四つの祠
……ん。
俺は白い光に瞼を焼かれ、目を開ける。
……んん?
目を開けると、白い空があった。
……どこだっけ、ここ?
まだ少しボーッとする頭で考える。……俺はこんな場所にいなかったな。裂け目に落ちていって、何とかシルヴァに速度を緩めてもらって不時着したんだった。そしてその暗闇の中でドッと疲れが出てきて、HPの減りも激しかったし、地面に倒れて寝てしまったハズだ。
……かなり危険な行為だが、こうして生きているので結果オーライだろう。
「……」
俺達は、地面も空も真っ白で、広さがよく分からない、広大な場所に立っていた。
……って、アルティとシルヴァだけじゃなく、フレイ、リヴァアもいる。……確か、モンスターBOXに戻したハズなんだが。モンスターは自力ではモンスターBOXから出られないハズなのに。
どういうことだろうか?
『よくぞここまで辿り着きました、人の子よ』
美しく凛とした、包容力のある声が耳に響いた。
「っ!?」
そいつが現れた時、俺は威圧感を感じた。身を刺すようなプレッシャーだ。
『……申し訳ありません。しかし、危害を加えるつもりはないのです、人の子よ。私達の内私の祠に最初に辿り着いた者よ』
そいつは、天を覆うような超巨大な朱の鳥だった。フレイのように金色ではないのだが、美しさがある。全てを包み込むように翼を広げ、藍色の瞳で俺を見据えていた。
……でかすぎだろ。タップダンスしただけで東京が全壊しそうだ。
俺はそんなことを思いながら、こいつの姿に心当たりがあった。
「……ジズ」
幻想世界を治める四体のモンスターの内の一体。俺が今まで戦ってきたどのボスよりも巨大で、しかし恐れはなかった。むしろ安心感さえ覚えるような迫力がある。敵対している感覚はなく、対峙していても味方のような気がする。
『ええ。私は幻想世界を統べる者、ジズと申します。歓迎しますよ、私の祠に辿り着いた者よ』
落ち着いた声が響く。
「……さっきから言ってる祠ってのは、何のことだ?」
俺は気になったので聞いてみる。
『幻想世界にはジズ、バハムート、リヴァイアサン、ベヒーモス。それぞれの祠が点在しています。ジズーー私の祠は底知れぬ谷に。バハムートの祠は天を突く巨大な山に。リヴァイアサンの祠は魔物住まう浜辺に。ベヒーモスの祠は太古の洞窟に。それぞれ四ヶ所に安置された祠にはモンスターが近付けず、あなた方は運良く私の祠のすぐ傍に降りてきたのです』
ジズは言った。……じゃあホントにギリギリだった訳だな。人知れずデスしたんじゃ、皆に会わせる顔がない。危ないところだった。
「……祠に辿り着いた順番には何か関係があるのか?」
『ええ。私達の祠四ヶ所全てを最初に回った者には、私達の恩恵を与えることにしているのです。……幻想世界は人間に汚され、私達の力が及ばない存在ーー人間が世界を荒らし始めました。人間を止められるのは人間だけ。最初に祠に辿り着いた者に恩恵を与えようと。あなたはモンスターへの愛情、幻想世界を蝕む人間への怒り、この二つを兼ね備え、さらにはバハムートとリヴァイアサンを従える器量を持っています。私達としてもこれ以上ない程相応しいのです。惜しみなく恩恵を、今ここで全てを与えたいのは山々なのですが、全ての祠を回り、祈りを捧げていただきます』
……要するに、祠を回って祈りを捧げ、恩恵を貰って敵を倒せってことか。
実際はもう少しシリアスだが、要約するとこんな感じだ。
「……全てを最初に回ったヤツが恩恵ってのを貰えるのか? それとも俺が最初に来たからもう他のヤツは貰えないのか?」
『前者ですよ。もしあなたが最初に回らなければ恩恵を与えることは出来ませんが……。出来ればあなたに恩恵を与えるのが筋だと思われます。魔物を従え、しかし自身も共に戦う者よ』
俺の質問に、ジズはちゃんと答えてくれる。……ふむ。じゃあとりあえず、さっき言ってたヒントから祠を探して回ることを最初にしなければならないな。先の戦闘で幻想世界を悠々と散歩出来る程強くないのは嫌という程分かったし、力を貸してくれるなら祠を回る以外に手はないだろう。
