無人島探索
背にホテルを乗せたウミガメホテルに搭乗として数時間。ゲームの中だというのに船酔いになる者が出始めた頃、ようやくイベント開催の地へと到着した。
「……無人島だ」
感動も深みもない感想が口から出てしまう。
カメの背から降りて着陸したのは浜辺だった。人工物が一切ない浜辺に来たのは初めてのような気がしなくもない。幻想世界では海辺に祠があったし。とはいえ漂着物が色々あるので完全にゼロというわけではないが。この浜辺に建つモノという点で漂着物はノーカウント。
「キュウ!」
俺の肩を回るような定位置にいるのはアルティだ。汚れるからか、貰ってから身に着けていた赤いマフラーはしていない。アルティのことだから島に着いたらそこれ中を走り回るのではないかと思っていたが、どうやら俺と一緒に島をゆっくり回りたい気分らしい。
視界の中に新たな黄色いゲージが出来ていることを確認した。到着時はおそらく全員MAXの状態だろう。ホテルでいっぱい食べれば有利だと食べまくっていたプレイヤーもいたが、今そのプレイヤーは苦しそうに腹を抱えている。どうやら満腹を超えると腹痛という特殊な状態異常になるようだ。……現実まんまだな。
「まずは島を探索して、ある程度地形とモンスターの強さを把握しないとな」
後は拠点作りも行いたい。
島に降り立った直後『軍』の連中が一斉に場所取りへ動いていたが、流石に占拠されるようなことはないだろう。無人島の大きさは現代日本にある無人島の大きさとは桁が違う。
普通のフィールドとなにが違うのかと言われれば一目瞭然で、動植物が大きいのだ。食べられるモノを見つけられれば、思っていたより食事の心配はしなくても良さそうだ。念のため二百個近い肉を持ってきていたのだが。
「キュウア! キュウア!」
アルティがぺちぺちと俺の頬を叩いてなにかを訴えてくる。長い付き合いになるがアルティの言葉を完全には理解できないのが心苦しいことだ。
アルティは俺が首を傾げているのを見てか、ぴょんと地面に降りて身振り手振りで伝えようとしてくる。口からブレスを吐き出すような動作や両手を横でぱたぱたさせるような動作をしていた。その間も「キュウア」という言葉を繰り返している。
……ふむ。ブレスと言えばドラゴンか。翼もあるしな。で、“キュウア"という三文字の呼び方。
「わかったぞ、シルヴァだな」
「キュウッ!」
俺が答えると、アルティは正解っとばかりに飛び上がった。可愛らしい身振り手振りをしてくれたのはいいのだが、
「それなら影で形を作っちゃえば良かったんじゃないか?」
「キュッ!?」
盲点だったのかアルティが目を丸くしている。それから影をうにょうにょ動かしてシルヴァやフレイ、リヴァアなど仲間達の姿を作って遊んでいた。
どうやらアルティはシルヴァが好きなようだ。好き、というか慕っているというか?
兎も角モンスターと共闘する者は一枠圧迫されてしまうことになる理由だが、モンスターBOXからシルヴァを呼び出した。
「キュウッ!」
「アルティ姉さん」
アルティとシルヴァが嬉しそうに抱き合っていた。この間までアルティのことを呼び捨てだったのが、なぜか姉さん呼びになっている。俺の知らないところでなにかあったのだろうか。
シルヴァの大きさは既に大人へと進化しているのだが、自在に調整できるようになったらしく体長一メートルくらいの大きさでいる。シルヴァ曰く「この大きさが丁度いいと思います」だそうだ。なにに丁度いいのかはよくわからなかったが。
「じゃあ行くか、まずは一緒に歩いて島を回ろうぜ」
「キュウッ!」
「はい」
二匹と共に、俺は無人島の浜辺から中へと歩いていった。道中必要そうな素材を拾い集めるとしよう。
俺はアイテムの羽根ペンと羊皮紙を取り出した。一応『筆記』やら『地図作成』のスキルも極めているので、IAO初マップの存在しないフィールドである無人島の地図を描こうと思ってのことだ。
大手ギルドが拠点を築く可能性があるので、地図は二枚に書いていく。片方は拠点などの書き込みを行う用だ。
浜辺から左右を眺めて島が出っ張っていないことを確認し、遠目で見て大体島側面の真ん中に位置していることがわかったので、紙の真ん中下辺りに海岸の輪郭を描いた。正直なところフレイに乗って上から眺めれば一発だが、せっかくの機会だから歩いて地図を描いていこう。
