決着と火種
ベルセルクとツァーリのせいで雰囲気が軽くなったような気はするが、形勢が変わったわけではない。依然としてゼネスの即死武器は猛威を振るうことになる。
装備品を透過するという特性も厄介だ。危険極まりない武器と言える。
「重装備のプレイヤーは下がれ!! できるだけ遠距離から攻撃するんだ!!」
ジュンヤは自らも後退しながら、指示を出して陣形を変えさせる。できれば遠距離で仕留めたいが、それでは前線で相手を押し留める役目がいなくなってしまう。どうしても誰かが危険に晒されなければならないのだ。
「オラオラオラァ!! 殺せるもんなら殺してみやがれってんだ!!」
そんな中果敢にゼネスへ挑みかかるのはベルセルクだ。流石は戦闘狂。死の恐れなどないようにすら感じられる。だが易々と殺される気はないのかちゃんと敵の動きを見て避けていた。普段なら多少のダメージは後で治せばいいとばかりに突っ込んでいくのだが、案外冷静らしい。
「基本は中距離での撹乱。俺は前に出る」
淡々と指示を出して危険に飛び込むのはエアリアだ。彼が率いる忍者軍団『SASUKE』のメンバーが緊張した面持ちでサポートに回り、彼自身はベルセルクのフォローをするように動いていた。忍者の職業は機動力が高いことが特徴で、忍術や投擲具などによって幅広い戦術を駆使できるのが強みだ。単純な攻撃力ではベルセルクに劣るだろうが、立ち回りによって重要な要素となっている。
「これ以上好きにはさせないわ……!」
そしてもう一人、素早い動きに剣術と魔法を組み合わせた戦い方をする俺の姉、フィオナである。俺個人の感情で言えば姉ちゃんには前線に出て欲しくないのだが、そうも言ってられるほど余裕がない。
最後が俺。アルティの力を借りたことでゼネスにも対抗する力を得ることができていた。だがゼネスの動きを追えるからと言って押し勝てるわけではない。ステータスだけで言えば多分俺の方が低い。アルティだけならボスといい勝負ができるのではないかと思うほどのステータスを持っているのだが、俺と融合することでステータスの合計値が下がってしまう。一応凄いアビリティはあるのだが、分かれて戦った方が強いような気がしなくもない。俺がまだ慣れていないというのも理由の一つだろうが。
トッププレイヤーの中でも選び抜かれた速さを持ったプレイヤー達が前線でゼネスの攻撃を避けながら足止めをする役目となっていた。
前線の四人は面識があって連携できていたため、ゼネスの動きに対応できるようになっていく。ゼネスのステータスがどれほど高かろうが、結局のところ自分達と同じプレイヤーが操作しているので思考を読むことができたというのもあるのかもしれない。
俺はあまりPvPの経験がないのでわからないが、ゲーマーの姉ちゃんなどはよく理解しているだろう。
「クソッ! てめえらウゼぇな……!」
そうして戦っていく内に、ゼネスのHPは残り三分の一となった。俺達が戦い始めてから一切被害が出なかったわけではない。だが全力を賭して最小限に食い止めることはできた、と思いたい。
「……チッ。そういうことなら上等だァ、最終形態ってヤツを見せてやるよォ!!」
「んだよ。今度はそのチート武器を射出したりすんのか?」
「無理でしょ、リソースの問題で。多分分け与えられてるリソースが決まってるのよ。だからさっきの武具射出とあの武器を両立できない」
ゼネスのセリフにベルセルクとツァーリが返した。
「確かにリソースの関係で今の俺にはこの武器一本が限界だ。だがなぁ……!!」
ヤツが言った途端、ゼネスの身体に禍々しい紫の異形が混ざり始める。武器を持っていない左腕は完全に異形と化し、左半身を中心に人ならざる要素が混合していく。顔の左半分を禍々しい紫色の肌が覆い、目のあった箇所に青白い炎が灯った。
そして、ゼネスの周囲の虚空にあらゆる武具が出現する。
「この最終形態は、リソースが増えるんだよォ! ……壁役が後ろに下がってる今こいつを使ったら、どうなるかわかんだろ?」
「やめろっ!!」
嫌らしい笑みを浮かべるゼネスに対し、誰かが制止の声を上げた。誰かだったか、俺達だったかは定かではない。だがその反応にむしろ笑みを深めて、武具を容赦なく射出した。
一部は壁役が咄嗟に反応して障壁を展開し防いでいたが、反応できなかった箇所のプレイヤー達が武具によって八つ裂きにされ、呆気なくHPを削り取られていく。
「余所見してんじゃねぇ!!」
ベルセルクの声が響いてはっとすると、俺の眼前までゼネスが迫ってきていた。俺が向こうに気を取られた隙に、真っ先に殺そうとしてきたらしい。厄介だが最悪ではない。姉ちゃんが狙われなくて良かった。
全力で仰け反り回避を行う。間一髪、紙一重のギリギリで刃が掠ることなく過ぎていった。掠っても死ぬ可能性があるので完璧に避けなければならない。狙われたのが自分だったからこそ焦らなかったことが功を奏したと言うべきか。
「チィ!!」
「リューヤに手出しはさせない!」
舌打ちするゼネスに姉ちゃんが襲いかかり、魔法と剣で牽制する。だが易々と避けられてしまった。……なんだ? 動きがさっきよりも速い?
