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【短編小説】ケチャップ

 それは渋谷のスクランブル交差点で発生した。

 横断歩道の向こう側から歩いてきた少女が、すれ違いざまに肩を入れてきたのだ。

 酷く肩をぶつけられた男は、体勢を崩して転びかけた。

 はっと少女の方を見ると、連れ合いの少女と一緒に転びかけた男を振り返って、薄ら笑いを浮かべていたのだ。

 わたしが呆気に取られていると、ぶつかられた男は猛然と少女たちに駆け寄り、あっと言う間に殴り飛ばすと、そのまま犯してしまった。

 私は何となく連れ合いの少女を殴り飛ばして犯しながら、男に話を聞いた。

 男は不安定なアイドリングをする旧車みたいな腰つきでこう言った。



「関東のサッカー選手やラグビー選手は相手を抜く時に左に抜けがちなんですよ。ご存じでしまか?

 それは一説によると、武士の町であった江戸では腰から下げた得物が互いにぶつからない対応をした結果、左側通行になったと言われているんですね。

 逆に商人の町であった西側では、その武士の刀に触れない様に商人が右側から追い越しているうちに、全体的に右側通行の方がみんなにとって都合が良いと言う事になったと言うんです」



 男はそこで一息つくと、犯されている少女に向かって「自分だけは殴られたりしないと思っているだろ?」と言って顔に唾を吐いた。

「失礼しました。こうやって躾がなってない動物は、誰かがちゃんとしなきゃならないですからね。

 そうそう、避ける話です。

 これは普段の生活のみならず、スポーツ全般にしてもそうであると言えるんですよ。

 例えば先述のサッカーやラグビー、バスケットボールなどの球技から空手、剣道、ボクシングなどの格闘技に至るまでの全てに当てはまるんです。

 いいですか?

 関東のサッカー選手やラグビー選手は相手を抜く時に左に抜けがちなんですよ。今度、機会があったらよく見て下さい。

 逆に関西圏の人間は右に抜けがちです」



 男は腰を真っ直ぐに打ちつけながら言った。

「日本人同士がすれ違おうとする時にしばしば発生する、いわゆる”見合い(お互いが同じ方向に抜けようとしてしまう状態)”になるのは、それぞれの体内に流れる関東の血と関西の血が引き起こすものとされているんです。

 かつてその血が濃かった時代には、互いのそれを瞬時に見抜いて道を譲り合ったと記す書物もあります。

 これは身分などにも依存するので眉唾ものの怪しい話だが、全くの嘘とも言い切れませんが」

 スクランブル交差点の真ん中で少女たちを犯す男とわたしの周りを、人々は無関心に通り過ぎていく。

 その流れは右だったり左だったりする。

 きっと、そう言うことなんだろう。



「さて、そうなると非日本人───つまり外国人はどうか。

 言ってしまえば彼らは基本的に左右盲です。その根拠として、米国西部カリフォルニア州の人間は真っ直ぐに歩く事ができません。

 逆に東部ニューヨーク州の人間は真っ直ぐにしか歩けないんです。彼らは他人にぶつかる事でしか向きを変えられないと言う、非常に厄介な性質を持っています。

 これは年末のネイチャー誌に掲載される予定です」

 男は正常位から後背位になると、ふたたび安定しない律動で腰を振った。




「因みにアメリカ中部の人間は、まだ聖書から出てきていないので論ずるに当たりません。本当にどうでもいい話でしたね。

 仮にアメリカ人が左右盲を克服したところで、何にでもケチャップをつけてパンで挟む習性は寛解する事が無いと思われます。

 かの国を攻略するには、物理的なミサイルやフェミニズム思想よりも、トマトを病気にする方が早いんですよ。

 ケチャップ工場の爆破なども非常に有効であると思われますが、まだ誰も実行しませんね。きっと頭が悪いんでしょう」

 殴られた少女らの口や額からは、赤い血がポタポタと滴っている。

 いささか趣味の悪い投影だが、スターズ&ストライプスの赤は血の色だと言うし、あながち間違いとも言えないかも知らない。




「味覚音痴のアメリカ人、あいつらは何でもかんでも揚げて挟んでケチャップだのチーズだので飾り付ければ美味いと思っているんですよ。

 そんなのが侘び寂びだの、禅だのを語ったりするのはおかしは話です。

 まぁ歴史が短いからコンプレックスがあるんですよね。

 彼らの舌は手前で甘味を感じ取り奥でケチャップを感じ取るふうにできているんです。

 素晴らしく単純で明快だから良いですね。

 多少の怪我ならケチャップを塗って治すと言う州もあるらしいですし。

 他にも熱中症対策にケチャップを飲むとか、コーラの代わりにケチャップで避妊を試みるとか、SUMOUではチカラケチャップだとか葬式では死にケチャップとか、とにかくケチャップが生活の基盤となっているんです」

 ここでようやく、男は小さく呻くと、ゆっくりと腰を引き抜いて、白く汚れた陰茎を少女の髪の毛で拭った。




「合衆国政府も禁酒法までは踏み込めたが禁ケチャップ法までは無理でした」

 男はスラックスを引き上げながら言った。

「アメリカではケチャップの代わりにマヨネーズを与えると発狂して死ぬ者がいると言うし、マヨネーズの存在そのものを否定する者もいます。

 つまりオーロラソースなんてものはあり得ないんですよ」

「憐れ!!」

 わたしは思わず合いの手を入れた。

 それと同時に、連れ合いの少女の膣中に射精を終えて、わたしも男に倣ってその少女の髪の毛で自分の陰茎を拭った。



 

「そうでしょう?

 フライドポテト、ピザ、ハンバーガー、コーラ、コーヒー、ビール……全てにケチャップを付けて済ませるアメリカ人に幸あれ!!」

「ケチャップ万歳!!」

「ケチャップ万歳!!」

「ケチャップ万歳!!」

 男とわたしの万歳賛称は、やがてスクランブル交差点を埋め尽くすと、そこから東京、ひいては日本を埋め尽くし、次のテロの標的はトマト畑とケチャップ工場になった事で、男とわたしはアメリカの特殊部隊から追われる事になった。


 だがそれはまた別の話。

 きょうはここまで。

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