第8話 禁ずる
―― 聖樹王暦2000年 1月 11日 21時 ――
ミカ様の首に突然はめられた首輪。
首輪……首輪って奴隷に落ちた天使に出るんじゃないのか?!
どうして?!
「うひゃひゃひゃひゃ! やったぞ! 大天使ミカエルを奴隷にしたぞ!」
ドンゴさんが立ちあがって喜んでいる。
「はぁはぁはぁ……す、すげ~……神力が20万も増えている。大天使ミカエルともなれば神力20万もあるのかよ」
自分のステータス画面を見て狂喜乱舞している。
神力20万増えている? ミカ様から……神力を20万奪ったのか?!
い、いったいどうして?!
このゲームで神力を20万も奪えるはずがないだろ!
「これは、どういうことなの」
ミカ様の低い声。完全にキレてる。
「ああぁん? 言葉に気をつけろお前。俺の奴隷なんだぞ?!」
「はぐぅぅ!」
ミカ様が苦悶の声をあげる。
「ミカ様! お前何をした!」
「あ~? 奴隷はご主人様に逆らったらだめだろ? ご主人様はな~奴隷の天使に痛みを与えることができるんだよ! ご主人様の命令に従わない場合も、地獄のような痛みを感じるらしいぞ! うひゃひゃ!」
こ、こいつ!
「あ~本当に馬鹿でよかった。いや~しかし1回で成功するとは、俺って天才だな。ベリアル様も喜んで下さるだろうな~。うひゃひゃひゃ!」
成功? 何かイカサマがあったのか!
「お前! イカサマか!」
「はぁ~?! イカサマなわけないだろ! この「せいやくトランプ」でイカサマはできないぜ」
「し、信じられるか! 点数計算でイカサマしたんだろ!」
「はっ! 言ってろ! お前みたいな雑魚に用はないんだよ! これから大天使ミカエル様を部屋に連れ込んで、た~っぷりと調教しないといけないからな! ぐへへへへへ!」
こいつ……絶対に何かイカサマがあるはずだ!
いや、今はそれよりミカ様を!
「マイナスの神力を戻せばいいなら!」
「ば~か! お前が高純度神石を持っていたとしても、ミカエルの奴隷は戻せないよ」
「な、なぜ……」
「くっくっく。決闘した兄弟の話には続きがあるんだよ。奴隷に落ちた天使は、奴隷に落とされた者から神力を取り返さないと、奴隷から戻れないのさ! 他から神力を得て、マイナスの神力をプラスに戻しても、奴隷は外れなかったんだよ!」
くそっ! 情報を隠していたか!
「はぁ~これで残りの期間は、奴隷ミカエルを楽しみながら過ごすとするか。戻ったら俺って大天使? うひゃひゃひゃひゃひゃ!」
くそっ! くそっ! くそっ!
「くそっ!」
ドンゴに襲いかかろうとした時だ。
目の前に「決闘」という文字か浮かんでくる。
そして僕の身体は固まってしまった。
なんだこれ?!
「ば~か。プレイヤーを襲おうとすると「決闘」システムが強制的に起動して、相手の承諾なしには攻撃できないんだよ。無差別に攻撃できる場所もあるが、街中にはない。つまり俺を傷つける方法なんてないんだよ!」
プレイヤーを襲おうとしたことなんてなかったから……くそっ!
「おい、行くぞ。さっさと立て!」
「はぐぅ!」
ミカ様が苦悶の声をあげて立ち上がる。
ドンゴが僕を馬鹿にした目で見ながら、個室から立ち去ろうとする。
「ぐおおおおお!」
今度はドンゴが苦悶の声をあげた。
「くっ! どういうことだ!」
視界にドンゴの「せいやく」ログが表示される。
そこに書かれていた文字は……。
――
ドンゴさん、僕とも後で勝負してくださいね
ええ、やりましょう
さて、もう1つ。カードは1から13ですので2で割れない枚数ございます
つまり先にめくる方が7枚と1枚多くめくることができます
――
これは……僕と勝負することが「せいやく」されているのか!
「これは……くそが! 俺としたことが……」
ドンゴが僕を憎らしい目で睨み付けてくる。
「チッ! こんな雑魚と勝負かよ。……まぁいい。さっさと終わらせるか。おら、さっさと座れよ! 勝負するぞ!」
ドンゴは面倒臭そうに、僕にダイヤのトランプとジョーカーを1枚渡してくる。
「おい、ミカエル。こっちきて俺にご奉仕してろ」
くっ! こいつ!
「はぐぁぁぁ! くぅぅぅ……ぐうぅっぅ!」
ミカ様は苦悶の声を上げながらも、ドンゴの命令に従わない。
僕にしがみついて耐えている。
「ほ~。さすがは大天使様だ。相当辛い苦痛だって聞いたぞ? ま~いつまで持つかな。いつでも俺にご奉仕してくれていいからな」
「ぐぅぅぅ……はぐぁぁぁぁ!」
ミカ様の身体が痙攣する!
まずい! 木の棒でミカ様に治癒神力を流す!
「はぐぅ……くぅぅ……あ、ありがとう……ぐぐぐ!」
早くこいつを倒してミカ様の神力を奪い返さないと!
でも、どうやって……いったいどうやってこいつは、20万もの神力を奪ったんだ?
ダイヤのカードを持った時だ。
「せいやく」のログ画面に新たな文字が書き込まれた。
―― ルシラの神力不足により、カードに神力が注がれていません ――
神力不足……ああ! 僕は神力が1しかない!