「気をつけろ! ステータスが上がっている!」
俺が答えを出す前にエアリアが声にしてくれた。姉ちゃんが咄嗟に身を後退させると、すぐ後に高速で迫ったゼネスが刃を振るっている。
「いい目だなぁ、忍者野郎。最終形態の俺サマのステータスはこれまでの二倍だ。ほら、もっと絶望していいんだぜ?」
ただでさえ追いつくのが精いっぱいだったのに二倍、か。正直言わせてもらえば厳しい。より多くの死者を出してしまう。だがゲームの都合上、ステータスが二倍になったからと言って二倍の速さで動けるわけではないはずだ。
「なら、俺も簡単に殺せるんだろうな」
「当たり前だろうがッ!!」
攻勢に出た俺を迎え撃つ構えのゼネスの刃を見て、腰を屈めて回避する。まだ俺なら避けられる速度の範疇ではある。ただ、一瞬の油断も予断も許さない状況だ。
下から潜り込むように接近するも、異形と化した左腕の振り下ろしが来てしまい断念する。右に避けて左腕の外側へ回り込むことで攻勢に出ようとするのだが、向こうの方が俺より動きが速いためにすぐ左腕を振り上げる形で攻撃されてしまう。俺の職業、装備品は攻撃寄りにすぎるので直撃を受けたらその後の右手による即死攻撃を回避することができなくなってしまうだろう。回避して腕を振り抜いた隙を狙いたいが、回避が間に合わさなそうだ。振り上げてくる腕とタイミングを合わせて跳躍、足裏に腕が当たった直後に踏み台にして反対側へと跳ぶ。足場にしても攻撃が当たった判定にはなってしまうが些細なダメージだ。
反対側へ跳べば必然的に即死武器の側に来てしまうが、動きを見ていて思ったところとしては異形化している左腕の方が速い、ということだ。だから比較的避けやすい……と言えればいいのだが。危険性は高まるのでどっちもどっちかな。
「死ねッ!!」
ゼネスが俺の身体を狙って刃を横薙ぎに振るってくる。それに合わせて滑り込むように体勢を低くしながら足払いをかけた。相手が人型だからこそできるモノだ。ゼネスがバランスを崩したところで一旦退避する。攻撃のチャンスでは、と思うだろうが今回戦っているのは俺だけではない。
「畳みかけろッ!」
ジュンヤの合図と同時、遠距離攻撃を得意とするプレイヤー達の一斉放射が行われる。ゼネスの姿が覆い尽くされるほどの一斉攻撃があってHPバーがぐんぐん減っていく。
「あぁ、ウゼェ!!!」
異形の腕を振り回して攻撃の群れを薙ぎ払って出てきてしまう。あのまま削り切れるとは思っていないが、それでも残りHPが全体の二割を切っていた。
流石にあんな神経を使う戦闘をずっと繰り返すことはできないので、撹乱と援護でなんとか後衛に近づけさせないように対応しながら前線を維持して、後衛の攻撃に削ってもらっていく。前衛はむしろ誰か一人でも落ちると替えが利かなくて一気に崩壊する可能性があるので誰一人として死んではいけない。
「クソがっ!! なんで通常のボスより強い設計なのにここまで追い詰められてんだよ!? おかしいだろ!!」
