虐殺
『守護騎士団』のギルドマスター、アーロンが死亡した。
俺達全員を守るために、彼は死んだのだ。
『おめでとー! これで十発全部受けられたねー。しかも死者一名のほぼ損害なし! 凄いね、予想以上だよー』
誰もが言葉を失う中で、女王の軽い声が耳障りに響く。
『あ、因みにさっきのって本来なかった技でね、私が設定したんだよー。どお? 怒った? それで人が死んじゃったんだもんねー』
「……っ!!」
煽るような言葉に、歯軋りをして駆け出したのはヴェロニカだった。俺含め大半が腸の煮えくり返るような気持ちだったろう。
「ヴェロニカさん!!」
『あーあ、熱くなっちゃって~』
一人で突っ込んでいく彼女を呼び止めようとする声と、どこか面白がるような声が続く。
ヴェロニカは敵に向かって一直線に駆けている。女王も無謀な彼女を嘲笑うためか間合いまで招き入れ、
『じゃあ死んでいいよー。【六華乱舞】』
六本の腕に持った武器を普段より速く振り回した。彼女は鎧を着ており移動速度は速くない。そのため連撃攻撃に捉えられてしまうのは間違いなかった。……そしておそらく今の彼女なら。
「【神殺凶狼拳士・フェンリル】」
俺は使用可能になっているフェンリルとの『UUU』を発動し、彼女を追うように駆ける。だがそのまま素通りして敵本体へと迫った。
『あれ? 助け――』
女王のヤツは、もしかしたら「助けないの?」とでも言うつもりだったのかもしれない。
俺が素通りした直後、ラスボスの攻撃が終わったようだ。特大の金属音を響かせて、六つの武器が大きく弾かれる。やったのは当然俺ではない。我を失ったかのように思えた、ヴェロニカだった。
彼女は槍を突き上げるようにして佇んでいる。
「……嘗めるな、下衆が。これ以上貴様の思い通りにされるわけがないだろう。アーロンが道を開いてくれたこの戦いに勝利することが、貴様への最大の仕返しだ」
一見冷静さを失っているように見えたが、彼女の内はその逆だ。もちろん滾る怒りはあるだろうが、我を忘れて突っ込み自身まで死亡するようなことになれば更に女王を増長させることになる。それが一番嫌なことだったという話だ。連続攻撃を受けているのが見えたので、俺は構わず攻撃に移ることにしたというのもある。
『ふぅん? で、リューヤ君は?』
「今の俺が考えてることは一つ。お前を倒すことだけだ」
守ることも時には必要だが、俺がやるべきことは攻めることだ。俺の持つ役割は一応オールラウンダーではあるが、基本アタッカーなのだから。
『あはっ♪ いいねいいね~。もっと必死になって、全力でかかってきてよ。命を懸けて、私を倒してごらん?』
元々なかった理不尽な攻撃に、一人がなす術なく殺された。そのことが俺達プレイヤーをより一層本気にさせたのだろうか。女王は至極嬉しそうに笑っている。
仕切り直し、ラスボスとの戦いも後半戦に移った。
大技中に停止していた雑兵の出現と、陣形の再編成。近接も遠距離も多種多様な攻撃を繰り出すラスボスに苦戦しながらも、徐々にHPを削っていく。
『【融解光線】』
口元に灼熱を集束して、光線を真っ直ぐに放った。集束した時点で回避を始めていたため、大半は避けられそうだったが。雑兵に気を取られていたのかカナが光線の直撃範囲にいる。
「カナッ!」
真っ先に飛び出し、庇うように割り込んだのはカナの兄、メアだ。カナのHPが削れていることもあって、危機感を覚えたのだろう。俺も姉ちゃんとリィナが同じ状況だったらそうしていたかもしれない。
「邪魔!!」
だがカナを庇ったメアは、カナ本人に思い切り蹴り飛ばされていた。……どうやらカナには避ける算段がついていたらしく、その後光線を避けていたのだが。助けに入ったのに邪魔呼ばわりされたメアは、困惑した様子だ。カナはそこへ持っていた白い鎌の刃を突きつける。
「か、カナ……?」
「……さっきからなんなの。キモい」
