第15話 ガブリエル
―― 聖樹王暦2000年 1月 12日 17時 ――
ミカ様が呟いた。
ガブリエル、と。
ガブリエル? ガブリエル様?
ミカ様と同じ、大天使ガブリエル様。
確か女神アテナ様に仕えていたはず。
でもガブリエル様は、あんな小さな女の子じゃない。
見た目はミカ様と同年齢の素敵な女性だったはずだ。
直接お会いしたことはなかったけど、天界の「裏本屋」にあったアイドル天使の隠し撮り写真で、ガブリエル様のことは見たことがあるのだ。
む、待てよ。
このアンバランスな女の子。
まるで大人の女性をそのまま小さくしたような女の子。
この女の子を、そのまま大人にしてみよう。
むむ~~~~~~……なるな。
ガブリエル様になるぞ!
え?! この女の子がガブリエル様なの?!
ミカ様もガブリエルと呟いたけど、信じられない様子だ。
「間違いなくガブリエルだと思うんだけど、でもどうして……あんな小さな女の子に?」
僕達は疑問を抱えたまま、ガブリエル様の治療が終わるのを待った。
―― 1時間後 ――
18時。
治療が終わったようだ。
じいちゃん婆ちゃん達がいなくなった。
疲れた~という顔をして椅子に座っているガブリエル様。
ミカ様がそっと近づいていった。
「ガブリエル?」
「ひゃっ!」
名前を呼ばれたガブリエル様は、驚きのあまり椅子から転げ落ちた。
顔を上げてミカ様を見つめるガブリエル様。
「……」
「……」
「ミカエル?」
「うん」
「ミカエル……ふぐっ……ミーちゃん……ミーちゃ~~~ん!」
ガブリエル様は泣きながらミカエル様に抱きついた。
―― バッキンガム8階 レストラン ――
ミカエル様に抱きついて泣きじゃくったガブリエル様。
とりあえず落ち着かせて、ご飯でも食べにいこうとなった。
やってきた魔法士の人に、ガブリエル様が事情を説明して8階のレストランにやってきたのだ。
「もぐもぐもぐ……もぐもぐもぐ……」
ガブリエル様は一心不乱にご飯を食べている。
次々と注文されては、いったいどこにそんなにたくさん入るんだ? と思うほど食べている。
「ちょっとガブリエル。行儀よく食べなさい。誰も取らないわよ」
「もぐもぐもぐ……はむはむはむ……」
ミカエル様の言葉も届かない。
あっという間にテーブルの上は空の皿の山となった。
―― 1時間後 ――
「ふぅ~。食べた食べた~。久しぶりにお腹いっぱい食べられて幸せ♡」
「まったく。それで、まずどうしてそんな姿なのか説明してもらえるかしら?」
「う……こ、これはその……キャラメイク画面で年齢を……」
「あっ」
僕は思わず声を出してしまった。
そうだよ。キャラメイク画面で年齢を弄れたじゃないか。
あれは見た目の年齢をいくつにするかという説明だった。
ってことは、ガブリエル様は年齢を10歳ぐらいにしたのか?
10歳にしたら、10歳の女の子になるのではなく、そのままの見た目で10歳の女の子のように小さくなったのか?!
「せっかくだから、うんと若くしたいと思って……10歳にしたんだ。そしたら、そのままの私が10歳の女の子のように小さくなっちゃったの」
「そ、そ、そ、そうだったの」
ん? ミカ様がなんか動揺しているぞ。
そういえばミカ様って年齢何歳に設定したんだ?
「ミーちゃんは年齢変えたの?」
「ひぇっ! か、変えてないわよ!」
……怪しい。
「そっか。キャラメイクの初期状態で表示された年齢が、どうも見た目をそのまま反映した年齢だったのよね。私は21歳って表示されていたわ」
「そ、そう」
「ミーちゃんはいくつだったの?」
「わ、私は20歳よ」
「私と「ほとんど同じ見た目」だったのに、1つ下だったんだね~」
ガブリエル様は大して興味なさげに言っている。
しかし、僕には分かった真実がある。
しかしその真実を暴くことは愚かなことでしかない。
たった1歳のことである。
そのことで、僕のミカ様に対する気持ちが崩れるわけがない。
が、ミカ様は動揺しまくりだ。
額から汗が流れている。
チラチラと僕を見ている。
気付いてないよね? 気付いてないよね?! のオーラがびんびん伝わってくる。
僕はもちろん気付いていない振り、というか一切気にしない素振りで話を続けた。
「ガブリエル様は種族を「ハーフエンジェル」にされたんですよね?」
「そだよ。せっかく選べるんだから、神力消費しても絶対ハーフエンジェル! と思ったんだ。でもそれがまさかの落とし穴だったのよね」
あれ? 落とし穴?
