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Infinite Abilities Online   作者: 星長晶人
最終章

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164/165

最終決戦、決着

※本日一話目

 怒涛の攻撃が止まって、膝を突いたプレイヤー達はすぐに立ち上がらなかった。絶望してしまったのだろうか。それも仕方のないことだ。なんとなくわかってはいたが、これは“乗っ取り女王(ハッキング・クイーン)”の遊びでしかない。

 俺達にとっては現実と相違ない死の待つ文字通り生死を賭けた戦いだが、相手にとってはプレイヤーを生かすも殺すも自由自在のゲームなのだ。


 ……それに気づいたら。意識しないようにしていたのに意識してしまったら。心が折れるのも無理はない。


 俺はある程度覚悟していたからそこまでの絶望はないが、最悪俺達が勝てそうな瞬間に理不尽な攻撃で全滅させてくる可能性も、考えていなくはなかった。それはない、と言い切れないのが今俺達が相手にしている世界的犯罪者“乗っ取り女王(ハッキング・クイーン)”なのだ。


 理解していて尚挑むなら、率先して心が折れないよう示さなければならない。


 そう思って俺はいの一番に立ち上がった――わけではなかった。立ち上がったのが俺だけではなかったのだ。


「勝ち目はないかもしれない。けど、戦わなきゃ勝てない」

「当たり前のことだが、重要だな」

「ここに来た時点で、諦めるという選択肢はない」

「拙者には、敵を斬ることしかできんでござるからなぁ」

「皆の力を合わせれば、なんとかできるはずだよ」

「てめえら揃いも揃ってシケた面並べやがって」


 ジュンヤ、メア、エアリア、センゾー、シンヤ、ベルセルク。これまで共に戦ってきたプレイヤー達だ。


『折れないねー。そうこなくっちゃ』


 すぐ立ち上がった俺達を見て、女王は嬉しそうだ。向こうとしては、現実に近づけば近づくほどいいのだろう。


「決着つけんぞ。てめえら、俺の足引っ張るんじゃねぇぞ」

「はは、この面子相手にそう言えるのは君くらいだよ」


 ベルセルクは当たり前のように勝つ気でいる。こういう状況下でのいつも通りの振る舞いがなにより助けになることを知っているからだろうか。戦闘狂ではあるが頭が回らないわけではないようなので、色々と考えていそうではある。


「正面は俺とジュンヤでいこう。他は任せた」


 俺から提案する。『SSS』によってどうあっても一番最後に死ぬであろうジュンヤと、自分に有利なフィールドを張る俺の『HHH』で正面を受け持つ。これなら多少戦えるだろう。少なくとも、他のプレイヤーが立ち向かえるようになるまでの時間は稼げる。


「じゃあそうしよう。皆、頼んだ」


 ジュンヤが頷いて、それぞれ全開の装備、アビリティでラスボスへ向き直った。


『相談は終わったー? じゃあ先に倒してあげるね』


 女王にとっても、俺達だけで挑むのはいいことだ。なぜなら、一人でも殺せれば絶望がより深くなり必死になるからだ。その隙に他を狙うというのもアリかもしれないが……まだ完全に心を折る気はないはず、と思いたい。


「『ヘル・ヘルヘイム・ハーデス』」

「ふふ、やっと私の出番ね? 一緒に逝きましょう、リューヤ」


 喪服のような衣装に、ロキから貰った仮面。巨大な鎌。そして後ろにつき従う妖しい幼女ヘル。機動力はなくその場に留まる能力になるが、今回のボスのように移動しない相手には強い。ただし人数が多いと邪魔になることもあるのであまり使い勝手が良くない部分もあった。