……いや、三枚必要だな。歩いて回る利点として、どんなモンスターが出現するのかわかるというのがあった。それも三枚目に記載しておこう。
こうして三枚の羊皮紙を持ちながら、うきうきした様子で歩くアルティ達の後ろをついて歩いた。
「マジで『解体』できないんだな」
モンスターを二体に狩ってもらって確かめたが、『解体』の仕様が変わっている。
そもそもゲームなのでモンスターは倒れたら粒子になって消える。それが倒しても残るようになっているのだ。
『解体』とは捕獲したモンスターを肉や皮などの部位毎に分けるスキルだ。発動すれば瞬時に『解体』されていたのだが。
「……つまり手作業ってことか」
『解体』が意味を成さないわけではないだろう。むしろスキルがないと肉が食えない可能性はある。だが自動で『解体』されないとなると面倒が増える。
一応肉を多めに持ち込んできてはいるが、できるだけ使わずに過ごしたい。せめて外に出している仲間と俺の分はずっと確保しておきたいモノだな。BOXにいる面子を含めると流石に持たないだろうが。
現実で獣の『解体』なんてしたことないな、と考えながら剥ぎ取りナイフを手に取ってアルティの狩ったラージウルフに向き直る。すると身体が覚えているが如くナイフで『解体』できた。スキルレベルを上げていた恩恵だろう。自分でやったことなのに実感が湧かなかったが。……しかしなんで『解体』で血液まで瓶に入れてあるんだろうか。冷やして血抜きしないと血生臭くなるというのもよく聞くから便利っちゃ便利なんだが。まぁ所詮はゲームだからな。現実と全く同じにはできないんだろう。
そう結論づけて、切り分けた肉や皮などの素材を道具袋にしまい込んだ。持ち込みアイテムに制限があるだけで、サバイバル中の所持アイテムはもっと余裕がある。
無人島で入手し持ち帰るアイテムにも制限はあるが、まぁ当面は食糧問題の解決に勤しむことになるだろう。ラージウルフなんかはレベル二十いかないくらいで討伐可能な強さだ。適当に散策してみたがレベル四十もあれば安定して狩りができそうな島だった。とはいえまだ島の十分の一も回っていない。奥に行けば推奨レベルが上がるかもしれないな。
アルティも子供の姿で走り回っては植物系の素材を採取してくれている。推奨レベルが低い段階での素材だと思うので、あまりいいモノはないようだ。俺が今回持ってきた回復薬二種類は、超級回復薬という量産できる中では現在最高品質の回復アイテムとなっている。
一応装備品でも回復は可能だが、一度に大ダメージを受けた場合は対処し切れないと見て持ってきた。
幻想世界に行った時に貰った報酬武器が優秀すぎるのであまり必要ではなさそうだったが。
というか仲間達が強い。
「……」
シルヴァはいくらか柔らかくなったとはいえあまり話そうとしない。無言で銀を伸ばし木から果物を取ると俺の方に渡してきた。
「ありがとな」
苦笑混じりに礼を言って受け取っておく。二体にはモンスターがいれば倒して、素材であれば採取して持ってくるようにお願いしてあった。俺は地図を描きながらなのであまり採取や討伐に割くわけにもいかず、効率が悪いのですっかり任せてしまっている。
大した経験値にもならないので俺達は単純にサバイバルを楽しむような形だ。
そういえば報酬に膨大な経験値が手に入るんだったか。それ目当てで参加するプレイヤーも多そうだ。特にレベルが上がれば上がるほど必要経験値が多くなるため、トッププレイヤーはレベル上げのために欲していた。大手ギルドは全体的なレベルアップのチャンスになるので、是非にと参加している。
「レベル八十ぐらいの敵はいて欲しいもんだが」
膨大な経験値、とはいうものの上になると一上がる程度ぐらいになってしまう。低レベル帯のプレイヤーが受ける恩恵は大きいと言えるだろう。一気にレベル上げが進むのだから。
しかも島をふらふらと歩き回っていると、ある程度出現するモンスターのレベルが区分けされているように思う。適切なレベル上げ場所を見つけることができれば、サバイバル中もある程度レベル上げをすることができるだろう。
「無限迷宮の方が効率が良かったりするかもな、今回は」
「キュウッ」