残りHPが一割を切って、ゼネスはようやく焦りを顔に出し始めた。最終形態にも対応し始めていて、敗色が濃くなっていくのを感じたからだろうか。
「なにもおかしくはねぇよ。チーターは首刈られんのが世の常だ。だから大人しく死ねやぁ!!」
どっちが敵なのかわからないセリフを吐きながら、ベルセルクが追撃を続ける。
「チッ……! こうなりゃ本当の奥の手だ。できれば使いたくなかったんだけどなぁ……!」
舌打ちして、しかし口端を嫌らしく吊り上げる。……まだあるのか。
残りHP一割程度とはいえ押し切れるHP量ではない。攻撃を続けていたが、変化中のためかHPが減らなくなったので一旦退避して様子を見ることしかできなくなる。
ゼネスは右手に持っていたチート武器を消滅させ、武具の射出もやめた。武器を創ることに割いていたリソースを別に回すつもりのようだが、今の俺達に阻む術はない。
「全リソースを俺サマのステータスの改変に突っ込んでやる。そうすりゃ、てめえらに勝ち目はねぇ!!」
次の瞬間、ゼネスの全身が左半身を覆っていた禍々しい紫の肌に覆われていき、角や尾などが生えていく。体躯も膨れ上がり正真正銘の化け物となっていた。
「ははぁ……! こりゃいい、てめえらをこれで始末できそうだぜェ!!」
ゼネスは複数の声が重なったような声で告げると、どん! と強く足踏みをする。それだけで地面が震動し周囲にいた前衛プレイヤー達が体勢を崩してしまった。次誰を狙う? どう攻撃してくる? そう思って警戒していたところで一瞬目が合ったからこそ、対応できたと言っていい。
「うおぉっ!!?」
気がついたら眼前にまで迫っていて、拳を振るわれていた。咄嗟に武器を交差させて受けたが、踏ん張る余地もなく吹き飛ばされてしまう。そのまま俺は後ろで固まっていた後衛すら越えて飛んでいき、地面に叩きつけられた。
「げほっ、げほっ……!」
地面を転がってようやく勢いが収まる頃には、俺のHPはレッドゾーンに到達している。あと五レベルぐらい低かったら一撃で死んでいたかもしれない。だが即死効果はないようで、それだけが救いだった。
「……ギリ、受けられたから良かったが」
次は死ぬかもしれないとか、強すぎて勝てないだとか、そういう考えは追いやって冷静にHPを回復していく自分がいる。すっかりこのゲームに適応してしまったと言うべきなのか。
「今度は逆に壁役が必須になる戦いだ。ジュンヤやメッシュでもまともに受けられるかどうかは難しいけど、堅いプレイヤーに受けてもらわないことには勝ち目が見えない。けどそれだけじゃ勝てないから、誰かが大きいのを叩き込む必要がある、か」
強敵に対してどういう風に戦えば勝ちを拾えるかを考える習性が身についていた。その間、一切の感情的理由は組み込まれない。
俺がいなければ立ち行かない、などと己惚れるつもりはない。多少一人で考え込む時間があっても大丈夫だろう。その点は他のプレイヤー達の強さを信じるしかない。
「……」
考える。自分の中で今最も攻撃力の高い組み合わせ、アビリティはなんだ――?
