第25話 ディース
―― 聖樹王暦2000年 2月 2日 12時 ――
昼には王城へ移動した。
ティア様と昼食を取ることになった。
昼食の間はサラちゃんのことを紹介したり、ナール様にサラちゃんの大鎌を作ってもらおうとか、サラちゃんのゴスロリファッションの服を見てティア様が驚いて興奮していたりと、和気あいあいと食事が進んだ。
終わって聖なる間で昨日の件をティア様に報告。
マリア様が報告をした。
マリア様の報告を聞いたティア様の表情は……無表情を装っているけど心中穏やかじゃないって感じだ。
そしてマリア様の報告は僕達にとっても衝撃だった。
氷の魔女ニニ
1000年前に聖樹様に仕えた3人の女神。
ディースと呼ばれる存在らしい。
3人のディースの詳細はほとんどが謎だ。
でもたった1人だけ、名が伝わっているディースがいる。
それが氷の魔女ニニだ。
その魔力は氷の世界ニブルヘイムを支配していた冷気の魔力ではないかといわれている。
しかし一説には、氷の魔女ニニはルーン王国出身ともいわれている。
そのため、氷の魔女ニニの名前だけは記録に残っていたのではないかと。
あの少女が氷の魔女。
確かにあの少女の魔力は、冷気の魔力だった。
戦ったサラちゃんが一番それを分かっている。
サラちゃんは、あの冷気の魔力に当たるだけで身体と心まで凍りつきそうだったと。
さて、問題解決のヒントは氷の魔女の最後の言葉。
「待って! ゴブルンさん! 私です! ニニです!」
あの少女が氷の魔女なら当然、ゴブルンと一緒に1000年前に戦ったはずだ。
つまりゴブルンなら何か知っているかもしれない。
父ゴブルンなら絶対に知っていただろうけど。
僕はゴブルンを召喚した。
「ゴブッ?!」
バナナ食ってんじゃねぇよ!
「ゴブルン。氷の魔女ニニって知ってるか?」
「お父ちゃんから聞いたことある」
「なんて?」
「戦友だって」
ゴブルンは僕とマリア様から魔力の使い方を教わって、魔力を言葉に乗せて話せるようになった。
「ほかには?」
「う~~ん、優しい人だったって」
「ほかには?」
「う~~ん、もうない」
「氷の魔女ニニがルーン王国出身だとか、どこから来たとか聞いたことあるか?」
「ない」
「ふむ……氷の魔女以外にも、お前の父ちゃんと一緒に戦った戦友がいるって聞いたことあるか?」
「うん、あるよ~」
「それは何て名前の人だ?」
「えっとね……忘れた!」
肝心なところを!
「父ちゃんが仕えた聖樹様ってどんな人だったんだ?」
「父ちゃんは聖樹王が聖樹様だと言ってた」
聖樹王が聖樹様。
つまりこの世界を支えるユグドラシルには意思があって、父ゴブルンと3人のディースを導いたのか?
「昨日お前を召喚した時にいた少女を覚えているか? お前のことをゴブルンと呼んでいた少女だ」
「うん。覚えてる」
「あの少女をお前は知っているのか?」
「知らない」
「あとお前が知っていることで、1000年前の聖樹様に関係することあるか?」
「う~~~~~ん……」
こんなところか。ゴブルンから聞けるのは。
新たな情報は出てきたけど、問題の解決には何もなってない。
どうして氷の魔女は僕達を敵とみなした?
僕達が聖樹様を傷つけた? 何もしていないはずだ。
さてさてどうしたものか。
聖樹王の穴に氷の魔女ニニが出現するとなれば、うかつに穴に入れない。
でもそれは悪魔側も同じことになっているのかもしれない。
穴の探索を禁止にするべきか?
ティア様は悩む。
しかし穴の中から取れる高純度神石などは貴重なエネルギー源だ。
採掘をやめるわけにもいかない。
聖樹王から取れる神石。
ゲームの要素だと思っていたけど、あれって聖樹王が創りだしているんだよな?
それを採掘することが、聖樹様を傷つけることなのか?
ティア様が神石からのエネルギー抽出理論を確立されたのが10歳の時らしい。
それから研究を続けて、実用化まで5年ほどかかったとか。
研究の段階から神石の消耗は一気に加速。
実用化になると、より高純度の神石を求めて聖樹王の穴に入っていった。
15年近く聖樹王の穴から神石を採掘しているんだ。
今さら目覚めて怒ったとか?
