最強の魔法使いへ
最後の最強スキル『MMM』の存在がリューヤの口から明かされた。
獲得に最も近いのは、現トッププレイヤーでも二名のみ。
『暗黒魔術師団』ギルドマスター、ツァーリ。
『戦乙女』ギルドメンバー、リィナ。
『MMM』が魔法系最強スキルだとするならば、当然のように挙がる名前だった。
「流石に獲得条件の全貌は不明だ。一つだけわかっているのは、“最強の魔法使いになること”だそうだが……どうすればそれが証明できるのかまではわからないな」
“最強の魔法使いになること”。言葉にすると簡単なことだが、実際にどうやってそれを決めるのかがわからない。プレイヤー同士が争うのであれば、ツァーリとリィナが勝負をすればいい。
「とりあえず、今回みたいに勝負してみたらいいんじゃないの? 後は他のスキルの条件と照らし合わせて試していくしかないわよ」
ツァーリがつまらなさそうに発言した。日頃からリィナと勝負をしたいと言っていた彼女が、正当な理由でしかも最強を決める戦いをするというのに、至極退屈そうな様子だった。リューヤの予想ではベルセルクを彷彿とさせる凄惨な笑みを見せるものと思っていたのだが。
「俺の知る限りでは、取得条件には職業の習得や特定スキル、装備の保持がよく挙げられるな。『SSS』と『UUU』は職業が条件になっているだろうし、『AAA』と『DDD』は装備だろう?」
ジュンヤがこれまでの記憶を辿って告げた。『DDD』の獲得条件は公表していなかったので、少なからず驚かされる。今更隠すことでもないのでメアと共に頷いた。
「最強の魔法使いなら……きっと職業でしょうね。特定の装備とは思えないわ。他のスキルと違って誰かと直接競うことが取得条件なら、それはそれで唯一性があるでしょう」
ツァーリは一見積極的に考えているようだが、表情と態度が彼女の本音を表している。気のない様子で髪の毛をいじっているのが証拠だ。
「職業の方は大体七割か八割くらいの取得率ね。リィナは?」
「わ、私も多分それくらい……だと思います」
「そ。じゃあ九十一階層に向けて準備もあるでしょうし、それをやってる期間に私達は職業を網羅しちゃえばいいわね。それから、最強を決める戦いをしましょうか」
「私は……」
ツァーリがさっさと決めてしまうのに対して、リィナはどこか気が乗らない様子だ。なにかを言いかけてはいるが、言葉にすることはなかった。ツァーリは興味なさげに席を立つ。
「じゃあ、そういうことだから」
それだけを告げると会議室として借りた部屋を出て行ってしまう。
「……ん?」
彼女が去った後、その本人からリューヤ宛てにメッセージが届いた。
「どうかしたのか?」
「悪い、個人的なことだった」
声を上げてしまったが、誤魔化して他言はしないでおく。この場で言わずに彼だけにメッセージを送ってきたということは、個人的に言いたいことがあるのだろう。ツァーリにしては珍しく気を遣っている様子だ。
「細かい部分は後程詰めるとして、この場は一旦解散としようか。折角祝いという形を取っていることだし」
ジュンヤがにこやかに告げて、この場はお開きとなった。
リューヤとしては浮かない顔をしているリィナの様子も気になっていたが、それよりもツァーリのメッセージを優先することにした。メッセージの内容は「終わったら裏口まで来て」。裏口付近は人もいるだろうが、今は宴の最中なので寄りつかないだろう。つまり人目を避けたがっている。余程内密な話なのだろうか。
リィナのことは一旦声をかけていた『戦乙女』の面々や姉のフィオナに任せることにする。後で話し合う必要はあるだろうが、まずはツァーリの思惑を聞かなければ。
早速裏口へ向かう。中にはいなかったので外に出ると、出たすぐ横の壁に腕を組んで寄りかかっていた。容貌は美女に分類されるため、凄く絵になる。
「もう終わったのね」
「ああ。一通り、話すべきことは話したからな」
