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花の羅刹✿ 【第三部準備中】  作者: 再図参夏
第弍部 千歳町編
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第二七話 心内

「ネズミ、お前に嘘ついてたわ」

 

 その突然の告白に、ネズミは頭に大きな疑問符が打って小首を傾げる。


「え? 何について?」


「半分ヤケクソで言ったけどさ、やっぱり九乱の鮮花はお前が喰らえ」


 ネズミの問いを置き去りに、ザクロはおもむろに太刀を抜き放つ。

 突拍子もない行動にネズミが目を丸くしていると、ザクロの手が伸びて、ネズミの鮮花を握る手をむんずと掴み取った。


「鮮花の浄化の方法、実は知ってるんだ」


 そんなことを言うと、ネズミの手の平を開かせ、白刃を押し当てる。

 ネズミは思考が追いつかず、されるがままに呆然としていたが、手に当てられた鋭い感触に流石に『待った』をかけた。


「ちょいちょいっ、待てい! あぶないって! 何する気なの!?」


 ネズミが思わず引いた手を、更にザクロは引き寄せる。


「鮮花の浄化方法は、新たな宿主の血を吸わせることだ」


「はい?」


「お前さんの血を吸わせれば、この鮮花は新たな宿主に取り込まれる準備をする。前の宿主の思念を、消し去ってくれるはずだ」


 言うと、ザクロは返答を待たず、一気に白刃を引いてネズミの手の平に一本の傷を作る。


「──ッ」


 その鋭い痛みに、ネズミの相貌が苦悶に歪む。

 肉体に一気に緊張が走り、背中がじわりと熱くなった。


「……超痛いんですけど? 強引すぎだろ」


 ネズミの抗議の視線に、ザクロは少しだけ申し訳なさそうに眉を垂らす。


「ほら、血を吸わせなきゃ。すぐに回復しちまうぞ」


 言いながら、ザクロはネズミの傷ついた手を両手で支え、鮮花を覆うように包み込んだ。

 滴り落ちる赤い雫。その温い感触にため息を吐いて、ネズミは──。 


「あのさぁ……」


 一つ文句を吐きかけると、即座に口をつぐんだ。

 自身の手の平から散りはじめた回復の火花。その淡い光に照らされたザクロの相貌が、何かと葛藤するように重々しかったからだ。


「「……」」


 しばらくの間、二人は火花を見つめて沈黙する。手の平の傷が完全に修復し終えても、ザクロはネズミの手を握ったまま呆然とその場に立ち尽くしていた。


「その……なんで鮮花の浄化方法隠してたの?」


 耳に痛い静けさに耐えかね、ネズミが改めて疑問を口にすると、


「お前さんの鮮花が怖かった」


 ザクロは自嘲するように笑い、ネズミとゆっくりと目を合わせた。


「お前さんの鮮花が母上から生まれた花だって、彩李が言ってただろ? それを頭で咀嚼すればするほど、余計にビビっちまってたんだ」


 ネズミは思考が追いつかず、唖然と固まってしまう。


「ビビってったって……俺なんかに?」


「お前さんの鮮花にな。強力な鮮花ってのはさ、本人の自覚無く、支配の糸で他者を絡め取っちまう。ネズミの鮮花が強くなればなるほど、私はまた傀儡になっちまうんじゃないかって」