「どういうこと?」
「あれ? 知らないの? 種族を変更しても能力って何もないんだよ」
えええええええ!
何もない?! 人間と同じってこと?!
「つまり……見た目ってこと?」
「うん。ハーフエルフにしたら美人になれて、ハーフエンジェルにしたらこの背中から生えている小さな羽があるだけ。他も似たようなもんだよ」
なんてこった。
「そんな……神力消費5万で見た目の羽だけって」
「ミーちゃんは5万だったんだ。さすがだね~。私は4万ちょっとだったよ」
「え?」
「これも知らないんだ。あのキャラメイク画面で消費する神力って、持っている神力に比例して多くなるんだよ。だからミーちゃんが一番損だよね」
「ええ!」
持っている神力に比例して?
「もちろん取得するための最低値はあるだろうって推測だけどね。そこから持っている神力に比例して徐々に多くなっていく感じらしいよ」
なんていう仕様だよ。
む? つまりキャラメイクで何もしなかったミカエル様が正解?
「私はキャラメイクで何もしていないわ。あんな馬鹿みたいな神力を消費するなんておかしいと思ったもの」
「え~! 何もしなかったの? 私なんて使い過ぎちゃって……ぁ」
使い過ぎた?
「……」
「……」
「……」
3人に沈黙が流れる。
「ガブリエル」
「は、はい」
「いったい神力をどれだけ消費したの?」
「え、え……そ、その……」
「思い出したわ。あなたの悪い癖」
ガブリエル様の悪い癖?
「あなたの浪費癖。それにギャンブル好きだったわね」
なぬ! ガブリエル様が浪費癖のギャンブル好き?!
「あなたの主神アテナ様から、いったい何度相談を受けたことか。まったく治ってないのね」
「あ、あははは」
「正直に言いなさい。キャラメイクで神力をどれだけ消費したの?」
「キャ、キャラメイクの時は種族だけなの! 本当よ!」
「キャラメイクの時は?」
「そ、その……有料アイテムに手を出しちゃって」
「「有料アイテム?!」」
なんじゃそりゃ! そんなのステータス画面とかにないぞ?!
「有料アイテムなんて項目ないですよね?」
「お、お店があるのよ。王都テラの裏通りの一角に。そこで買うことができるの」
なんてこった。まったく知らなかったよ。
「有料アイテムってどんなのがあるんですか?」
「カードガチャと装備ガチャ、それに神力をお金に変えることができるわ」
ガチャ!
神力をお金に!
「そのお店を仲介所にして、天使同士、それに悪魔ともだけど取引もできるの。例えば特典でもらえたアイテムを売りに出すこともできるわ。神力かお金で売買しているの」
悪魔とも取引できるときたよ。
裏マーケット……いや闇マーケットか。どっちでも同じか。
「それで、ガブリエルは何に手を出したの?」
「そ、その……ガチャをちょっとと……」
「と?」
浪費癖にギャンブル好き。
悪い予感しかしない。
王都テラには「カジノ」があったはずだ。
「……神力をお金に」
「はぁ……神よ」
ミカ様が天を仰いでいる。
主神より授かり、そして高めてきた神力をお金に変えた大天使様がここにいる。
しかもだ。
カジノで負けて借金をして、その借金を返済するために神力をお金に変えたのだ。
「と、取立て屋が怖かったの!」
救いようのない大天使様だ。
「はぁ……それで、どうしてここで働いているの?」
「神力を取り戻そうと思って、聖樹王の穴に行ったのよ。高純度神石を狙ってね」
「それで?」
「その……穴にすら辿り着けなかったのよ」
「は?」
「森の中の魔物から逃げ回ることになっちゃって」
「一人でいったの? アテナ様の他の天使は?」
「……見捨てられちゃって」
そりゃそうだろ。
毎日カジノに入り浸っている大天使様なんて、僕でも見捨てるだろう。
「魔物から逃げ回っている時に、ルーン王国の魔法士団に助けられたの。そこで知り合ったマリア様に保護してもらって、こうして働いているの」
「マリア様?」
「ルーン王国の第1魔法士団団長で、女王ティア様の側近。とっても優しいお方なのよ。私の能力を見てぜひ自分の家に客人として招きたいと言ってくれて……それからティア様に紹介してもらって、こうして働くことになったの」
「働いて神石をもらうの?」
「普通にお給料もらう約束だよ。それに神石を要求するのは今はまずいわ」
「まずい?」
「ほら、私達天使が高純度神石を消費しちゃっているでしょ? ティア様はすでにそのことを知っているのよ。そして問題になっているわ」
あちゃ~! ミカ様が危惧した通りになってしまった!