ちょっと採掘したぐらいなら気が付かなかったけど、15年も採掘して気が付いちゃったとか?
……いや、一番可能性が高いのはやっぱり僕達プレイヤーのせいか。
僕達がこの世界に来てから、聖樹王の穴で神石を採掘するペースは早くなったはずだ。
自然に取れる神石以上の神石を僕達プレイヤーが取っているからか。
僕もミカ様も、文無しも知らなかったことがあった。
サラちゃんから教えてもらったのだ。
聖樹王は決して傷つけることができない。
そのため埋まっている神石を見つけても、取り出せないなら諦めなくてはいけない。
でも僕達プレイヤーは違った。
神石に触れることさえできれば……アイテムボックスを念じることで神石を強引に取り出すことができたのだ。
これはこの世界にある魔道具のアイテムボックスでは無理。
そもそも、この世界のアイテムボックスは袋に直接物を入れる必要がある。
僕達みたいに念じて出し入れするものではない。
僕達は触れられればアイテムボックスに入れられる。
この機能を使ってプレイヤー達は次々と高純度神石を聖樹王から取っているらしい。
やっぱりどう考えてもこれが問題だよな~。
参ったな~。
プレイヤー達に聖樹王の神石採掘をやめるように言うわけにはいかない。
言ったところでやめるわけない。
だって僕達の目的は神力を得ることだから。
あの圧倒的な魔力。
下手したら1人でルーン王国を滅亡させられるぐらい強いよな。
ミカ様が最も懸念しているのがこれだ。
僕達プレイヤーのせいで、ディースが怒ってルーン王国を滅亡させたら。
ま~でもあの氷の魔女が聖樹王の穴をうろついていて、プレイヤー達を襲っているとしたら、プレイヤー全滅するよな。
僕達にできることといったら、とにかく強くなってディースがルーン王国に攻めてきた時に対抗する?
いやいやいやいや無理だろう。
鍵はこの伝説の木の棒にあるような気がする。
もしくは僕自身か。
なんて主人公面して考えたいけど……氷の魔女はゴブルンには反応したけど、木の棒にはまったく反応を示さなかったよな。
当然僕にも。
一瞬だったから見えてなかっただけかも?
今度また遭遇したら、この木の棒を見せてみよう。
そして僕達は貴方の敵ではありません! と。
今はとにかく力を高めることだ。
それしかない。
「というわけで、次に氷の魔女に遭遇したら、とにかく僕達は敵ではないと話し合いの方向に持っていこうと思います」
「あれに勝つの無理だよね」
文無しは早速諦めている。
「最初から無理と決めてしまってはダメです。話し合いでこちらのことを解ってくれればいいのですが、最悪の事態は考えておくべきでしょう」
「ルーン王国の滅亡……」
「そうです。僕達は死亡してもログアウトして天界に戻るだけです。でもこの世界の人々は違います。本当に魂を持った人達は死んだら終わりです。その魂が天界へと昇り輪廻転生の輪に入るとしても、今の人生は終わりです」
「私達にできることをする」
「はい。最悪の事態を考えて、強さを求めていきましょう。サラちゃんもこれから一緒です。大天使様が3人もいるんですから!」
「ルーにぃ様のために頑張る」
サラちゃんの思考がどんどんおかしな方向にいってるけど、僕にとっては美味しい展開としか思えないので放っておくことにした。
「それぞれの強化目標を立てましょう。そのためにまずみんなにいくつか質問します。
まずミカ様。えっとミカ様って二刀流とかで戦ったことあります?」
大事な質問だ。
「あるわよ。攻撃の手数を増やしたい時は左手にも剣を持っていたわ。二刀流も得意だけど、サクラ盾があるから今は使ってないわね」
「サクラ盾なんですけど、左手で持つ形ではなく、左腕に固定するような感じの形状で持てません?」
「あっ……なるほど……やってみるわ」
ミカ様がサクラ盾を出す。
光りと共に現れたサクラ盾は、ミカ様のイメージ通りに左腕に輪っかで固定されたような形となった。これで左手が自由だ。
「これでさらに左手に剣が持てます。試しに木の棒を持って闘剣を作ってみてください。闘剣なら長さを自由に変えられますので、ミカ様が一番戦いやすい長さにしてみてください」
ミカ様が左手に木の棒を持つと、闘剣を作りだす。
最初に買った片手剣のブロードソードよりちょっと短いぐらいか?