「ふぅん? 私はまだ秘密にしてることがあると思ってるんだけど?」
「だとしても、あの場で言わなかったってことはこれからの攻略に必要がないってことだろ」
「へぇ……?」
ベルセルクと競い合うほどの戦闘狂ではあるが、聞けば二人共頭が悪いわけではないらしい。むしろいい方なのでリューヤが隠していることもある程度察しをつけているのかもしれなかった。
「まぁいいわ。本題に入りましょうか」
ツァーリはそれ以上追及せず凭れかかっていた壁から背を離す。
「リィナのこと、なんとかしなさい」
強い口調と鋭い眼差し。しかし言っていることはアバウトである。
「なんとかって……」
「なんとか、よ。私でもわかったんだから、身内のあなたがわからないはずがないでしょう? あの子、あなたがいなくなってから相当参ってたわ。だからでしょうね……“最強”の名を賭けるに値しない」
キツい言葉だったが、彼女もそれだけリィナに目をかけているということだろう。
「今のあの子じゃ私と勝負にならないわ。本人も勝つ気はないでしょうね。だから、なんとかしなさい」
本題を再度繰り返した。
「気にかけてくれるなんて、意外と優しいんだな」
「ふっ。優しいですって? 違うわよ、私はただ――全力のリィナと魔法をぶつけ合いたいの」
零した感想を冷笑して、ツァーリは目を見開き口元を大きく歪めて嗤う。普段の表情は大人しい方だが、今の表情を見るにやはりベルセルクの同類だった。
「リィナが強いのはずっと前から知ってるわ。だからこそずっと、ずぅっと本気で殺し合いたかった。それが攻略に必要なら逃げられないでしょう? 初めて本気で殺り合える最高の瞬間を、私は体感したいのよ。その邪魔を本人にされるなんて興覚めじゃない。だから、当日本気のリィナであるようにしなさい。でなきゃつまらない、本気のリィナと戦えないで貰う“最強”に意味なんてないもの」
興奮した様子で魔女が嗤う。それほどまでにツァーリはリィナを買っているのかと驚きながらも、妹の力にはなってやりたいので受けない選択肢はなかった。
「……もしリィナが当日もあのままだったら、私は攻略を辞めるわ。じゃ、それだけ」
彼女は最後につけ加えて、颯爽と立ち去っていく。
リューヤはその背中を見送ってから、
「ベルセルク、声かけなくていいのか?」
「チッ。気づいてやがったか」
声をかけると物陰からベルセルクが現れた。
「まぁ、俺が声を上げたタイミングからツァーリとのことを予測するぐらいはするだろうと思ってな。それに、お互いのことをよく知ってそうだし」
「チッ! そんなんじゃねぇよ。けどま、相手と殺り合うのに、相手に殺る気がなけりゃ萎えるのはよくわかる。なぁ、リューヤ?」
「なんで俺に聞くんだよ……。俺はお前らと殺し合う気はない」
「だからだっつってんだろ。まぁいい」
ベルセルクはつまらなさそうにしていたが、わかってはいたのか落胆した様子はない。
「……いくつかあの場で隠してたことがあるだろ? その中で、てめえが吐いた嘘について聞きてぇ」
「嘘、か。なんのことだ?」
「惚けんなよ。てめえのスキル、職業のコンプ率は傍から見れば異常だ。『MMM』、てめえも取れるんじゃねぇのか?」
鋭い、と内心で感心する。確かに、ロキの話ではリューヤはほとんどの条件を満たしているそうだ。魔法関連の全ての職業を極める、魔法関連スキルの九割を取得する。これらが条件であることは聞いていなかったが、どちらも彼は満たしていた。
「……いいや、俺は取得条件を満たせない」
しかし彼は否定を口にする。
「だって俺は、“魔法使い”じゃないからな。最強の魔法使いになるという条件を満たすには、俺は魔法を組み立てる練度が低すぎる。今から魔法の戦略を鍛えるくらいなら、他の二人に任せるさ」
