第11話 女王
―― 聖樹王暦2000年 1月 7日 14時 ――
ルシラとミカが稽古に励んでいた頃、他のプレイヤー達は高純度神石から神力を得られることが分かり、高純度神石を狙い動いていた。
そして、その動きは密偵により、すぐにルーン王国の女王に伝わった。
―― ギリシア王国からの冒険者達が高純度神石獲得に乗り出し、ギルドに売却することなく神石を貯め込んでいる ――
ギリシア王国からの冒険者達を調査していた密偵達の報告によれば、彼らの言葉には理解できる言葉と、理解できない言葉があるため、なぜ神石を貯め込んでいるのか不明であるとのこと。
これはゼウスよって、プレイヤー達が「ラグナロク」のことや「神界」「天界」「魔界」などに関する会話をした時には、その言葉は世界の住人達にとって理解できない言葉と定義付けているためである。
神石を貯め込んでいる。女王からみれば、ギリシア王国の冒険者達がミズガルズにある神石を狙ってやってきたように思えた。
神石は貴重なエネルギー。
聖樹の祝福を失った人々にとって、神石は生きていく上でなくてはならないもの。
その神石を狙うギリシア王国の冒険者。
まだ一部の者しか知らない事実である。
しかし、いずれ知れ渡るであろう。
その時に批判の矛先は女王である自分に向くと、ティアは頭を悩ませる。
ルーン王国女王ティア
ルーン王国の歴史の中でも初めての女王である。
麗しい容姿に幼い頃から頭も良く、魔法の才能にも恵まれ闇魔法を得意とした。
また様々な分野を研究し、誰も思いつかないアイデアで次々と新しい発明をしていった。
ティアが10歳の時、「神石からのエネルギー抽出理論」を確立する。
これによりルーン王国は一気に繁栄することとなる。
前国王は子宝に恵まれず、子供はティア1人。
その前国王はティアが20歳の時に突然病死してしまう。
当初、「賢老会」から国王を選出し、その者がティアと婚姻を結ぶという提案がなされた。
しかし、この提案をティア自身が断固として拒否した。
自らが女王となり、この国を治めると。
これに賢老会が反発。ルーン王国に歴史の中で女性が国王になったことなどない。
ティアと賢老会の争いの時、女性だとしても群を抜いて秀でていたティアを、前国王に仕えた者達は一致団結して支持した。
賢老会を支持する者は、賢老会に所属する極一部の者達だけだった。
それでもルーン王国において賢老会の意見は強い。
賢老会を束ねる「3賢者」は「失われた神々の子孫」として民衆に認知されている。
賢老会の意見を無視することは、民衆の不安を煽ることになる。
そこでティアは「民に信を問う」と、ルーン王国の民に決定権を委ねたのだ。
国王の選出を民に委ねるなど狂気の沙汰! と賢老会は再び反発。
しかし3賢者がティアの提案を承認。
これによって、ルーン王国で初めての「国王選挙」が行われた。
結果、ティアは弱冠20歳でルーン王国初の女王となった。
女王となったティアの活躍は目覚ましかった。
様々な研究と発明を続け、国を豊かにし、民を豊かにした。
女王ティアはバル王国で研究されている「機械」にも強い関心を示した。
賢老会が「悪魔の研究」と非難する機械でも、国と民を豊かにするものは積極的に取り入れていった。
特にお風呂とトイレの進化には、並々ならぬ情熱を注いだとか。
聖樹王暦2000年 12月 31日 12時
1年の終わりと新年を迎えるこの日は、ルーン王国内がお祭り騒ぎで盛り上がっている。
そんな中、王宮の一室に向かい合う男女。
片方は女王ティア。
そしてもう片方は、ローブを着た老人。頭にはフードを被っており、顔は見えない。
3賢者の1人スノロクである。
「なるほど。それでスノロク様はギリシア王国からの冒険者を受け入れろと」
「はい。悪魔に対する戦力になりましょう。ご不満でしょうか?」