「うん、これなら攻防一体になっていいわ。左手の剣の長さをいつでも変えられるのがとってもいいわね。でもルシラ君の木の棒だから、左手用の剣の長さを決めてナール様に作ってもらう?」
「そうですね。もう1本作ってもらいましょう。ただしばらくはミカ様が木の棒を持つことが増えると思いますので……」
「どういうこと?」
「はい。実は昨日眠りに落ちている間、僕は自分の精神世界の中にいました」
「精神世界?」
「はい。聖樹王の穴の中で僕の中で何かが起こってしまいました。それが何なのか僕にも分かりません。ただ、時どき昨日のように僕は精神世界に落ちて眠りについてしまうと思うんです。心配はいりません。必ず目覚めるでしょうから。なんとなく精神世界に落ちる時が分かるよう気がするんです」
完璧な誘導話である。3人とも真剣に聞いている。
「そこで、僕が精神世界に落ちている間、この木の棒を有効活用しない手はありません。
ミカ様か、ガブリエル様、それかサラちゃんが持って稽古や特訓に使ってください」
「うん。分かった。大事に使うね。でも本当にその眠りは危なくないんだよね?」
「大丈夫です。一定時間過ぎた後に、木の棒を僕の手に握らせてくれたら、僕は精神世界から戻ってこれますから」
「木の棒を?」
「はい。僕が精神世界に落ちるのは、何か聖樹王と関係があるのかもしれません。木の棒を握ることで戻ってこれます。ただ一定時間……これがどのくらい必要なのか僕にもまだはっきりと分かりませんけど、一定時間経過後に木の棒を持てば戻ってこれるでしょう」
大丈夫か? 苦しくないか? 変じゃないか?
大丈夫だ! 3人とも疑いの目ではない! 真剣な目で聞いている!
「たぶん24時間以上はかかるでしょう。木の棒を預けたら、僕の手に戻すのは次の日の朝でいいです。それまではミカ様達が持っていて下さい。盗られないように……ガブリエル様は木の棒を闇マーケットに売らないようにお願いしますね」
「売らないわよ! ルーちゃんの大事な木の棒なんだから」
ミカ様とサラちゃんが文無しを一斉に見たことで、文無しが慌てて答える。
ちょっとした笑いの雰囲気が生まれる。
この瞬間だ!
「ははは。冗談ですよ。あ、それと木の棒なんですけど、ゲームの要素でいつも清潔なんですけど、気持ちの問題で毎日洗っていたんですよ。お風呂の時についででいいので、洗ってあげてください」
よし! さりげなく言ったぞ! さらりと言ったぞ!
「うん。ルシラ君の大事な木の棒だもんね。ちゃんと洗うわ」
むはぁぁぁぁぁ! ミカ様きた! きたよ!
「ルーにぃ様の大事な木の棒。私も真心込めて洗います」
うにゃぁぁぁぁ! サラちゃんきたよ! きたよ! これ犯罪にならないよね?!
「仕方ないね。私も適当に洗っておくわ」
文無しめ! しかしこの文無しをピンク神力で……ぐふふ♪
「ありがとうございます。木の棒ですが、ルーン王国の騎士団や魔法士団に貸すこともあります。マリア様に管理を任せれば大丈夫でしょうから。僕達のせいでルーン王国が滅亡するかもしれないのですから、これぐらいの協力があってもいいかなって」
「ルシラ君素晴らしい考えだわ。本当にルシラ君って優しいのね♪」
ミカ様ありがとうございます。ミカ様の穢れなきピュアな心に感謝です。
「ではマリア様にも同じことを伝えておきますので。その時はマリア様が翌朝に僕の手に木の棒を戻してくれるでしょうからミカ様達は心配しないでください」
僕は自分が怖い。
僕ってこんなに天才だったっけ?