 俺とジュンヤが正面から敵の攻撃を受け持ち、他を援護する。


 素早さが高いエアリアに、素早さと類い稀な攻撃力を誇るベルセルク、『AAA』を発動したメア、敵が強力であればあるほど強いシンヤ。

 この四人になら、俺が積極的に攻撃しないとしても任せることができる。


「【分身烈風】ッ!!」

「任せときぃ!!」


 エアリアと影分身とカイが縦横無尽に走り回り無数の斬撃によって斬り刻む。


「【狂人の渾身バーサーク・インパクト】!!!」


 ベルセルクが片手で大きく振り上げた短刀を力任せに叩きつけた。


「【アルカンシエル】!!!」


 メアは『AAA』の一部と同じ名を持つアビリティを発動する。虹の極光が全ての砲身から放たれ、屈折してラスボスの巨体に命中した。


「【一刀千斬】」


 センゾーが村正を振るう。一太刀を放つだけで千もの斬撃が巻き起こり、敵を斬り刻んだ。


「はあああぁぁぁぁぁぁ!!!」


 アビリティを使わずとも、今のシンヤの攻撃そのモノがアビリティに相当する。両手で剣を振り回し確実にダメージを与えていた。


 とはいえ、強力なラスボスのHPをそれだけで削り切れるわけもない。HP上は瀕死だからか杖が回復を使い始めているせいもある。俺達が力を合わせてもHPが減っていかなかった。杖の魔法は完全に封じたかと思っていたが、どうやら魔法以外のなにかに改変したらしい。『WWW』のフィールドが消えていないのに使っていた。

 逆に、俺達のHPは順調に削れている。HP継続回復のアビリティをかけてくれていたのか生き延びてはいたが、このままだとジュンヤ以外は死ぬだろう。


 だが、そうならないこともわかっている。


 そもそも虚空から出現する雑兵を誰が相手にしているのか、という話だ。


「リィナ、合わせなさい。【ガイア・クリムゾン】!!」

「はいっ。【マリン・クリスタル】!!」


 大地全てを紅に染める炎の魔法と、海全てを水晶のように凍らせる氷の魔法が放たれる。味方にダメージはないが、二つがぶつかり合って敵が消し飛ぶ様は圧巻と言っていい。


「【ドラゴニック・ノヴァ】!!!」


 四つのドラゴンの力が混ざり合い、溶け合う。相反するモノの融合による膨大なエネルギーを解き放ち、ラスボスの巨体へと叩き込んだ。『DDD』を持つ姉ちゃんだ。


『あはは♪』


 高らかに笑う女王の声はどこか嬉しそうだ。そう簡単に終わってはつまらない、とでも思っているのだろうか。


 ともあれ、他プレイヤーの加勢もあって徐々に戦闘が安定していき、敵のHPを削っていくことができた。当然攻撃を受けて死亡するプレイヤーも出ているが、今戦っている者に誰かが死んで動きを止める者はいなかった。死を悼んでいないわけではないが、本人も周囲も覚悟を決めてここに立っているというだけの話。


 ラスボスのHPは順調に削れていき、もう少しで倒せるというところまで来た。視界の端に敵のHPバーを映しながら、あと少しと言い聞かせて必死に身体を動かす。焦ってミスをしないようにしなければという想いとは別に焦りが生まれ、それでも身体を動かし戦い続ける。


 そして遂に。


 ラスボスのHPがほぼ見えなくなるほど削られ、あとほんのちょっとで倒せるというところまで辿り着いた。HP回復分を考慮してここぞという場面にアビリティを叩き込む。


「【セイヴァー・オブ・キャメロット】!!!」

「【疾風迅雷・鎌鼬】!!!」

「【全てを救う剣アルカイック・セイヴァー】!!!」

「【アルカンシエル】!!!」

「『明石剣技居合い流』、【奥義・螺旋残骸】』

「【ワールド・エンド】!!!」

「【聖邪竜砕牙】!!!」

「【狂乱怒涛】!!!」

「【メテオ・ストライク】!!!」

「【天下無双】!!!」


 プレイヤーの一斉攻撃が敵の残存HPを削り取る、その直前。


『……なんか、負けたくなくなったなー』


 微かに耳に入ってきた、幼さを残す声。その意味を反射的に理解してぞわりと怖気が走った。ゲームで再現されていない産毛が逆立っているような気さえしてくる。


 確実に勝利に足る攻撃だったはずだ。アビリティのモーション終了直後に大半のプレイヤーがラスボスのHPを見上げていたのは、偶然ではないだろう。


 ――ほぼ見えないようなミリ単位での赤色が確認できた。ギリギリのところで倒せていない。


 それを理解して力任せに武器を叩きつけるが、HPが減る様子はなかった。


「……HPが、減っていない……」


 ジュンヤが呆然と呟いた声が、やけに大きく聞こえてくる。


「クソッ、どういうことだてめえ!!」


 ベルセルクは苛立った様子でがんがんとラスボスの身体を蹴りつけていた。その返事は、大きく振り上げた六本腕だった。六つの武器が振り下ろされ、何人かのHPが消し飛んだ――まだ戦闘は終わっていない。