スキルや職業だけなら、リューヤが最も近いだろう。だがリューヤは近接戦闘を好む剣士でもある。正直なところ魔法使いかと言われると微妙なところだ。普段の職業も魔法剣士の最終職業になるので、残念ながら最強の魔法使いになるという条件は達成できない。できたとしても使いこなすに至らない可能性もあった。
「それに、ああいうスキルは複数所持していても同時発動はできないからな。俺が独占するよりは戦力アップになるだろ」
「はっ、そうかよ」
ベルセルクは納得したのかしていないのか、そう言って立ち去ってしまった。
「……」
とりあえずは退いてくれたかと嘆息する。
リューヤが持っている最強スキル達は、残念ながら同時発動ができない。だから仮に取れるとしても他のプレイヤーに譲るのが総戦力を上げる手段となる。
しかし『UUU』はリューヤだからこそ効果が高いスキルであり、『HHH』はロキがリューヤ専用として創ったスキルだ。譲り渡すとしたら『DDD』だが、あれは竜の力を持った四つの剣を全て揃えることで最大の効力を発揮する。リューヤは既に持っているが、『二刀流』をしてこその効果もある。一応武器種を変えられるので明け渡すことは可能だが、誰に渡すかというのもある。
エアリアは逆手持ちだが『二刀流』だ。忍刀に武器を造り変えれば使えるだろう。だが速度を重視する彼の戦い方を邪魔することになってしまう可能性はある。それに、多分だが断るだろう。『DDD』は物理ステータスの大幅な上昇はもちろんだが、魔法能力も大きく上昇する。つまりどちらもバランス良く使いこなせる者が適任だ。となると物理優先なエアリアより『ナイツ・オブ・マジック』から選ぶことも考えられるのだが。
予め色々と考えていたことではあったが、それでも難しい。
「……全ては、皆が勝つためにか」
リューヤは空を仰いで呟くと、リィナの下へ行くためにメッセージを飛ばして今いる場所を聞き出すのだった。
◇◆◇◆◇◆
リィナ、そしてリィナと一緒にいたフィオナと相談したリューヤは場所を変えて三人だけになれる場所、リューヤが泊まっていた宿屋に集合する。
彼が死んでからずっとアルティが暮らしていたらしく、別の誰かが使っているということはなかった。改めて部屋を借りることができたのでそのまま家族会議に使わせてもらうことにする。
先に部屋で待っていたリューヤは、後から来た二人が思っていたよりも重苦しい雰囲気を纏っていたことに少なからず驚いた。
「二人共適当に座ってくれ」
惜しまれたが、アルティは今モンスターBOXの中にいる。家族水入らずで話す必要があると思っていたのだ。加えて他の仲間達もアルティに再会したがっていたというのもある。
「……それでリィナ、話を聞かせてくれるか?」
二人が座ったことを確認してから、リューヤは沈痛な面持ちのリィナに声をかける。間違っても責めているように聞こえないよう最大限の注意を払い優しい声音を意識した。
「……うん。お兄ちゃん、私ね……もう戦いたくないの」
リィナは顔を伏せて、震える声で零す。
「お兄ちゃんがいなくなった時、なにもできなかった。ただ嫌で嫌で仕方なかった。お兄ちゃんがいないなんて考えられない、考えたくもない。でも、お兄ちゃんは目の前でいなくなった。凄く苦しくて痛くて、万が一のことは考えてたはずなのに全然、これっぽっちも受け入れられなかった」
心に浮かんだ言葉を端から吐き出すように、リィナは独白する。ぎゅっと裾を握って震える姿に、そこまで悩ませてしまっていたのかと顔を顰めていた。
「……だからお兄ちゃんがいなくなった時に、私はもう戦えなくなっちゃった。他の皆はちゃんとお兄ちゃんがいなくても頑張ろうとしてるのに私だけ、皆に合わせてるだけだった。お姉ちゃんもちゃんと頑張ってたのに……。でも、誰も私を責めようとしないから、ずっと優しくしてくれるから、余計に苦しかった。でも、結局なにもできなかった」
リィナにも変わりたい、なんとかしなきゃという気持ちはあったのだろう。だが、気持ちだけでなにも変わらなかった。変わりたいのに変われないというのはストレスだ。心が苦しくなり、そういった悪性によって変われないという事実がより強まっていき悪循環を生む。