「キモッ!? な、なにを言って――」
「……柄にもなく他の人を守ってばっかり。死にたいならさっさと死ねばいい」
「い、いや俺は……」
「……今のもそう。私も、他の人も。役割を越えてまで守ってもらうほど弱くないから」
カナはそう言うと、突き放すように鎌でメアを叩いた。
「……カナ」
「……わかったらさっさと行って」
「ああ、悪い!」
メアはどこか晴れやかな表情で飛翔、敵への攻撃を再開する。……メアなりに誰かを助けようと必死だったんだろうが、妹のカナとしては「慣れないことはするな」と言いたくなるんだろうか。確かにいつもより庇う場面が多かったような気はする。
ただ妹にキモいって言われるのはちょっとな。俺も気をつけよう。
ただメアがこれまでより積極的に攻撃へ参加してくれたおかげで、ラスボスのHPは四割に到達した。
『ふふふ♪ いいねいいねー。皆必死になってきて、いいよー。じゃあ次のギミックを解放しちゃうねー』
楽しげな女王の声が言って、フィールド全体の地面に巨大な幾何学模様、魔方陣が描かれる。全体攻撃かと警戒するが、どうやら違うようだ。次の瞬間には地面の様相が変化した。最初は氷のフィールドだ。地面が凍てつき吹雪が巻き起こる。視界はそこまで白くなっていないが、地面が凍っているせいで踏ん張りが利きづらい。寒さによる動きづらさもプラスされているようだ。
『四割を切ったこの子は、一定時間で切り替わるフィールドを展開するよー。モノによっては継続ダメージを受けたり動きづらくなったりするから、気をつけてねー』
ご丁寧に解説を入れてきた。今は身体が凍えて動きにくくなるのと継続ダメージか。継続ダメージの量はかなり控えめだが、動きが鈍くなって被弾が増えることを考えれば厄介な効果だ。
味方全体に効果を及ぼす補助魔法が発動される。極寒の雪山などのフィールドで活躍する魔法だが、こんなラスボス戦でも使うことになるとはな。……ただのゲームであれば、よく考えられた総力戦の場になっていただろうに。
ただ流石にラスボスが展開したフィールドだからか、プレイヤーの魔法で完全に相殺とまではいかないようだ。どうしても多少動きが鈍ってしまう。変化した身体の感覚により、避けられた攻撃が避けられなくなり被弾が増える。結果回復の手が回らなくなり、氷のフィールド展開中に一人死亡させてしまった。
『そろそろ次のフィールドかなー』
確実にHPは削れている。決着に向かっているはずなのだが、女王は相変わらず呑気な声で話す。まぁあいつは命が懸かってないからな。当然と言っちゃ当然か。
時間が経過したのか、フィールドが瞬時に切り替わる。今度は溶岩のような熱いフィールドだ。動きが鈍くなる効果はないが、継続ダメージが大きいフィールドらしい。
「回復重視! 動きが鈍くならなければ大したことはない!!」
補助魔法を解除してHPの回復を優先する。敵の攻撃が痛いため油断はならないが、それでも動きづらかったさっきまでと比べると幾分かやりやすかった。
そのため、一気に残り二割まで持っていくことができる。
『んー。ちょっと不利だなー。もっとこう、人がばんばん死んでいくようなことになると思ってたんだけど』
嫌なことを平然と抜かすヤツだ。だが戦いも終盤、このまま押し切ることもできるだろう。とはいえ最後の疑問が残っている。――果たして“乗っ取り女王”は俺達を生還させる気があるのだろうか? あまり考えたくないことだが、そう潔く倒れてくれるのだろうか。
……もしそうでなかった時は辛うじて同じ領域に足を突っ込んでいる人になんとかしてもらう必要が出てくるのだが。
『じゃあ最終フェーズ、いっくよー。ちゃんと何人か、強いのが死んでくれると嬉しいなー』
ラスボスの表情は動かないので予測でしかないが、今女王は晴れやかな笑顔を浮かべている気がする。