「最初から……俺達を生きて帰す気なんてなかったのかよ……!!!」


 誰かが叫んだ声が、プレイヤーの総意と言って良かった。


『帰す気はあるよ? でもねー、ただ負けるだけじゃつまんないじゃん。やるなら徹底的に……私に負けを認めさせるくらいじゃないと。言ったでしょ? これはゲームじゃなくて現実だって。システム的にHPが減っただけで負けると思う?』


 彼女の声には幾分かの侮蔑が混じっている気がした。HPは生命力と同じモノとして考えるなら、減れば倒されるのは当然だ。だからこそ女王は改竄してHPが減らないようにした。しかし、ただHPを削り切るだけの敗北を、彼女は認めないのだろう。


『ただHPをゼロにしたら勝ちなんて、つまらない。もっとドラマティックに、もっと奇跡が起こるように戦ってよ』


 彼女にしては珍しく、本心の見える発言だった。アリシャが言っていたように、本当に御伽噺や小説の中でしか出てこない“異世界”というモノに繋げるのなら。それこそ物語のような劇的な結末でなければ負けを認めることはないのかもしれない。


 戦う気力を失くした者達が、ラスボスの攻撃に次々と倒されていく。


『もう終わりなの? なら一人残らず死んでいいよ!』


 適当に振るった刀が、俺の左肩から腰までを切り取った。HPがごっそりと削れて、しかしなんとか耐えている。

 勝ち目を失った身体が重く、心のどこかで「やっぱり勝てなかったか」と思う自分が顔を出す。現実や仮想関わらずいつだってそうだ、諦める理由を探す方が簡単だ。


「……」


 俺は死にそうな状況でも武器を構えることなく、ぼうっとしていた。


『チート、ハッキング……なんでも使っていいよー。それで私に勝てるなら、ね』


 この戦いが始まった直後、ラスボスの身体を乗っ取った女王が口にしたセリフが蘇る。チートというのは色々なスキルのことだろう。ロキから貰ったモノはこれに該当すると言ってもいい。本来ゲームになかったはずのモノだから。他にもチート紛いのスキル、アビリティは存在している。それらは全て使っていた。

 つまり、“乗っ取り女王(ハッキング・クイーン)”に負けを認めさせるための条件は――。


「……性に合わないな」


 誰にも聞こえない声で呟いた。自分でもおかしなことだと思うが、微かに笑みを浮かべているのではないかとすら思う。


 最初にデスゲームとなった時、混乱するプレイヤー達を鎮めようとした。

 ゲームに長けているわけでもないのに、死ぬ可能性のあるフィールドへ出た。

 他にも俺は……デスゲームにあって、普通にプレイしてきたと思う。

 いつだってそうしてきたし、当時そこに強い葛藤や恐怖が渦巻いていたわけではない。

 もちろん怖かったし理不尽に対する怒りもあった。それでも前を向いて進んできたと思う。


 俺の辞書に「諦める」という文字はない、なんてカッコいいことは言えないが。

 けれど、ここでなにもせずに殺されるなんて性に合わない。

 最後まで可能性を探って、行動に移して、それで届かなかったら後悔の内に死んでいこう。


 ――これまでと同じように、龍ヶ崎燈夜が歩みを止めることはない。


 顔を上げて、後方にいるはずの人影を探した。見つけたがなにもせず青白い顔で震えている。俺はその娘の方へ駆け出した。雑に振っている武器の一つが進行方向に飛び出してきたが、途中で弾かれて俺には当たらない。


『あれ、まだやる気あったんだ』

「当たり前でしょ? だって、なんとかしてくれるって信じてるもの」


 女王の声に応えたのは、姉ちゃんだった。俺がなにかしようとしているのを見て、援護してくれたのだろう。


『じゃあ、その前に終わらせちゃおっかなー。【天変地異】』


 決戦の場が、その一言で一変する。豪雨、竜巻、雷鳴、火災、地割れ。災害が全体を襲うも、


「【アラウンド・コントロール】!!」


 竜巻を押し留め、雷鳴を受け流し、火災を逸らす。全てとはいかないまでも災害に対処していた。リィナの声だ。


『へぇ?』

「力になるって決めてるの」


 二人はゲームが始まる前から俺を知っている。だからこそ、俺がなにもしないわけがないと信じてくれていたのだろう。……この期待に応えないなんてできないな。


「アリシャ!!!」


 俺は暴風で雑音が多い中、声を張り上げて彼女を呼ぶ。


 女王は最初に、『チート、ハッキング……なんでも使っていいよー』と言った。チートがスキルやアビリティのことを指すなら、ハッキングはなにか。と考えるまでもなく、プレイヤーの中でハッキングなんてモノが使えるのはたった一人。女王の実の娘であるアリシャだけだ。だがアリシャはこれまで一度もハッキングを使っていない。普通のプレイヤーとして援護して一緒に戦っていたが、それでは女王の意に沿わないのだろう。