数秒頭を巡らせて、一つの答えに辿り着く。……『UUU』のアルティと融合したこの姿でしかまだ使えない類いのアビリティがある。それなら、今のゼネスにも牙が届くはずだ。
「……やるか」
失敗すると全てが水の泡になってしまうが、やるしかない。
決意を固めて改めて状況を確認すると、後衛としてサポートに徹しているはずのアリシャがなにかウインドウを操作しているのが見えた。遠目から見ても他人からは見えない設定で開いているらしくなにをしているのかはわからなかったが、キーを一心不乱に真剣な表情で入力し続けている。アリシャがバトル中に別のことをやっているなんて珍しいが……集中しているようだし、邪魔しちゃ悪いから声はかけないでおいた方がいいか。
そう思って大して触れずに、自分のやるべきことを見つめることにする。
「……ふぅ」
できればこの場で使って前線まで素早く行きたいが、失敗した時のリスクを考えると良くないな。確実に成功させられるようにするべきか。
「じゃあまずは、ゼネスに近づかないとダメか」
一撃で死にかけた手前、そのアビリティを使う以外になにもない状態で近づくのは危険だが、そうも言っていられないか。
うだうだと考える自分の頭を窘めて覚悟を決めると、ゼネスと戦いを繰り広げているであろう前線へと走った。
「陣形を組め! 一人で受けるな! 必ず二人以上で防御するんだッ!!」
「こ、こんなの無理だろ……! 死ぬ、死にたくない!!」
ゼネスを倒さなければならないという使命感に駆られて果敢に挑むプレイヤーもいれば。
ゼネスの圧倒的な強さに心が折れてしまっているプレイヤーもいる。
「お兄ちゃん!! 無事だったんだ!?」
「ああ。ギリギリ、だったけどな」
後衛にしては前に出た位置にいた妹のリィナが声をかけてくる。ここだと戦況がよく見渡せた。……プレイヤー達は果敢に挑んでいるが、一割まで減っていたHPが七割程度にまで減ったくらいだった。敵の強さのせいで阿鼻叫喚と言えなくもないが、俺がよく共闘しているトッププレイヤー達は死んでいない。まだ勝ち目はあるはずだ。
「リィナ。俺はまた前線に出る。俺が攻撃を始めたら、できるだけ敵の攻撃を俺に当てないために攻撃していってくれないか?」
「それが勝つために必要なことなんだよね? うん、わかった。後衛の皆にも伝えとく」
「ああ、頼んだ」
理解の早い妹に微笑みかけてから、俺は前線近くまで移動してアビリティを使用することにした。
「……いくぞ、アルティ。――【絶牙】、発動」
相棒に声をかけてから、そのアビリティを唱える。おそらくこのアビリティこそが『UUU』の真骨頂。今俺がわかる範囲ではこれが最上だ。
俺の全身が黒い影のようなオーラに包まれていく。これを使っている間は他の強化アビリティが一切使えなくなってしまうというデメリットが存在するのだが、それを補って余りあるほどの効力を誇っている。
『UUU』に付随するアビリティとなっているが、この解放条件はおそらくプレイヤーのレベルとテイムモンスターのレベルが同じであること。実際、俺が先にレベルアップした時は使えなくなってしまった。基本的にテイムモンスターはプレイヤーよりレベルが低い。複数のモンスターを『テイム』している場合その全てに経験値を分配して育成していかないといけないため上がりにくいのだ。他には、モンスターよりレベルが高い状態でないと基本的に『テイム』が成功しないというのもあるか。
「チッ……!! 生きてやがったか。最初に仕留め切れなくて残念だぜェ!?」
ゼネスは前に踊り出た俺に対して攻撃を手を向けてくる。できれば遊撃に回って攻撃を続けたいが、そうもいかないか。どうやら目の敵にされているようだし。
「皆! 俺に攻撃が当たらないように援護してくれッ!」
俺は最低限の言葉だけで伝える。少なくともこれだけを告げておけば合わせてくれるだろう。ここにいるのは優秀はプレイヤーばかりだ。