このゲームをするためには、最低でも神力が91必要なのか!
「はっ! お前神力91もないのか? どんだけ雑魚なんだ。ま~いいや。これで終わりか?」
「ま、待て! 高純度神石がある! それで神力を得る!」
「ば~か。勝負の間に高純度神石で神力を得るのは禁止なんだよ! 本来はこんな事態を想定した「せいやく」ではないけど、今は好都合だな!」
「せいやく」のログ画面にまた新たな文字が書き込まれた。
―― ルシラは、勝負を終わりにするか、ドンゴが新たな「せいやく」を1つ追加することを承認して勝負を続けるか、選んで下さい ――
「チッ! こんなことになるのか……」
ドンゴも「せいやくトランプ」の能力全てを分かっていないのか。
特典アイテムがどんな能力か、全てを把握するのは難しいのだろう。
勝負を終わりにするわけにはいかない。
「「せいやく」を1つ追加しろ」
「はぁ、面倒だな。ん? 待てよ……いや、これは神が俺に味方したのか! ベリアル様がきっと見守ってくれていたんだな! うひゃひゃ!」
突然またどうしたんだ、こいつ……。
「あ~、そうだよな。お前を生かしておくわけにはいかないもんな。この事実を知っているお前を……まだ他の大天使にもこの手が通用するかもしれないんだ。お前も奴隷に落として口封じしないとな。神力がマイナスのままラグナロクを終えた天使がどうなると思う?」
神力がマイナスでラグナロクを終えたら……どうなるんだ。
「ま~誰にも本当のところは分からない。けど、推測される最も高い可能性はな……消滅だ」
消滅。
「俺達天使や悪魔は、神力がないと存在を保てないらしい。それなのに神力マイナスってなりゃ~、そりゃ~消滅だろうよ」
「お、おそらく……ぐぅぅぅ……こいつの言っている通り……消滅するわ」
ミカ様も同じ見解だ。
「ミカエル安心しろ。お前は残りの期間たっぷり調教してやって、ラグナロクが終わる時に高純度神石か何かで神力を少しだけ回復してやるからな。天界でも俺の奴隷にしてやるよ! 雑魚、お前は消滅だけどな!」
こいつ!
「さて、追加する「せいやく」は何がいいかな……あ~そうだ。どうせお前も俺の奴隷に落とすんだ。ネタばらしして、そこを防いだ方が確実か? 俺が負けたとしても、神力を取られなければ問題ないしな。こいつが俺のネタを誰かに言ったとしても、もう十分過ぎる成果はあるんだ。他の大天使をはめられなくても……」
ドンゴが新たな「せいやく」を考えて独り言呟く。
「いや、野心はもっと高くか? 俺が負けてもミカエルをだしに、こいつに言うこときかせるか。お前ら2人で動いていたんだろ? ミカエルがお前みたいな雑魚に惚れるとは思えないけど、お前はミカエルにぞっこんって感じだもんな。おこぼれ少し与えれば言うこときくか……」
くっ! 勝手なことを!
「よし! 決めた! 新たな「せいやく」の追加だ。
カードに与える計算で乗を使うことを禁ずる!」
乗を使うこと?
乗……乗……ああ! こ、こいつ!
「お前! 乗のことをミカ様に伝えていないじゃないか!」
「ああん? 伝えているよ。「せいやく」を見ろよ」
「せいやく」のログ画面に、それは表示された。
――
さて、ここからが重要となります
いまの「せいやく」でゲームをしても、少々面白くありません
単純過ぎますし、得られる神力も僅かです。失う神力も僅かですが
ギャンブル性が低すぎました
そこで私が考えた「せいやく」が、カードに次の計算を与えることでした!
プラスの足し算、マイナスの引き算、乗せる掛け算、割る割り算
――
乗せる掛け算……乗せる……くそっ!
掛ける掛け算だろうが! 乗せるってなんだよ! これが「乗」の部分か!
「気付いたか? もう遅いけどな。ば~か」
「ずるいぞ……その後の説明で「乗」の説明がないじゃないか!」
「計算の説明例で「乗」を使っていないから使えないわけじゃないんだよ」
くそっ! 「乗」でミカ様の神力を一気に奪ったのか。
こいつが本性を現したのは「7」をめくった時だ。
つまり(7+7)の7乗。
14の7乗っていくつになるんだ?
計算できないけど、20万を超えていることは間違いない。
乗を使えない。
つまり+、-、×、÷の4種類だけ。
それだと20万の神力を得るなんて無理だ!
「くっくっく。分かったか? お前が勝っても、俺を奴隷に落とすことは無理だ。あ、1つ良い情報をくれてやるよ。奴隷を持つ天使を奴隷に落とすとな、持っていた奴隷全部ついてくるそうだ。俺を奴隷に落とせば、ミカエルはお前の奴隷になるぞ!」
奴隷システムに関する研究は、予想以上にされているな。
あの兄弟の話がそもそも嘘か? それともあれからさらに決闘で奴隷のシステムを研究したのか?
「さあ、始めようぜ。俺は準備OKだぞ」
くっ……このままでは、ミカ様を助けることができない。
ただ勝負するだけではだめだ。
こいつも気付いていない、この「せいやく」によって一発逆転できる何かを見つけないと……。
「ふん! どんなに悩んでも無駄だよ。ま~せいぜい悩んでくれや。俺は悶えるミカエルを見て楽しんでいるからよ」
「ぐぅぅぅ……はぐぅぅぅぅぅ!」
考えろ……考えろ……考えろ……考えろ!