「……リューヤ」


 駆け寄った俺を見上げ、名前を呼ぶ。しかしすぐに逸らされてしまった。


「アリシャ。頼みがある」


 俺は目を逸らせないように回復によって再生した両手で肩を掴みこっちを向かせる。


「……無理。私にはできない。できるわけがない」


 しかし彼女はすぐに否定してしまった。彼女のこの状況を打破する術がハッキングにしかないと、わかってはいるのだ。ただ相手は“乗っ取り女王(ハッキング・クイーン)”。ハッキングにおいて並ぶ者なしとされているからこその“女王”という称号。現在もIAOというゲームが取り返されていないことが証明している。

 並み大抵のハッカーなら敵うはずもない。逆を言えば女王と同じ異常なほどのハッカーなら可能性はあるはず。


「あいつにハッキングに勝て、って言ってるわけじゃない。せめて攻撃を通すことができれば……」

「……無理。私にはできない」

「アリシャの力が必要なんだ。協力してくれ」

「……無理、って言ってる。私じゃあの人に勝つどころか、楯突くことすら……」

「アリシャ!」

「……っ」


 やや大きな声で呼びかけると、びくりと肩を震わせた。申し訳ないが、一刻を争う状況だ。多少は呑んでもらうしかない。なにより強引にいかないと今のアリシャは動いてくれないだろう。


「アリシャが力を貸してくれないと、俺達が皆殺しにされる未来は変わらないんだ」

「……私がなにかしても、変わるとは思えない」

「でもハッキングができるのはアリシャだけで、やらなきゃ変わらないのは間違いないんだ。ならやるしかないだろ」

「……やっても無駄」

「無駄かどうかはやった後にわかることだ。やってもいないのに決めるな」

「……っ、やらなくてもわかるの!! なにやっても無駄だって!!」


 珍しく声を荒げて反論してきた。……まぁ当然だ。なんとかできると思っているなら、既に行動しているだろうから。


「無駄だから、なにもしないで諦めるって言うのか」

「……そう」


 漫画であった話だが、力の差がありすぎると相手になにをされたかわからないという。実際このゲームでも、現実でもあることだ。逆になにをされたか理解できるなら、同じ領域に立っている若しくは相手のいる領域に片足を突っ込んでいる状態である、という話だ。つまり敵う可能性が残されているという意味に他ならない。

 だが力の差が理解できてしまうからこそ、理解できない者よりも絶望してしまう。アリシャもそれと同じような状態なのだと思う。


「アリシャは、あいつがなにをしているかわかるのか?」

「……わかる。あんなの私には無理」


 やっぱり、アリシャは理解している。血筋なのか、それ以外の理由があるのかはわからないが。


「そうか。俺にはさっぱりわからない。……でも、勝ち筋を示すことならできる」


 俺にはハッキングの知識はない。一般的なITの知識すらも持ち合わせていない。ただ、今僅かでもあいつを倒す可能性のある方法を提示することはできる。

 アリシャが俺の言葉に顔を上げる。この状況を覆せると言っているのだから当然だ。驚いたような表情で、見上げてきた。


「……どう、やって? 無理に決まってる、のに」

「無理じゃない。可能性はあるんだ。でも、アリシャが無理だと諦めている内はできない。アリシャの助けが必要不可欠だからだ」

「……」


 彼女は再び黙り込んでしまう。


「俺の考えた方法に可能性があるか、じゃない。アリシャがどうしたいか、俺を信じてくれるかで決めてくれ」


 助かる可能性が高いから作戦に乗っかるのではダメだ。巻き返された時に自分の意思で必死の抵抗をしないといけない。


「……私がどうしたいか、リューヤを信じる……」


 アリシャは考え込むように顎に手を当てている。あともう一押しか。


「それに、一緒に生きるって約束しただろ」


 アリシャが“乗っ取り女王(ハッキング・クイーン)”の娘だと発覚した後のこと。自殺しようとしたアリシャを俺が引き止めた時、約束した。アリシャはその時に「生きてみようと思う」と言ったのだ。


