別れと旅立ち
本日三話目
結局、あの後は長が演説して、民主主義の国を造る方針になった。
国民もそれに異存はないようだ。
一部生き残った貴族と教徒が喚いていたが、アンドゥー教が消えた今、今までいいように使われてきた国民達の怒りの制裁を受けるようだ。今は牢獄に幽閉されている。
現在は宴の真っ最中。アスラリアス達は最初こそ恐れられていたものの、差別はしないと誓ったすぐ後なので積極的に話しかけた結果、打ち解けている。
アスラリアスもアンドゥー教を倒せて気持ちが晴れやかなのか、テンションが高い。
こんなに騒いでると、宴と言うよりは祭りに近い気がする。
店が総出を上げて屋台をしている。食材はアスラリアス護衛の下調達されたので、交流を深めるいい機会だったんだろう。
「……主役がこんな所で焼き鳥食ってるのか?」
アスラリアスの集落長、ジハークと言うらしいおっさんが苦笑して声をかけてきた。……今まで名前を知らなかったのがめっちゃ驚かれたな。演説の時に聞いて知ったんだが。
仄かに頬に赤みが差している。飲んでいたようだ。
「……別にいいだろ。それに俺は主役じゃねえって。俺はあくまで助っ人。主役はお前らアスラリアスだろ? で、主役がこんな所で焼き鳥食ってる助っ人に何の用だ?」
俺は塩ダレの焼き鳥を頬張りながら、言い返してやった。
「……別に、何でもねえよ。ただ、一人の男として、お前とこうして静かに飲むのもいいもんだと思ってな」
長ーージハークは微笑んで言った。
「で、お前はどうした? 英雄リューヤ様は何でこんな所にいるんだ?」
……どうやら酔いが回っているようだ。ニヤニヤと笑って俺をからかいにきた。
「うっせ。別に好きでそう呼ばれてる訳じゃねえって」
俺は自棄になって焼き鳥を一本一口で食べる。
そう。俺は確かに、英雄リューヤとして知れ渡っている。
強大なモンスターを引き連れて、アンドゥー教を倒した英雄だと、そう思われている。
……今回の件、俺の戦績は全然だ。
壁破壊してないし、ほとんど仲間が敵を倒してくれた。俺は教祖とコカトリス数体を倒しただけ。
……しかし、どんな時でもそうだが人を殺すのが英雄とは。
戦争で敵国の者を数多く殺したヤツが英雄で、敵国からは大量虐殺者だ。それと同じ原理なんだろうが、どうも素直に喜べないってのが本音だ。
「……別に、俺は大したことしてねえよ。それに俺は祭りに参加するよりこうして外から眺めたくなることがあってな」
祭りの賑やかさを、外から眺めると言うのもまた楽しい。微笑ましいと言うのだろうか。
「……年寄りじみたヤツだな」
ジハークは笑って俺の隣に腰かける。
「よく言われる。お前もそう思わないか?」
俺は苦笑して返し、ジハークが注いだ盃を受け取る。
「……俺は長だからな。無事こうして宴を出来たことが、よく分かる光景だ。昨日までほとんど存在を知らなかったヤツらが仲良く、飲めや歌えやの大騒ぎ。お前の言うことも、分からんでもない」
ジハークは優しい長の顔をしていた。
「……感慨に浸ってんじゃねえよ」
俺はそう言いつつ盃を傾け、酒を口に入れる。
「それはこの国の名物酒、明楼酒だ。身体に染み渡る、いい酒だ」
確かに、とジハークの言葉に頷く。そこまで強い訳じゃなさそうだが、程よく染み渡っていくのが分かる、心地いい酒だ。
「……聞いてくれよリューヤ」
ジハークがぐいっと酒瓶を煽る。そしてグビグビと一気に飲み干し、語り出す。
「最近、娘が冷たいんだよぉ……」
長の顔とは打って変わり、情けない声で言った。……相当酔ってやがるな。ってかーー。
「お前娘いたの!?」
俺はそっちで驚いた。……この手の相談は受けたことがある。
ウチは両親が再婚した関係で、親父が姉ちゃんとリィナを、母さんが俺を溺愛する傾向にある。
俺は別に構わないと思っているんだが、どうも年頃の二人からするとベタベタしてくる父親は疎遠したくなるらしい。そのため親父が俺に泣きついて来ることもあるのだ。……俺に言ってどうしろと。
「ああ。お前もよく知ってる子だ。小さい頃はとーしゃんとーしゃん言ってついてきて可愛かったもんだが。今ではお父さんとも呼んでくれない。これが反抗期と言うヤツなのだろうか……」
ジハークは二本目の酒瓶を開け、ちびちびと煽りながら言った。……俺が知るかよ。
「……あれじゃねえか? 長なのにアスラリアスとしてへたれてたからカッコ悪く思ったんじゃねえか?」
俺は適当に思いつきで言ってみる。……年頃の娘ってのはそう言うもんだと思うんだがな。
「なるほどな! と言うことは、今が仲直りのチャンス! 言ってくるぜリューヤ!」
だが、あっさりとジハークは受け入れて、三本目の酒瓶を俺に渡すと、二本の酒瓶を持って立ち上がり、走っていく。
……あんなヤツだったか? 最初はもっと厳かな感じだったんだが。
打ち解けた証拠かな、とも思うが。
「モルネー? モルネちゃーん? どこにいるんですかー? お父さんですよー?」
完全に酔っぱらった赤ら顔で喧騒の中に消えていく。
……そうか、モルネが娘だったのか。
俺は納得して頭の後ろで手を組んで横になる。
身体を撫でる夜風が涼しく、心地いい。
……。
…………。
……ん?