「……分かった。出来るだけ俺が祠を回るが、明確な位置は教えてくれないのか?」
『……ええ。口止めされているので』
口止め? 幻想世界を統べるジズ達に口止め出来る存在がいるのか? いるとしたら神とかそういう存在だろう。まあ、俺達が関わることはないかもしれないので、放っておくか。
『あともう一つ。祠を回って欲しいことと関連してなのですが、幻想世界に害をなす人間達も祠を探しています。野生のモンスターは近付けませんが、人間は近付けるのです。あの人間達からしてみれば、幻想世界を守る私達は邪魔な存在ですから、祠を壊し、私達の力が及ばないようにしようとしているのです』
「……そいつらも倒せってことか」
『はい。それが後々あなた方の助けになるでしょう』
……。
「……分かった。それで、お前達四体は実在してるのか?」
『ええ、もちろん実在しています。ですが、直接手を下すことは許されていません』
……そうか。こんな大きくて強そうなヤツが戦えたら、人間なんて住めないもんな。しかもそれが四体もいたら、マジで死ぬ。敵じゃなくて良かった。
「……そうか」
俺は頷く。
……祠を回って四体の恩恵を得られたら、グランドクエストも無事達成出来るかもしれない。
力を借りる他なかった。
『話はまとまったみてえだな』
乱暴な口調の男の声が聞こえた。
次の瞬間、巨大な三体の存在が白い世界に現れた。
「……バハムート、ベヒーモス、リヴァイアサン」
俺はその三体の名前を呟く。
鋼色の身体をした巨大なドラゴンと、漆黒の体躯に蒼い瞳をした鬣が立派な四足歩行の獣と、俺の横にいるリヴァアと全く同じ姿をした手足のない海竜。
どいつも俺が見たことのあるモンスターだったが、大きさが桁違いだった。
第一グランドクエストで戦ったシルヴァの母親であるバハムートもかなりでかかったが、それのさらに一回りでかい。
エフィの持つアスラベヒーモスのベヒーと同じ姿だが、その大きさは他三体と同じくらいだ。
リヴァアと同じ姿をしたリヴァイアサンだが、その大きさは一目瞭然で、圧倒的に大きい。
『おう。いや~、悪かったな。うちの嫁がそっち荒らしちまって』
バハムートが軽い口調で言った。
「……恨んでないのか?」
俺はどうしても聞きたくて、聞いてしまう。
『……別に恨んじゃいねえよ。元々、俺らがちゃんと幻想世界守んなかったせいで逃げられちまったんだしな。それによ、随分ガキを可愛がってくれてるみたいだしな』
バハムートは首を振って言った。シルヴァはさっきからずっとバハムートをジーッと見上げている。……何でもう一体のバハムートは出てきてないのだろうか?
『……ふん。俺は人間に頼むのは反対だがな』
落ち着いた渋い声が響いた。……アスラベヒーモスか?
「……その人間が、あんたと同じアスラベヒーモスを従えてるんだが」
エフィのことだ。……エフィとナーシャは愛モン家だからな。人一倍モンスターに愛情を注いでいる。
『……ふん』
アスラベヒーモスは何も言わず、ただ鼻を鳴らした。
『……すまないね。彼はただ信用してないだけなんだ。特別怒っているという訳でもないよ』
落ち着いた優しい声が言った。リヴァイアサンだろう。
『……うちの子が随分世話になったようだね』
気性の大人しい性格らしく、ぺこりと俺に頭を下げた。……リヴァアはジーッと見上げている。
『各々積もる話もあるとは思いますが、それはそれぞれの祠でお願いします』
『しゃーねえな。んじゃ、待ってるからな』
『……ふん』
『……じゃあ、またね』
ジズが急かし、三体は顔見せだけで帰っていった。
『……モンスターを従え、共に戦う者よ。必ずや、この世界を救ってくれると信じています。では、またお会いしましょう』
ジズが別れの言葉を発する。
「ああ、任せとけ」
俺は笑ってそう言い、意識が暗転するのを感じる。……目覚めるのか。
『……ええ。任せましたよ、リューヤ』
ジズの声が聞こえ、俺は意識を失った。