「神の地ヴァナヘイムにある人間の国からの冒険者……エルフや天使の血が混ざっている者もいるとのことですが、彼らは聖魔法を使えるのですか?」
「使える者がいても不思議ではありませんな。しかし、使える者がいるのかどうかまでは分かりません」
「彼らが聖壁の外にある「穴」の悪魔と戦ってくれるのは助かります。ですが戦力は足りております。騎士団と魔法士団で十分に対処できております。わざわざ他国の冒険者に頼る必要はないのですが……」
「さらに巨大な穴が開く可能性もあるのですぞ」
「それは分かっております。しかしヴァナヘイムから「ぜひギリシア王国の冒険者を悪魔との戦いに役立ててほしい」とは……神々の子孫であられます3賢者様からすると断り難い要請……もしくは強制だったのではないかと、裏を勘ぐりたくなるのですよ」
「……」
「分かりました。ギリシア王国の冒険者を受け入れましょう。ただし、彼らがルーン王国内で問題を起こさず悪魔と戦うように、スノロク様からよくお伝えして頂けますよう、お願いいたします」
「伝えておきましょう。では受け入れの手配をして参りますので、私はこれで」
スノロクが部屋を出ていく。
しばらくすると、部屋に2人の男女が入ってきた。
黒い鎧を着た男の騎士。
白い鎧を着た女の騎士。
ティアは2人に告げる。
「明日から王都テラにギリシア王国の冒険者という者が現れるはずだ。尾行してどのような者達か調査しろ」
「「はっ!」」
新年を迎えれば30歳となる女王ティア。
美しい金髪に褐色の肌。
厳しくも優しく美しい顔。
そして男を魅了する見事な身体に纏う女王の風格。
ティアはこれから起こる「何か」を感じていた。
聖樹王暦2000年 1月 7日 14時
ギリシア王国の冒険者達の悪評がティアのもとに届いた。
高純度神石を貯め込んでいると。
こんなことになるとは……ティアは頭を悩ませる。
神々が失われた「アースガルズ」とは違い、今も神が住むとされるヴァナヘイム。
神がいるのなら、神石などに頼らずとも豊かな暮らしができるのではないか。
それとも、ヴァナヘイムで神石を必要とする何かがあるのか。
ティアはスノロクへすぐに面会を申し出た。
しかしスノロクへの直接の面会はできないとの回答。
代理の者を遣わすと。
「賢者の間」で、ティアはその者を待っていた。
そして扉が開いた。
「お初にお目にかかります、女王ティア様。3賢者のセック様に仕えるハールと申します。以後お見知りおきを」
3賢者の1人セック。
3賢者の中で唯一の女性である。
ハールと名乗った男は帽子をかぶり、ローブを着て、杖を持った、長い髭を生やした老人だ。
まさに賢者といった雰囲気を出している。
そして左目の眼球がない。隻眼である。
「ハール殿はセック様の代理というわけか。しかし、私が面会を申し出たのはスノロク様だったのだが?」
「スノロク様はお忙しく、セック様が代わりに私を遣わしたまでです」
3賢者の名の下、賢老会の者達は女王と自分達が対等であるかのように振舞う。
ティアはその態度を特に気にすることはない。些細なことだと。
「ギリシア王国の冒険者達のことなのでしょう? ティア様のお話とは」
「ああ、その者達が高純度神石を貯め込んでいるそうだ。これはいったいどういうことだ?」
「高純度神石は強い武器の材料にもなります。悪魔と戦うために集めているのでは」
「前向きな考え方だな。ミズガルズの神石がヴァナヘイムに奪われるかもしれないのだぞ」
「ヴァナヘイムには神がおられます。神石など不要でしょう」
「奪われた後では遅い。高純度神石は、何度でも採掘できる低純度神石とは違うのだぞ」
「しかし、現に彼らは悪魔と戦っております。中には多大な戦果を挙げた者もいるとか」
「地下世界へ渡ったとされる者達のことか。真実など確かめようがないぞ」
「確かに、ティア様が悩まれるのも分かります。この国の未来を想えばこそ。そこでティア様、本日私がこうして代理として来たのには訳がございます」