「だからここで諦めないでくれ。もう従う気はない、って態度で示してやるんだ」


 アリシャは呆然としたように自分の掌を見下ろす。


「……生きるって言ったのは、私」

「そうだ」

「……私は、お母さんに縛られず自由に生きたい」

「なら、ここで諦めるわけにはいかないよな?」

「……ん」


 再び顔を上げたアリシャの瞳には、明らかな意志が宿っていた。


「……ごめんなさい。迷惑かけた」

「そういうのは、この戦いが終わって現実世界で再会した時にな」

「ん」


 これで準備は万端だ。振り返って戦いを見てみれば、皆が必死に抵抗してくれている。諦めてなにもしない人はいなかった。攻撃したところで倒せないのはわかっているが、諦めたくない気持ちは一緒なのだろう。


「……リューヤの考えを聞かせて」

「ああ。まず、アリシャのハッキングでして欲しいことだが――」


 俺は自分の考えを一つ一つ語っていく。


「……上手くいくと思う?」

「上手くいかせるんだよ」

「……ん。任せて」


 今度は否定的な言葉を口にしなかった。俺が出した案は確率として考えれば無謀もいいところだろうが、やれることはやってみるしかない。


「いくぞ、アリシャ!!」

「うん!」


 俺は右腕をアリシャの腰に回して抱え上げ、左手にアヴァロンブレードを持ってラスボスへと駆け出した。


「……ホントだ。リューヤの身体を通して、直接アクセスできる」


 アリシャは抱えられたまま俺の胸に手を当てている。俺は一時的に現実の肉体と乖離してしまった影響で、今現在最も“乗っ取り女王(ハッキング・クイーン)”に近い状態らしい……というのがロキの話だ。だから普段ハッキング時に投影ウインドウを操作する必要のあるアリシャが、思念のみでハッキングができるようになる――女王と同じことができるのは、俺を介して限定のこと。だから抱える必要があるのだ。


「……要請(・・)の名義は?」

「龍ヶ崎燈夜」

「……わかった」


 アリシャが目を閉じ、一秒後に開ける。


「……できた。次」


 ハッキング能力も格段に上がっているのだろう。俺が走っている間に全ての準備が整いそうだ。

 次に、持っているアヴァロンブレードが眩い光を放ち始めた。女王本体にハッキングを仕かけることは難しいが、俺の持っている武器になら可能だった。煌々と輝く剣は人の目を引く。女王もこちらに気づいて――いや元から気づいてはいたはずだが――俺達に攻撃を集中させるようになった。俺は一撃に全てを込めるために迎撃はできないし、アリシャを抱えているので回避もままならない。だが他の皆が、俺達を援護してくれている。


「……永劫楽園・アヴァロンブレード」


 この武器が選ばれた理由は簡単だ。俺が持っている武器の中で、特殊能力を一切持たない中では最も強力だから。アリシャ曰く、なんらかの特殊能力を持つ武器は逸話などに引っ張られてしまう。だからこそ自由に改変しやすい武器を選ぶ必要があった。その上で能力を付与したり、ステータスを書き換えるのに相応しい武器を選択したということだ。……こういう時に使うのが、一番最初にアリシャから造ってもらった武器の強化系なんてな。

 アヴァロンとは、理想の楽園を示す。アリシャにとっては母親に縛られない自由な世界。俺達にとっては現実世界になるんだろうか。そういった意味合いが込められているのだと思う。そして今の攻撃力は書き換えられる最大数値「9999」になっている。攻撃力にそこまで意味があるわけではないが、必ず勝つという意思表示に等しい。


 【天変地異】、六本腕、特殊なアビリティ。それらが襲いかかってくるのを、他の皆が退けてくれている。


「行って、リューヤ!!」

「お兄ちゃんの邪魔しないで!!」


 姉ちゃんとリィナが攻撃を弾いて道を作ってくれる。ジュンヤが盾で攻撃を弾き、メアが砲撃で軌道を逸らす。センゾーが腕を細切れにして、ベルセルクが力任せに腕を叩き折る。

 上段から大剣を振り下ろそうとしているのが見えた。これに対処しようとしているのはエアリアだったが、アイコンタクトを行いそれを止める。ラスボスの放った振り下ろしを回避して、その腕に登ろうとした時に銀の道が腕まで案内してくれた。……いい援護だ、シルヴァ。