「モルネ!?」
俺はややーーと言うかかなり遅れて驚き、起き上がる。
「……何?」
「うおっ?」
俺はいつの間にか横に座っていたモルネにさらに驚く。
「……いや。まさかモルネに親がいたとはな」
俺は苦笑して返し、ジハークから貰った酒瓶を開け煽る。
「……ん。でも、本当はお父さんじゃないから」
モルネはこくん、と頷くがその表情は翳っている。
「……なるほどなぁ。でもま、俺も親が再婚してるから母親が血が繋がってないんだけど、家族だって思うぞ。家族はきっと血の繋がりじゃなくて、心の繋がりなんだろうな」
俺は酔ってるのか、大分気恥ずかしいことを言っていた。それでもモルネは俯いて、何かを考え込むような様子だった。
「……そうかも。リューヤ、お願い私を外に連れていって」
モルネは仄かに微笑み、しかし真剣な表情で言った。
「……いいのか? モルネには家族も仲間もいるんだぞ?」
ゲーム内では、ここがモルネの家だ。
「……ん。それでも、私は外に行きたい。帰ってくる場所もある」
……。
モルネはもう決めたようだ。なら、俺がとやかく言うことじゃないな。
「そっか」
俺が言うと、モルネは頷く。間に奇妙な沈黙が流れる。
「おーっす。モルネ、ここにいたのか。……ヒック」
大分飲んだのか、覚束ない足取りでジハークがやってきた。
「……リューヤ!」
ジハークはいきなり俺の肩を掴み、耳元に顔を寄せる。
「……モルネは外の世界に行きたがってるんだ。連れていってくれないか?」
酔っぱらい親父は、ふと真剣な声で言った。それに俺はぷっ、と吹き出してしまう。
「くっ……ははっ。じゃ、俺は飯食ってくるわ。お二人さん。腹割って話せよ」
俺は笑ってジハークの腕を払い、ひらひらと肩越しに手を振って去っていく。……ちゃんと、相談してから言えよ。
ジハークとモルネは呆然とした様子だったが、俺が喧騒に入る所で振り向くと、顔を合わせず話していた。……世話の焼ける親子だ。
▼△▼△▼△▼△
翌朝、早い時間。
俺はモルネに起こされ、人気のない道を通って出口へと向かっていた。わざわざ見送られたくない、と言うことらしい。気恥ずかしいんだろう。
無事誰にも見つからずに、門から出ることが出来た俺達。
「モルネー!」
だが、壁の上に、アスラリアス達が並んで立っていた。
「……何で」
モルネは呆然とした様子で、手を振るアスラリアス達を見る。
「……まあ、なんだ。子供の考えることなんて親にはお見通しってヤツだろ」
俺は言って、モルネの頭に手を置く。
「モルネ、元気にしろよー!」
「皆待ってるからね!」
「リューヤもまた来いよ!」
「銅像作っとくから楽しみにしといて下さい!」
……最後のは止めて欲しいな。
「……いってきます!」
モルネは笑顔で涙を流し、手を振った。
「アルティ、【グロウアップ】」
俺は二日酔いでぐったりとしたアルティに言う。……昨日飲んでたからなぁ。
「……行こうか、モルネ」
俺は先にアルティの背に跨がり、モルネに手を伸ばす。
「……ん」
モルネは頷き、俺の手を取る。俺はモルネを引っ張り上げ、後ろに乗せる。
「しっかり掴まってろ」
俺は言うと、アルティに合図して走らせる。あっという間に壁が遠ざかっていく。
「モルネー! やっぱ行かないでええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
ジハークの情けない叫び声が、夜明けの外に響いた。