「なんだ」
「神を失い天空を彷徨うアースガルズ。空に浮かぶあの神の城に行く方法があるとしたら……ティア様はどうなさいますか?」
「ほう……興味深い話だな」
ティアとハールの話し合いが終わったのは1時間後であった。
聖樹王暦2000年 1月 7日 17時
1日に特別な話し合いが2つもあるとは、ティアの疲労は溜まる一方だ。
それでも、今からの話し合いは賢老会との話し合いよりも楽しいものになるはずだ。
女王ティアの幼馴染で側近中の側近である第1魔法士団団長からの要請なのだから。
人々はその者を「聖女マリア」と呼ぶ。
ティアと同じく今年30歳を迎える。
艶々の黒髪は肩まで美しく伸び、どこか幼い印象を与える童顔の可愛らしい顔立ちは見る者の心を和ませる。
雪のような真っ白な美しい肌は大人の魅力に溢れている。
そして身体は女王ティアに負けない見事なスタイル。
胸の大きさではマリアが勝っていると、もっぱらの噂である。
どこまでも優しく慈愛に溢れる聖女でありながら、魔法士としての実力で右に出る者はいない。
15歳の時に結婚。
政略結婚であると理解していた。
それでも良いと思っていた。
しかし名ばかりの婚姻を結んだ夫は、発生した穴の対処に向かい帰らぬ人となった。
夫婦として一度も一緒に過ごすことなく、マリアは未亡人となった。
それからマリアは幼馴染でもあるティア姫に仕えることになる。
才能溢れるティアを間近で見て感じて、マリアは自分も国のために己の力を役立てたいと思うようになった。
もともと魔法の才能に秀でていたマリアは、ティアに魔法士として国のために身を捧げたいと申し出る。
18歳で魔法士団に入団することになる。
マリアがルーン王国最強の魔法士と呼ばれるまで時間はそれほどかからなかった。
その裏に血反吐を吐くほどの鍛錬を続けたマリアの努力があること、誰もが知っていた。
「聖なる間」にティアは入る。
そこにはマリアともう1人、見知らぬ女の子がティアを待っていた。
「お忙しい中、お時間を頂きありがとうございます」
「構わないよ。面会の相手がマリアならいつだって大歓迎だ」
「ありがとうございます。今日の面会は、こちらの子をティア様に紹介したくお時間を頂きました」
マリアがティアに紹介したいとする女の子。
茶色の美しい髪は腰まで伸びている。
真っ白な美しい肌は、神秘的な光を放っているようにすら感じられる。
綺麗に整った顔立ちは、まさに天使を彷彿させる。
いや天使なのだろう。
なぜならその者の背中からは、小さな白い羽が生えているからだ。
「お会いできて光栄です、女王ティア様。私はガブリエルと申します」
マリアがティアに紹介した人物とは、大天使ガブリエルであった。
聖樹王暦2000年 1月 7日 22時
ティアは疲れ果てていた。
ハールとガブリエル。
この2人との話し合いは本当に疲れた。
いったいこの世界に何が起ころうとしているのだろう。
神を失い、聖樹の祝福を失ったこの世界に。
人間は神に運命を決められる、か弱い存在なのかもしれない。
それでも自分を信じる人々のために、導かなくてはならない。
ハールの誘いに乗るのは正解なのか、不正解なのか。
どちらにしても、利用できるものは全て利用するべきだろう。
あのガブリエルのように。
寝室の窓から見える夜空には星が輝いている。
あの日も、星が輝く綺麗な夜空だった。
あまりに星が綺麗で空を見上げていたら、カーブだと気付かずにそのまま突っ込んで、私は死んでしまった。
私……いや俺はこの世界に転生した。
宮代大輔42歳! 魂はいつだってアクセル全開だ!
この世界を必ず幸せに導いてみせる。
そのためには天使だろうが、悪魔だろうが、何だって喰い尽くしてやる。
大ちゃんの長い戦いは、まだ始まったばかりである。