ゼネスが振るってきた左腕をバックステップで回避して懐に潜り込み一閃。浅い切り傷をつけてすぐに離脱する。俺のいた場所をゼネスの右腕が通り過ぎていった。ぐん、とゼネスの姿がブレて正面からいなくなったため回り込むなら背後だろうと当たりをつけて気配を察知する。殴りのモーションに入っているのが察知できたのでほぼうつ伏せになるように回避。ゼネスの正確な位置を把握しながら蹴り飛ばすように振るわれた脚の間合いから離れて避けつつ振り抜き様の脚を斬りつける。構わず距離を詰めて両腕を叩きつけるように振り下ろしてきたが、途中で後衛の魔法により弾かれていた。その隙に背後へ回る過程で一つ、回った後にもう一つ攻撃を加える。
【絶牙】によってステータスが大幅に上昇しているとはいえ、そこまでのダメージは与えられていない。俺が浴びせた数回の攻撃よりも今の魔法攻撃の方が効果的だろう。だがこのアビリティにおいては攻撃することにこそ意味がある。
「らぁっ!!」
ゼネスが振り向き様に裏拳を放ってきた。異形の豪腕が振るわれる様は迫力満載だが、今ならなんとか避けられる。
現状俺が持つ中で最強と言えるアビリティ【絶牙】。その効果は大幅なステータスアップと、もう二つ。時間経過によるステータス上昇だ。時間経過による上昇は一定だが、攻撃を加えることで増える量が上昇してより早くステータスを上げることができる。
俺は真っ向から戦えるようにするためこうして攻撃を重ねていっているわけだ。相手はボスなので逃げる、倒されるなどの心配がいらない。
ただし、皆にも告げてサポートしてもらっているが【絶牙】は効果中に敵の攻撃を受けると解除されてしまう。加えてそれから一日は使用ができない。一日一回というタイミングを見極めなければならないアビリティなのだ。
ただその効力は凄まじく、特に経過時間と上昇したステータス値に応じて解放される技は他の比ではない。もちろんその技を発動すると【絶牙】は解除されてしまう。今回は念のために最大まで溜めて溜めて技を放ちたいところだ。
その後も援護があったおかげで順調にステータスを上げていくことができた。
【絶牙】の凄まじいところは際限がないという点だ。かなり上がってきたのかゼネスの動きにも真正面から渡り合うだけの強さになっている。
異形の腕と刃がぶつかり合い、互いに弾かれる。追いつけるようにしてきたとはいえ今までは俺が弾かれるだけだったが、相殺できた。相手は非常に忌々しそうに顔を歪めていたのだが。
「これで仕留める! 少し時間をくれ!!」
俺は声を張り上げて一旦離脱する。これで準備は整った。
「させるかッ!!」
度重なる攻撃によって、ゼネスのHPは一割の半分にまで減っている。渡り合うほどにまでなった今の俺がトドメを刺すと知って、曲がりなりにも危機感を覚えたのだろう。一旦退いた俺へ真っ直ぐに突っ込んできた。
「それはこちらのセリフだ!!」
割り込むようにエアリアが飛び出してくる。
「邪魔なんだよ!!」
右腕の薙ぎ払い一発でエアリアが消し飛び跡形もなく消える――影分身だ。本物のエアリアが走りながら殴った不安定な姿勢を崩すために足払いをかける。だが少しつんのめっただけで走行を継続している。ベルセルク、姉ちゃんが間に入って攻撃を仕かけ、ツァーリやリィナの魔法が炸裂した。
それでもゼネスがほぼ無視して俺に突っ込んできたのは、【絶牙】がどんなアビリティなのかを知っているからなのかもしれない。いや、だとしたら解除させるためにどんな手でも使ってくるか。多分知らなかったのだろうが、マズいということだけは察したのだ。
「……よし。助かった!」
なんとか間に合った。僅かでも時間を稼いでくれた皆に感謝だ。
「――【絶牙】、抜刀ッ!!!」
「ッ――……!!?」
俺が唱えると、纏っていた黒い影が巨大な狼の虚像を映し出す。赤くなった瞳が煌々と輝いた。ゼネスはその意味がわかったのか急ブレーキをかけて立ち止まる。
「ふざ……っ、ふざけてんだろ!!? クソッ! なんだっててめえのレベルでそれができんだよ!! おかしいだろうが!?」
「――……」
吐き捨てるゼネスを他所に膝を少し沈ませる。直後、アルティのステータスを得た俺はゼネスをも上回る速度で切り裂き擦れ違った。
【絶牙】を発動して一定時間経過、一定回数攻撃の条件を達成した時に放つことができる、一太刀。その瞬間のみ俺はアルティのスタータスを上昇したステータスに加算して得ることができる。……単純なステータスだけでみればこれに勝るアビリティは存在しないのではないだろうか。
「……化け物がよ」