 銀の道を経由して腕の上を駆ける。腕の動きに合わせて落ちないよう体重移動しながらラスボスの顔直前で跳躍した。


「はああああぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 渾身の力で、ラスボスの額に刃を叩きつける。いくら攻撃力を高めても、いくら特殊能力を付与しても、それだけではHPが削れない。


『あはは♪ いくらアリシャちゃんでも一人で突破できるわけ――』


 女王の嘲笑うような、どこか嬉しそうな声が途中で止まった。全く通っていなかった刃が、若干沈んだからだろう。……上手くいったか。


『なにこれ……なんで突破されかけて――っ! このアクセスってまさか!!』


 純粋に驚いているようだ。

 俺が提案したことは簡単だ。アリシャ一人で敵わないなら、加勢を要請(・・)すればいい。


「ああ。頼りになるヤツらに救援を頼んだんだよ!」


 一度沈んだ刃が二度、三度、そして四度と沈み込みラスボスの額に傷をつける。アリシャにやってもらったのは、俺が一番最初もしかしたら“乗っ取り女王(ハッキング・クイーン)”に対抗できるんじゃないかと思って運営側の人間である阿迦井利彦に対して名前を伝えた三人に救援要請を出してもらうこと。

 井剣可奈、亜桐谷天利、シャルロット・リディアリア・クレイスの三人。彼女達なら、要請すればすぐ援護してくれると思っていた。加えてアリシャの提案からIAO運営にも要請している。ただしただハッキングしてくれと頼むだけでは間に合わない可能性もある。ここまで辿り着けない可能性もある。だからアリシャには、アヴァロンブレードまで辿り着けるルートを用意してもらっていた。よってスムーズにハッキングでき、俺を直接援護可能になっている。


『あははは♪ 手強いけど、これだけで勝てるとは思ってないよねー?』


 剣の柄を握る手に感じる抵抗が増す。……まだ決定打には足りないのか!


「ははっ! やっぱりキミは最高だ! 彼女をここまで追い詰めた人間なんて、キミが初めてだろうね! 面白そうだから、背中を押してあげるよ!! 勝って、絶望的な状況を覆して、奇跡を起こしてみせてよ!!」


 自力で出てきたロキが、楽しげに笑いながら文字通り俺の背中を押す。直後、五感から入ってくる全てが情報体になった。


「ぁ――ッ」


 五感から伝わるモノが全て「0」と「1」で構成された無数の情報になっている。普段意識していないモノまで認識してしまい、圧倒的な情報量に脳が焼き切れてしまうかのようだった。頭に感じる激しい熱と痛み、それ以外にはなんの感触もない。ただ脳にだけひたすらに情報が入ってくる。意識が飛び、電子の海に溶けて――


「リューヤッ!!」


 耳元で聞こえた声に、意識が引き戻される。はっとすれば、ラスボスに剣を叩き込む映像が目に入ってきた。


「……アリシャ?」

「あいつ、事前の説明もなしに……! 私が整理するから、リューヤは集中して!!」


 若干怒っているようだったが、今はそれどころではない。気を取り直して剣を握る手に力を込める。


 ……あれ、なんか変な感じだな。見てないところまで認識できる。


 五感……いや、人ととしての機能を捨てたみたいだ。そうか、これが“乗っ取り女王(ハッキング・クイーン)”の認識している世界。ある種の電脳生命体となった時の感覚なのだろうか。ロキが背中を押すと言ったのは、俺をアバターから更にあっちへ近づけるため。助力は助力だが、一つ間違えれば俺の意識は電子の海に溶けて消えていただろう。アリシャがいてくれて助かった。


『あっはははは♪ 皆の力を合わせて、私と同じ領域(ステージ)まで上がってきて、いよいよ最後って感じだねぇ!!』


 心から嬉しそうな声が聞こえて、更に抵抗が上がる。情報と情報の鬩ぎ合いが火花のように可視できているが、まだ拮抗……いやこのままじゃ押し返されるか。

 今相手は俺達への対抗に集中している。ラスボスの身体は動いていない状態だ。なら申し訳ないが、他のプレイヤーの力も借りることにしよう。


 こちらを見上げて成り行きを見守っているプレイヤー達の力を、俺が持つ剣へと流し込む。剣の輝きが増し、刃を押し込むことができた。


『あはは♪ でも、まだまだ負けないよ……!!』


 しかし、どんどん他プレイヤーの力を吸収して強化されているはずの剣が、押し返されていく。……クソッ。ここまでやってもまだ足りないのか!? 一点突破、今この瞬間だけなら可能性はあると思ってたのに。