「そんなこと──」


 あるはずない、とネズミは反射で口にしかけるも、直前で言葉を切る。

 ネズミや香梨の姉妹がそうだったように、タカオが成す術なく絡舞に妹を奪われたように、支配の糸という鮮花の効力は、暴力的に他者を従わせてしまう。

 花の理不尽な猛威に怯えるザクロの内心は、察してあまりある。これまでずっと、心の隅に怖気を背負わせてしまっていたのかと、ネズミは申し訳ない気持ちで満たされてゆく。


「だから、浄化の方法を伏せたのは、私が臆病だからだ。ネズミ……ごめんな」


「いや……しょうがないよ……こっちこそごめん。そんな気持ちにさせちゃって」


 ザクロの身の内に回る負の劣等感に、ネズミは謝罪を口にする。

 長年、香梨紅子の支配に何度なく抗い、何度となく屈してきたのだ。ザクロの憂慮を察することができなかった自分が、途端に情けなくなった。


「……じゃあ、そんな心配してたのに、俺に鮮花を渡そうって思ったのは何がキッカケ?」


「うーん、金かな」


 その意外な答えに、ネズミの口から「へ?」と間抜けな息が漏れた。


「金? なんで金? もっと稼ぎたいとかそういう理由じゃないよね?」


 聞くと、ザクロが懐から一万圓札を取り出し、ネズミの前にひらりと掲げた。


「これさ、ただの紙切れじゃん。私は正直、半信半疑だったよ。ネズミは『物々交換券だよ』なんて言ってけど、意味わかんなかった。だって、ただ文字が書いてある紙だぜ? 馬が買えるとか、服も飯も自由に交換できるとか、そんなわけないじゃんってずっと思ってたよ」


 金銭を禁じていた暮梨村。そこで育った者ならではの疑念だった。

 確かに、ザクロにとってはそうだろう。貨幣を扱って育ってこなかったのだから、たかが紙切れと生活必需品では釣り合いが取れない。


「この町に来てから夢でも見てるような気分だった。縁もゆかりもない人間が、紙切れと物を交換してくれんだもん」 


 与えることを旨する暮梨村で、何不自由なく与えられてきたザクロではあるが、灰神から村民を守るという使命を担ってきた。その命を賭した闘争こそが物品に変わる対価のようなものであったのだから、紙切れ一つでなんの引け目もなく欲しいものが手に入るというのは、ザクロにとっては納得しかねる違和感であったのだろう。


「金をチラつかせたときの遊女どもの顔見たか? まるで母上を見上げる暮梨村の住民みたいな顔だった。信頼? いや……信仰してますって顔だった。それがずっと心の端に引っかかってな」


 語るザクロの相貌に複雑な色を浮かぶ。悲しみで気落ちするような、はたまた馬鹿らしくなったような。なんとも言えない顔だ。


「信じてるんだよ。金を。こんな紙切れを。私から見たら、単なる思い込みに見えるんだけどな」


 ザクロらしい、とネズミはつい微笑んでしまう。人間が蓄積してきた金銭という信用値を、思い込みであると言い放つとは。


「その思い込みが、人間の力の根本の力のような気がしたんだ」 


「思い込みが、力?」


「なんというか……この紙は人間達が勝手に思い込んで、紙以外の別の力、金という役割を宿してる。それが人の力なんだって気がついた。思い込みを押し付けて、信じ切ることが、人間が人間たる力なんじゃねえかって」


 ネズミは思わず感心した。やはりザクロは面白い。

 勢いに任せて生きているようで、多くの思考を回している。

 当たり前に思っていたことが、当然ではないと気が付かせてくれる。


「確かに、お金って凄いよね。みんなが信じてなければ成り立たないしね」


「そう、だから……私ももっと信じてみようって思った。それが当たり前ってくらいに」


 言って、握ったネズミの手を胸に寄せて、ザクロは双眸に優しい光をを浮かべた。


「お前さんと、お前さんの鮮花に押し付けちまうわ。どんだけ強くなろうと、お前さんは他者を支配しようとしない。そんな思い込みを、私は押し付ける」


 花が芽吹くように微笑むその顔が、なんとも力強く、魅力的で。


「ネズミ、とことん強くなっちまえ」


 やはり、敵わない。どれほど超常の力を振るえようと、男子は女子に敵わない。

 否、自分がザクロに敵わないのだ。むしろ、自分の方が支配されているのではないのか。


「わかった」


 ザクロの覚悟に応えるように、ネズミは深く首肯する。

 未来でどうなるかわからないのに、ザクロと共にあるならば、決して悪いようにはならないと、腹の底からフツフツとした自信が湧いてくるのだ。


「ザクロを守れるくらい、強くなるよ」


 決意を口にし、ザクロの手を上から握り返した。

 託されたなら、応える以外に術がない。

 花の羅刹として。


      ✿


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