まず、虚空から現れる敵が増加した。数と種類両方の意味でだ。
次に、敵の動きが加速した。おそらくだが攻撃の威力も上がっているだろう。
更に、ランダムな金縛りの対象人数も増えたようだ。
加えて、フィールドが及ぼす効果も上がっている。
最後に、天上から断続的に矢のような光が飛んでくるようになった。
『神罰執行。神に背く愚か者共に、鉄槌を』
本来ラスボスの口から聞こえるセリフだったのか、女王が冷徹な声音で告げる。
今までの延長線上でありながら厄介さが増幅した、最終フェーズ。飛ぶ敵の出現によって支援に回っているプレイヤーが危険に晒され、攻撃の手が減ってしまう。ギミックが強化されたことによって気にかける点が増えていき、形勢が傾いていく。
『あはっ♪ いいよいいよー。新技、【生命強奪】』
女王は楽しげに笑い、六本腕を振り被って溜める。壁役が警戒して盾を構えているにも関わらず、六本腕のそれぞれが伸縮してHPが三割近いところまで減っていたプレイヤー六人に攻撃した。回復は間に合わず、一気に六人も殺される。その上でラスボスのHPが若干ではあるが回復していた。
『HPの低い方から六人を攻撃する。加えてこの技でプレイヤーを仕留めた場合、HPが回復する。対処方法がわかってれば簡単でしょ?』
元々備わっていたのかは知らないが、嫌なアビリティを所持している。
厄介なのはHPを削るギミックが増えたせいで、気がつければ敵の確殺圏内になっていることが多いことだ。しかし女王はラスボスの機能なのか電子の世界だからなのか正確に俺達全員のHPなどを把握しているようだ。六人が圏内に入った瞬間アビリティを発動していた。
一向に突破口が開けないまま、累計死者数が五十名を超えた頃だろうか。
「皆さん、遅くなってごめんなさい!」
リィナの声が聞こえた。……ようやく、準備が整ったらしい。
「『マジック・メンタル・メイジ』――【反転展開】!!」
『MMM』のみに備わっている特殊効果。それが反転展開というアビリティだ。『HHH』を含めた他五つのスキルに共通して、発動した時点で強化効果の終わりが存在する。ほとんどが発動時点で効果が完成するが、『SSS』だけは順次強化されていくことで完成する。『MMM』も似たような効果内容だが、『MMM』は一度完成を経てから次の段階へ移行する。
「『ワールド・ワイド・ワークス』」
それが『WWW』である。一度解除されてしまったこともありかなりの時間を要してしまったが、長期戦においてこれ以上の効果はない。
『WWW』はフィールド全体における味方の魔法効果増幅、MP継続回復、敵の魔法使用不可を持つ。そしてこのフィールドが存在している間は使用者のMP消費をゼロにし、魔法効果を大きく増幅させる。
『もう時間になっちゃったか~。あともうちょっと減らしたかったなぁ』
女王もこのスキルの存在は警戒していたのだろう。少し残念そうだ。
このスキルがあるとないとでこの戦いの形勢は大きく変わっていただろう。特に敵の魔法使用不可が強すぎる。これによってラスボスすら手札をいくつも封じられてしまうのだ。今回消し去ったのはフィールド効果と天上から降っていた光の矢、そして杖の魔法攻撃だ。
回復役の個数もあるので惜しまず使っていたとはいえペース配分を考えなければならなかったが、それもMP回復効果でほとんど必要なくなる。継続ダメージの類いが激減したおかげで危なげがなくなった。
「本体以外は私に任せて!」
リィナの頼もしい発言が聞こえ、虚空から出現していた敵が出現した端から魔法によって消滅させられていく。
「今の内に削り切るぞ!!」
『WWW』が発動したことで味方の士気も上がり、ジュンヤの号令でラスボスのHPを削っていく。【生命強奪】が上手く機能しなくなったおかげでHP回復を免れ、再度二割を切って残り一割にまで減らすことができた。
もしかしたらこのまま勝てるのでは――?