「――利奈」
リューヤはできるだけ彼女の心に届くように、久しく忘れていた本名で名前を呼ぶ。システムの監視者は兎も角、ここは防音が完璧なので他に聞かれる心配はなかった。
顔を上げた妹と真っ直ぐに目を合わせる。
「俺は……本当に生きているかどうかわからないんだ」
「えっ……?」
彼は会議の場では言わなかった、言えなかったことを告げた。声を上げたリィナだけでなく、フィオナも息を呑んでいる。
「ど、どういうこと、なの?」
「他にケースがなさすぎて、俺の意識はここにあっても現実の肉体がどうなっているかは、わからないんだ。デスゲームとなった今では、ゲーム内で死ぬと同時にハッキングされたゲームをプレイするための機械『レクター』から現実の肉体を殺す――っていうのは、あいつが言ってたことだ。それが事実なら、一度死んだ時点で俺の肉体は既に亡くなってるんじゃないか? っていう可能性もある」
「そ、そんな……! お兄ちゃんはここにいるのに……」
「ああ。俺は、俺として自分を認識してる。でも、今の俺がちゃんと肉体と繋がった意識なのかはわからないんだ。肉体と意識が乖離した状態かもしれない。……まぁ、はっきりしたことはゲームをクリアしてみないとわからないんだけどな」
確証はない。ロキも見送る直前に意地悪く口にしたのだが、脅かしたかっただけだろう。ロキらしく、と言うべきか。悪戯好きな様子だった。
「……なんで、なんでお兄ちゃんはそんなに冷静でいられるの!? もしかしたら自分が死んでるかもしれないんだよ!?」
苦笑を浮かべるリューヤに引き替え、リィナは激情して彼に詰め寄る。
「俺は、元から攻略に臨む理由が変わってないからだろうな」
「理由?」
「ああ。……俺はずっと、三人で宿に泊まった日から心に決めてるからな」
デスゲームになって、三人で一緒に眠ったあの日。その時からずっと決めていること。
「俺は皆を現実に還す。一人でも多く。二人のことも」
残念ながら、あの時に誓った言葉は半分叶わないかもしれない。あの時は確か、自分も含めて一緒に、と答えていたはずだ。
「っ……」
リィナは当時の記憶が蘇ってきたのか、潤んでいた瞳からぼろぼろと涙が溢れていた。それでも、彼女は笑っていた。
「……そうだった。お兄ちゃんはずっと、そうだったね」
「ええ。燈也はずっと皆のために戦ってきたものね」
フィオナも貰い泣きなのか涙ぐんで目尻を拭っている。
「他のヤツにそれを強制するつもりはない。けど、この間のでわかった。……俺一人じゃ、どうしようもなく勝てない時がある。だから、良かったら俺を助けてくれないか? 一人じゃ死にかける情けない兄ちゃんを」
リューヤは微笑みかけて手を差し出す。
「狡い、お兄ちゃんは狡いよ……」
「ごめんな」
「ううん。元々私は……私達はお兄ちゃんのために戦ってたんだって、思い出したから」
「俺のために?」
「うん。だから、今度こそちゃんと守れるようになりたい」
宣言するリィナの表情には、もう陰りが見えなかった。リューヤが本当に生きているのかなど不安に思うことはあるはずだが、それでも気丈に振る舞い意思を宿した瞳をしている。
「ありがとう、リィナ」
「ううん。お礼を言うのは私の方だよ。いっつもお兄ちゃんは頑張ってくれてるんだから」
「二人だけで見つめ合ってないで、私も混ぜてよっ」
リューヤとリィナの二人を抱えるように、横からフィオナが抱き着いてきた。
「もうお姉ちゃんってば……」
「いいじゃない、こうしてまた再会できたんだから」
「そうだな。戻ってこれて良かったよ」
久し振りに、三人は笑い合う。もしかしたら二度と訪れることのない光景だったかもしれない。
「そうだ、姉ちゃんに渡しておこうと思ってたモノがあるんだ」
「? リィナじゃなくて私に?」