 焦燥に駆られて更に力を込めて柄を握るが、力でなんとかなるモノではない。現実と仮想、両方の力を結集してもまだ届かない。徐々にではあるが押し返されていってしまう。


「くっ……!」


 データの流れを知覚できるようになったために、ラスボスを構築するデータを掻き分けて刃を進めようとするのだが、掻き分ける速度よりも押し返してくる速度の方が速い。流石に相手の得意分野で競るのは無理なのか……。


 敗北を覚悟した俺の左手に添えるように、アリシャが剣を握った。


「アリシャ……?」

「……もっと明確なイメージを持って。こいつをぶった斬るでいいと思う」


 助言が聞こえ、その直後に刃の輝きが巨大化する。それこそラスボスの巨体を真っ二つにできるほど大きく輝き出した。


「これは……」

「……ん。ただのエフェクト。でも、それっぽいでしょ?」


 なんの効果も持たない、ただの演出。だがアリシャが悪戯っぽく微笑んでいるのを見て、こんな状況だというのに笑ってしまう。そしてそれは俺だけではなく、おそらくもう一人。


 俺は明確な“斬る”イメージを持って剣に力を込める。押し寄せるデータの波すらも両断し、刃が押し通るようになった。剣は額の真ん中ほどまでに沈んでいる。


『それなら、こっちにもやりようはあるよね!!』


 女王は目に見えないデータで生み出した盾を形成する。剣には盾を。“斬る”イメージが乗った攻撃を防御する気なのだ。こうなったらどちらがより明確なイメージを持っているかの勝負。


 そして、これなら俺の土俵でもあった。


『ど、どうして盾に刃が通って……!!』


 女王の動揺する声が耳に入ってくる。考えてみれば当然だ。俺はこのIAOというゲームを通して、ずっと戦ってきたのだから。剣を振るう、斬るなんてもう何回繰り返してきたかもわからない。とっくに俺の身体に染みついた、明確なイメージがあった。


「これで終わりだ!!」


 途中で盾を分厚く補強しようとも、情報の密度を上げようとも、結果は変わらない。刃は盾に切り込みを入れ、止まることなく進んでいく。


 遂に、盾を通過した。手応えが格段に減った瞬間、更に力を込めて思い切り振り抜いた。


 巨大な光の刃が巨体を両断し、微かに残っていたHPが全損する――俺達の勝ちだ。


『あ、はは……♪ ホントに負けちゃったー。約束通り、帰してあげる。精々、これからも頑張ってね……』

「……バイバイ、お母さん」


 “乗っ取り女王(ハッキング・クイーン)”は姿を現すことなく、両断された巨体は金の粒子に消えていく。アリシャの小さな別れの言葉が届いているのかはわからない。本当に、これで終わったのか……?


『Congratulation!! ゲームはクリアされました』


 眼前にゲームクリアを示すウインドウが現れ、どこからか紙吹雪が舞い落ちてくる。……ようやく終わったんだな。長い戦いが。

 半ば呆然と、感慨深く見上げていると不意に抱えていたアリシャの感覚がなくなった。ハッとして周囲を見渡すと、他全員が同時にこの場から消え去っている。外に出ていたはずのアルティ達までいなくなっているが、これはどういうことだ?


「いやぁ、負けちゃったねー」


 軽い調子の声が正面から聞こえて、慌てて向き直る。そこには仇敵とも言える姿があった。幼い少女の姿をした“乗っ取り女王(ハッキング・クイーン)”だ。


「……」


 まだなにかするつもりなのかと思って腰に手を当てるが、武器がない。握っていた剣もなくなっていた。


「そう警戒しないでよ。もう、リューヤ君をどうこうする気はないんだからさー」

「……皆はどうした」


 こいつの言葉を鵜呑みにすることはできない。無視して尋ねると不満そうに唇を尖らせていた。


「もう帰ったよ、現実に。正直なところ、本当に負けるとは思ってなかったんだよねー。ここまでAbilitiesやって勝てなかったんだから、もう終わり。少なくともこの『Infinite Abilities Online』では、ね」