八十から九十ぐらいの敵とずっと戦っていたような日々を思い返せば、こうしてのんびりとできるのもいいかもしれない。アルティも楽しそうだし。
浜辺は着いた場所から左に続いているようだったが、俺達が歩いているのは着いた場所から右側にあった森の中だ。森は歩いていると広く感じたが、おそらく島の五分の一程度しかないだろう。左手前の浜辺近くから右を回って右側面の中央辺りにまで広がっていた。一応モンスターの生息分布と出現レベルを記載している。右側の海岸には浜辺がなく、岩壁が連なっているようだった。ここから降りて漁に向かうのは厳しそうな雰囲気がある。行くなら左下の浜辺から行くといいだろう。とはいえ今のところの話だが。
森を抜けると島の奥に見えていた山がより近くに見えた。あの辺りは岩肌ばかりのようだ。鉱石がよく採れる可能性はあるかな。森から左へ向かって島の中央には草原が広がっているようだ。木々の多い森とは違って俺の膝ほどの高さをした草が生い茂っている。所々に木が生えており、見晴らしがいいからかプレイヤーの姿も見受けられた。やはり真っ直ぐ草原に出て場所取りをしていたプレイヤーが多いようだ。テントなども見えたので、その辺りは持参したアイテムだと思う。もう夕方に差しかかっているので、夕食にしているところもあるようだ。焚き火でもしているのか、煙が上がっているのも見えた。
「俺達はもう少し辺りを回っておこうか。途中で飯でも食べながら歩き続けて、一通り島を見て回ってから空いたとこに拠点作ろう」
とりあえずの方針を話して、美味しそうな匂いに釣られている二体へと魔法の火で炙った肉を渡してやる。適当に塩胡椒を振っておければある程度は食べられるだろう。俺も減ってきていた空腹度を満たすために食べていたが、それなりに食べれたモノだった。肉は牛豚鶏辺りが一般的で、羊や鹿その他の動物になると食べたことのある人数が減っていくと思う。俺もジンギスカンを食べたくらいだったかと思うが。とはいえ長い間ゲームの世界で過ごしているので、狼の肉の食感などもわかり始めていた。慣れてきたような気もするが、こうして炙っただけの肉を食べると女将の料理が恋しくなってくるな。
しかし状態異常の食中毒とかは追加されていないようなので、ぶっちゃけ生で食っても問題ない。あまり生肉を食べる気がしないので焼くだけ焼いているのだ。
「シルヴァ。鳥がいけそうなら頼む。あまり離れず、無理のない範囲でな」
丸焼きにするなら鳥が馴染み深いかもしれないと思って、飛べるシルヴァにそう告げておく。こくんとシルヴァが頷いてくれた。……後に鳥系モンスター(五メートルくらいあるヤツ)が五羽ほど持ってこられたのは、ちょっと反応に困ったが。まぁシルヴァはわかりにくかったが少し誇らしげにしてたので、良しとしよう。
件の怪鳥は山周辺の岩場を歩いている時に襲いかかってきたモンスターだ。俺が「でかい鳥肉だな」と呟いたせいか、シルヴァは飛び立って狩ってきてしまったというわけだ。レベルは五十後半だった。シルヴァも追いついてきて、レベル八十には達しているので相手にならないのだろう。山の麓にはいくつか洞窟も見えた。今日はそこまで行くつもりはないので、洞窟の入り口がある場所のみ記載しておく。
「鉱石も結構あるんだな。銀があったら貰っていいからな」
山には入らなかったが周辺の岩場でもある程度採掘ができるようだった。
銀を入手できればシルヴァの能力強化に繋がるので、優先的に回している。一部氷石や炎石などはクリスタの方に回すのできちんと採取しておくとしよう。
鉄などは必要になる可能性が高いので採取しておく。岩場の方がモンスターのレベルは低いようなので、低レベルプレイヤーのためにある程度残しておいた方がいいかもしれない。もしかしたらゲームなので一定時間毎フィールドにある素材がリセットされるという可能性もなくはない。もし難易度が高く長い期間かかるようなら素材が枯渇して詰むからな。多分救済措置ぐらいはあるだろうが。
それから俺は浜辺に戻ってくるまで島を一周した。草原の詳細は一旦置いておくとして、大体の地図が出来上がった形だ。寝ずに歩いていたがレベルのせいで疲れを感じなかったので、そのまま今度はギルドなどの拠点区域を見て回るために、真っ直ぐ草原へと向かって歩くのだった。