「さてと……後はミカ様にも召喚カードが欲しいですね」
「あ~そうだね。ミーちゃんだけ召喚カードないもんね……いっちゃう?! カードガチャいっちゃう?!」
「でも神力消費するのは……う~んでもこの国のためならちょっとは私も神力消費するべきよね」
「欲をいうと瞬間転移カードも欲しいですね。氷の魔女と話し合いをして相手が攻撃してきた時に逃げられるように」
「いっちゃう?! カードガチャいっちゃう?!」
文無しが1人で興奮していた。
僕達は久しぶりに闇マーケットに向かった。
―― 闇マーケット ――
他のプレイヤーは誰もいなかった。
仲介に出ているものを見てみた。
特典アイテムと思われるレアアイテムはやっぱり対価の神力が高すぎる。
召喚系カードはと……。
召喚カード
火精霊:神力1万 水精霊:神力1万 闇精霊:神力2万
オークキング:神力3万 グリフォン:神力5万
精霊系が多いな。
オークキングが3万。グリフォンは5万かよ。
僕の神力は8,002だ。
サラちゃんに風50、闇100、雷150の祝福で神力使ったので前より減っている。
神力5千ぐらいの召喚系カードないかなと思って見ていた時だ。
召喚カード
水蛇:神力6千
お、水蛇って召喚カードが神力6千だな。
さて僕がなんで召喚系カードを探しているのかというとミカ様の分じゃない。
マリア様の分である。
召喚カードは闘気魔力を込めたら誰でも使える。
僕のゴブルンをマリア様も召喚することができたのだ。
つまりこの世界の人達も召喚カードを持てば召喚できるのだ。
縛りは僕達と同じだった。
同時に2体を召喚することはできない。
マリア様は全ての魔法を使えるから前衛タイプがいいんだけど、水蛇って前衛タイプかな?
騎士のようながっちりと守るタイプでなくても、素早く動いて戦ってくれるならいいか。
「ミーちゃんいけ! いっちゃえ! もう回せるだけ回しちゃ!」
「だめですよ。1回ずつ回してくださいね」
テンション高い文無しを抑える。
ミカ様は神力1万のカードガチャを回した。
カード:睡眠(対象を深い眠りに落します。抵抗力が強い相手には効きません。使用回数10回。対象は1人)
微妙なカードが出てしまった。
10回だけかよ使えるの。
「もう1回!」
む? ミカ様もちょっとテンション上がってる?
あ~そうだった! ミカ様は負けず嫌いだ。
もうこれはミカ様にとって勝負になってしまっている。
負けられない戦いだと!
カード:瞬間転移(記録しておいた場所に瞬間転移します。使用回数1回。対象は5人まで)
「お!」
「瞬間転移!」
ミカ様も嬉しそうだ。
みんなの命を守れるカードだからな。
でも肝心の召喚系カードではない。
3回目
カード:火鳥(火鳥を召喚します)
「きたわ! 召喚カードよ……火鳥って書いてある」
「お~やりましたね。火鳥ですか。ミカ様にぴったりじゃないですか」
「うん♪」
なんだかんだとミカ様楽しんでいる。
あれだけ神力消費するのを馬鹿らしいと言っていたのに。
やっぱりギャンブル好きなのだろう。
さて、仲介の水蛇をどうするかだな。
ん? これは売主からの説明文か? 文字が見えるな。
カード:水蛇(水蛇を召喚します)
※召喚するための闘気魔力が大きすぎて召喚不可能でした。ご注意を。
なんじゃそりゃ!
水蛇を召喚するための闘気魔力が不足して召喚できなかった?
誰が使用者だったのか分からないけど……その者のレベルが低すぎたってこともあるよな。
こんな説明がついているから安いのか?
そして誰も買わないのか?
ま~僕ならどんなに闘気魔力を込めることだってできる。
マリア様だってかなりの量だ。
総量だけ見ればマリア様の方がずっと多い。
常に木の棒から供給を受けている僕とは違うのだ。
僕は水蛇を買った。
ん? あれ? 隣りでサラちゃんも仲介のものを真剣に見ているな。
何か欲しいものあるのかな?
「サラちゃん何か欲しいものあった?」
「え? い、いえ……なにも」
む、怪しいな。
でもこれ買ってもすぐにアイテムボックスに入るから、見ているだけなのか、買ったのか判断できないんだよね。
だから僕が水蛇買ったことも、みんなは分かっていない。
僕らは闇マーケットからマリア様の屋敷に戻った。
そして次の日から特訓の日々を送ったのであった。
この物語はエターとなりました。
ごめんなさい!