「まさか他のゲームにも手を出してるのか?」

「うん。だってこのゲームが“そう”かまでは、私でもわかんないから。可能性がある全てを試さなきゃ、ね?」


 皆はもうログアウトしたらしい。それが本当なら喜ぶべきことだが、聞き捨てならないことがあった。ただ被害などを考えないなら試行錯誤を重ねるという理屈はわからないでもない。


「……俺は、なんでここに残ってるんだ?」


 他の皆が帰ったと言うなら、一人残されているのはおかしい。いや、ロキが言っていた現実の肉体との乖離というのが関係しているのだとしたら、やはり俺は生きて現実に戻れなかったということなのか。


「ちょっとだけ話がしたかったから、かな。あ、言っておくけどリューヤ君の身体は生きてるよ? ログアウトさせれば問題なく戻れるからね」


 信用しないつもりではあるが、少しほっとする。なぜだが嘘を吐いているようにも見えないというのもあった。


「俺と話したい?」

「うん。……私にないモノを全て持ってる気がするんだよ」

「電子の女王様が殊勝なことだな」

「皮肉じゃないよー。私は確かに天才だし、リューヤ君が溺れそうになってた電子の海にもすぐ適応できた。でもね、普段からずっとそんな頭の良さを発揮してたもんだから、頭が痛くって仕方なかったの。思考速度に脳がついてこれてなかったのかな。だから、現実の肉体が窮屈で仕方なかった」


 異常なまでの頭の回転が脳に負荷をかけてしまっていたということか? 俺には到底理解できないが、あの電子の海を自力で制御できるのだから次元の違う処理能力なのだろう。


「だからね、リューヤ君がなんでもできるって知って羨ましかった。私もそんな身体があれば、こうはならなかったかもしれないのに」

「俺はなんでもできるわけじゃ……」

「なんでもできる人ってそうやって言うよね」


 俺が口にしかけた否定の言葉を、彼女は冷ややかな目で遮った。俺としては否定したかったが、どう言っても理解してもらえないとわかって口を噤む。


「……これから、お前はどうするんだ?」


 話題を変えようと、自分から話を振ってみる。


「もちろんこれからも同じことを続けるよ。今回のでわかったんだー。ゲームは異世界への切り口になる、って。リューヤ君も現実に戻ったら驚くと思うよ? 混じってる(・・・・・)から」

「なに?」


 混じってる? どういう意味だ?


「それは戻ったらわかることだから今言わなくてもいいかなー。じゃあそろそろ行こうかな。ここも終わりが訪れるしね。じゃあね、リューヤ君。またどこかのファンタジーなVRMMORPGで会えるかもねー。それとも二度と会いたくないのかな?」


 女王はひらひらと手を振る。自分の身体の変化に気づいて見下ろすと、身体の端から金の粒子に変わっていた。現実へ送還されるのだろう。……できれば逃がしたくない相手だ。だがアリシャのいない俺ではこいつに勝てない。今挑みかかっても即座に送還されるか、逆に殺されるだけだろう。しかし、“乗っ取り女王(ハッキング・クイーン)”がこれから起こすことを見逃す気もなかった。


「……いいや、また会うよ。俺は、お前を必ず捕まえてみせる。“乗っ取り女王(ハッキング・クイーン)”」


 俺の宣言に、彼女は一度目を丸くしてから笑顔になった。


「へぇ? それは楽しみだね。これからは本格的に敵同士ってわけだ。それなら慈悲はないよー?」

「今回見逃したこと、いつか後悔することになるぞ」

「絶対に捕まらない自信があるから、どんな手を使ってくるのか楽しみに待ってるねー」


 確かに肉体という縛りを捨てたこいつを捕まえるのは、一筋縄ではいかないだろう。だが、だからといってなにもしないわけにはいかないのだ。


「今度こそ本当にさよならだね、龍ヶ崎燈夜君。また会おう」

「ああ」


 既に身体の大半が消えている。もうじき現実へ戻るだろう。


「あ、そうだ。あっちでも亜理紗(ありさ)ちゃんのこと、お願いねー」


 思い出したかのようにつけ足した。誰のことかと一瞬迷ったが、多分アリシャのことだろう。応える前に口元まで消えてしまったが、少なくともアリシャを手放す気になったのなら良かったと思う。


 現実に戻ったら、ゲームの中で知り合ったヤツらとまた会いたいな――。


 俺はそんなことを考えながら、意識を暗転させるのだった。

残すところエピローグのみとなったので、このまま今日で完結とします。

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