「私もいろいろ聞かれたんだけど、ほらカジノばっかり行ってたから大した情報持っていなくて。ま~私達のことを喋ってもティア様やマリア様に声は届かないんだけどね」
「声が届かない?」
「うん。私達天使のことを喋っても、この世界の人達には理解不能な言葉になるみたいなの。ゼウス様がそうしたんだろうけどね」
あ~なるほど。神力とか、天界とか、プレイヤーとか、そういう秘密に関する言葉は全部理解できない言葉になるのか。
つまりなぜプレイヤーが高純度神石を狙うのか、この世界の人達からしたら理解できないってことか。
理由を説明できないとなると、ますます問題になっちゃうな。
「あなたの特典アイテムの能力って?」
「それは~……ほら、いくら私とミーちゃんの仲でも言えないっていうか? 教えてもいいけど、教えるならミーちゃんとルーちゃんの能力も教えて欲しいって言うか~」
「治癒魔法ですよね」
僕の一言にガブリエル様の表情が固まる。
そして、いつから僕はルーちゃんになったんだ。
「さきほど、おじいちゃんお婆ちゃん達を治療していましたよね? この世界に治癒魔法は存在しません。つまりガブリエル様の能力は治癒魔法ですね」
ハーフエンジェルが神力を使える種族でないなら、特典アイテムによる能力しかない。
特典アイテムを闇マーケットで売らなかったのは、最後の理性か。
「さてミカ様。そろそろ僕達は帰りま……」
「ま、待って!」
焦るガブリエル様。
アテナ様の天使達に見捨てられたいま、親交のあるミカ様が頼りか。
しかし女王ティア様と知り合いというのは大きい。
どうにかして、ガブリエル様を通じて聖位の鍛冶師ナールに取り次いでもらえれば。
「……」
「……」
ガブリエル様からの言葉を待っていた僕達。
次に発せられた言葉は信じられない言葉だった。
「お金がないの。ここの支払いお願いね?」
文無し天使め!
レストランのお会計は僕が支払った。
ミカ様はガブリエル様にすごく怒っていた。
しかしどんなに怒ろうとも、ないものはないのだ。
ガブリエル様は開き直ってしまった。
「ルーちゃんってお金持ち~? ねぇねぇ~、お金持ち~?」
「お金持ちではありません」
そして僕に纏わりつくガブリエル様。
周りから見たら、小さな女の子にじゃれられるお兄さんだな。
はっ! 見ようによっては、僕とミカ様が子供を連れてバッキンガムのレストランで楽しい食事の帰りにも見えるか?
ミカ様と夫婦……ぐふふ。
ふと、ミカ様を見てみる。
あれ?
なんかめっちゃ険しい顔。
めっちゃ不機嫌だ。
はっ!!!!!!!!!!!!!!!!
これは嫉妬か? 嫉妬している? 僕に纏わりつくガブリエル様に嫉妬している?
きてるね……かなりきているよ!
鈍感系主人公なら「あれ? なんで不機嫌なんだろう?」で終わってしまうところだ。
でも僕は違う。
こんなチャンスを見過ごすわけない!
ガブリエル様には悪いけど、利用させてもらおう。
嫉妬心を煽ってもらって、ミカ様が「きぃ~! 私のルシラ君を!」な展開に持っていってもらおう。
そして後で2人きりになった時、ミカ様は僕を見つめて「ル、ルシラ君は私だけのものなんだから! やっぱりルシラ君を奴隷にしちゃう!」
完璧だ。
僕の完璧なる計画に隙はない。
そう思っていた。
「はぅ!」
思わず声を上げてしまった。
な、なんと……ミカ様が手を握ってこられたのだ。
いきなり。
ぎゅっと手を握って密着するように身を寄せてくる。
「ルシラ君帰るわよ」
「はい!」
「ちょ、ちょっと!」
文無しは無視である。
ミカ様の手を笑顔でぎゅっと握り返して、一緒に王城を出る。
僕が文無しを無視したことで、ミカ様の機嫌は一気に良くなった。
むしろ嬉しそうである。
「ミーちゃんってば~。私ここの10階にいるから会いにきてよ! 絶対だよ! 私を見捨てないで~~~~!」
文無しの悲しい声が夜空に響いていた。




