白い街の夜(3)
「うぐっ、ひぐ……っ、おかあさぁん……っ!」
「なんでヒナタがっ、うぅ……ヒナタぁっ」
暗闇の中、ヒナタと呼ばれた女の子とその母親は息を殺して泣いていた。
肩までない栗色の毛先は丸まっていていわゆるボブという髪型だ。リコちゃんくらいの年齢で身長に関していえば百四十センチほどと平均より低い。
目がクリッとした可愛らしい女の子。
だけど、その右腕は犬のように毛がいっぱいで。爪までもが獣のように黒くとがっている。
つまり。
この幼い少女は獣人になりかけているのだ。
「……こんな小さい子も、残酷な目にあってしまう」
僕は手元にある紙を見下ろした。
そこには呪いのように拒絶の文字がなぐり書かれている。
獣人とは一種の感染病みたいなものだとライオネルから聞いた。外の世界でいう、インフルエンザみたいなものだろうか。
ただし、かかったら最後。
おぞましくも強力な力を得られる反面、周囲からは拒絶され、世間からは追放される。
力を得て、孤独を得る。
それが、獣人。
「この子が感染したのはきっと隣の人の影響だろうな……」
僕は手元の紙が無数に貼りつけられている隣の家を見上げた。
今はもう、どこかで命を絶ったかもしれない住人。彼か彼女かはわからないが、悪気があってヒナタちゃんにうつしたわけじゃない。むしろ、その人だって被害者なんだ。
この世の理不尽に、ふつふつと、どうしようもない感情が湧き出てくる。
「僕に何かできることはないのかな……」
そうポツリとつぶやいたとき――――事態は急変した。
「ワオオオォォォォォォォォォォンンッ!!!」
「ヒナタっ! ヒナタ……っ!?」
家の中から一匹の獣が咆哮をあげたのだ。
まさか……ッ!!
あわてて視線を戻す。
「な……っ!」
部屋の中にヒナタちゃんの姿はどこもなく――――犬の獣人と化けた娘が母親を蹴り飛ばした。
ドガン……ッッッ!!
壁に飛ばされた衝撃で大理石の家が揺れる。
小さな体とはいえ圧倒的な力だ。
母親は頭からは血を流し口からも吐血した。
息も弱々しくなっている。
「グルルルッ。アンッ!!」
にもかかわらず犬の獣人と化したヒナタちゃんは追撃を加えようとする。
「まずい…………ッ!!」
僕は急いで家の中へと侵入した。
ぐったりと頭を垂らす母親と獣人の間に入り、
バギイイイ……ッ!!
「ぎりぎり、って感じだね……っ!」
なんとか母親を守ることに成功する。
「……グルル……バウッ!」
「あっ! 待て!!」
攻撃を止められた獣人は僕に背をむけて走り出した。
追おうとして僕も駆けだそうとするが不意に背中に声をかけられた。
「どうか……どうか殺さないでください……あの子は……私の大切な、大切な……娘なんです」
「――――――」
朦朧とした意識の中、死に直面しているにも関わらず彼女はそう言った。
僕はそばによって術を唱える。
「……氷膏の術」
パキパキ……っ
傷口に氷の膜を張り、大量出血をおさえる。緊急手当てのため、命を数分つなげるくらいにしかならない。治せるのはイッちゃんくらいだろう。あとで呼びに行くしかない。
僕にできることといえば、たったこれだけ。
……いや、もう一つあるか。
「待っていてください。すぐに助けを呼んできますからね」
僕にしかできないこと。
「それに、あの子のことは任せてください」
僕も、あの子と同じだから。
「絶対に救ってみせます」
北風となって、駆け出す。