「ああ」
しばらくして、リューヤが話を切り出しフィオナへ自分のアイテムを送る。
「えっ……こ、これって……」
メッセージとして受け取ったフィオナが驚愕に目を見開いた。
「ああ。俺が持っている『DDD』を獲得するきっかけになった、聖竜剣・ホーリードラゴンを含む四本の剣だ。これがあれば、多分『DDD』取得条件を満たすことができると思う」
「で、でもそれじゃリューヤが使えなく……」
「ああ、それでいい。俺よりも多分姉ちゃんの方が使いこなしてくれると思うんだ。貴重な武器だけど、武器種の造り変えはできるから」
「嬉しいけど、ホントにいいの?」
「いいって言ってるだろ。俺には他にもスキルがあるし、同時に使えない以上複数持ちすぎてもダメだから」
「……リューヤがいいって言うなら、受け取るわ。使いこなせるように頑張るわね」
最強スキルの一角を手にする、ということはトッププレイヤーの中でも屈指の能力を持つということである。その責任の重さを感じて、表情を引き締め武器を受け取った。と同時に二人の前にメッセージウインドウが表示される。
リューヤは『DDD』が使えなくなり、『竜紋』が消えたこと。
フィオナは『竜紋』が刻まれ、『DDD』が使えるようになったこと。
「……ホントに使えるようになっちゃった。じゃあ、早速武器を私用に造り変えてくるわね」
「ああ」
フィオナはこうも簡単に(武器を収集するまでが面倒なだけ)最強スキルが手に入ってしまったことに驚きながらも、剣のままでは扱えないため鍛冶屋へ向かうべく席を立った。
「リィナ、頑張ってね」
「あ、うん。いってらっしゃい……」
リィナに向けてウインクしてから、部屋を去っていった。『MMM』のために頑張るようにというエールだろうか。
「お、お兄ちゃん」
フィオナが去ってから、リィナが気を取り直して声をかける。
「私、もうちょっと頑張ってみる。お兄ちゃんやお姉ちゃんに並べるように、守れるように」
決意に満ちた瞳を見て、いい顔になったなと感心した。これならツァーリとの対決も満足のいく内容になるだろう。
「そ、それでね、お兄ちゃん」
これでもう大丈夫だろう、送り返すかと考えていたのだがリィナは話を続けるようだ。頬を赤く染めながらもじもじとしている。この様子からして『MMM』とはまた別件だろうかと頭の上に「?」を浮かべて小首を傾げた。
「お姉ちゃんから聞いたの、お兄ちゃんとのこと」
「姉ちゃんと俺の……?」
なにかあっただろうか、と記憶を探る。二人の間で知っていて、リィナが知らなかったこと。ゲームを始める前か、それともゲーム中か。
「ふ、二人がエッチなことしたって!」
リィナが顔を耳まで真っ赤にしながら告げて、ようやく思い至った。
「なっ……」
他の人、しかも妹に話したのかと思わずリューヤも赤面してしまう。
「お、お姉ちゃんだけ狡い! 私だってお兄ちゃんのこと、その……好きなのに」
しどろもどろになりつつ、リィナは恥ずかしさで潤んだ瞳を向けてきた。
「リィナ……。でも俺は――」
現実には還れないかもしれない。最後まで口にすることはできず、人差し指を口元に当てられてしまう。
「そうじゃなくても、もしそうだったとしても、お兄ちゃんは一度死んじゃったんだよ? だから決めたの。今、この瞬間にお兄ちゃんと過ごす時間を大切にするって」
リィナはしっかりとリューヤを見つめ返していた。
その目に覚悟を見て取って、また彼自身戻れない可能性を考えているために。
「……わかった。ありがとう、利奈」
彼女の想いを受け止めることにした。リィナの身体を優しく抱き寄せる。
「あっ……。お兄ちゃん、我儘を聞いてくれてありがとう」
「いや、俺の方こそありがとな」
二人はその日、共に夜を過ごすことになった。
翌日リィナが『戦乙女』のメンバーと会って「昨晩はお楽しみでしたね?」とお馴染みのセリフでからかわれたのは余談である。