「鏡見てから言ってくれ」
俺は素気なく返答した。ゼネスのHPはゼロになって異形化が解けていっている。
「……陛下のお気持ちを知らねェで、このゲームをクリアして脱出してやろうってか。立派すぎて泣けてくんぜ」
「その陛下の目的はなんだ? なんのためにデスゲームなんかにした」
「それを俺の口から言ったらつまらねェだろうがよ。聞きてェんならこのゲームをクリアしてみろよ。答えてくださるかもだぜ?」
「それが最期の言葉でいいのか?」
戦闘中は焦りが見えたのだが、倒されても随分と落ち着いている。彼もプレイヤーなら、これから死ぬというのに。
「あァ? あー……そういうことか。悪いが俺はお前らと違って負けても死なねェよ? 陛下からもし負けた日には興味が失せるからログアウトを解禁してくださると伝えられてるからなァ」
「「「……っ」」」
敵として散々人を殺しておいて、自分はのうのうとログアウトする気のようだ。腹が立つ。
「おーおー怖ェ怖ェ。じゃああばよ。精々このクソったれた世界で生き抜いてみせろよ? 次はトッププレイヤーだって死ぬかもな。ははははっ!!」
ゼネスは消えかけのアバターで哄笑した。これ以上攻撃できないと知っていて煽ってきているのだろう。苛立ちだけが募るが、残念ながら手立てはない。
彼は悠々と愉快そうにウインドウを操作しようとして、ぴたりと固まった。
「あ……?」
不思議そうに首を傾げて、なにかを探すようにスクロールを繰り返す。一旦ウインドウを全て閉じて開き直してもいたが、一向にその先へ進まなかった。
「……嘘だろ……? なんで、なんでねェんだよ!? バトルで負けたらログアウトボタンが出るって……っ!」
ゼネスの見ているウインドウに、突如一つの項目が追加された。それを目で追ったゼネスの顔が歓喜に歪む。だがゼネスがそれに触れようとした途端、消えた。ぎりっ、と歯軋りしているのが見て取れる。
「どこのどいつだ? 陛下の邪魔してんのはよォ……! 陛下がこんな意地汚ェことするわけがねェ!! ……待てよ? 大体それができるヤツが少ねェだろうが……」
ゼネスは言いながらはっとすると、鋭く視線を巡らせる。なにやら不測の事態が起こってログアウトできないようだ。“乗っ取り女王”を全く知らない俺からしてみれば、ヤツが弄んでいるのではないかと勘繰ってしまうのだが。
「ッ……!!! てめえかァ!! いや、そうだよなァ!! あの方に対抗できるとしたら、てめえぐらいしかいねェよなァ!! なァ、アリシャ!!!」
ゼネスは一点だけを睨みつけてそのプレイヤーの名を呼んだ。その名前はプレイヤー達に衝撃と動揺を齎すモノだった。かくいう俺もそうだ。
「……ははっ! てめえが俺を殺すってんならいいぜ、やれよ! だがてめえのことを喋らせてもらうぜ? いいよなァ!」
プレイヤー達の間で、アリシャと言えば腕の立つ信頼できる鍛冶師の一人だ。そんなプレイヤーを女王側の人間が知っているということに戦慄を隠し切れない。しっかりとした足場が崩れて不安定になったような、酩酊したような感覚さえあった。
「陛下の寵愛を受けておきながら大した協力もしねェ裏切り者がよォ! そのハッキング技術だけは陛下から受け継いだみてェだが、それをこんなことに使いやがって! 血を分けた親子とは思えねェなァ!!」
ニタリと笑うゼネスが告げた決定的なセリフに、後衛に回っていたアリシャへとプレイヤー達の視線が突き刺さる。彼女は表情に出さず、俯いて立っていた。
……アリシャが女王の娘、か。見た目で考えると姉妹みたいに見えるんだが。いや、そんなことはどうでもいい。現実逃避をしている場合じゃない。
「そこの女が今までなにしてきたかなんざ知らねェが、さぞ重要なポストを任されてんだろうよ! ……陛下はてめえを逃がさねェからな……!!!」
ゼネスはそう捨てゼリフを吐き捨てると、金の粒子へと換わり虚空へと消えていった。おそらくログアウトすることなく、他のプレイヤーと同じように死を迎えたのだろう。
『イベントレイドボス討伐を完了しました。本イベントは終了し、強制転移されます』
新たに知った事実をどう受け止めたらいいのかもわからないまま、イベント終了のアナウンスだけが虚しく響いていた。




