねぇよ」
「…………やはり、貴様は『強い』でごわすな」
「……うるせえよ」
シャバーニがどこまで真実を見据えられたのかはわからない。
彼は自我を保ったリュウに賛美を送った。
とはいえど、状況が好転したのかといわれるとそうではない。マスクを取り外したことによって『奪盗』を使えない以上、むしろ悪化しているといえる。
「…………貴様はもう戦えないでごわすな」
「……クソッ!!」
自身の不甲斐なさに思わず悪態をついた。
そのときだった。
「リュウには手を出させないッ! 次は私の番なんだからッ!」
「…………ほう」
「……バカッ! なに出てきてんだよナツミ!!」
見ているだけだったはずのナツミがシャバーニからリュウを守るようにして立ちふさがる。
シャバーニは彼女を見下ろしながらニヤッと獰猛な笑みをうかべた。
「…………ナツミといったな。貴様は前々から才のあるやつだと一目をおいていた」
「……それはどーも」
「…………女だからといって手加減はせんぞ。戦士として、な」
「もちろん、承知の上よ……ッ!!」
叫んだと同時にナツミは両手から手錠を生み出しシャバーニへと投げつけた。
「…………フンッ!」
シャバーニはそれを小蝿を払うかのような動作で軽々とはじく。
そのまま反撃のそぶりを見せた。
「……ナツミッ!?」
「……ッ」
身動きの取れないリュウが悲痛な叫びをあげる。
降りかかる拳をナツミはにらみつけていた。
震える手を動かし、防御壁を生み出そうとした――――その直前で。
「――――女性に手を出すのはどうかと思うぞ」
ナツミの前に突如として謎の青年が現れた。
そいつは完全な獣人であるシャバーニの拳を自身の右腕一本で受け止める。
リュウですら受け止めきれなかった、その拳を。
右腕、一本で。