そんな希望すら抱き始めていたのではないかと思う。
『ラスボスって、そんな簡単に倒せる相手じゃないと思うんだけど』
ややつまらなさそうな女王の声が耳に入ってきた。
『【太陽降臨』
上空から白い太陽が落下してくる。『WWW』でもこれは防げないようだ。
「全体に強化効果を! 衝撃に備えるんだ!」
ジュンヤが全体へ指示を飛ばすが、違う。
「ジュンヤ! まだなにかしてくる気だ!!」
エアリアが気づいて声をかけた。敵の方を見てみれば、六本の腕の一本、大剣を持っている腕を大きく振り被っていた。
『【大切断】』
横一閃、全体に斬撃を放つ。防御が意味なしていない。防御貫通の全体攻撃だったようだ。身軽なモノは回避することができたが、大半のHPが大きく削られてしまう。
「太陽が落ちてくる前に回復を――」
『【大震撃】』
指示が飛び行動に移す前に、女王は動き出している。今度はハンマーを大きく振り上げて地面に叩きつけた。震動がフィールド全体を襲い、体勢を崩す者もいた。しかもダメージがかなり大きい。
『【微塵切り】』
更にラスボスが刀を構えた。……クソ、マズいな。ただ単に全体攻撃を連発するボスに成り下がることで、確実に数を減らしてきてやがる。
必死で回復をしているが、間に合わない者も何人か出てしまうだろう。
刀を振り上げ、全体に向けて無数の斬撃を放つ。これも貫通するらしく、回復が間に合わなかったプレイヤーから消えていく。
「クソッ!!」
どうにかしなければならない。おそらくあと二回、あいつは全体攻撃をしてくるつもりだ。阻止しなければ半分減るどころじゃ済まない。最悪の場合、ジュンヤ以外全滅する可能性もある。
『【真っ二つ】』
今度は斧を振り下ろした。地面に叩きつけられた斧が、フィールドを真っ二つにする。フィールドの両端が跳ね上がった衝撃で全員が浮き上がり、身動きが取れない状況にあった。杖は『WWW』があるからないとして、残る武器は槍。どんな攻撃かは不明だが、発動されてから対処するのでは遅い。既に約半数が死亡していると見ていい。この状況では回復もままならないので更に死者が増えてしまうだろう。
「アルティ!!!」
俺は単独行動させていた相棒を呼ぶ。緊急事態だと理解してか人型ではなく成長した姿で現れてくれた。俺がしがみつくと意図をわかっているのかトップスピードで敵の懐まで駆けてくれた。アルティなら急斜面も易々と駆け抜けていける。
俺はアルティの背から飛び降りて槍を持つ腕に狙いを定めた。『ウェポン・チェンジ』で天叢雲剣を取り出す。当然ながら女王も黙って見ているわけではない。俺を迎撃しようと他の攻撃手段で狙ってくる。俺の残りHPも三割と少ないので一発でも受ければ死ぬ可能性があるのだが。
姉ちゃん、リィナ、メア、アルティ、シルヴァの援護によって残り五本の腕が弾かれる。
「はああぁぁぁぁぁ!!」
俺は両手で柄を握り、思い切りラスボスの腕に向かって剣を振り下ろした。最終段階まで来ている腕は硬かったが、なんとか斬り落とす。
「太陽の方は任せて!!」
着弾間近まで迫った太陽を、リィナが魔法の連続使用で相殺した。割れたフィールドが元通り再構築され、体勢を立て直すために回復をかけている最中のことだ。
『【針鼠】』
聞き覚えのないアビリティが発動されたかと思うと、フィールド頭上の中央に球体が現れた。ラスボスの腕が再生しており、しかし手に持っていた槍はない。しかし球体から無数に生えた槍が全員を刺し貫き、ダメージを与えてきた。……再生が早すぎる。俺がやったことは技の出を遅くするだけだったのか。
回復し切っていない何人かが死亡し、残るプレイヤーは百名弱まで減ってしまった。
『うん。結構減ったしいい感じだね』
戦力が半減したどころの話ではない。敵のHPは残り一割だが、今の戦力での一割は遠い。
辺りを見渡して現存戦力に絶望することだろう。ほとんどが膝を突き、あっさりと散っていった命を悔やむ。そして敵を見上げれば、強大なラスボスの姿が目に入った。




